第九話 救助
リーズリウム深緑ダンジョンへと急行していると、上空を飛んでいた法徳が急に無線を飛ばしてきた。
『ダンジョン前が騒がしい。様子を見に先行する』
『了解。何かあれば無線で』
『了解』
ダンジョン前に急行する法徳を見送って、南藤も機馬の速度を上げる。
「芳紀、魔力酔いは大丈夫?」
橙香は南藤に訊ねる。
魔力強化を施したことでダンジョンの外であれば通常通りに活動できるはずの南藤だが、森に入ってから顔色が悪くなってきていた。
ダンジョンに異変が起こり、新種の魔物が多数増えた事から考えると、ダンジョンが成長したのかもしれない。
南藤は機馬の操縦をしながら答える。
「魔力濃度の低い所を選んでいるからな。もう少ししたら下り坂が続いて風通しの悪い森の奥に入るから、多分倒れる」
南藤の言葉を聞いて、橙香は介抱する準備を始めた。
深映が後方へ流れる景色を見送りながら、南藤を見る。
「噂に聞く魔力酔いどれ冒険者の醜態をとくと拝ませてもらうとするわ」
「見ていて楽しいものではないと思いますよ?」
「駄目男が好みなのよ」
「芳紀はボクのだからね!」
「取りはしないわ。略奪愛で得られるのは破滅的な自己愛だけだと相場が決まっているもの」
「雪女ってそういうの好きな娘が多いし……」
「……まぁ、否定はできないわね」
視線を逸らした深映を橙香が横目で睨んでいると、南藤の上体が揺れ始めた。
「もう、げんけぁ」
「はい、芳紀おいでー」
倒れそうになった南藤の上半身を受け止めて、橙香は嬉しそうに抱きしめる。
すると、今度は深映が橙香を横目で睨んだ。人の事言えないじゃないか、と。
魔物が掃討されて安全になっているだけあって滞りなくダンジョンの前に到着した南藤たちを待っていた法徳が手を貸せとジェスチャーしてくる。
ダンジョンの前には人がごった返しており、情報を求める声がそこかしこから聞こえてきていた。
「刺された者を順次街へ。傷口から毒が回らぬよう縛るのを忘れるな!」
「馬車はまだか!」
怪我人が多数出ているらしく、ダンジョンの横に敷かれた布の上に冒険者が寝かされている。
深映が法徳を見つけて声を掛けた。
「法徳、状況の説明をお願い」
「ダンジョン内で蜂型の魔物に刺された冒険者が数人出ている。行方不明者も多い。無事な者を集めて救助に向かった方がよい」
「流石にダンジョン探索の準備はしてないわよ?」
「我ら天狗衆は地震で探索を切り上げたばかり故、探索の準備はできている。一日ほど、この場を頼めるか?」
「仕方がないわね」
深映は法徳の背中を軽く叩いて後を引き取る。
「南藤さん、申し訳ないのだけれど、その機械で怪我人を街へ運んで貰えるかしら?」
「おぅ」
「よろしくおね――」
「ちょっと待って、だって」
「え?」
南藤が発した単語の意味を通訳する橙香に深映が困惑する。
南藤は機馬をゆっくりと降りると、ふらふらとおぼつかない足取りで草むらへと向かって行った。
「吐くのね……」
不安になる深映だったが、あれでも二つのダンジョンの攻略に貢献した青年なのだからきっと大丈夫だと信じる事にした。
南藤が機馬へと戻ってくる間に、橙香は機馬の収納スペースからロープを引っ張り出し、怪我人たちを見て重傷の者を選び出し、機馬の上に載せていく。
最後に比較的症状が軽く、多少揺らしても大丈夫そうな女性冒険者を背負って、南藤の操る機馬と共に街へと出発した。
途中で街から出発してきたらしい馬車とすれ違う。森の奥にあるリーズリウム深緑ダンジョンまでは獣道に毛が生えたような悪路で、馬車は通り抜けるのに苦労している。
「あの様子だと時間かかりそうだね」
「あぁ。俺達で怪我人を運ぶ方が早いだろうな」
ダンジョンから離れた事もあって受け答えがはっきりしてきた南藤が橙香の背に負ぶわれている女性冒険者に声を掛ける。
「病院までの道案内をお願いします」
「街に入ってからでいいですよね?」
「はい。それまで休んでいてください」
街に到着すると、入り口である大門の前に人垣ができていた。先ほどの地震で外に出ていた者達が一度に戻って来たらしい。
しかし、大門の前にいた人たちは薄闇世界には存在しない大型六脚機械の機馬に驚き、その上に乗せられている重傷を負った冒険者を見て左右に分かれて道を作ってくれた。
礼を言って間を走り抜け、大門を守る兵士に身分証明などの審査を飛ばして通してもらう。
女性冒険者の道案内に従って到着した病院は地震で倒壊した建物から運び出されたり火事に巻き込まれた怪我人でごった返していた。
忙しく動き回っている医師や看護師に声を掛けて運んできた冒険者たちをベッドへ移し、南藤と橙香は再びダンジョンへと急ぐ。
途中で馬車の列を追い抜いてダンジョンに到着し、怪我人を運んで町へと戻るの繰り返しだ。
