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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン
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第二十話 オル個人の問題

 オルがいたのは街の外れにある小さな飲食店だった。

 小料理屋といった風情のその店は、朝食と昼食のちょうど間という時間帯も相まって閑古鳥が鳴いている。

 パスタを食べていたオルは、店内に入って来た南藤と橙香を見て怪訝な顔をしたが、続けて入って来たフレィケルを見て得心したように苦笑した。


「言っちゃったの、フレィケルさん?」

「ごめんなさいねぇ」


 悪びれた様子のないフレィケルにため息を吐いて、オルはテーブルを挟んだ向かい席に並んで腰掛けた南藤と橙香を見る。


「全部聞いてしまったのかしら?」

「帰還の扉とか、多分全部」

「そう……」


 ため息交じりに言って、オルはちらりと横を見る。壁際のこのテーブルは通路側に移動しないと逃げる事も叶わないのだが、オルの退路を阻むようにフレィケルが椅子に座るところだった。


「フレィケルさん」

「ごめんなさいねぇ」

「それさっき聞いたわ」

「あらあら、ごめんなさいねぇ」


 まったく悪びれもせず、退路を塞ぎ続けるフレィケルにオルは再びため息を吐いた。


「それで、南藤さんと橙香さんはどうしてここへ?」

「うーん。どうしてだろう?」


 考えていなかったのか、悩み始めた橙香に困惑したオルは南藤に助け舟を求める。

 しかし、南藤は呑気にメニュー表を眺めていたかと思うと、店員を呼んでハンバーグセットを頼みだす。


「こういう時に橙香さんを補助するのが南藤さんの役割だと思っていたのだけれど?」

「俺が下手に手を出すと自由意思を捻じ曲げかねないからな。任せようと思う」

「放任主義ね」

「信頼を根底にした放任主義は悪い物じゃないさ。それに、橙香は子供ではないからな」

「そうだよ、二十歳になったもん」

「そういう話をしているわけでもないぞ」


 ちゃっかり頼んでおいたらしい橙香の分の果実水を店員から受け取った南藤はそれを橙香に手渡しつつオルを見た。


「腹を割って話そう」

「全部知られてしまったのだし、いまさら割るお腹も残ってないわ。私、着ぶくれしているけど結構細いのよ」


 影が出来ない違和感を隠すために肌のほとんどを布で覆っている魔法使いスタイルのオルは悪戯っぽく笑った。


「そもそも、話す内容さえ橙香さんは決めてないみたいだけれど?」

「まずそれだよ」


 オルの言葉のどこに反応したのか、橙香は糸口を見つけたらしく声を上げた。


「さん付けをやめよう。オルちゃんって呼ぶことにしよう」

「唐突に何を言い出すかと思えば、それに何の意味があるの?」

「心の距離が縮まるよ」

「縮めてどうするの。今回限りの付き合いでしょう」


 呆れたような口調で言って、オルはフォークにパスタを巻きつける。

 橙香はめげる事なく話を続けようとするが、隣にいた南藤に遮られた。


「なに、芳紀?」

「重要な事を聞いてない」

「重要な事?」

「サトリが読んだ、血だまりを踏みしめた人殺しの足云々って奴だ」


 パスタを食べるオルの手が止まったのを見逃さず、南藤は続ける。


「あの時、サトリは確かに『血だまりを踏みしめた人殺しのその(・・)足で』と言った。オルはこれから、場合によっては急進派の刺客を殺すことになるかもしれないが、人殺しという言葉が刺客を殺した未来のオル自身にかかっているのなら『その足』という表現にはならないはずだ。つまり、オルはあの時点で人殺しの足に心当たりがある事になる。だが、オルが所属する帰還の扉の穏健派は知性種を魔力の変換対象にしていない。なぁ、人殺しっていうのはオル自身を指しているのか?」

「……似たようなものよ」


 諦めたように言って、オルはフォークを置いた。


「帰還の扉に所属している以上、それに急進派が行っている殺人の片棒を担いでいるようなものでしょう。本当に止めたいのなら、帰還の扉の存在そのものを暴露して人々に注意喚起すべきだもの」

「そんな事に罪悪感を抱いているのか」

「そんな事って」

「オルは穏健派だろう。それに、守るために俺たちに接触したって言っていたな。つまり、急進派に賛同していないどころか黙認もしないんだろう? 確かに、中途半端な行動ではあるが、オルが断罪されるべきだとは思わないな」


 悪いのは急進派の連中だ、ときっぱり言い切ると、南藤は橙香に場を譲って果実水を飲み始めた。

 南藤の言葉にまだ割り切れないような顔をしているオルに橙香は話しかける。


「そもそも、オルちゃんは帰還の扉を脱退すべきだよ」

「……あのねぇ。脱退なんてしたら故郷に帰れなくなる。論外よ」

「故郷に帰らないっていう選択肢が完全に抜け落ちてるよね?」

「――それをあなたが言うの?」


 途端に剣呑な目で睨みあげるオルに橙香は怯むことなく顎を引いて迎え撃つ。


「ボクだから言うんだよ。故郷に依存するのを郷愁とは言わないもん」


 きっぱりと言い切られて、オルは目を見開く。動揺するように視線を横に逸らすが、そこでは退路を塞いだままのフレィケルがのんびりとお茶を飲んでいた。

 オルの動揺に気付いている橙香は畳みかけるようにつづけた。


「ボクは確かに故郷の霊界に帰りたいと思ってる。でもあくまでも里帰りだよ」

「私が里帰りしてはいけないとでも?」

「故郷と居場所は違うよ。前に日本で話したことがあったけど、ボクの居場所は芳紀の隣。霊界の事は心配だし、帰りたいし、魔物が氾濫してるなら討伐の助けにもなりたいけど、心配がなくなったらボクは霊界から帰る(・・)んだよ」


