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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン

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前日譚2

 橙香たちが日本に移り住む事になった経緯には、霊界と日本との文化交流を兼ねた友好事業が関係している。

 他にも日本各地に霊界の住人が移住しており、留学の形を取った比較的短期間の者もいれば、橙香達のように様子を見つつ定住する者もいる。この事業には霊界の住人に対する日本のバリアフリーの充実も目的に含まれているそうで、橙香の両親は報告書を市役所に提出する義務があるそうだ。逆もまたしかりであり、日本から霊界に行く家族もいるとか、いないとか。

 五歳差の姉妹とその両親というのはモデルケースとして理想的とのことで、補助金も出るらしい。

 とはいえ、十歳の橙香には半ばどうでもいい話である。両親とは違って報告書を提出する等の義務もなく、ただ日常を過ごせばいい。

 橙香達家族が住む事になったのは日本海に面する町だった。すぐ後ろには幾重にも連なる山脈が控えており、畑も広がる小さな町だ。

 社会的混乱を招かないように人口規模の少ない町が選ばれたというだけあって、建物はまばらで人通りも少ない。

 初めて乗る自動車に対する興奮も落ち着いた頃になって、家の前に到着した。


「東京で見たような四角いのとか、のっぺりした壁のとは違って普通の家だね。ちょっと大きいけど」


 姉の紅香が家を眺めてほっとしたように言った。

 いわゆる日本家屋と呼ばれている、この国の伝統的な建築様式らしい。細分化すればもっと詳しく分けられるだろうが、橙香は興味がないため調べてはいなかった。


「さぁ、中に入ろうか。今日の夜には地元の名士が主催する歓迎会があるそうだよ」


 父が懐から鍵を取り出し、玄関を開ける。母は後ろで自動車の運転手に礼を言っていた。


「服は着物のままでいいの?」

「正装で、との事だったからね。慣れないスーツやドレスよりも着物の方がいいだろう」


 橙香の質問に答えた父が自動車に積まれた衣装箪笥などをひょいと担ぎ上げた。


「橙香も荷運びを手伝ってくれ。お前と紅香は荷解きを頼む」

「わかりました」

「私は部屋の方をやるから、お母さんは台所をお願いね。勝手がずいぶん違うらしいよ」


 母と紅香が役割分担して家の中に入っていく。父が衣装箪笥を持って中に入るのを見届けて、橙香は自動車の荷台を覗き込んだ。

 運転手が心配そうに橙香の行動を見守っている。

 運転手の視線を気にせず、橙香は本を収めたままの背の高い書棚と勉強机を重ねて軽く持ち上げた。


「え……」


 十歳そこらの少女そのものの外見の橙香が大の大人でも持ち運べないような荷物を持ち上げて見せたからだろう、運転手は口を半開きにして呆気にとられた。橙香の父は体格がいいため衣装箪笥を一人で持ち上げてもさほど違和感がなかったが、橙香がやると人間でない事が如実にわかる光景になる。


