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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン

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プロローグ

ここからは完結まで毎日更新する予定です。

「二十歳になりました!」

「おめでとう」


 南藤は橙香に拍手を贈って祝福する。

 誇らしそうに胸を張る橙香だが、成人したと言われても百人中百人が冗談だと笑うだろう中学生のような容姿である。身体の一部に関しては小学生でも通じるほどで、壁との間に挟まれれば「板挟み」などというネタも可能な真っ平である。


「かれこれ十年来の付き合いって事になるのか」

「そうなるね」


 記念日だからと和装に身を包んだ橙香は南藤の前に正座して、三つ指をついた。


「不束者ですがこれからも末永くよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、至らぬところばかりで恥じ入ることしきりですが、これからも末永くお付き合いいただければ幸いです」


 南藤も頭を下げて橙香に返し、顔を上げて部屋に目を向ける。


「それで、なんで俺は橙香の家に連れてこられたんだ?」


 近所の神社にお参りした後で南藤が何故か連れてこられたのは橙香の家である。かつては橙香の他にも両親や姉の紅香も住んでいた賑やかで広々とした和風建築の家は、いまはしんと静まり寒々しさを感じる。

 しかし、橙香は「よくぞ聞いてくれました」と言って立ち上がった。


「二十歳になったからにはやる事はただ一つだよ!」

「なんだ?」

「お酒を飲むの!」

「真昼間なんだが」


 壁掛け時計に目をやれば、時刻は昼どころ午前十一時を指していた。

 ダンジョンに潜るようになってから時間の感覚が狂ってしまっている、と南藤は気を引き締める。

 そんな南藤の腕を取って立ち上がらせた橙香が、ぐいぐいと引っ張り始めた。


「本当に飲むのか?」

「そうだよ。ボクは鬼だもん」

「昼間からお酒を飲む免罪符にするなよ」


 確かに鬼は古来から伝承で語られる通りに酒好きで、橙香の家族も例に漏れず酒を好んでいた。

 橙香に連れられて歩いていくと、敷地にあるなまこ壁の蔵に連れてこられた。

 いそいそと蔵の鍵を開けて中に入った橙香が雑然と物が置かれた蔵の奥にある下り階段を指差す。


「あれが我が家秘蔵の酒蔵です」

「酒蔵そのものを秘蔵するあたりが鬼の一家だな」


 しかも、言い間違いでもなければ比喩表現でもなかった。

 蔵の地下に降りた南藤を待っていたのは古今東西の酒の瓶である。日本酒や焼酎の類が多いが、中にはワインやウイスキー、ラム酒、リキュールまである。

 下手な酒屋よりもよほど充実したラインナップに唖然とする南藤の横で、橙香が目を輝かせる。


「消え物だろうに、よくもまぁ此処まで雑多に集めたもんだ」

「ほとんどは貰い物らしいよ」

「あぁ、霊界の親善大使だもんな。だとすると、皆で酒を贈りすぎだろう。少しは示し合わせて被らないようにすればいいものを」

「お酒が一番喜んじゃうからね。鬼の宿命だよ。鬼ころしを貰った時は反応に困ったってお父さん言ってたけど」

「誰だよ、贈ったの」

「芳紀のお父さん」

「親父ぃ……」


 今は亡き父親が記憶の中で白い歯を見せてサムズアップしている姿を想像し、南藤はため息を吐く。

 相手を見極めてこういったきわどい冗談を仕掛ける癖のある父親だったのだ。

 数歩進んで前に出た橙香がくるりと反転して南藤に向き直る。


「鬼には格言があります!」

「たくさんあるな」


 霊界の鬼が使っている格言には南藤も心当たりがいくつもある。

 橙香が人差し指をぴっと突き出した。


「酒の趣味が合わぬ者を友にせよ。合う者を伴侶に迎えよ!」

「その心は?」

「趣味が合わなくても鬼なら酒好きに間違いないから手当たり次第にお酒を飲むはず。それなら、自分には合わなかったけど君なら好きじゃないかなと思って、と美味しいお酒を紹介してくれるかもしれない。だから友達にすると良いよ」

「酒を紹介してもらうのが目的の友達って何かなぁ」

「でも、伴侶となったらお酒を飲むときには一緒に飲むはずだから、趣味が合わないとケンカの原因になるでしょ。だから、お酒の趣味が合うのは重要だよって話なんだよ」


 対人関係に酒が基準になるのが鬼のスタンダードらしい。


「まぁ、鬼にとってお酒は切っても切り離せない関係だけど、美味しいお酒と旨いお酒と凄く美味しいお酒と凄く旨いお酒っていう区別しかないから、趣味が合う合わないが問題になる事ってほとんどないけどね」

「それでいいのか、鬼」

「ボクは良いと思うよ。食べ物も飲み物も好き嫌いしちゃいけないよね!」


 もっともらしい事を言っているがその実とんでもないことを口走っている。

 橙香は南藤を案内するように酒蔵の奥へと歩き出す。


「とまぁ、格言にもあるように鬼とお酒は切っても切り離せないんだよ。こっちでも神前式でお酒を飲むでしょ」

「あれの意味は魔除けであって、酒を楽しむ意味はない」

「そうなの? もったいないなぁ」


 鬼らしい感想を端的に口にしつつ、橙香は酒蔵の奥に用意された一画を手で示す。


「ともかく、鬼にもお酒に関する儀式があるんだよ。鬼が触れる最初のお酒は生涯の付き合いになる相手に選んでもらうの。大体は家族が選ぶんだけど、ボクはずっと芳紀に決めてもらうつもりだったんだよ」

