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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン
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第二話  唯川上流ダンジョン

 唯川上流ダンジョンは某県の山中に存在している。

 下流域には今も攻略中のダンジョンが存在し、上流、下流と呼び分けられている。

 南藤と橙香は唯川上流ダンジョンの中を他の霊界出身者たちと進んでいた。

 すでに攻略済みだけあって、魔物は存在しない。しかし、魔力濃度に関しては近くにある唯川下流ダンジョンからあふれ出した魔力が流れ込んできているらしく、いつも通りに魔力酔いを起こした南藤は機馬の上でぐったりと身を横たえていた。


「この人が本当に乙山と藻倉の攻略を指揮した人?」


 機馬の上に乗った十歳そこらにしか見えない子供が南藤を指先でつついている。

 法徳が打ち立てたフラグはすでに回収済みである。それが、この子供にしか見えない同行者の存在理由でもあった。


「うぎ……」

「面白いなこの人。持ち帰りたい」


 つつかれる度に踏まれたカエルのような声を出す南藤を気に入ったのか、くすくす笑っている。

 そんな子供を冷たい目で見た儚げな女性がたしなめる。


可燕(かえん)ちゃん、病人なんだからあまりつついてはダメでしょう」

「うっせぇ、ばばぁ。ちゃん付けするなって何度言えばわかるんだよ。お前自身の能力で脳神経が凍死でもしたの?」

「口が悪いなぁ。これだから座敷童は二面性が激しいって言われるのよ」

「悋気標準装備の雪女がなんか言ってら。雪女の癖に嫉妬に身を焦がして破滅するとか、お前らの種族おもしろすぎ。二面性ならばばぁ共の方がよっぽどだろーが」


 八重歯と共に敵意をむき出しにした座敷童、可燕が雪女を煽る。

 しかし、雪女の方は興味が失せた様に視線を逸らして橙香を見た。


「ツレがすみませんね。もう百五十歳だというのに、座敷童らしい座敷童なもので」

「自宅を離れると気性が荒くなるとも聞いてますから、気にしてないです。芳紀も特に気にしてないみたいですし」


 日本ではロリ婆だのショタ爺だのと呼ばれて一定の需要がある座敷童は霊界でも屈指の不老長寿の種族だ。

 住むだけで住居を長持ちさせるが、人の好き嫌いが激しい。気に入った人物のためであれば遊び相手をしてくれる限り幾らでも尽くすが、気に入らない人物にはとことん悪態つき苛烈な嫌がらせも行う二面性を持つことで知られている。

 その能力は住居内における透明化という面白いものだが、身体能力は見た目相応でもあり、ダンジョン攻略ではあまり活躍できない。

 可燕と呼ばれる座敷童は百五十歳だが見た目は十歳の愛らしく保護欲をそそる少女だ。

 そんな可燕がリーズリウム深緑ダンジョン踏破のためのこの団体と共に行動しているのには理由がある。


「てかてか、アイドル業で忙しいんですけど。可燕が行く意味あるのかなって思うんだよね。薄闇世界の知性種ってロリコンばっかりなわけ? そこの雪女婆は需要なし?」

「本当に口が悪いなぁ」

「可燕ちゃんに罵られたいスレを見れば日本人の業の深さが分かるでしょ。ほら、可燕って罵る時も笑顔を絶やさないアイドルの鏡だし」


 頬に片手を当ててあざとく微笑みながら黒い発言をする可燕。彼女の申告通り、日本ではアイドル活動を行っており、霊界への通行止め後もその活動を継続し、収入の一部をクラン『鞍馬』などの霊界出身冒険者への支援金として当てていたスポンサーでもある。また、子供ではない子役とも呼ばれ、ドラマにも出演している。