「鬼は力持ちだとは聞いていたけど、凄いもんだね。みんなできんの、それ?」


 運転手に問いかけられて、橙香は頷きを返す。


「鬼なら誰でもできます」

「凄いねぇ。それなら、お兄さんは配線とかを確認しておくだけでいいかな」


 インターネット環境も整えないといけないし、と運転手が呟くのを聞きながら、橙香は書棚と勉強机を持って家に上がった。



 所変われば人も変わる。

 だが、日本と霊界ははるか昔から神隠しと呼ばれる現象で行き来があり、多少の文化交流が存在したため、似ているところも多いようだ。


「――娘の橙香です。この子の姉の紅香は所用で少し遅れていまして」


 父の紹介を受けて、橙香は市議会議員だという高齢の男性に向かって一礼する。


「橙香です。初めまして」

「礼儀正しい子ですね」


 微笑んだ男性は傍らに立つ、十歳ほどの少女に目を向ける。橙香がこの歓迎会に出ると聞いて、同じ年頃の子を連れてきたのだろう。


「ほら、挨拶なさい」

「こ、こんにちは」


 緊張が窺える挨拶をした少女に視線が集まる。名乗っていない事に気付いていないのか、少女は集まった視線に混乱して目を泳がせた。

 橙香は少女に右手を差し出し、微笑みかける。こんな時に姉の紅香がするだろう行動をなぞれば失敗はない。


「橙香です。よろしくお願いします」

「あ、夕陽です。よろしくお願いします」


 橙香に促された事でようやく名乗り忘れていた事に思い至った少女が名乗り、橙香の右手を握って握手を交わす。

 握った右手をそのままに、夕陽は橙香の額を見る。


「角ってその、どうなってるんですか?」


 夕陽の質問に、隣の男性が身をこわばらせる。失礼な質問かもしれないと懸念したのだろう。

 橙香は左手で角に触れる。


「どうと言われても。爪みたいなものですよ」

「爪?」

「そう。ある程度伸びるとそれ以上は長くならないけど、割れてもまた生えてくるの」


 あっさりと答える橙香を見て、デリケートな話題ではないと察した男性がほっと息を吐く。

 その時、会場の入り口でざわめきが上がった。

 過去の経験から、橙香は会場入り口の様子が手に取るように想像できる。紅香がやってきたのだ。

 背の高い橙香の父や男性が入り口に視線を向ける。


「二人とも、こっちだ」


 父が短く声を掛けると、人混みを掻き分けて母と紅香がやってきた。


「きれい……」


 呆気にとられたように夕陽が紅香に見惚れる。

 華やかな赤の着物を着た紅香は、落ち着いた群青色の着物を纏う母の後ろを付いて歩いている。それでも視線が集中しているのは紅香の方で、男女の別なくその優雅な歩みを妨げないように道を譲る。


「遅くなりました」


 よそ行きの声で謝罪してから一礼し、母と共に紅香が人の輪に入る。

 次の瞬間、会場が華やいだ。

 紅香を中心に空気が澄み渡るような錯覚がして、出席者が引き寄せられるように集まってくる。

 途端にそわそわしだした夕陽が橙香を見る。


「お姉さん、すごくきれいだね」

「ありがとう」


 日本でも美醜の感覚はさほど変わらないらしい、と橙香は他人事のように考えながら紅香を見る。

 集まった出席者に挨拶しながら二言三言、外から見る限り当たり障りのない言葉を交わしている。しかし、紅香と会話をした者はただその短い会話をしたいがために集まるのだ。

 さらに、紅香は周囲の人間を徐々に会話の輪に加えていく。年齢も性別もてんでバラバラな十数人が誰一人疎外感を覚えることもなく話に加わっている光景は、妹の橙香をして舌を巻くような話術だ。

