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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン

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第二十六話 劇場型暗殺者(自己矛盾

『――緊急事態発生! 繰り返す、緊急事態発生!』


 尋常ではない慌て振りが声からも伝わってくる。

 橙香は急いで無線機越しに声を掛ける。


『こちら大戸峠ダンジョン攻略連合。どうしましたか!?』

『……こちら階層階段守備パーティー。第四階層から来た男に襲撃された。敵は一人、魔法使いだ。すまん、抜かれた』

『無事ですか?』

『いや、四人殺された。怪我人も出ている。注意してくれ。尋常じゃない強さだ』


 十五人もの傭兵クランがこの短時間の戦闘で死者を出す。それも、たった一人を相手に。

 刺客の強大さに、連合パーティーの面々は真剣な顔で階層階段の方角を見た。


『敵の特徴は?』


 橙香が持ったままの無線機に口を寄せて、オルが訊ねる。


『三十そこそこの男だった。銀髪、金色の瞳。背丈は百八十センチ。細身ながら引き締まった体つきでなんかの雑誌モデルみたいな奴だ。魔法陣が刻まれたチェーン、ジャケットを羽織っていて拳銃らしきものを持っている。魔法を使うための道具みたいだった。それから、腰のベルトに歯車なんかが入っている小袋をいくつも下げてる』


 帰ってきた返答を聞いたオルが額を押さえた。

 心当たりがあるらしいオルの反応に橙香たちが言葉を待つが、彼女たちの疑問に答える前にオルは無線機に声を掛けた。


『……おい、ゼェグ、ふざけた真似はよしなよ』


 怒りを湛えたオルの呼びかけに、無線機は沈黙の後、忍び笑いを返した。


『……なんだぁ、同郷か、同族か? 聞き覚えのねぇ声なんだがぁ、よく分かったな、えぇ?』


 わずかな沈黙の後で無線機からの流れてくる声は先ほどまでとはまるで違う。ねっとりと悪意が絡みついているような不愉快さに彩られていた。

 顔をしかめたオルが無線機に言い返す。


『あんたたち魔導世界人は濃密な魔力を纏ってて、魔力が陽炎のように揺らめくせいで身体や顔の輪郭がぼやける。そうと知らない、それも魔力を持たない日本人がゼェグの目の色を判別できるはずがないのよ』

『あぁ、なるほどなぁ、そいつぁ抜かった。劣等世界人の視点なんざ気にも留めなかったぜ。……その口ぶり、同郷じゃあねぇな。帰還の扉か?』

『階層階段前にいた冒険者はどうしたのかしら?』

『皆殺しにしようと思ったんだがなぁ。逃げられちまった。無線機は確保させてもらったぜ。そこに南藤って奴がいるんだろ? 身柄を渡せ』

『――ぜったい嫌だねー』


 橙香が割り込むと、無線機の向こうの男、ゼェグは忍び笑いを返してくる。


『それなら仕方ねぇな。……皆殺しだ、と言いたいところだが、三十五人もいるんだろ?』


 ゼェグが面倒臭そうに問いかけてくる。

 正確な人数を知っているらしい。どこから監視されていたのかは分からないが、こちらの情報は大部分が知られているのだろう。

 ゼェグが階層階段の前を押さえているとすれば、引き返すことはできない。

 今後の方針を思案する橙香たちを嗤うように、無線機からゼェグの声が宣言した。


『俺のことを知ってる奴がいるなら話が早ぇ。氾濫を起こしてやるから止めに来いよ』

『――え? どういう事?』


 橙香が聞き返すも、無線機からは沈黙しか返ってこない。

 どうやら、話は終わりという事らしい。

 橙香はオルを見る。相手の名前を言い当てたのだから、心当たりがあるはずだ。


「名前はゼェグ。帰還の扉、急進派の中でも最悪の手合い」


 オルはそう言って、南藤を見る。


「流石に詳しい戦闘方法までは分からないけれど、選民思想が強くて魔法技術が発達していない世界の知性種を劣等世界人と呼んでいるわ。なにより特徴的なのが、濃密な魔力を常に発散している点よ」


 この濃密な魔力が厄介だという。

 ゼェグたち魔導世界人は優れた魔法技術を持ち、それを使用するための魔力を有している。身体から常に発散しているこの魔力だけで本人の輪郭がぼやけるほどの魔力濃度であり、南藤のような魔力酔いの患者が近付けば急速に症状が悪化する。

 また、ダンジョンは魔力を溜めこむと魔物を生み出し、氾濫を起こす。ゼェグのような魔力濃度を急速に引き上げる存在はただ長時間ダンジョンに居続けるだけでダンジョンに魔力を蓄積し、氾濫を誘発する。

