第五話 黒白グレー
「中井さんマジぱねぇ!」
「我が真名はレンだと再三言っているだろうが!」
森の中でそんなやり取りが聞こえてくる。
中井レンは糸繰り狢が入ったプラスチック製の箱罠を指差す。むろん、彼らクラン『魔法探究班』が製作した魔力強化済みの罠である。
「ふっふっふ。卑怯なダンジョンは仕掛けた罠をことごとく魔力に変換してしまうが、外ならばこの〝深淵の縁〟も罠として機能するのだ!」
「流石です。中井さん、マジぱねぇ!」
「レンだと言っている!」
「――あのー」
中井の姿を見つけて近寄ったものの、声を掛けていいのか判断できずにいた橙香が恐る恐る声を掛ける。
その声に、中井は振り返った。
「なんだね?」
「なんでさっきから一人芝居してるのかなって……」
そう、中井は手持ちの再生機から流れる自らを称える声にずっと答えているのだ。
森の魔物狩りの途中で中井の姿を見つけ、一人では危険だと注意しに来てみれば箱罠を前に長々と一人芝居を始めた中井の姿は不気味の一語に尽きた。
中井はやれやれとばかりに首を振る。
「この再生機の音声とその反射音、加えて録音機を使用し解析する事で簡易的なソナーの役割をしているのだよ。魔力強化を重ね掛けして作った試作品だがね」
「え、それって凄いんじゃ」
「無論、我は凄いのだよ! まぁ、反射音のみを抜きだす技術がないせいで精度はいまいち高くないばかりか、魔力強化した広域集音マイクで拾った周囲の音を自身の耳で聞いて判断した方がよほど効率がいい事に先ほど気が付いたのだがね」
「でも、自分で作った道具ならなんで中井さんって台詞なんですか?」
「自分の声を聞くのは恥ずかしいからクランの仲間に任せたらこんなセリフを吹きこまれてしまったのだ」
言いながら、中井は箱罠の中の糸繰り狢へと視線を映す。
「ところで、これを仕留めてもらえないだろうか」
「良いんですか?」
「捕えてみたものの、倒すことまでは考えていなかったのだよ。箱罠が機能するかどうかが問題で他は二の次だったのだ」
「オルさん、どうぞ」
「捕まえた本人が言うなら遠慮なく――炎にて禍根を焼き切る」
杖の先から飛ばされた青い燐光が糸繰り狢に触れた瞬間、青い火柱が立ち上がり、糸繰り狢を焼殺した。
中井は青い火柱とオルを見て首を傾げたがそれ以上の反応を見せず、箱罠の回収作業に入る。糸繰り狢の死骸にも興味はないのか、オルの足元へと投げてよこした。
「ついでだから、他の罠の回収作業にも同行してほしい。新作の魔力強化マスクもあるのだ、さぁさぁ」
「芳紀、とりあえず使ってみる?」
「この間も同じようなこと言われて結局役には立たなかったんだけどな」
渡された魔力強化マスクを見せると、南藤は手を伸ばす。
最初に使い捨てマスクを渡されて以来二度、別の魔力強化を施されたマスクを渡されているが魔力酔いの症状を緩和する事も出来なかった。
そうこうしている内に南藤自身の魔力強化の準備が整ってしまい、魔力耐性を上げてしまっている。もうダンジョンの側であろうと魔力酔いでろれつが回らないという事態にはならなくなっていた。
とはいえ、まだ平衡感覚があやふやでまっすぐ歩くのが難しいため機馬の上に座っての移動を余儀なくされている。
「どう?」
「ダメだな」
身に着けても症状は一切緩和しなかった。
一向に改善しない南藤を見て、中井は腕を組んで唸る。
「皮膚から魔力を取り込んでいるのか?」
「スーツ着ないとダメってこと?」
空気が入らないほどにぴっちりとしたスーツを着込んだ南藤を想像し、橙香は微妙な顔をする。
南藤もぴっちりスーツは遠慮したいところだった。
雑談をしながら森を進み、あちこちに仕掛けられた罠を回収していく。
「森にこんなに罠を仕掛けたら、危なくないですか?」
「薄闇世界の冒険者はダンジョンへ直接潜っているから森に入る心配はないのだよ。それに、罠と一緒に仕掛けてあるこのアラームが人くらいの大きさの動体に対して警告音を鳴らす仕組みだ」
「私たちには反応してませんけど?」
「仕掛けた我に反応するようなお粗末な代物ではないのだよ」
胸を張る中井が罠に近付く前には必ず解除装置を押している事に南藤は気が付いていたが、指摘する事はなかった。
最後の罠を回収し終えた時、街のある方角から盛大な爆発音が響いてきた。
反射的に目を向けると、街の上空でなにかが爆発したような煙の塊が風に吹き散らされるところだった。
「そっか、可燕さんのコンサートだ」
爆発音が開催を知らせる花火の音だったと合点がいって、橙香は呟く。
オルも街の方を眺めてほっと安心したように息を吐き出した。魔物の襲撃を受けたわけではないと知って緊張を解いたのだろう。
「そういえば今日だったね」
「今日は早めに切り上げて見に行こっか?」
橙香は南藤を振り返る。
「そうだな。魔物も大分数が減ってきたようだし」
南藤はドローン毬蜂を呼び戻しながら答えた。