 帰る、を強調した橙香はオルの反応を窺うように口を閉ざす。

 オルは無意味にフォークを回してパスタを巻き取りながら考えをまとめる。


「……橙香さんが霊界に帰るためにダンジョンに潜るのと同様に、私は故郷に帰るために帰還の扉に所属していなければならないわ」

「オルちゃんにとって帰還の扉は故郷に帰るための手段を提供してくれるだけの組織なんでしょう? なら、故郷に帰る時に罪悪感を抱かないといけなくなる帰還の扉に所属し続けるのは矛盾してるよね?」

「……っ」


 痛い所を突かれた、とオルは顔を顰める。

 サトリに読み取られた心の声がすでに自問している。オル自身、矛盾に気付いているはずなのだ。

 橙香の指摘に苦い顔をしたオルが反論する。


「生活の軸足をおく居場所を確保して、故郷に帰らなくてもいいようにしようって話なら、それは代替手段でしかないわ。故郷に、思い出に代わる物があるとでも? 郷愁を切り捨てて正しい道だけ選べとでも?」

「人殺しをしたら、その故郷さえ失う事になるよ」

「あぁ、正論だね。その正論に従えば故郷に帰る事を諦めるって結論しかないけど、分かってる?」

「それは……」


 言いよどんだ橙香を睨み、オルはフォークに巻き付けたままだったパスタを口に入れる。


「結局、矛盾を抱える事にしかならないんだよ。それとも、急進派の刺客を貴方たちが殺してくれるのかしら?」

「――殺す必要があるのか?」


 畳みかけようとしたオルに口を挟んだのは南藤だった。


「フレィケルさん、急進派を拘束するだけでは足りない理由があるのか?」

「拘束するのがきわめて難しいの」


 フレィケルは困ったような顔で答えた。


「組織内では穏健派の方が優勢よ。けれど、急進派は武闘派ぞろいで無力化するのが難しいの」

「話を聞く限り、相当に大きな組織みたいだが」

「穏健派だけでも構成員が五百人はいるはずね」

「確かに、それほどの規模だと組織に対して介入するのは無理だな」


 考えられるのは帰還の扉の存在を明るみに出して穏健派と急進派を分離させるくらいだが、ダンジョンがそもそも世界にとっては騒乱の元だから穏健派に対しても厳しい目が向けられかねない。

 また、穏健派も急進派も目的は『元の世界に帰る事』である以上、互いにダンジョンを帰り道として融通することもあるだろう。分離するとなれば穏健派の多数が急進派に移籍するかもしれない。


「帰還の扉のメンバーならボスを倒さずにダンジョンを通行できるのか?」


 仮に通行できるのであれば、リーズリウム深緑ダンジョンを素通りして霊界に橙香を送り届ける事も出来る。

 そう考えての南藤の質問に、フレィケルは首を横に振って否定した。


「ダンジョンを作成した直後はマスター権限を持っているけれど、その後は生成した魔物に権限を移譲して魔力収集の自動化を図るわ。一度マスター権限を移譲すると製作者であっても異物として認識されるから、魔物に襲われることになるわね」


 分離した後に急進派が作り出したダンジョンをこっそり利用するという方法も取れないらしい。

 組織の在り方に手を出してもメリットがない事を確認した南藤は視点をオル個人にシフトした。

 帰還の扉という組織に手が出せない以上、オル個人の問題として解決を図る他にない。


「今回みたいに急進派を排除する事は多いのか?」

「滅多にないわね」

「では、なぜ今回は例外的にオルが対処してるんだ?」

「さぁ、どうしてかしら?」


 南藤だけではなくフレィケルにまで問われて、オルはため息を吐きながらも答えた。


「冒険者をダンジョンに任せず自力で殺しに行っているからよ。南藤さんも殺害予告を出されたでしょう?」

「やっぱりあの件か。組織だって動いているとは思ったが予想より厄介な集団だったんだな」


 一通り情報を得た南藤は解決策を提示する。


「捕まえるか、急進派の刺客って奴」

「そんな簡単に――」

「ボクそういう分かりやすいの大好き!」


 オルが否定しかけた時、近所に買い物にでも行くようなノリで橙香が応じる。


「いやだから、そんなに簡単に行くはずがないでしょう?」

「芳紀がやるって言ったらやるよ」

「事情を説明して仲間を募るか。法徳さんたちや深映さんにも声を掛ける感じで」

「後は室浦さんとか大塚さんとかも手伝ってくれると良いね」


 すぐに算段を始める南藤と橙香に呆気にとられたオルの肩に、フレィケルがそっと手を置いた。


「協力してもらいなさい」

「フレィケルさんまで何言ってるの。これ以上部外者を巻き込むわけには」

「――オル、それは違う」


 オル達の会話に割って入った南藤はきっぱりと否定した。


「部外者なはずがあるか。狙われているのは俺だ。なら、全力で迎え撃つ事に何のためらいがある。それにな」


 南藤はテーブルに届けられたハンバーグセットを食べ始めながら、当たり前のように言葉を紡ぐ。


「もうオルも仲間だ。腹を割って話したんだから、頼れ。さっさと俺や橙香を居場所にしてしまえ」

「目的地が増えたね」

「そうだな。オルの故郷ってどんな世界なんだ? この際だ。全部話せ」


 オルの故郷にまで付き合うつもりらしい南藤と橙香に呆気にとられるオルの横でフレィケルがうっすらと笑いながら呟く。


「……帰還の扉も最初はこんな集まりだったのにねぇ」



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