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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン
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第十六話 サトリ

 サトリの死骸は泣く泣く放置して、木霊から距離を取る。


「内心を暴露されても惚気しか聞こえてこないっていうのは、外野からすると反応に困るものだね」

「いや、でも結構恥ずかしかったんだよ?」

「普段の言動と大した違いがなかったけれど?」

「裏表のない性格だから」

「尊敬するよ」


 オルは冗談でも皮肉でもなくそう言って、後方を振り返る。

 サトリの死骸が散らばっているが、通りの奥に白い靄のようなものが見えた。あれが木霊と呼ばれる魔物なのだろう。

 橙香も後ろを振り返り、木霊の姿を確認する。


「索敵が難しい分、立ち回りが難しいね」


 走りながら橙香が呟くと、オルも頷きを返した。


「三人で潜るには厳しい環境だと思う。でも、迂闊に仲間を増やせない事情もある。八方ふさがりというやつだよ」


 南藤の殺害予告が出ている以上、見知らぬ他人を仲間として引き入れる事は出来ない。

 大塚や室浦といった知り合いに声を掛けるしかないのだが、大塚たちは数日は第一階層で魔力強化を狙うとの話だった。バフォメット戦で爆散してしまった室浦のバスタオルを再び作り出すために強化が必要なのだという。


「他に心当たりはないのかい?」

「ないわけでもないんだけど、来てくれるかどうか」


 もうそろそろいいだろうと歩調を緩め、南藤に索敵を任せる。

 建物の中はともかく、外に魔物の姿は見えないとの事だった。


「一度階層階段に引き返す?」


 態勢を立て直すか、そのまま外に出るかの判断は保留にしつつ、橙香は南藤に訊ねる。

 南藤はゆるゆると首を縦に振った。賛成らしい。


「オルさんはどうする?」

「賛成かな。木霊に出くわして周囲の魔物が集まると対処しきれない可能性も高いからね」

「じゃあ戻ろう」


 率先して橙香が歩き出す。

 木造住宅街を歩きながら、階層階段へと戻る。


「こういう人工物で構成された階層って、ダミー階段っていうのがあるらしいよ」

「ダミー?」


 橙香が聞きかじった知識を披露すると、オルが聞き返した。

 ダミー階段は階層同士をつなぐ階段に模して造られた、モンスターハウス直通の階段である。迂闊に踏み込めば多勢に無勢で魔物に襲われることになり、階段を下りていく関係上、撤退するのも容易ではなくなる。

 説明を聞いたオルが納得したように頷く。


「ちょっとした罠みたいなものか」

「芳紀がドローンで先行偵察できるからあまり心配いらないけどね。でも、仲間を集めるならアピールポイントになるかなって」

「なるほど。可哀想だけど、現状で南藤さんはあまり役に立ててないからね」


 建物の中を索敵できない以上、この階層で南藤はあまり活躍できない。となれば、魔力酔いの患者である南藤は足手まといにもなりかねなかった。

 しかも、この階層には魔物を呼び集める木霊が出現するため、自衛能力もない南藤の護衛も必要となる。


「この階層は他の冒険者に任せて、私たちは上の階層で魔力強化を狙うという選択肢もあると思うね」


 オルが建設的な意見を口にする。

 橙香は考えるような素振りを見せた。

 確かに、現状の戦力では多勢に無勢となると戦いにくくなる。第四階層は住宅街だけあって退路も限定されており、道が封鎖されれば包囲されかねない。

 橙香は頷いて、オルの意見に賛成した。


「信用できそうな人に声を掛けて連合パーティーを組んでもらった方がよさそうだね」


 意見調整の必要もあるだろうが、クラン『鞍馬』や『雪華』などの霊界出身者のパーティーは霊界への帰郷を目標としている関係で多少の赤字には目をつむる傾向にある。

 この機会に大連合を組んで一気にこのダンジョンの攻略を目指すのも一つの策だと思えた。

 南藤の操縦するドローン団子弓の案内に従って階層階段へと向かって歩いていると、建物の屋根の上にサトリが姿を現した。直後に団子弓に射殺されて屋根から転がり落ちてくる。

 橙香がサトリの死骸の首根っこを掴みあげて血を南藤に浴びせつつ、移動を再開。

 後十分ほどで階層階段が見えてくるというタイミングで、橙香たちはその異常に気が付いた。

 階層階段がある方角に魔物が溜まっているのだ。


「芳紀、探れる?」


 左手で親指を立てた南藤が団子弓を引っ込めて毬蜂を出撃させ、階層階段周辺の索敵を行う。

 オルと共に南藤のスマホ画面を覗き込んだ橙香は階層階段前の惨状にため息を吐いた。

 階層階段の前で二十代前半の冒険者たちが十人ほどたむろしている。鳥かごのようなものに木霊を捕えており、木霊の能力で呼び寄せた魔物を遠距離武器で討伐し、フック付きの縄で引き寄せて魔力強化を行っているらしい。

