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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン

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第十八話 素性

 四回ほど魔物との戦闘はあったものの、殺人鬼による襲撃もなく第一階層に到着した南藤たちは、一時日本と薄闇世界で別れる事にした。


「映像データをそちらに転送するので、目撃証言とかあたってみてください」

「薄闇世界側の冒険者だから、日本側で調べても何も出てこないでしょうね」


 南藤から殺人現場の記録映像を転送されたスマホを片手に、クラン『藻倉遠足隊』の古村は肩を竦める。


「まぁ、ダンジョン内、それも階層階段で殺人事件が起きたって話は異世界貿易機構を通じて拡散しておきますよ。注意喚起はした方がいいですからね」

「お願いします」

「橙香ちゃんたちは薄闇世界に戻るんですよね?」

「そうなります。オルさんと一緒に薄闇世界でこの殺人事件の詳細を拡散して注意喚起しないといけないので」


 スマホに触れた事のないオルだけでは証拠映像を再生できず、南藤や橙香だけでは情報の信頼性に疑問符を付けられてしまいかねない。

 交流試合などのイベント後、日本と薄闇世界の関係は改善したとはいえ、一部にはまだ反目している冒険者もいるのだ。

 それに、と橙香は心の中で続ける。

 サトリが読んだオルの心の内が気になる。話を聞きださなくてはならない。

 日本側の入り口と薄闇世界側の入り口のちょうど中間点で『藻倉遠足隊』と別れ、橙香たちは薄闇世界へと向かう。

 薄闇世界へ迷路を抜けながら、橙香は話を切りだした。


「オルさん、サトリが言ってた話だけど」


 橙香に声を掛けられても、オルは反応を示さない。ただ前を向いているだけだ。

 サトリに暴露された際に顔面蒼白になった事からも、オルはこの件について触れてほしくないのだろう。

 しかし、うやむやにしてしまえばこのままダンジョンに潜る事は出来なくなる。

 意を決して橙香が直球を投げようとした時、南藤が口を開いた。


「体外、魔力」


 単語二つでオルの顔色が変わった。


「影」


 続けざまの南藤の言葉に、オルは深いため息を吐く。

 薄闇世界への階層スロープを登り始める。しばし無言で歩を進めていたオルが口を開いたのは薄闇世界が見えてきた頃だった。


「そこまでわかっていて、黙ってたの? やっぱり油断ならないね」


 オルは交戦の意思がない事を示す様に無防備な背中を晒したまま続ける。


「影の事までばれているとは思わなかったよ」

「ごめん、影って何の話?」


 話の腰を折るのは気が引けるところだったが、置いてけぼりにされても困る、と橙香は口を挟んだ。

 オルは意外そうな顔で橙香を振り返る。


「私の影がない事に気付いてなかったのかい? 南藤さんから教わってない?」

「影ならありますけど」


 毬蜂の照明に照らし出されて壁に映し出されているオルの影を指差す。

 しかし、オルは苦笑して頭を振り、右手を挙げた。


「ほら、この通り」


 オルが手袋を外すと、今まで投影されていた影が消え失せる。

 壁に映し出されていたのは厳密に言えばオルの影ではなく、オルが着ている服の影だったのだと気付いて橙香は驚きに目を見張った。


「芳紀、いつ気付いたの?」

「鎌、掛け」

「あぁ、やられた。本当に油断ならないなぁ」


 南藤にまんまと出し抜かれたと知り、オルが肩を落とす。


「でも、鎌をかけようと思うからには何らかの違和感があったはずだね? どのあたりだろう。注意していたはずなのだけれど」

「コンサートの照明と、日本に行った時の日差し」


 ダンジョンを出て薄闇世界に到着し、魔力酔いの症状が緩和した南藤の呂律が回るようになったようだ。

 街へと歩きながら、すれ違う冒険者に挨拶しつつ話を続ける。


「強い光への忌避感が強すぎる様子なのが気になった。肌が弱いのかとも思ったが、日本では旅館の中ではなく縁側に出ていたから、光を浴びること自体に忌避感はないと判断した。後はダンジョン内での立ち回りだ」

