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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン

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第四話  異世界の魔法使い

 女性はオルと名乗った。


「こんな身なりでもベテランの冒険者さ。あっと、歳は聞かないでおくれよ?」

「魔法使い、ですか? それとも殴りプリーストみたいな?」

「な、殴り? いや、普通の魔法使いだけれど」


 橙香が口にしたネトゲ用語が通じずにオルは困惑しつつも答えを返し、南藤を運ぶ機馬へと視線を移す。


「ダンジョンの先の世界じゃあ、こんな得体のしれないモノがいる、ある? のかね。生き物ではないんだろう?」

「鉄製の機械ですよ」

「どうやって動いてるのか気になるところだけど、それは後にしようか。南藤さんだったか、体調はどうかな?」

「大分、よくなった」


 緩やかな上り坂を登っている間に南藤の体調は徐々に回復の兆しを見せていた。

 魔力濃度が低い丘との話は事実であるらしい。

 丘へと続く道は獣道のようになっており、枝が払われ下生えの草も大ざっぱに抜かれている。獣道の入り口には大荷物を担いで登る冒険者向けに預り所を経営している夫婦がいた。

 丘の頂上を目指して進みながら、オルが口を開く。


「ダンジョンの先の世界から冒険者を募るって話には反対していた冒険者も多い。かく言う私もその一人だ。なにしろ、素性のしれない連中だから、探索中に後ろからバッサリいかれないとも限らない、と思っていた」

「思っていた、と言う事はいまは違うんですか?」

「マスクの件もあるし、背中に翼が生えた凄腕の剣客連中がダンジョンまでの魔物を狩っているのを見たからね。こんなご時世だ。使える者は何でも使わないとならない、というのは失礼な表現になるかな」

「いえ。納得できる反応ですから」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 丘を登り切って視界が開けると、オルはつば広帽子を目深にかぶり直した。


「それに、南藤さんのその有様をみると、ダンジョンの先から来た冒険者も人間なんだと思わされてね。つい、手を貸したくなったのさ」


 魔力酔いに親近感を覚えるのは南藤だけではないらしい。

 丘の上には多数の冒険者たちがグループごとに固まって過ごしていた。

 冒険者たちのほとんどはフル装備でこれから探索に向かう者達は真剣な顔で作戦を話し合っている。逆に、帰還途中に立ち寄ったと思しき冒険者たちは死んだ仲間を弔ってか丘の中央にある献花台に花と酒を供えていた。

 空いた場所を探して歩く。


「オルさんは一人でダンジョンに潜ってるんですか?」

「いや。私はダンジョン周辺の魔物を狩ってるのさ。この丘の安全確保も兼ねてね」


 ダンジョンから溢れた魔物の駆除に当たっている冒険者は薄闇世界にもいるのかと、橙香は少し驚いた。

 しかし、拠点となる町がすぐそばにある状況で明確な脅威である溢れた魔物を放置している方がおかしい。薄闇世界の冒険者が駆除しているのも当然と言えた。

 同時に、それでも森に魔物が溢れているのは駆除の手が足りていない事を意味している。


「一人っていうのは当たっているけどね。別のダンジョンに仲間と潜っていたのだけれど、私を残して全滅してしまったのさ」

「それは……お悔やみ申し上げます」

「世の習いさ。特に、こんなご時世じゃあ、泣いてばかりもいられない」


 すでに割り切っている、とオルはあっさりと言ってのける。

 そんな簡単に割り切れるのだろうかと心配しながらも、橙香はオルの話に納得もしていた。

 薄闇世界の冒険者であるはずのオルが道中でもこの丘でも挨拶一つされないのは、この付近では新顔だからなのだろう。得体の知れないダンジョンの先から来た冒険者である南藤や橙香が一緒にいるのも原因の一つかもしれない。