重傷者の輸送を終えて改めてダンジョンに戻ると、行方不明者の捜索にあたっていた法徳たち天狗衆がダンジョンから出てきていた。
「孤立していた冒険者を数人見つけた。残念だが、死者も出ている」
遺品が並んだ一画を見つめて、法徳が報告する。
ダンジョン内で孤立していた冒険者二十三名、死者、行方不明者は七名。大惨事と形容されるような被害だ。
「ここ最近は法徳さんたちの活躍で明るい話題が多かったのに……」
また冒険者たちが暗い顔をすることになるかもしれないと橙香はため息を吐いた。
しかし、悪い知らせはまだあるらしい。
法徳が深映を呼び、南藤と橙香にも近くに寄るよう手招きする。
「まだ未確認の情報ではあるのだが、ダンジョン内で武装した人型の魔物を見たとの証言がある。孤立していた冒険者が目撃したのは三人組であったそうだ」
「声を潜めるって事は、魔物か人か見分けがつかないの?」
「そのようだ。薄闇世界の住人にはいない黒髪であったことから警戒して近付かなかったとの話だ。南藤殿や橙香殿を見る目が語っているであろう?」
「……変な視線があると思ったらそういう事だったんだ……」
機馬で往復している間に徐々に増えて行った妙な視線を思いだし、橙香が陰鬱なため息を吐く。
「南藤殿と橙香殿については冒険者の間にも顔が知られている故、表だって問題となる事は無かろう。ダンジョン内においてもだ。しかし、クラン『魔法探究班』のメンバーには引き籠りも多く、顔が知られていない。魔物と誤認される可能性があろうな」
「同士討ちの恐れがあるんですか?」
「否。クラン『魔法探究班』は引き籠りである以上、ダンジョンへは近付かぬ。しかし、ダンジョン内の人型が本当に魔物とも限らぬ」
「異世界の住人が同じ階層にいるかもしれないって事?」
「左様。特殊ルールのダンジョンは例がないわけでもあるまい?」
法徳が視線を向ける先、南藤がスマホを掲げていた。
EU圏の競争ダンジョンなどの特殊ルールのダンジョンについてまとめられている。
法徳が指摘する通り、特殊ルールのダンジョンは地球にもいくつか存在していた。そのどれもが競争を煽り、大量死を招く事を目的としたような意地の悪いルールばかりだ。
意地の悪さを考えれば、同じ場所に競争相手である異世界の冒険者が存在するダンジョンがあってもおかしくはない。攻略する立場の橙香たちにとってはいい迷惑だ。
「向こう側と接触し、可能ならば友好関係を結びたい。そうでなくとも、互いに不干渉の取り決めを結ばねば、ダンジョン内で殺し合いが起きかねぬ。攻略した後の交流にも差し支えるであろう」
「そうは言っても、向こうと話せる状況を作れるの?」
「それが現状の課題ではある。だが、こちら側だけで周知徹底してみたところで向こう側の出方次第では全面抗争になるのだ。話を付けるまで、薄闇世界側の冒険者がむやみに立ち入らぬようにせねばならぬ」
法徳の言葉に深映が肩を竦める。
「天狗の悪癖ね。己の言葉に誰もが従う、それが天狗のあるべき姿。貴方たちの諺よね?」
「何が言いたいのだ?」
「薄闇世界の冒険者が探索を中断する道理がないわ。少なくとも、私たちの言葉に従うとは思えない」
「……ふむ」
深映の指摘を受けた法徳は腕を組んで考え込む。
橙香はダンジョン前の冒険者たちへ視線を向けた。
新種の魔物による多大な被害が出た直後であり、やや意気消沈した冒険者も多いが、それ以上に敵意を向けてダンジョンの入り口を睨んでいる冒険者の方が多い。
天狗衆たちの功績が大きいとはいえ、ここ最近はダンジョンの攻略に関して快進撃と言っていい成果が続いていたのだ。周辺の森の魔物の討伐も終わり、後顧の憂いがないのも後押しして、彼らはやや前のめりな戦意を維持している。
攻略についてのみいえば、彼らの戦意が高いのは喜ばしいが、攻撃的な意識がダンジョン内で人型のナニかにぶつけられる事態は看過できない。
「まずは街に戻って有力者に状況を説明し、兵を出してこのダンジョンの入り口を封鎖してもらうのが良いと思うよ。どこまでいっても、ボク達は薄闇世界にとって異邦人なんだから、この世界の人達に決定権をゆだねるのが筋だと思う。もちろん、間違った決定をしないように持ち得る限りの情報を渡すべきだと思うけど」
「橙香殿の意見が妥当な線か」
「では、私たちは異世界貿易機構に掛け合って翻訳機の準備をしましょう。冒険者全員に行き渡らずとも、向こうと交流するための少数精鋭に配る程度には揃えられるはずよ」
各々の役割を定めて、行動を開始する。
しかし、薄闇世界側はダンジョンの封鎖を渋り、攻略は今まで通りに継続する事が発表された。
それほど、薄闇世界の住人がダンジョン、ひいては魔物に怯え、かつ憎んでいたのだ。
この決定が三日後、新たな騒動の種を呼び込む事になるのだった。