「俺でいいのか?」

「うん。お父さんたちにも話してあるよ。ここのお酒を好きに飲んでいいって」

「そうか」


 鬼と酒は切っても切り離せないという話を聞いた後で生涯最初の酒を選ぶ大任に抜擢されて、南藤は腕を組んで酒蔵を見回す。


「と言うか、俺ってかなり外堀を埋められてないか?」

「とっくに埋め終って新居を建てる勢いだよ?」

「庭付きが良いな」

「御月見ができる縁側も欲しいよね」

「この酒なんて飲みやすいぞ」


 南藤は棚から一本の酒瓶を取り出す。当たり前のように一升瓶だったが、突っ込まない事にした。


「若波?」

「香りもいいし、ちょっと酸味があって引きも鮮やかな日本酒だ」

「芳紀が一番好きなお酒?」

「いや、入門者向け、くらいのつもりで選んだ」

「じゃあダメ」


 存外厳しい裁定があるらしく、南藤は酒瓶を棚に戻した。

 好きな日本酒ではあるが、一番かと言われると首を横に振るのは確かだったからだ。


「一番好きなお酒って言われても、かなり好みが出るぞ?」

「だから良いんだよ」

「そういうもんかね」


 薬としか思えない酷い香りの薬草系リキュールでも勧めてみようかと悪戯心が湧き上がるが、儀式だと言われた手前自重する。


「芳紀って結構お酒に詳しいよね」

「親父が好きだったのもあるけど、おじさん達に飲まされたからな。紅香さんにも付き合わされたし」


 今思うと、あれは鬼との飲み方をレクチャーする為でもあったのだろう。来たるこの儀式で橙香と飲むために。

 鬼のペースに巻き込まれると翌日再起不能になる事を知っている南藤はぶるりと身震いする。


「へぇ、お姉ちゃんとも飲んだんだ……」

「飲まされた、な」


 ニュアンスの違いを指摘した時、南藤は背中に尖った物が当たる感触に振り向いた。


「橙香、角が当たってる」

「当ててるんだよ」

「痛いんだが。紅香さんに嫉妬するなよ」

「してないし」


 否定しながらも、紅香の名前が出た瞬間にぐりぐりと角を刺してくる橙香に、南藤は両手を肩より上に挙げて降参の意を示す。


「酒を飲まされただけだろうに」

「ボクより先に芳紀と飲んでるのがやだ」

「そんなむちゃくちゃな」

「何を飲んだの?」

「たしか、玉川だったかな」

「じゃあそれ除外」

「まぁ、俺もそこまで好きな酒ではないから構わないけど」


 とびきり美味しい代わりに重いから翌日に響くんだよな、と南藤は紅香に飲まされた時の事を思い出す。


「早く選べ、よしのりー」

「はいはい。なら、少しここで待ってろ」

「うん? どこいくの?」

「俺の家から取ってくる」

「芳紀がお酒隠してたー」

「人聞きの悪い事を言うな。それと、俺が好きな酒だからな。文句言うなよ」

「言わないよ。でも待つのは嫌だからボクも行く」


 一緒に酒蔵を出た二人は南藤の自宅へ歩き出す。


「なんてお酒?」

「元老院」

「仰々しいね」

「ウイスキーみたいな焼酎だ。あの酒蔵にはなかったけどな」

「つまり、ボク達一家が飲んだことのないお酒だね」

「そういう事になるのか? まぁ、俺はあの酒を誰かと飲んだことはないが」

「ボクが一番乗り!」

「そんなに嬉しいものかね」


 酒にまつわる鬼の感覚は分からない、と南藤は苦笑しつつ、到着した自宅の扉を開ける。幼馴染だけあって、家は近所なのだ。



 まさか飲み干すとは、と南藤は空になった酒瓶にため息を吐いて、膝の上で寝ている橙香を見下ろした。

 酒豪ばかりの鬼一族である橙香といえど、南藤が止めるのも聞かずに焼酎を一升飲み干せぼ気分が悪くもなる。

 人間であれば病院へ担ぎ込まれるところなのだが、橙香の顔色は悪くもなく、いまは静かな寝息が聞こえてくる。恐ろしい事に、アルコールはすでに分解してしまったらしい。


「よしのりー」

「なんだ? って、寝言か」


 閉じられたままの目を見てそう判断し、南藤は毛布でも持ってこようかと橙香を膝の上から降ろそうとする。

 しかし、橙香はぐずるように南藤の服を掴む手に力を込めた。

 決して放すまいという強い意志が篭っていそうなその手に苦笑して、南藤は橙香を引きはがすのを諦める。


「どんな夢を見ているのやら」


 橙香の寝顔を眺めつつ、南藤は器に残っていた一口分の酒を飲みほした。



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