すでに二週間近く、森で魔物の掃討戦をおこなっていた。
南藤と橙香に加えてオルの魔法もあり、鎧袖一触に討伐して、南藤の索敵結果からすぐに次の獲物を捕捉して討伐に向かうというルーチンワークだ。
あまりに素早い討伐戦は南藤の魔力強化が済んだ三日前からさらなる高効率を叩き出し、同じく森の魔物掃討にあたっていたクラン『鞍馬』の天狗衆の三倍近い戦果を叩きだしている。
中井が仕掛けた罠もほとんどが空振りに終わっており、森における魔物の数が大幅に減少したのは間違いないだろう。
「そろそろ本格的にダンジョンへ入ってもいいかもしれないな」
「芳紀の魔力耐性も大分上がったからね。森での討伐も効率悪くなってるから良い頃合いだと思うよ。オルさんも一緒に行く?」
「そうさせてもらおうかな。蜃を相手に出来ないから今までダンジョンは遠慮していたんだけど、橙香さんたちが一緒なら問題ないだろうし」
オルにも断る理由はないらしい。
南藤と橙香にとってもこの二週間でオルが見せた実力は頼みに出来るものだった。
その時、南藤たちの前に躍り出た中井がポーズを決める。
「我も参加してやろうか!?」
「遠慮しておきます」
「な・ぜ・だ!?」
「だって、非戦闘員じゃないですか」
「……ふむ、正論だ」
納得した中井はあっさりと引き下がった。
※
街はずいぶんと賑いでいた。
コンサートの効果も大きいのだろうが、可燕がスポンサーとなった炊き出しでこの日ばかりは餓えから解放される事や、南藤たちの活躍により魔物の被害が激減して物流が回復傾向にあるのも大きい。
物流が回復しつつあることで、炊き出しから離れた場所では薄闇世界の住人が屋台を出してもいる。
初めて見る屋台料理に目移りする橙香にオルが一つ一つ説明していた。
南藤は機馬を宿に駐機して、二人の後を追う。
「南藤さん、ちょっといいですか?」
「なんです、中井さん」
橙香やオルとの距離が離れたこのタイミングでいつもとは打って変わったマジメな口調になった中井に、南藤は声を潜めて聞き返す。
中井は屋台を覗いてはしゃいでいる橙香とそれを姉のように見守るオルを観察するような目で見ていた。
いつものように、真名とやらを強調する事もない。
「掲示板の殺人予告については知っていますか?」
「殺人予告? いえ、知りませんけど」
「やはりですか。三週間近く前に、あなたを殺害するとの予告が書き込まれました」
「悪戯ですか」
「それが、そうとも言えないようです」
実際に書き込みが成された掲示板のスクリーンショットを南藤に見せた中井は画面を切り替えて別の画像を見せてくる。
海外の匿名掲示板の画像だ。そこには英語でジョン某を殺害する旨の予告が書かれている。
「誰です、このジョンなんとかって」
「EU圏で有名な英国系ジャーナリストにして、様々なダンジョンを取材してその法則性を報告する記事を多数ネットに挙げた研究者です。この書き込みの七日後にダンジョン内で失踪しました」
そう説明して、他にもオーストリア、ロシア、中国などで頭角を現した冒険者や研究者の殺害予告が書き込まれた掲示板を見せる。
どれも日付は前回の標的が失踪したその日の内か、前日になされていた。
失踪が確認、発表される前に行われた予告もあり、何らかの関与が窺われる。
「悪戯にしては範囲が広すぎる上に標的は無差別に見えますね」
工作員、俗に言われる裏ギルドの仕業だとしても国や文化圏を無視した範囲であり、背後に特定の国がいるのならば無差別に喧嘩を売りすぎている。
しかし、範囲が広すぎるため相応の組織規模となにより名うての冒険者を殺害できるだけの戦力を有していなければ説明がつかない。
「目的が一切見えないですね」
殺害が目的と言われればそれまでだ。
しかし、組織というのは維持費がかかる。地球全体に渡る活動から推察される組織規模を考えれば、とてもではないが殺人鬼だけで構成されているとは考えにくい。
「内部告発と思われる書き込みなどはないんですか?」
「ないですね。統率力が取れている証拠でもある。同時に、その統率力を維持できる仕組みを形成している根幹が殺人鬼特有の快楽とは思えない」
「何故、このタイミングで?」
南藤が問いかけると、中井は肩を竦めた。
すでにおわかりでしょう、と言いたそうな中井の態度に南藤はため息で返してオルを見た。
オルと出会ったのは二週間前。三週間前の殺害予告の主と結びつけるのは無理な話ではない。
「オルさんは薄闇世界の住人です。インターネットに接続できない上、日本からの渡航も難しい。無関係ではありませんか?」
南藤の指摘に中井は唇に人差し指を当てる。この先の話は内密にという表現だろう。
「オルさんの魔法は大気中の魔力を使用しています。薄闇世界の魔法の発動法とは異なる仕組みですよ」
中井はそう言って、魔力濃度の小型計測器を握った手を見せた。