「凄い観察眼だね。まぁ、いつかはばれると思っていたよ」


 つば広帽子を傾けて、オルは微苦笑を浮かべる。


「お察しの通り、私は異世界人だよ。薄闇世界でも日本でもない世界の住人なんだ」


 先ほど階層スロープで実演された影が出来ないという特徴で察しはついていたため、橙香も納得する。

 しかし、オルが異世界人だとすれば分からない事がある。


「薄闇世界のダンジョンって日本へ通じてる奴しか攻略されてないよね。オルさんはどうやって薄闇世界に来たの?」

「……言えない」


 その言葉で、後ろめたい手段を想起させる。サトリに暴露された内心も相まって、オルを信頼する事などできなくなる拒絶の言葉だった。

 だが、南藤は機馬の上で体を起こしながら口を開く。


「何はともあれ、俺達の敵ではないと確定したんだからそれでいい」

「――え?」

「そうだね。ボク達に危害を加える気がないのは間違いないし。秘密の一つや二つはあるものだよね」

「そんな軽い話ではないはずなのだけれど……」


 あっさりと流されてしまいそうな話の流れに、オルの方が困惑してしまう。

 しかし、南藤はそんなオルの困惑に興味を示さない。


「危害を加える機会なら何度もあった。何らかの目的はあるんだろうけど、それが俺たちの不利になるようなものだとは思えない」


 問題が解決したわけではないが、と南藤は呟いて、スマホを操作する。すると、サトリの声が流れてきた。


『――血だまりを踏みしめた人殺しのその足で故郷の地を再び踏むのか?』


 オルの顔がこわばるのを横目に見ながら、南藤はスマホを左右に振る。


「問題はこの言葉の真意だ。オルがこの世界の出身ではない事は分かった。つまり、故郷とは異世界の事なんだろう。その上で、人殺しとやらを忌避して故郷に戻ってもいいのかを悩んでいる。本質的に悪人ではないんだろう。必要に迫られて人を殺す覚悟はあるのかもしれないけどな」

「知った風な口を聞くものだね」


 肩を竦めるオルに南藤も肩を竦め返す。


「知らないなりに知ろうとする。人間関係の構築手順なんてこれに尽きるだろ。それで、俺の推論は当たりか?」

「さて、ね」


 答えをはぐらかしたオルは道の先に見えてきた街の外壁を見つめて、続けた。


「君たちに危害を加えるつもりはないよ。逆に、守るために来たんだから――いや、やめておこう。身勝手な事を口にするところだった」


 何を言いかけたのか気になるが、問い詰めたところで話さないのはオルの表情から見ても明らかだった。


「守るって事は、今後も俺たちと一緒にダンジョンに潜りたいって事でいいのか?」

「出来ればそうしたい。できないのなら、仕方がないからこっそりついていくことにするよ」


 オル自身、南藤たちを尾行する事などできないと分かっているらしく、宙に浮いたままの毬蜂を見つめる。

 南藤たちがオルの排除に動くとは考えていないのだろう。


「自身の出自も目的も話さずに同行だけは願う、と?」

「君たちにとっても悪い話ではないはずだよ。私の魔法は外部の魔力を使用するのだから」


 南藤の魔力酔いを緩和できる可能性についての指摘だが、他ならぬ南藤自身が首を振って否定した。


「いままでオルさんが使用した魔法で消費した魔力はたかが知れている。焼け石に水だ」

「隠し玉があるとしてもかい?」

「気になる話だが、隠し玉というからにはすぐに披露してもらえるものでもないんだろう?」

「そうだね。その時が来るまでは秘匿しておきたい話だよ」


 オルの勝手な話に南藤は腕を組んで考えた後、ため息を吐いて橙香を横目で見た。


「そう睨むな。必要な事だ」

「分かってるけどさ。言い方ってあるじゃん」

「それも含めて必要なプロセスだ。まぁ、橙香同様、俺もオルが今後も一緒にダンジョンに潜るのに反対しているわけではない。ただ、いまのうちに話せることは全て話しておいてもらいたいってだけでな」