 階層階段の周辺は基本的に安全地帯であり、魔物は氾濫時以外に近寄ってこない。そのまま上の階層へと撤退する退路ともなり、戦略上重要な地点だ。

 そんな場所で他の冒険者の迷惑を顧みずに魔物を呼び寄せて討伐効率を高めるなど、まともな冒険者のする事ではない。


「はた迷惑なことする人たちだね。不良冒険者だよ」

「どうするのさ?」

「正直関わりたくないけど、あのまま階層階段を占拠されちゃったらボク達も帰れないし……」


 階層階段前に群れている魔物は優に五十を数え、さらに追加の魔物が近付いてくる気配もある。

 毬蜂で撮影したこの映像を異世界貿易機構に提出すれば、彼らの冒険者資格が一定期間失効するか、罰金が科せられるような状況だ。

 もっとも、階層階段を占拠しているのは日本冒険者ではなく薄闇世界の冒険者であり、資格に縛られる事もないのだが。

 オルが魔物の群れを指差す。


「突っ切るかい?」


 提案こそしたものの、できればやりたくないと表情に出ている。上手く魔物の群れを抜けたとしても階層階段前で冒険者たちに難癖を付けられ、騒動が起きそうだからだ。

 橙香もそんな未来をアリアリと想像できてしまうため、魔物の群れを遠目に眺めながら手を出しあぐねている。


「適当な家の中でくつろいでる?」

「ダンジョンの中なんだけどねぇ」


 勝手知ったる他人の家とばかりに橙香が適当な民家の玄関を開けて中に入る。

 建物の中に入れば魔物に見つかりにくくなり、仮に見つかって外から魔物に襲われても、橙香が鉄塊で壁を破壊して逃げ出すことができる。

 鬼族の民家に入って客間にあったちゃぶ台を囲み、橙香が機馬から水筒を取り出した。


「お茶請けはザラメおせんべいでいいかな?」

「ダンジョンなんだけどなぁ」


 ちゃぶ台の上に置かれたザラメせんべいの袋を見たオルが納得いかなそうに呟く。

 ドローンで階層階段前の様子を観察しながらくつろいでいると、南藤が身じろぎした。


「芳紀、どうかしたの?」


 畳の上を滑るように移動した橙香がスマホ画面を覗き込む。


「……あちゃー」


 画面には冒険者とサトリたちが綱引きをする姿が映し出されていた。

 冒険者が魔物の死骸を回収するために投げたフック付きロープを、読心術で作戦を知ったサトリたちが集団で掴みとって綱引きの形になったらしい。

 しかし、魔物側と違って冒険者はただ魔物の死骸を回収するだけのつもりで適当にロープを投げていたため態勢が不十分だったらしく、形成は一瞬で傾いた。

 ロープごと階層階段前から引きずりだされた冒険者を仲間たちが助けようとするが、すでに周囲は彼らが木霊を使って呼び寄せた魔物に埋め尽くされていて手が出せない。

 慌ててロープを放して逃げようとした冒険者だったが、サトリたちはそれすら読んでいたように逆にフックを冒険者に投げつけた。

 運悪く服に引っかかったフックを外そうとする前にサトリたちが渾身の力を込めて冒険者を引っ張る。

 狒々のような姿をしているだけあって握力も腕力も中々のようで、冒険者はフックを外す暇もなくずるずると魔物の群れに引き込まれてしまった。

 すぐに仲間が救出に動くが、多勢に無勢である。間に合うはずもなかった。

 引きずり込んだ冒険者の手足に取りついたサトリたちがその腕力で関節をあらぬ方向に曲げ、まるで子供が人形を乱雑に弄ぶようにその体を破壊し始める。

 凄惨な光景に橙香が目を逸らし、毬蜂のカメラレンズも階層階段前の冒険者たちへとレンズを向けた。

 安全なはずの狩りでまざまざと見せつけられた仲間の死に衝撃を受けていた冒険者たちだったがすぐに思考を切り替えて階層階段を利用し第三階層への撤退を図る。

 魔物たちは階層階段へある程度まで近付くと、途端に興味を失ったように思い思いの方向へと移動を始めた。

 この階層が木造住宅立ち並ぶ市街地として作られている以上、魔物は道沿いに進むため進路は限られる。

 そして、進路の中には橙香たちがいる家に向かうルートもあった。


「サトリが三体、大山椒魚が十七体、他にもいろいろいるみたい」


 橙香が伝えると、オルはちゃぶ台の上に置かれていた煎餅などを片付け始めた。


「それは……撤退した方がよさそうだ」

「そうだね」


 橙香も立ちあがりかけた時、建物の二階から物音が聞こえてきた。

 一瞬で警戒態勢に入り、橙香は二階を見上げつつ鉄塊を手に取る。


『あぁ』


 二階から聞こえてきたサトリの声から位置を判断する。

 おそらくここだろう、とあたりを付けた時再びサトリの声が聞こえてきた。

 音もなく移動して立ち位置を変えたらしく、サトリの声はオルの真上から届く。


『血だまりを踏みしめた人殺しのその足で故郷の地を再び踏むのか?』


 さっと音が聞こえてきそうなほど、オルの顔から血の気が引いた。

 直後、橙香は鉄塊を振り上げて二階にいるサトリ目がけて天井をぶち破った。

 足場を崩されて落ちてきたサトリを踏み殺し、橙香は南藤を振り返る。


「芳紀、魔物は?」


 南藤が首を振る。魔物がこの騒ぎに気付いた様子はないという事だろう。

 ドローン毬蜂が階層階段前の戦いを調査している隙にサトリが屋根から潜り込んだらしい。


「オルさん、とりあえずここから逃げるよ。サトリが仲間を呼んでいたかもしれないから」

「……え? あぁ」


 橙香に声を掛けられたオルは明らかに狼狽していたが、それでも状況を認識してすぐに頷きを返してきた。

 サトリが読んだ心の声について気にならないわけでもなかったが、優先順位を間違えるわけにはいかない。

 橙香は南藤とオルを連れて建物の裏口から脱出し、一時撤退した。




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