 会話に加わる機会を探りながら、ちらちらと助けを求めるように橙香を見る夕陽に気付く。

 橙香の経験上、この視線を無視すると空気が読めない、役立たずとして扱われる。


「お姉ちゃんに紹介してもいい?」


 だから、橙香はすっかり慣れてしまった言い回しを口にして、踏み台としての役割を全うするのだ。


「うん!」


 何も知らない夕陽が嬉しそうに頷く。

 夕陽に当たるのも筋違いだと理解しつつ、もやもやしたものを抱えながら橙香は夕陽を連れて紅香の元へ向かう。


「おねえちゃん」


 声を掛けると、人垣が分かれた。

 まだ橙香の声が届く程度の盛り上がりだったことにほっと胸をなでおろし、人の輪の中心に居る姉の元へ夕陽を連れていく。


「こちら、夕陽さん。この歓迎会を主催してくれた人のお孫さんだって」

「こんばんは。夕陽です」


 今度は噛まずに名乗れたことに本人が一番びっくりしたような顔をするが、紅香は気にした様子もなく右手を差し出して笑顔を向けた。


「こんばんは。橙香と仲良くしてあげてね」

「はい!」


 憧れの混ざった熱い視線を紅香に向けながら握手を交わした夕陽が照れたように笑う。

 その時、紅香が夕陽の髪留めを見て首を傾げた。


「綺麗なかんざしね。見た事のない材質だけど、こちらの世界では一般的なのかしら?」

「あ、これは祖母が貸してくれたものです」


 夕陽がかんざしを指先で触ると、近くに居た若い女性がかんざしを覗き込んだ。


「フェノール樹脂のかんざしですね。ピンきりですが、これは骨董品ですし、結構な高級品かと」

「お詳しいんですね」


 夕陽が尊敬するようなまなざしを若い女性に向ける。

 女性は微笑んで、夕陽と紅香を交互に見た。


「母が趣味で集めておりまして、自然と知識だけは吸収して育ちました。いい品ですし、良く似合っていますね。お婆様にお礼を言った方がいいですよ」

「そうします」


 夕陽が頷くと、紅香が後を引き取るようにかんざしを眺めて感心したように頷いた。


「鼈甲に似た質感だけど、色合いが均一で細工が際立ってますね。フェノール樹脂というのはいつ頃からあるものなんですか?」


 紅香の質問を皮切りにフェノール樹脂を始めとした化学合成品についての話題が広がっていく。

 橙香は分かる単語を必死に拾いながら話について行こうとしていたが、すぐに置いてけぼりになった。

 紅香の方は持ち前の聡明な頭脳に加え、輪の中心に居る事で理解が及ばない点を周囲が適宜説明してくれるため難なく輪の中心に居続けている。

 橙香は助けを求めて夕陽を見るが、夕陽は紅香の方しか見ていない。

 内心でため息を吐いて、橙香は霊界でそうしていたように輪から一歩下がりかけ、思いとどまる。

 ここで引いたら霊界にいた時の焼き直しだ。何一つ変わらない。

 橙香は悟られないように静かに深呼吸して、夕陽の肩へ手を伸ばす。

 経験上、この状況で肩を叩いても嫌な顔をされることはない。橙香を完全に意識から外しているため、降って湧いたような存在に驚かれる程度だ。


「ねぇ」


 声をかけて肩を軽く叩くと、夜道でこの世ならざる者に触れたように夕陽の肩が大袈裟に跳ねる。

 驚いて振り返った夕陽が橙香を見てほっとしたように息を吐き、口を開いた。


「ごめん。ちょっと待って」


 橙香の事を後回しにして、夕陽はすぐに会話の輪に戻っていく。

 所変われば人も変わる。そんなモノが幻想だと気付いて、橙香は輪から離れた。



 友達が出来かける度に紅香の影響で顔見知り程度に留められ、橙香はどのパーティーでも壁の花となってばかり。

 いつしか、両親も橙香を極力パーティーに出席させないようにしていた。

 何故なら、鬼一族が呼ばれるパーティーは親睦会を兼ねた友好事業であり、招かれる側の橙香が壁の花となってしまっては主催者の責任が問われてしまう。かといって、腹芸が出来る大人が声をかけて親しさを演出するには、十歳の橙香は幼すぎた。気を使っている感がアリアリと出てしまっては友好の二文字は霞んでしまう。