「ここが空いているね。まったく、区画整理でもしておけば空きを探す手間もいくらか省けるのだけれど、みんな気が回らないようだ」


 オルが空いた場所を見つけて座り込む。

 橙香も座り、南藤は機馬の上に乗ったままその場に停止した。

 丘の上は緩やかな風が吹いており、魔力が吹き流されているらしい。

 魔力濃度も低く、南藤はどうにか体を起こして感覚を確かめるように首を回した。


「ようやく一息つける。オルさん、ありがとう」

「どういたしまして。南藤さんの体調も良くなったようだね」


 南藤はお礼に機馬の収納スペースから保温ビンを取り出し、お茶を入れ始める。


「ボクがやるよ」

「たまには俺にやらせてくれ。ところで、オルさん、魔法ってどんなものが使えるんですか?」


 南藤の質問に、オルはおっとりと首を傾げた。


「一通り使えるよ。それがどうかしたのかい?」

「俺たちの世界には魔法がないんですよ。代わりにこういった機械が発達しているんですけどね」


 南藤が機馬を拳で軽く叩く。コンコンと硬質な音に、周囲の冒険者が何人か目を向けた。

 オルは冒険者たちに何でもないと手を振って視線を散らすと、南藤を見る。


「魔法がない世界か。想像もつかないけれど。つまり、文字通りどんな魔法があるのかを知りたいと?」

「はい。他の冒険者と連合を組んだりした場合の立ち回りの参考になりますから」

「そういう事なら協力しよう。けれど、魔力も有限だからね。どうせなら魔物を倒しながら見せたい。南藤さんの体調が悪化しないくらいにダンジョンから離れてからにしようか」

「お願いします。では、もう少しここで休憩するという事で」

「そうしよう。そちらの世界についても興味があるから教えてほしい」


 請われるままに、南藤はオルに当たり障りのない話をする。

 しかし、薄闇世界に来ている冒険者の多くは霊界の住人であり、オルたち冒険者の目に留まるのも天狗や雪女だ。質問は自然と霊界の話に移っていった。


「鬼に天狗に雪女、それに(ふっ)(たち)ね。いろいろいて面白い。それがリーズリウム深緑ダンジョンの先にある世界の住人というのも興味深い」


 知識欲を刺激された様子のオルがダンジョンのある二本の大木の方角へ視線を向ける。

 小高い丘の上という事もあり、森の木々に邪魔される事なくダンジョンのある二本の大木が見えた。

 橙香も自然とダンジョンへと目を向ける。


「今は通行止めになっていて帰れないんです。未知の魔物が通り道にしていたダンジョンの霊界側にたくさんいるらしくて」

「それはつまり、ここと同じ状況?」

「分からないです」


 ダンジョンの氾濫により魔物が溢れ返っている薄闇世界と同じような惨状が霊界に広がっているとは考えたくない橙香だが、今もって通行止めが解除されず新たな情報も入ってこないため不安は募る一方だ。

