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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第一章 乙山ダンジョン
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第六話  魔力強化

 すれ違った冒険者が唖然とした顔で六本の足を器用に動かして駆け抜ける大型機械を見送る。

 当然だろう。乙山ダンジョン第二階層、通称夜間平原と呼ばれるその場所で、時速六十キロメートルで駆け抜ける大型機械を見る事になるとは予想だにしなかったはずだ。

 六本脚のその機械が大人のひざ丈ほどある草をなぎ倒して走り抜け、地面にいたガスキノコと呼ばれる魔物を次々に轢殺していく。

 魔力を蓄積する過程としては高効率を誇っているのだが、すれ違う冒険者が唖然とし、次の瞬間には生理的嫌悪感の篭ったまなざしで見送る理由は実のところ別にある。


「芳紀、停まって! 芳紀ってば!」


 大型機械を追いかける中学生くらいに見える女の子が必死で呼びかける相手は、大型機械に全体重を預けている――もとい運ばれている青年だ。


「ううぷっ……」


 青い顔をしながら、どうにか振り落とされずにいる青年、南藤は見るからに吐き気を堪えていた。


「――えんがちょ」


 すれ違った冒険者の一人が中指と人差し指を交差させて呟いた。



 橙香の持っているコントローラーにより緊急停止させられた大型六脚機械、機馬の側で南藤は両膝を地面について嘔吐していた。


「芳紀、しっかり!」


 よしよし、と橙香が南藤の背中をさする。

 青い顔したままの南藤は俯きながらも不敵な笑みを浮かべる。


「ふふふ、こんな事もあろうかと、朝食は食べていない……うぷ」


 胃に何も入れてなかろうと、胃液は出る。

 黄色く尾を引く唾液を見て、橙香がポケットからティッシュを取り出した。


「ほら、顔を上げて。口を拭くから」

「す、すまん……」


 甲斐甲斐しく世話をする橙香に身を任せる南藤は、どうしようもないほど体の自由が利いていなかった。


「まさか、魔力酔いに加えて乗り物酔いとは……ぬかった」

「ガッタガッタ揺れてたよね」


 橙香が右手を目の前に掲げて揺らしてみせる。

 確かに激しい揺れだった、と南藤も振り返ってぶり返した吐き気を呑みこんだ。

 現代日本の道路事情がいかに恵まれていたかが良く分かる。関係者に足を向けて寝られないが、関係者が多すぎるので立って寝る事になりそうだ。

 水筒の水で口をすすぎ、魔力酔いでふらつく足で機馬に跨る。


「乗り心地は最悪だけど、魔力は貯まったみたいだ。効率はかなりいいな」

「八時間ぐらいで貯まった事になるもんね。帰るの?」

「あぁ、帰って機馬の乗り心地の向上と魔力強化をしよう」


 橙香と共に第一階層を抜けてダンジョンを出た時、南藤はふと思いつく。

 ODA等で地球の裏側まで道路工事の関係者が出張している可能性も考えれば、逆立ちして寝なくてはいけないのではないだろうか、と。

 魔力酔いにより思考が鈍化していた事を遅ればせながら自覚する南藤だった。

 荷物を載せて歩く機馬は周囲の注目を集めているが、ビニール傘で戦う者もいる冒険者業界だけあって興味以上のものは引いていない。銃規制のおかげで日本の冒険者は戦い方や武器に多様性が生まれたなどと言われているだけはある。

 異世界貿易機構の乙山支部へと向かう。住人が避難した事で使われなくなった中学校を間借りしているその支部は、ダンジョンに落ちていた冒険者登録証を届けたり、公開されている魔物の情報やダンジョンの地図の販売も行われている。

 南藤たちの目的は乙山支部の体育館で受け付けている魔力強化だ。


「すみません。魔力強化をお願いしたいんですけど」


 体育館の入り口前に張ってある簡易テントにいた職員に声を掛ける。折り畳み式の会議机に置かれている名簿に名前と冒険者登録番号を記入すると、体育館の中へ通された。


「強化の方向性は決めてありますか?」

「分解耐性でお願いします」

「機械系なら鉄板ですよね」


 職員は納得した様子で体育館の奥へ引っ込む。

 物体に籠った魔力はその物体が大きく破損した場合に漏出してしまう事が多い。厄介なのは、機馬のような機械類ではメンテナンスのために分解した際、破損時と同じように魔力が漏出する事だ。せっかく魔力強化してもメンテナンスの度に振り出しに戻っていては役に立たない。