 したがって、夕刻から開かれる親睦会に出かけた両親と姉を見送った橙香は家の自室からぼんやりと外を眺めていた。

 警備に駆り出された警官が数名で家の周りを囲ってはいるが、敷地内には橙香一人だ。名所の一つもない片田舎の港町だけあって野次馬すら現れないため、実に静かだった。

 夕焼けで赤く染まる空を何とはなしに眺めていると、空を横切る黒い影が見えた。

 最初はその大きさからコウモリの類かと思ったが、どうにも挙動がおかしい。


「あれってもしかして、ドローンってやつかな?」


 ニュースでやっていたのを思い出し、橙香は窓の桟に手を付いて体を外に乗りだして観察する。

 安定感のある動きで宙を漂っているそのドローンは、訪れる人もいないただの原っぱの上空を飛んでいるようだ。

 近所と呼ぶには少し遠いが、橙香の足で駆けていけばさほど時間はかからない。

 少し悩んだ橙香だったが、意を決して窓を閉めるとパーカーを羽織って角が隠れるようにフードを目深に被る。

 部屋を出て、玄関横の壁にかかった鍵を手に取って外に出ると、警備の警官が音に気付いて振り返った。


「お出かけですか?」

「はい。少し原っぱの方へ」

「原っぱなんてありましたっけ? まぁ、いいです。一人、護衛に付けますので少しお待ちください」


 橙香の事にはさほど興味がないらしい警官はさらりと疑問を流すと部下らしい背の高い女性を呼んで橙香の護衛を命じた。

 挨拶もそこそこに橙香は原っぱへ歩き出す。

 原っぱの上空を見上げれば、相変わらずドローンは空を飛んでいた。獲物と勘違いしたらしい鳶がドローンのさらに上空を旋回している。

 ドローンは警戒するようにホバリングしているが、降りるつもりもないようだ。


「……待ち構えてる?」


 橙香が呟いた瞬間、鳶が頭を下に向け、一直線にドローンへ急降下した。

 ドローンは変わらずその場にホバリングし続けている。

 反応がおくれたのかと思いきや、鳶が接触する直前にドローンがふわりと斜め下に落下した。

 鳶が軌道を修正する間もなくドローンすれすれを飛び過ぎると、落下を止めたドローンが再びホバリングを開始する。

 ドローンに上を取られた鳶は危機感を覚えたのか、急降下の勢いそのままに水平飛行へと移行して山の方へ飛び去っていく。


「上手いものですね」


 護衛役の女性警官もドローンの挙動を見守っていたのか、感心したように小さく零す。

 見事な動きを披露したドローンは鳶を見送るようにホバリングを続けていたが、やがて高度を落とし始めた。

 太陽も沈み、空が暗くなり始めている。

 ドローンを回収して撤収するのだと気付いた橙香は地面を蹴って駆け出した。

 女性警官が慌てて追いかけてくるが、距離は縮まらない。年齢からくる身長差があろうと鬼の橙香の脚力にただの人間が追い付けはしないのだ。距離を離されていない事が驚きでさえある。

 橙香が原っぱに到着した時、すでに日は沈み切っていた。

 申し訳程度に設置された街燈の白い明かりの下でドローンをケースに収めていた少年が顔を上げる。

 近所の中学校の制服を身に付けた、まだ幼さを残した面立ちの少年は橙香とその後ろから追い付いて来た女性警官を見て音もなく立ちあがった。


「鬼の一家が霊界から来てるって聞いたけど、君か?」


 問いかけられて、橙香は思わず角のある額を押さえる。手に最初に伝わった感触は角のそれではなくフードに使われた合成素材の生地の感触だった。つまり、目の前の少年は角の以外の部分で橙香を鬼だと見破った事になる。

 後ろから追い付いてきた警官を振り返る。警官としての制服ではなく、私服だ。護衛にあたって橙香が鬼だと気付かれ、騒ぎになる可能性を排除するため私服を着ているのだ。


「不思議そうな顔されても、母と娘って歳の差には見えないし、君は息ひとつ切らせてないのに、後ろの人は少し息が上がってる。脚力の違いがもろに出てるって事だ。しかも、二人して地元の人間じゃないのは顔を見ればわかる。田舎だしな。つまり、大人と子供でも脚力で上回っていて、最近この町に来た者という条件。そこまで考えた上で、フードを被ってるのは額の角を隠すためだと考えれば納得も行く。全部推論だけど、その反応を見るとあたってるみたいだね」


 種明かしでもするように言って、少年はドローンを操作するためのモノらしき棒状の機器をケースに入れる。


「でも、こんな時間にこんな何もない広場に何の用?」


 少年は原っぱを見回して訊ねてくる。遊具はおろか、花壇の類も見当たらない。ドローンを飛ばすにはいい場所だろうが、子供が遊ぶには物足りないだろう。鬼ごっこをするにも些か狭い程度である。