 特に、橙香たち鬼の一族は地上戦で霊界随一の戦闘力を誇り、間違いなく前線を担う者達である。

 簡単に倒されるような一族ではないものの、通行止めからすでに半年以上が経過している。嫌な想像は日増しに膨らんでいた。


「それで、こちらの世界のダンジョンを攻略しようと躍起になっているのか。無償の善意と言われるより信用できる話だね」


 オルは寂しそうな顔で立ち上がる。


「私も故郷を追われた身だから同情するよ。でも、帰還方法が目の前にあるなら行動あるのみさ。魔法を見せるからおいで」


 話を打ち切ったオルが丘を下り始める。登ってきたのとは逆側だったが、こちらにも獣道が通っていた。よほど前から利用されているのだろう。


「芳紀、ドローン飛ばせるよね?」

「索敵ならすでに始めているが、やはりこの辺りは冒険者が多すぎて魔物も狩り尽くされてるな」

「いつの間に」


 スマホの画面を確認しながら飄々と答える南藤に、オルが興味を引かれて振り返る。


「何の話かな?」

「あの機械で周辺に魔物がいないか調べてるんです」

「あのって、どの――あの丸いのかい?」


 遠くに浮かんでいる球形ドローンを見て、オルは不思議そうな顔をする。


「どういう仕組み?」

「話すと長いですけど、電波っていうのでやり取りしてるんです」


 遠くに浮かんでいる毬蜂と南藤の手にあるスマホを指差して橙香は答える。

 南藤は上機嫌でスマホ画面を眺めていた。


「異世界は混信の恐れもなくて実にいいな」


 電波法を無視している事も棚に上げているが、異世界はそもそも電波法そのものが存在していないため南藤はやりたい放題に改造している。

 南藤のスマホ画面を見たオルが感心したように頷いて、地図を取り出した。


「この辺りに魔物が良く集まっているから、調べてみてくれないか?」

「わかりましてぇあ」

「魔力濃度が上がってきたんだね」


 魔力酔いを起こし始めた南藤を見て橙香はそう判断する。


「ここの濃度でもこれって、異世界の人は大変だね」

「症状がこんなに激しいのは芳紀くらいですけどね。はい、芳紀、襟を緩めるよ」


 橙香に介抱され始める南藤の横でオルは魔力強化済みのマスクを新しい物に付け替えて、魔力酔いの予防を始める。


「魔法使いの人でも魔力酔いを起こすんですか?」

「むしろ、魔法使いの方が魔力酔いは激しいようだよ。体内の魔力量が他よりも多いから、反発しやすいみたいでね」


 橙香の質問に答えながらも、オルは同情的な視線を南藤に注ぐ。


「流石に、マスクなしでもそこまで重症化はしないけれど」

「……二時、蜃」


 南藤が索敵結果を報告する。

 すぐに橙香は武器を構え、息を細く長く吐き出す。


「蜃がいるそうです」

「あの貝の魔物の事だったね。魔法だと仕留めきれないから避けようか」

「せっかく発見したので、ボクが潰します」

「橙香ちゃんが?」


 本当に仕留められるのかと言外に問いかけるオルに、橙香は鉄塊を持ち上げてみせる。


「それ、中身がちゃんと詰まってるのかい?」

「はい、こんな感じです」


 ひょいと軽い調子で橙香が鉄塊を振り降ろすと深くえぐられた地面が悲鳴を上げた。

 唖然として地面の穴を覗き込んだオルがごくりと喉を鳴らす。


「これが鬼の腕力。さっき話には聞いたけど、見た目からは想像もつかないね」

「照れますね」

「この調子ならあの分厚い貝殻もかち割れるだろうさ。南藤さん、蜃のところへ案内して」

「おぅぉ」


 返ってきた声にオルは不安そうな顔をするが、実際に南藤のドローン毬蜂について歩いていくときちんと蜃がいた。


「元々、淡水でも生息できるんだよね」


 見た目はハマグリだが、霊界では水辺でさえあればどこにでも生息できる生き物だ。


「舌を軽く噛んでおいてください。近付きすぎなければそれだけで幻覚に対応できます」

「あぁ、それは知っているよ。経験則でね」


 蜃を含む魔物と戦って来ただけあって、薄闇世界の冒険者も彼らなりに対処法を模索し続けてきたのだろう。

 霊界の知識はダンジョンの踏破階層が更新されて新種の魔物が出た時まで使わないかもしれない。


「それではお待ちかね。魔法のお披露目といこうかな」


 オルが杖を地面に突き立てると、足元に四角形をいくつも重ねたような不思議な図形が描き出される。


「――炎にて禍根を焼き切る」


 小さくオルが呟くと、杖の先に親指ほどの青い燐光が灯った。

 オルが杖を地面から引き抜き、青い燐光を蜃へと向ける。

 青い燐光はその大きさを保ったまま蜃へと飛んでいき、接触する。直後――青い火柱が蜃を包み込んだ。


「うわわ」


 橙香は思わず鉄塊を自分の前に掲げる。

 それほど、目の前の火柱は巨大だった。しかし、不思議と熱は感じない。


「対象に熱を集中しているから見た目が派手なだけで延焼もしない。ちょっとコツがいるけれどね」


 オルが説明してくれる。

 しかし、オルは眼つき鋭く青い火柱に包まれた蜃を睨み、続けた。


「やはり、火力が足りないようだね」

「焼き蛤のなりそこね」

「くえ、る、のか?」

「芳紀、ハマグリ食べたいの?」

「余裕だね、お二人さん」


 オルに呆れたような目で見られて、橙香は自分の仕事を思い出す。


「とりあえず仕留めちゃいますね」


 鉄塊を持ち上げた橙香は息を止めて瞬時に蜃へと肉薄する。

 振り降ろされた鉄塊は蜃の硬い貝殻を飴細工のように粉砕し、その破片ごと中の本体に叩きつけられた。

 蜃の本体を貝殻の破片混じりのミンチにした鉄塊はそのままの勢いで地面に接している貝殻をも割り砕き、地面を大きく抉ってようやく止まる。

 橙香は難なく鉄塊を引き抜いて後ろに飛び退き、息を吐き出した。


「蜃って幻覚作用のある毒があるから食べられないんだよね。オルさん、こっちの世界にもハマグリってありますか? 売っていたらお吸い物とか酒蒸しとかにしたいんですけど」

「海辺まで行かないと海産物は手に入らないね。街道も魔物がうろついていて物流に支障が出てるのさ」

「駆除しなきゃ」

「動機の半分以上は海産物が目当てに聞こえるね」


 苦笑したオルは魔力になって霧散していく蜃の死骸から血液を採りつつ、橙香に声を掛ける。


「提案してもいいかな?」

「なんですか?」

「組まないかい? 蜃を相手にすると私は決定打に欠けるけれど、シイや夜雀が相手なら役に立てると思うよ」


 確かに、魔法という遠距離攻撃手段があるのとないのとでは変わってくるだろう。発動までに時間がかかるとはいえ、使いどころを間違えなければ切り札にもなりえる。


「どうする、芳紀?」


 橙香が訊ねると、南藤は毬蜂を操作して空中に大きく円を描いた。


「では、これからよろしくお願いします」

「今のが了承の意味だったのか。そのあたりのやり取りも含めて少し話し合った方がいいかもしれないね」


 オルは苦笑しながら、街へ歩き出した。



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