 だが、これ以上は聞きだせそうもないな、と南藤はオルの顔を見て内心ため息を吐いた。

 街の正門をくぐり、南藤たちの定宿まで歩く。


「では私はここで。次にダンジョンに行くのはいつになるのかな?」

「三日後に、日本に戻って知り合いの冒険者たちと合流する。朝にこの宿の前で落ち合おう」

「分かった」


 宿の前でオルと別れ、南藤は橙香を連れて宿の中へと入る。

 天狗や雪女がくつろぐロビーで、玄関を潜った南藤たちに片手をあげて呼びかける姿があった。


「南藤さん、ちょっといい?」

「中井さんですか」


 クラン『魔法探究班』に所属する中二病患者、中井レンは南藤たちを手招きする。ロビーの奥に位置する休憩スペースだ。


「なんか、前に遭った時と雰囲気違うね。凄くまともそう」


 首を傾げる橙香と共に中井の元へ歩き、勧められるままに対面のソファに腰を下ろす。

 中井は周囲に人の目がない事を確かめた後、身を乗り出して小声で話し出した。


「南藤さんについて探っている方がいます」

「素性は?」

「薄闇世界の人間で間違いないようです。どうにも、南藤さんや橙香さん本人ではなく、オルさんとの関係性に関して探りを入れているようで……」


 殺害予告が出ている事もあって南藤や周辺に関する情報の取り扱いにシビアになっている日本、霊界勢の間ではすでにその人物についての話が出回っており、迂闊に情報を漏らすようなことはしていないという。

 しかし、薄闇世界の冒険者たちは殺害予告については知らないため、何らかの情報が回っている可能性がある。


「ただ、南藤さんの能力などに興味がないのも確かなようで、先ほど言ったように質問はオルさんとの関係性についてのみに偏っているんです」

「まとめた資料などはありますか?」

「SDカードです」


 対応していますよね、と中井が南藤のスマホを指差す。

 南藤はSDカードをスマホに差し込むことで答えに代え、資料を読む。


「名前はフレィケル。年齢は八十二歳。現在の薄闇世界ではかなりの高齢者です」


 ダンジョンの氾濫により人口が激減し、滅亡寸前までいっているこの薄闇世界においては珍しいほどの高齢者だ。ほとんどは氾濫に巻き込まれ、逃げる間もなくダンジョンに連れ去られるか殺されている。

 資料には氏名、年齢、住所、家族構成や出身地などの個人情報が大量に書かれていた。


「クラン『魔法探究班』って探偵の集まりか何かですか?」

「まっさか。薄闇世界の人達の個人情報の取り扱いが杜撰なだけですよ」


 中井は悪びれもせずにそう言って、紅茶を飲む。


「そんな事よりも注目していただきたいのは経歴の方です」


 中井に促されて、橙香もスマホ画面を覗き込む。


「四十年前に唐突に消息を絶ってるね。それで三十年前に前触れもなく故郷に帰ってきてる。神隠しってこっちの世界にもあるのかな」

「三十年前に薄闇世界最初のダンジョンが見つかったと言ったら、どう思いますか?」


 中井の言葉に、南藤は得心したように頷いた。


「フレィケルさんに直接会って情報を抜いてくればいいんですね?」

「危ない橋の可能性もありますけどね。薄闇世界人ではないオルさんとの関係性を探っている事といい、どうにも引っかかるところの多いご婦人なもので。とはいえ、ダンジョンそのものについて何かを知っている、と考えるのは流石に発想の飛躍なのでしょう」

「例え無関係だとしても、何故オルさんについて調べるのかを聞いた方がいい俺達の立場なら、フレィケルさんと接触しても無駄足にはならない」

「あくまでもついでに、ダンジョンについて聞いてみてほしいんです」


 情報をまとめてもらった手前、断るつもりもない南藤は快諾する。


「明日にでも会ってみますよ」


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