第十三話 魔物狩りツアー
「来るぞ。次の者、準備はよいか?」
リーズリウム深緑ダンジョン、または大戸峠ダンジョン第一階層。
空から周囲を見回して魔物の接近を確認した法徳が足元の集団に呼びかけた。
集団から禿頭の大男を先頭にした集団が歩み出る。
「クラン『光源』であったか? 魔物はシイが二、大山椒魚が四の混成である。手に余る場合は――」
「少ないくらいだ。対多数が大得意なもんでな」
禿頭の大男は不敵な笑みを浮かべて言い返すと、得物であろう管楽器の一種、笙を口元へと持ってくる。
音が響く。籠りがちで雑味があり、それ故に奥深い音色が響き始める。
魔物たちが水路へと躍り出てくる。
次の瞬間、魔物たちが足をもつれさせ、右に左に意味もなく蛇行し始めた。
水路の左右にそびえる石垣の上から観戦していた冒険者たちがめまいを覚えた瞬間、禿頭の大男の横に小柄な女性が立ち、小鼓をポンっと軽快に鳴らした。
すると、冒険者たちは先ほどの眩暈が嘘のように思考が澄み渡る。
「まるで化かされたようだ」
誰かが呟く。
冒険者たちとは違って魔物側はまだめまいに襲われているらしい。石垣に頭をぶつけふらふらと彷徨いながら、それでもダンジョンへの侵入者を殺さなくてはと使命感に突き動かされて闘志を燃やす。
いっそ憐れなほどだったが、禿頭の大男が奏でる笙の音は止まない。吸っても吐いても音を出す笙の影響は途切れることなく魔物を苛み続ける。
後方から弓を持った二人組が弦を弾く。優雅に見えるその仕草はしかし、致命の一矢を都度放っていた。
めまいにより足取りが安定しない魔物たちへと正確に矢が突き刺さっていく。
魔物との距離を維持するべく少しずつ下がりながら、着実に魔物を仕留めていく。俗に引き撃ちと呼ばれる手法であり、一般的な戦法でもある。しかし、完成度が非常に高い。
たった四人で六体の魔物を相手取って近寄らせずに即死させていく彼らの連携や芸術的な戦術は日本側からも薄闇世界側からも多大な拍手が送られた。
興が乗ったのか、禿頭の大男たちは丁寧に礼をして下がった。
彼らが下がったのを見て、法徳はこのイベントの企画者である南藤を見た。
南藤が片手をあげる。
法徳は微かに頷きを返して、薄闇世界の冒険者たちが陣取る一角へ声を掛けた。
「では次の者、前へ!」
呼ばれて水路にその姿を現したのは白装束の集団だった。
総勢十二人。全員が網か鎖を持っている。
白装束の集団が配置に着いたのを確認し、法徳は仲間の天狗たちに手信号を送る。
「来るぞ。シイ六、大山椒魚十二の混成である」
「了解した」
白装束の集団の一人、白い頭巾に赤い線が引かれている男が法徳に言い返し、右手を上げる。
魔物の集団が水路に現れても白装束たちは動かない。
彼我の距離が十メートルまで近づいた直後、右手が正面へと振るわれる。
「――絡み!」
号令一下、鎖を構えた冒険者たちが左右の石垣へと手元の鎖の両端を投げつける。
張り巡らされた鎖のただ中へ駆けこんできた魔物たちは、それ自体が生きているかのようにうねりだした鎖に体を拘束されて転がった。
しかし、魔物の数が多い。捕らわれなかった魔物たちが無手となった冒険者へ襲い掛かろうとした瞬間、冒険者は並外れた跳躍力で頭上へと跳び上がる。
「――揚げよ!」
号令と共に、いつの間にか足元に張り巡らされていた網が重力を無視して上へと持ち上がる。
突如として足場が持ち上がり網に絡め取られた魔物たちへ、頭上へ跳び上がっていた冒険者たちが着地する。
ドンッと地響きが起きた。
冒険者たちの着地音だと即座に気が付けたのは、踏み殺された魔物たちが血飛沫を散らして肉塊となったからだ。
「――放て!」
命令が下されると、網が再び重力を無視して上へと持ち上がる。その反動を利用して跳び上がった冒険者たちは鎖で拘束した魔物たちへ文字通り飛びかかり、踏み殺した。
唯一、毒針に覆われているシイは直接踏み殺される事がなかった。しかし、身体を縛り付けている鎖は左右の石垣に突き刺さっている両端へと巻き上げられている。ほどなくして宙吊りとなったシイは直後に上から降ってきた冒険者に鎖を踏みつけられた反動で上空へと高く打ち上げられ、逃れる事の叶わない重力により水路の底へと叩きつけられて絶命した。
上下運動の大きい派手な戦い振りではあったが、周囲に鎖を固定するモノがなければ鎖そのものを投げつけて魔物を捕縛する事も可能だという。
今回はギャラリー向けに派手な戦いを見せたようだ。
次に水路に現れたのは八人組の冒険者。日本のクランとしてはやや大所帯だ。
「シイ四、大山椒魚八の混成である」
法徳が知らせると、冒険者たちは扇風機の羽部分を取り出した。巨大な手裏剣のようにも見えるが、材質はプラスチックである。
日本の冒険者は揃って怪訝な顔をするが、薄闇世界の冒険者は見た事のない材質に興味津々だ。
