第八話 アップグレード
天狗たちの快進撃が止まらない。
リーズリウム深緑ダンジョン第二階層、薄闇の墓地が早くもクラン『鞍馬』によって突破されたとの情報に街の冒険者たちは沸き立った。
「全員が空を飛べるっていうのが強味だよな」
「あのダンジョン、飛行型の魔物が夜雀しかいないからね」
最近常設されるようになった串焼き屋台で鳥の串焼きを買って食べながら、南藤と橙香はにぎわう街の様子を観察する。
串焼きと銘打ってはいるが、薄闇世界の料理だけあって地球のそれとは異なるものだ。柚子のような香りがする甘辛いタレをつけて焼いており、元となる食材ゆえか脂っぽさもない。
屋台料理と馬鹿にできない調和のとれた味だった。
「ごはんよりもパンが欲しくなる味だね」
「コッペパンにレタスと一緒に挟んでかぶりつきたくなるよな」
「そうそう。そんな感じだよ」
「良い食べっぷりだね、地球の冒険者さん」
屋台の主が声を掛けてくる。
お昼というには少々早い時間帯。屋台の前の客はまばらで暇を持て余したらしい。
「いやはや、地球の冒険者さんたちのおかげでこの街も活気が出て来たよ。ありがとうな」
「いえ、俺達は大したことしてないので。天狗衆が大活躍してるんですよ」
「そんなこと言って。お二人さんともう一人で街周辺の魔物をあらかた倒したって聞いてるよ。おかげで商売が再開できるようになったんだ。礼くらい言わせてくれよ」
「そういう事なら、どういたしまして。それに、美味しい串焼きをありがとうございます」
「ははは。こんなもので恩返しになるならいつでも来てくれよ」
安くしておくぜ、と屋台の主はサムズアップする。薄闇世界でも同じジェスチャーがあるのかと思えば、クラン『魔法探究班』が教え広めているらしい。
いまいち分からない連中だ、と南藤が苦笑した瞬間、足元が突き上げるように大きく揺れた。
屋台の主が驚いて屋台の骨組を押さえ、へっぴり腰で周囲をきょろきょろ見回す。
「な、なんだ、一体!?」
「地震か?」
「震度四くらいだな」
「アニメは放送してるはずだね」
「なんでお二人さんはそんな悠長に構えてんだ!?」
屋台の主から悲鳴染みた質問が投げかけられる。
建物の中ならばともかく、外であれば地震で倒壊する建物に巻き込まれる心配もないと南藤たちは冷静に状況を判断していた。
しかし、この地域はあまり地震が起きないらしく、屋台の主を始め周辺を歩いていた通行人が大混乱に陥っている。
地震は十秒ほど続き、波が引くようにゆっくりとその揺れを減じさせていく。
収まったと分かると混乱は徐々に収束していくが、今度は街の各所で火の手が上がったなどの情報が流れてきた。
「二次災害か。あの混乱ぶりなら、こうもなるよな」
南藤は噂話に聞き耳を立てつつ、ベンチ代わりにしていた機馬の収納スペースから毬蜂を出して起動する。
その間、橙香が屋台の主に声を掛けた。
「おじさん、この街って火事に対処するときはどうするんですか?」
揺れが収まったと分かって胸をなでおろしていた屋台の主は火を消して、橙香に答える。
「街の青年団が割り当て区画の火事に対処する事になってるよ。だが、この混乱じゃあきちんと動けるかどうか」
「青年団の詰所ってどこかわかりますか?」
「この辺だと、向こうに見えるパニシャ通りに詰所がある。本部はガイリ通りだから、あっちの方だな」
「ありがとうございます。芳紀、どう?」
「火事現場は把握した」
「じゃあ、お手伝いに行こうか」
「あぁ、そうしよう」
南藤は橙香を機馬に乗せたまま青年団の支部へと向かう。
屋台の主に教えられたパニシャ通りに入った直後、きょろきょろと誰かを探す様に周囲を見回して走ってくるオルを見つけた。
「オルさん」
「あ、二人とも、ようやく見つけた。無事みたいだね」
南藤と橙香の姿を見ると、オルはほっとしたような顔で足を止める。
機馬の向かう方向から二人の目的地を察したのか、オルも方向転換して二人の後を追ってくる。
「青年団の支部に行くのかい?」
「はい。芳紀がドローンで火事の現場を調べたので、情報を提供しに行きます」
「それなら私もついて行った方がいいね」
日本から冒険者がやってきた当初に比べて、可燕のコンサートや天狗衆の快進撃の成果もあってこの世界で日本人の扱いは悪くない。
それでも、緊急時にその発言が重視されるかどうかは不透明だ。
青年団の支部に到着するとすぐにオルが中に声を掛け、手近にいた一人に事情を説明して地図を見せる。
地図を渡された団員は素直に南藤へ頭を下げた。
「情報提供に感謝します!」
やれることは済んだ、と南藤は邪魔にならないように機馬を操縦して支部から離れる。
橙香も機馬に揺られていたがふと気になって、後ろを歩いているオルに声を掛けた。