 そんな彼女は今回、薄闇世界の住人相手のコンサートのために南藤や橙香と同道しているのだ。

 薄闇世界の住人との交流は言語が通じる事から、容易だと当初は思われていた。

 しかし、薄闇世界は度重なるダンジョンの氾濫により壊滅寸前であり、雰囲気が非常に暗い。

 そんな情勢で、攻略後のダンジョンからやってきた日本人や霊界出身者をダンジョン産の魔物と同一視する向きもあり、壁を作っている節があった。

 そこで、薄闇世界の価値基準でも見た目が可愛らしい可燕がコンサートを行う事で暗い雰囲気の払拭と日本人や霊界出身者に対する壁を取り払う目論見なのだ。

 そんな目的でもあり、機馬の収納スペースには可燕のコンサート衣装なども入っていた。


「薄闇世界では猫被っておきなさいよ」

「にゃーん」


 明らかに適当に返事をした可燕に雪女の女性はため息を吐く。

 そのとき、橙香が前方を指差した。


「出口ですよ」

「可燕ちゃんお仕事モードに入りまーす」

「そうしてくれると助かるわ」

「おにいさん、具合よくなってきた? 可燕ちゃんがひざまくらしてあげようか。子守唄も歌えるよ?」

「毎度のことだけれど、その変貌ぶりにはうすら寒くなるわね」

雪音(ゆきね)さん大丈夫? 風邪ひいたの? 雪女だからってお腹出して寝ちゃだめだよ?」


 可燕に心配された雪女、雪音は引きつりそうになる口元を手で隠した。

 外へ続いている階層スロープを上がっていくと、南藤が段々と調子を取り戻していく。


「芳紀、索敵できる?」

「もう始めてる」

「お兄ちゃんすごーい」


 あざとい一言をとびきりの笑顔で口に出して抱き着いてくる可燕を無視して、南藤はドローン毬蜂から送られてくる情報に顔をしかめた。


「シイ五匹の群れを確認」

「もう?」


 報告を聞いて一同が揃って眉を顰める。

 すぐに戦闘態勢を取る橙香の横で雪音が大型の水鉄砲を構えた。


「鉄塊に針が刺さると後始末が面倒でしょう。こちらで始末しますので、可燕ちゃん達の護衛をお願いします」


 水鉄砲でどうするつもりなのかと思いながらも様子を見るべく橙香は一歩下がる。

 南藤の報告通りに現れた五匹のシイは雪音を見るなり歯をむき出しにして四肢に力を込め、駆け出そうとした瞬間に頭部を氷柱に撃ち抜かれた。

 シャコン、と水鉄砲に空気圧をかけた雪音は仲間の死に動揺している別のシイへと銃口を向け、引き金を引く。

 魔力強化された水鉄砲から高圧水流が吹き出す。その先端は雪音の雪女としての能力で凍りついている。

 かろうじて避けたシイだったが、雪音は引き金を引いたまま銃口をずらす。高圧水流は中途半端に凍り付いてシャーベット状となり、氷滴が散弾のようにシイたちへと襲い掛かった。

 体表を覆う硬い棘が氷滴に砕かれる。鎧となっていた棘を失えばその内側にある柔らかな肉へと氷滴が次々とめり込み、その肉を穿った。

 仲間を盾にして難を逃れたシイが一矢報いようと突撃してくる。

 雪音は冷たい目で向かってくるシイを見据えると、水鉄砲から飛び出す水流を全て凍りつかせて引き金を離した。それだけで、水鉄砲は先端に高密度の氷の刃を持つ銃剣となり、近接戦闘に対応できるようになる。