「ど、ドローンが見えたから」


 少年の持っているケースを見ながら橙香が答えれば、少年は合点がいったらしくケースを橙香の目の高さに持ち上げた。


「これを見に来たのか。ごめんな。もう暗いから今日はおしまいなんだ」


 少し申し訳なさそうに言った少年は何かを思いついたようにポケットからスマートフォンを取り出した。


「せっかくこんなところまで来たのに土産話の一つもなしじゃ可愛そうだ。ドローンで撮影した映像を見せてやるよ。今日は面白いのが取れてるんだ。護衛の人、良いかな?」


 橙香の後ろに立っている女性警官に声を掛けた少年は了解を貰って橙香に歩み寄る。

 スマートフォンを操作しながら近づいてきた少年は橙香の隣に立った。


「ほら、これ」


 そう言って少年が橙香の目の前に画面を持ってくる。


「――すごい……」


 映し出された映像を見て、橙香は思わずつぶやく。

 ドローンで撮影したその映像は、上空を旋回する鳶の姿から始まっていた。

 原っぱへの道中で橙香が遠目に見た鳶とドローンの短い空中格闘がドローンからの視点で記録されている映像だ。

 旋回を止めた鳶が高速で迫ってくる。バッと翼を広げて両足の鉤爪を光らせる鳶をひらりと躱し、空ぶった鳶が忌々しそうに見上げてから山へ去っていくまでの一連の映像はぶれ一つなく極めて鮮明で、操縦者の技量を窺わせる。


「カッコいいだろ」

「かっこいい」


 素直に感想を口にする橙香に気を良くしたらしい少年はスマートフォンを操作して写真を表示させた。

 鳶が襲い掛かる瞬間を撮影したその写真は、夕焼けの赤い背景に躍動感のある鳶の体勢が合わさった芸術的な物。


「これ、今度のコンクールに応募しようと思ってるんだ」

「コンクール?」

「ドローンで撮影した写真のコンクール。俺、部活としてドローン飛ばしてるんだけど、実績がないと部費が下りなくてさ。コンクールで入賞すれば文句言われない」


 技術部という数年前に作られた部活との事で、作業機械の自作などを行っているという。部品の購入費などで何かと資金が必要で、部費の獲得を有利にするため実績を求めていると少年は言う。


「このドローンはキットを買って組み立てた奴なんだ」


 ケースを拳で軽く叩きながら少年は言う。


「キット……ボクでも組み立てられる?」

「説明書を読みながらやればいいけど、霊界とは微妙に言葉が違うんだっけ。単語も近代以降に輸入された奴だと通じないんだよな。電子回路とか分かる?」


 訊ねてくる少年に、橙香は首を横に振った。存在は知っているが、扱い方はてんで分からない。

 少年は困ったように腕を組む。


「そもそも、結構値が張るからな。組み立てるのはその内ってことで、明日ここに来ればドローンの飛ばし方を教えてやるよ」

「明日もこの原っぱに来るの?」


 橙香は少年のスマートフォンを横目に見て訊ねる。コンクールに応募するための写真を撮っていたのなら、今日で目的は達成したのではないかと思った。


「明日はコウモリを撮影しようと思ってさ。今日は鳶に怯えてコウモリが飛んでないけど、普段はこの辺りを飛び回ってるんだ」

「じゃあ、明日も夕暮れに来るんだね」


 無駄足を踏ませないで済むのなら、と橙香は明日ここに来ることを約束してから、護衛の女性警官の存在を思い出して振り返った。


「あの、明日もここにきて大丈夫、ですか?」

「大丈夫ですよ。護衛役は私以外の者になると思いますが」


 苦笑した女性警官は、明日は非番なので、と続ける。

 護衛と散歩がしたいわけでもないので橙香は安心してお礼代わりに頭を下げて感謝を表す。

 少年に向き直り、現世の礼儀だと教わった通りに右手を差し出す。


「橙香です。鬼です」

「南藤芳紀。人間だ。握手ってなんか照れくさいな」


 困ったように笑いながらも、少年、南藤は橙香と握手を交わした。



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