「オルさん、魔法使いなら消火活動に参加しなくていいんですか?」
「団員の連携が乱れてしまうだけだからね。さっきちらりと地図を見せてもらったけれど、火事現場もそう多くはない事だし、私が加わってもかえって邪魔になってしまうだけさ」
「そういうものですか」
橙香はオルの説明に納得したが、南藤は正面を眺めながら内心でオルの説明を否定していた。
街中では南藤が正常に活動できるほど大気中の魔力濃度が低い。すなわち、体外の魔力を利用して発動するオルの魔法が発動できないだけだろう、と。
混乱が落ち着くまで宿に戻ろうと通りを進んでいると、定宿の前にクラン『鞍馬』の天狗、法徳の姿を見つけた。
「法徳さん、ダンジョンに潜っていたんじゃありませんでしたっけ?」
「む? 南藤殿に橙香殿か。ちょうど良い。二人も来てくれ」
南藤の質問には答えず、法徳が翼を広げて空に飛びあがる。
法徳を見上げると、宿の玄関が開かれて白生地に藍で染めた花の模様が艶やかな着物を着た雪女が現れた。
クラン『雪華』のリーダー、深映だ。
深映は南藤たちを見ると、空を飛んでいる法徳を見上げた。
「このメンバーでいいのかしら?」
「あぁ。現在薄闇世界にいる冒険者クランのリーダーがこれで揃う事になる。急ごう。騒ぎが大きくならぬ内にな」
騒ぎが大きくならぬ内、と聞いて南藤は目を細める。
街の混乱はすでに治まりつつある。住人には突如として起きた地震に不安を感じている者も多いだろうが、幾度となく魔物の襲撃を受け続けた事から災害に対しての心構えがある程度はしっかりしているのがよかったのだろう。
街の様子は空を飛んでいる法徳の目からも見えているはずだ。ならば、大きくなると懸念される騒ぎはどこで起きているのか。
「ダンジョンで何かあったのか。深映さん、機馬に乗ってください。法徳さん、飛ばしていいですよ」
「あい、分かった。南藤殿は話が早くて助かる。ある程度は深映殿に話してある故、道中に聞いてもらいたい」
そう言って翼を一打ちした法徳がダンジョンへ向けて飛び始める。
南藤は機馬を操縦して法徳の後を追いながら、深映に視線を向けた。
「それで、何が起きたんです?」
「ダンジョン全体が揺れたらしいのよ。中にいた冒険者の話によると、第一階層から第三階層までもれなくね」
「さっきの地震ってもしかして」
「おそらく、ダンジョンが原因でしょう」
深映がダンジョンの方角を眺めて言うと、オルが口を開いた。
「この辺りはあまり地震が起きない地域だからおかしいとは思ったけれど、ダンジョンが原因なら納得だよ」
南藤は屋台の主や通行人の反応を思い出す。
地震に慣れている様子は確かになかった。通りに並ぶ建物も地震に強いとは思えない造りであり、オルの発言を補強している。
橙香が首を傾げた。
「でも、ダンジョンの中って異次元なんでしょ。日本でも、ダンジョンに地震の揺れが伝わったって話はなかったはずだよね?」
地震大国と呼ばれるだけあって、日本はダンジョンと地震の関係についてのデータがいくつも存在している。
日本の例を引く限りにおいて、ダンジョン内外は切り離されており、地震の揺れが伝わる事はないはずだ。
「話はそれだけではなくてね。地震を受けてクラン『鞍馬』が第三階層から撤退する最中、新種の魔物を複数確認したそうなのよ。それも、第一階層でね」
「同じ階層に新種の魔物が現れた事例なんてありましたっけ?」
「ないわ。オルさん、だったかしら。聞きたいのだけれど、大山椒魚や野伏間……モモンガといった方がいいかしら、それから蜂のような生き物がこの世界にいるか確認したいの。特徴を話すから、似た生き物がいれば教えてくれるかしら」
新種の魔物の外見的特徴が似ている生き物たちの名前を挙げては説明してく深映に、オルは首を横に振る。
「いないね。それが何か?」
「モモンガはともかく、大山椒魚に該当する生き物は霊界にいないのよ。つまり、リーズリウム深緑ダンジョンが霊界とは別の異世界につながった可能性がある」
ダンジョンは繋いでいる二つの世界の動植物に似た魔物が生息している。薄闇世界にも霊界にもいない生物を模した魔物が発見されたという事は、ダンジョンの先が元々霊界とは異なる世界に繋がっていたか、または新たに別の世界と繋がったことの証左であると考えるのは理に適っていた。
深映の話に、橙香が不安そうな顔をする。
「……霊界へ帰れなくなった?」
「まだわからないわ。今まで通りに霊界の生き物を模した魔物の姿も確認されているから、霊界、薄闇世界、そしてもう一つの世界、と計三つの世界につながった可能性はある」
そこまで説明してから、深映は南藤へ視線を向けた。
「その異世界には大山椒魚がいてモモンガがいて蜂もいる、地球かもしれない」