 突き出した銃剣は驚くべき鋭さでシイに回避の余地を与えずその命を奪い去る。

 魔力となって霧散していくシイの死骸を見下ろしながら、雪音が南藤に声を掛ける。


「他にいますか?」

「全滅しました。お疲れ様です」

「いえ、この程度は大したことではありません」


 そう言って、雪音は一瞬だけ引き金を引く事で刃と化した氷を銃口から外した。

 雪女としての能力と相性のいい武器選択に橙香が感心していると、南藤が再び情報を伝えた。


「町までに蜃が二体、単独行動している糸繰り狢が七匹いる。蜃の方は毬蜂で片付けようとしたが、硬すぎて効果が薄い。避けて通る事も出来るが、どうする?」

「避けて通ると糸繰り狢と出くわすとか?」

「あぁ、間違いなく三匹には当たる」


 南藤は地図を取り出して、魔物の居場所に一つずつ丸を付けていく。薄闇世界に先行した冒険者が作ったという地図で、魔力濃度の分布も大ざっぱに書かれた優れものだ。

 まだダンジョンに入ったわけでもないというのに、先ほどまで歩いてきた唯川上流ダンジョンの方がよほど安全だ。

 それでも進まないわけにもいかないとルートを模索する南藤たちをよそに、可燕は機馬からスナック菓子とミニチュアハウスを取り出す。


「可燕は姿を消してるからお構いなくー」


 スナック菓子の袋を開けた可燕はそう言ってミニチュアハウスを膝に抱える。すると一瞬にして姿が掻き消え、スナック菓子を食べる咀嚼音だけが微かに聞こえてくるようになった。

 非戦闘員としてはなかなか手の掛からない能力を披露してみせた可燕に橙香は目を丸くする。


「座敷童ってミニチュアハウスでも自宅として認識できるの?」

「可燕はこれでも百五十歳。自分を誤魔化すことくらい訳ないんだよー」

「軽くボケていますね」

「あはは、雪音さんったら冗談うまーい。そんな雪音さんには、様々な家族を見てきた旅館憑きの座敷童、可燕から人生の訓示を上げようかな。冗談は温かい家庭を築くのに重要な役割を担うんだよ。雪音さんもその調子で冗談を磨いて温かい家庭を築き上げて――あぁ、雪女だから温かい家庭だと溶けちゃうよね。残念」


 透明化しているため何もない所から声が聞こえてくる。それでも、笑顔で皮肉っているのは雰囲気から伝わってきた。

 舌を回す度に毒を吐く。明るい毒舌ロリアイドルというニッチ産業で霊界出身冒険者たちを食わせるほどに稼いでいるだけあって、トーク力は雪音を寄せ付けないほどだった。

 そんなやり取りをしている霊界出身三人娘の横で索敵を継続していた南藤が顔を空に向ける。


「みんな、迎えが来た」

「迎え?」

「クラン『鞍馬』の天狗衆だ。今、毬蜂でここまで誘導している」


 南藤の言葉通り、空に黒い翼をもつ一団が遠く見える。

 橙香は天狗の一団に目を凝らした。


「五人かな。迎えにしては多いね」

「魔物が跋扈しているから警戒してるんだろう。俺が魔力酔いで使えない可能性もあるから、護衛を兼ねてるんだと思う」

「可燕はこのまま姿を隠しておいた方がいいよねー。女人禁制集団の天狗が変な扉を開けちゃうかもかも」


 南藤たちの頭上まで来た天狗衆は高度を落として地面に降り立つ。

 天狗衆を率いていた法徳が南藤の背後の空間を見た。


「可燕殿、姿を見せてもらおうか。我らは貴殿を護衛するために参ったのだ。姿を消されていては任された仕事を完遂できぬ」

「可燕には南藤おにいちゃんがいるから天狗の護衛なんかいらないもん」

「お兄ちゃんも何も、可燕殿は南藤殿の優に七倍もの年月を生きておられるはず。我ら天狗衆にも貴殿より歳経た者はおりませぬ」

「はぁ……」


 見た目にそぐわぬ、しかし年相応の重苦しいため息を吐いた可燕が姿を現す。


「天狗は素であの言動なんだもん。神経逆なでしてる自覚ないんだよ、あれで。だから嫌いなんだよねー」

「可燕ちゃんも同じようなものでしょうに」

「可燕は自覚して毒吐いてるんだよ。その後に起こりうることにも責任を持って毒吐いてる可燕と無自覚な天狗を一緒にしないでほしいね」


 可燕はやる気が失せた、と南藤の膝の上に胡坐をかくとスナック菓子を食べ始める。

 アイドルらしさの欠片もなかったが、街に入ればきちんと猫を被るだけの分別がある事はこの場の全員が知っていた。


「では、参ろうか」


 法徳の一言で、一向は街へ向けて進みだした。



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