水路を駆けてくるシイに投擲された四つの羽は回転しながら宙を飛ぶ。正面から飛んでくるそれを悠々と避けようとしたシイだったが、羽は突然軌道を変えて、回避に入ったシイを追尾した。
迫る扇風機に顔を向けたシイだが、もはや回避は間に合わない。
羽はプラスチックとは思えない切れ味でシイの首や胴を切断すると、ブーメランのような軌道を描いて冒険者の手元へと戻ってくる。
魔力強化されていると思しき皮手袋で羽を受け止めた冒険者の前で、投擲しなかった仲間が羽を小さな盾でもかまえるように正面へ掲げる。
体当たりしてきた全長十メートルの大山椒魚を盾として構えた羽で受け流しつつ側面へと回り込み、手首のスナップを利かせて羽の先端で大山椒魚の胴を薙ぎ払う。
生命力に優れた大山椒魚の魔物は横に転がるようにして冒険者から距離を取る。
しかし、冒険者は羽に付着した血を払うように振りながら投擲した。大山椒魚の巨体に追いすがった羽があっさりと胴体に食い込み、切断してのける。
前足と頭だけになった上半身だけで果敢に食らいつこうとする大山椒魚に呆れたような視線が向けられるのと、ブーメラン軌道で戻ってきた羽が投げつけられるのは同時だった。
上半身を縦に両断された大山椒魚は流石に命を取りこぼし、力なく水路に倒れ伏す。
特に誇る事でもない、と扇風機の羽を回収した冒険者たちが下がっていった。
入れ代わり立ち代わり、特殊な武装を持つ冒険者たちが水路に立ってその戦いを披露する。
進行役を務めながら、法徳は日本、薄闇の冒険者を眺める。
「……誰も気にせぬのか」
現在、このダンジョンの第一階層に出現する魔物はシイ、蜃、糸繰り狢、塗り壁もどき、夜雀、野伏間、群蜂、大山椒魚の計八種類。
にもかかわらず、このイベント会場に流れ込んでくるのは常にシイと大山椒魚の二種類のみ。それも、水路に立った冒険者集団と同数の大山椒魚とそれの半分に当たる数のシイの組み合わせで固定されている。
当然、気付いている冒険者も多い。この場にいるのは日本や薄闇世界で名を馳せ、相手方に舐められないようにと厳選された凄腕なのだから。
しかし、この異常を引き起こしているのが会場の端に鎮座した大型機械の上で大の字になっている青年だと気付いている者が果たして何人いるのか。
上空にいる法徳たち天狗衆にはすべてが見えている。
第一階層の水路迷宮はショートカットを許さない。魔物の群れという報復で必ずショートカットを阻もうとする。
司会進行の法徳や周辺監視の天狗衆、水路左右の石垣の上に陣取る日本と薄闇世界の冒険者、全てがショートカットをもくろむ不届き者と認識しているダンジョンが送り込んでくる大量の魔物たちがこの会場に向かってきている。
その大量の魔物たちを橙香と南藤のドローン、大塚が間引きしているのだ。
天狗衆も飛行型魔物の駆逐に手を出しているが、数倍の数の魔物を相手にあっさりと殲滅戦を演じて見せる橙香たちは別格だった。
もっとも、倒した魔物の数が多いだけで魔力強化がはかどっている様子はない。次から次に押し寄せてくる魔物の処理に追われているため、戦闘そのものに余裕はあっても魔物から血を抜き取る時間的な余裕はないのだ。
それでもやはり、天狗衆も目を剥く殲滅効率なのは間違いなかった。
次々と水路に出てくる冒険者たちの間隙を縫って、法徳は無線機で南藤に呼びかける。
「橙香殿たちに魔物を殲滅させ、ここの冒険者で血液採取を行えば魔力強化もはかどるのではないか?」
「うぇあ」
「……橙香殿、どうだろうか?」
同じ無線を聞いているはずの橙香に訊ねるが、返事は芳しくなかった。
「配分が難しいし、シイが多すぎて危ないよ。同じ理由で『鞍馬』の天狗衆もこの狩り方を諦めたんでしょ?」
「採取要員がいれば効率が上がるのではないかと思うが」
「どうせ倒すのがボク達なら、配分しなくて済む分ボク達だけでやった方が効率良いよ。少数で動けばシイの割合もかなり減らせるし、芳紀の索敵があるから転戦もすぐだし」
そう言い返されてしまうと納得せざるを得ない。
無線での会話を打ち切って、法徳は足元を見下ろす。
日本側、薄闇世界側、双方ともに特殊兵装を持つ冒険者クランばかりだけあってトリッキーな戦い方が多い。
魔力強化の組み合わせについて相談し合っている姿も見受けられ、親善を兼ねたイベントとしては成果を上げている。
企画者である南藤たちや運営を手伝っている天狗衆への感謝の声もあり、戦闘を披露していないにもかかわらず顔は売れてきていた。今後、ダンジョン内で同士討ちされるような危険も低くなるだろう。
だが、と法徳は南藤へちらりと視線を向ける。
元々殺害予告がされている南藤に関しては逆に危険が高まっているはずだった。
「何事もなければよいのだが……」
祈るように呟いて、法徳はイベントの進行をするべく口を開いた。
「――次の者、前へ」