 ただでさえ、現在の大戸峠ダンジョンは魔力が蓄積されて氾濫が近いとされている。このままではゼェグによりこのダンジョンの氾濫が引き起こされる。

 敵について説明してから、オルは橙香たち全員に頭を下げた。


「ごめんなさい。敵の正体を確かめるためとはいえ、こちらが看破していることを知らせてしまって」

「確かに、情報戦でのアドバンテージは失われたけど結果は変わらないよ。むしろ、芳紀の天敵だってわかって行動しやすくなったから、グッジョブ」

「そういってもらえるとありがたいよ」


 橙香の言葉にメンバーたちが頷くのを見て、オルはほっとしたように胸をなでおろした。


「それで、本題に入ろうか」


 室浦が腕を組み、話を元に戻す。


「戦闘は避けられないって事かい?」

「状況はもっと悪いわ」


 オルは室浦の言葉を否定し、続ける。


「ゼェグは氾濫を起こしてやるから止めに来いと言った。その前には私たちの人数を知っていることをほのめかして直接戦闘を避けるような口ぶりだった。つまり、ゼェグは階層階段の前から移動して、私たちに追わせるつもりよ。その上で、自分にとって都合のいい戦場に誘導する思惑がある」


 分析するオルに、『藻倉遠足隊』の古村が口を挟む。


「追わせるって言ったって、自分らはゼェグの姿も見ていないです。加えて、この階層の広さを考えると、いくら南藤さんのドローンや天狗衆がいても見つけ出すのは難しいですよ」

「えぇ、その通り。だからこそ、私たちが取れる選択肢は二つ。一つはダンジョンを出て氾濫に備える」

「ゼェグって奴の魔力を使うと、どれくらいの頻度で氾濫がおきるんだ?」


 大塚が当然の疑問を挟む。

 氾濫と氾濫の間にどれくらいの時間が空くかで対処できるかどうかも変わってくる。


「具体的には分からないけれど、いくらゼェグとはいえ一日や二日で氾濫に必要な魔力を集めるのは難しいわ。一カ月か、それ以上か。けれど、どちらにしてもダンジョンの攻略は進めないといけないから、冒険者の死亡率次第では一カ月を切る事も十分にあり得るわね」

「ゼェグって奴が一カ月分の食糧を持ってきているとも思えないが、後手に回るのは確かだな。もう一つの選択肢ってのは?」


 最近では落ち着いた戦い方をするようになったという大塚でも元は復讐鬼だけあって後手に回るのは嫌なのか、もう一つ選択肢に希望を託す。

 オルは連合パーティーを見回した。


「ダンジョンボスを討伐し、このダンジョンの主導権を奪い取る。そうすれば、少なくとも仕切り直しには持ち込める。けれど……」

「向こうもそれを読んでいるはず。そうであろう?」


 法徳が後を引き継ぐと、オルは静かに頷いた。


「おそらく三つ巴の戦いになる。どうする?」


 オルはこの連合パーティーの実質的なリーダーである南藤と橙香を見る。

 南藤は魔力酔いでへばってしまっているため、自然と橙香に視線が集まった。


「ボス戦に向かいましょう」


 ほとんど即答だった。

 当然だと頷いた連合パーティーの面々はすぐに第六階層の階層スロープに向けて歩き出す。

 オルは慌てて後を追いながら、不思議な一体感で動き出した連合パーティーを見回した。

 不安などまるで感じていない、かといって気負う様子もない。


「この面子で潜るならどうせボス戦になると踏んでたからな」

「今さら感が半端ないね、正直」


 大塚と室浦が軽口を叩くと、同意するように頷いて、クラン『藻倉遠足隊』の古村が口を開く。


「一石二鳥って所でしょうね」

「藻倉の氾濫の時は良いとこ無しだったから、張り切っていかないと」


 米沖が古村に続くと、後衛二人組も深々と頷いた。

 藻倉ダンジョンの氾濫では魔物側の奇襲によりほとんどの冒険者は活躍できなかった。実力のある冒険者が集められただけあって誰よりも活躍してやろうと考えていた者も多いあの戦場で、魔物側にしてやられたのは腹立たしい事だったのだろう。


「元より我らはこのダンジョンを攻略せねば故郷へ帰れぬ。ボスがどんな輩か知らぬが、討滅するのに是非もない」

「まったくね。それに、この連合パーティーで挑む事は半ば確定だったのだし、早いか遅いかの違いよ」


 法徳と深映は話が早くて助かるとさえ言いきる。

 クラン『踏破たん』のリーダー荏田井は保篠と矢の本数を教え合って戦闘の準備を始めている。勝屋、紫杉に至っては今のうちに疲れを抜こうというのか、欠伸していた。


「肝が据わっているというか、なんというか」


 自分しか相手の強大さを認識していないのだろうか、とオルの脳裏に疑念が浮かぶが、南藤が呻くように言う。


「おぇはぃあ」

「何を言ってるかさっぱり分からないよ」

「芳紀はこう言ってるんだよ」


 得意そうに人差し指を左右に振りながら、橙香が翻訳する。


「勝てばいいってね」



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