 銃や機械類ではなく、木刀などが冒険者の得物として一般的な理由だ。

 そのため、分解耐性と呼ばれる魔力と物体の結合力を高める強化を最初に行うのが、部品点数の多い武装の鉄板となっている。

 用意されていたパイプ椅子に腰を降ろし、南藤は橙香と共にきょろきょろと体育館を見回す。

 採光窓のカーテンは閉じていて、体育館を半分に仕切るネットが天井から垂れ下がっている。ネットには眼隠し用らしきビニールシートが貼りつけられていて向こう側はよく見えなかった。


「南藤さん、どうぞー」


 ネットの向こうから職員に呼ばれたため、南藤は橙香を促して立ち上がる。


「なんか緊張してきたね」


 橙香が胸を押さえてやや猫背になりながら呟く。言葉とは裏腹に、表情はこれから起こる事への期待が浮かんでいた。

 ネットを潜って向こう側へと足を踏み入れる。


「……え?」


 目に飛び込んできた光景に、南藤は橙香と一緒に呆けた。

 床、本来であればバスケットのコートなどが描かれているその場所に巨大な魔法陣らしきものが描かれていた。

 五芒星の先に正六角形が付いたその図形は二重の円に閉じ込められている。二重の円の間には文字と図形が掛かれた護符のようなものが散りばめられていた。


「オカルトキター、なんていう反応じゃなくてがっかりですよ」


 職員が肩を竦めて、魔法陣を手で示す。


「中央にある五芒星の真ん中に魔力強化したい品を置いてください。確認ですが、分解耐性でよろしいんですね?」

「はい、お願いします」


 呆気にとられはしたが、本来の目的を忘れたわけでもない。南藤はコントローラーで機馬を操作して指示通りの場所に移動させた。

 機馬に蓄積された魔力が強化を行える基準に足りているかどうか、測定器で調べ始めた職員が説明する。


「魔力強化は元々、国内のとある冒険者が始めたお遊びのような実験から生まれたそうです。まぁ、言ってしまえば中二病的な発想ですよね」


 身も蓋もない言い方ではあったが、発見当時の冒険者掲示板でもひどく馬鹿にされ、弄り回された話だ。

 魔力強化は魔力を帯びた物品を魔法陣の中央に置くことで行う事が出来る。強化の方向性を指定できるようになるまでには約一年間の研究期間が必要だったが、魔力強化の方法が見つかったのはまさに偶然だった。

 中二病患者の冒険者が自作の魔法陣に得物を置いて日夜怪しげな儀式をして遊んでいたところ、念じるだけで長さが一割増す魔力強化が出来ていたのだ。

 冒険者掲示板にこの発見が書き込まれ、異世界貿易機構の調査の結果でデマではないと確認されると冒険者界隈は大騒ぎになった。


「魔物はいても魔法が無いという点に不満を溜め込んでいた冒険者たちがこぞって魔力強化を研究し始め、資料がどんどん揃っていったんです。ゲームの攻略とかでもそうですけど、情熱の方向性が一致した時の人間って鬼気迫るものがありますよね」


 職員の言葉に南藤と橙香は顔を見合わせ、どちらともなく視線を逸らした。一時期ネットゲームにド嵌まりした挙句、高難易度のイベントが連発された際には廃人たちと共に最速クリアを成し遂げた事があるなど、この流れで言えはしない。

 機馬に蓄積された魔力を計測し終えた職員が魔法陣を出る。


「では、強化します。この強化の後、魔力強化品の所持と移動に関する規定に従い写真を撮らせていただきます。また、異世界貿易機構を介さずに指定地域から移動する事もできなくなりますが、よろしいですね?」

「はい、かまいません」


 確認事項を終えた職員が奥にある会議机の上に置かれていたファイルから一枚の護符を出して魔法陣の上に置く。

 機馬を中心に魔法陣が波打つように魔力が広がり、外周の円まで到達すると逆再生するように機馬へ集束した。


「はい、終わりです。写真を撮りますね」

「――え、これで終わりなの?」


 もっと派手な物を期待していたらしい橙香が肩透かしを食らったように瞬きする。

 写真を撮りながら職員は「こんなもんですよ」と情感の欠片もなく言ってのけた。

 少しさみしい気もするが、派手さを求めるモノでもないのだろう。


「三回目の強化を行うと、登録用に銘を求められるので名前を決めておいてくださいね」

「もう決めてあります」

「そうなんですか。ちなみに、なんという銘ですか?」

「機馬です」

「……まぁ、人それぞれですよね」


 あまり好意的とは言えない反応に、橙香が「それ見た事か」と肩をすくめて南藤を見る。

 南藤は「分かりやすければいいんだよ」と目で訴えて肩をすくめ返した。


「なにを目と目で会話しているんですか。次の方がいらっしゃっているので、この大きな物と一緒に外へ出てください」

「なんか、そっけなくありません?」

「目の前でいちゃつくからです。ほら早く出てください。早く」


 リア充を目の敵にする職員に邪険にされながら、南藤たちは体育館を後にした。


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