第二十七話 推測過程
「ずいぶんと賭けに強いですね」
南藤と橙香から説明を聞いた杷木儀は呆れたようにそう言った。
膨れトカゲを討伐後、次のテレポートまで時間がある事から速やかに犯人二人を拘束し、南藤と橙香が先にダンジョンの外に出て自衛官に事情を説明、その後に全員が警察の管理下に入った。
南藤がドローンで記録した映像も証拠として提出されており、現在は警察により事実関係や背後関係の調査が行われている。
南藤と橙香はすでに事情聴取も終えて無罪放免されており、警察署を出た足で異世界貿易機構を訪れたのである。
杷木儀がココアを南藤と橙香に勧めつつ、口を開く。
「さて、現在分かっている事の説明から入った方がいいでしょうか?」
「分かっている事があるのなら、お願いします」
少し甘さの強いココアを飲んで、南藤は軽く頭を下げた。
杷木儀は南藤を眺めて肩を竦める。
「まぁ、南藤さんはすべてお見通しな気もしますけどね。犯人二人は異世界人、それも他国から工作員として我が国にやってきた模様です。目的はダンジョン攻略の妨害、実力のある冒険者の殺害や拉致、魔力強化品の強奪、また、マスター権限の奪取も含まれていたようですが、主な活動内容は冒険者の殺害だったようです」
「他国の工作員。それが都市伝説でいわれている裏ギルドの正体ですか?」
核心を突く南藤の問いかけに杷木儀は首を横に振る。否定の意味はないが、立場上答えられない類の質問であるという意思表示だ。
「今回、南藤さんも標的に入っていましたが、当初の優先順位はさほど高くなかったようです。最大の目標はクラン『衣紋』とクラン『空転閣』、つまりは傭兵クランだったようですね」
「ちょっといいですか?」
説明を続けようとする杷木儀を遮って、橙香が質問を挟む。
「犯人二人ってテレポートを使いますよね。逃げられたりしませんか?」
「魔法を使用する犯罪者に関しては異世界から輸入された技術を用いた拘束器具が開発されていますので、あの二人もテレポートは使用できません。仮に使用して外に出たとしても、GPS機能で居場所は常に把握しています」
「発信機を外されたら?」
「外せませんよ。外科手術でもすれば別ですが」
「なにそれ怖い」
どんな取り付け方をしているのか聞かない方がいいのだろう。ニコニコ笑っているように見える杷木儀の目が語っていた。
「しかしながら、犯人二人はかなり初期の段階で南藤さんと橙香さんを危険視していたようです」
「ドローンの撮影ですね」
「えぇ、広域を索敵するドローンに犯行現場を押さえられる危険性があるため南藤さんを排除したい。しかし、鬼の橙香さんが絶えず護衛についていて、戦力不足から手が出せなかった。二人を引き離そうにも橙香さんは南藤さんにべったりでどうにもならなかったそうです」
「芳紀の側が一番安全だからね」
「橙香がいれば大概の暴力には対抗できるしな」
「まぁ、そういう事にしておきましょう」
二人の関係性にはツッコまずに、杷木儀はファンデーションを始めとした化粧品を取り出して机の上に並べだした。
なにが始まるのかと首を傾げる橙香とは異なり、南藤は納得したように化粧品を眺める。
「犯行に使われたモノですか?」
「いいえ。魔力強化はされていますが、犯行に使われたものほどの性能はありません」
杷木儀は化粧品をあらかた取り出すと、南藤たちの前で化粧をしてみせる。だが、明らかに通常の化粧ではありえない効果が表れていた。
「もうお分かりですね?」
「変装用に魔力強化を重ねた化粧品……」
目の前で南藤に変装して見せた杷木儀に、橙香は驚きに目を見張りながら呟き、南藤本人と杷木儀を見比べる。
「芳紀の方がずっとカッコいい!」
「ありがとう。橙香もかわいいよ」
「ありがとう」
「末永くやっていただいて結構ですが、私の前では控えてください」
杷木儀が冷たくツッコミを入れた後、用意していたおしぼりで顔を一拭きする。たったそれだけの労力で南藤に成りすましていた杷木儀本来の顔が現れた。
「ちょっと欲しいかも」
「非売品です。ともあれ、これでお判りでしょう。犯人の二人組はこういった化粧品を使用して南藤さんたちの連合パーティーのメンバーに途中から入れ替わったのです」
「ライオットシールドについては?」
クラン『剣と盾』の、たった四枚しかなかったはずのライオットシールドの五枚目。通常ありえないその盾の存在が事態の複雑さを増したのだ。
杷木儀は「オフレコでお願いしますよ」と事前に南藤たちに言い含めた後、続けた。
「犯人側が事前に用意していたようです。容量増加と大きさの任意変更の魔力強化を多重掛けした小袋に忍ばせていたとの事です」
「凄い資金力。工作員っていうだけあるね」
「橙香、この問題の本質はそこじゃない」
「そうなの?」
「そっくりのライオットシールドを用意するには、異世界貿易機構に保管されている魔力強化品のリストを閲覧しないとできない。つまり、共犯者が異世界貿易機構に紛れ込んでいる可能性がある」
「その通りです。頭の痛い問題ですよ」
杷木儀は腕を組んでため息を吐く。
「内通者に関しては調査を進めています。ですが、それに関連して今回の件にはかん口令が敷かれる事でしょう。南藤さん達には少々嫌な思いをしていただく事になるかもしれません」
「マスコミ関係ですか? すでに警察の方で対応してくれているみたいですけど」
「異世界貿易機構も協力して対応していくつもりです。また、南藤さんが藻倉ダンジョンで撮影した映像ですが、おそらくお返しできません」
「今回の被害者遺族に見せるのも駄目ですか?」
「申し訳ありません」
「俺たちに謝られても困りますけどね」
宮仕えも大変だな、と南藤は一応の理解を示し、話を打ち切った。
動画がなくとも、遺族には連合パーティーのメンバーで訪問して事情を話すつもりではあったからだ。
「どこまで話していいのかは知っておきたいですね」
「それをご説明する前に、こちらも聞きたいことがあります」
「なんですか?」
事のあらましは南藤たちが警察の事情聴取を受けてまとめられており、それは協力関係にある異世界貿易機構にも伝わっているはずだ。
南藤は何を聞かれるのか分からず身構える。
杷木儀は膝の上に手を組み、問いかけた。
「何故、犯人を特定できたんですか?」
「そんなモノ、ぱぱっと頭で考えて」
いまさら何を聞いているのかと、南藤は疑念を抱きつつも答えて、次の質問を待つ。
しかし、杷木儀は橙香の方を見て、訊ねた。
「南藤さんから推理過程を聞いていますか?」
「まったくわっかんない」
「え?」
南藤は橙香を見て、ようやく納得した。
「推理過程を説明すればいいんですか? 杷木儀さんなら分かっているとばかり」
「分かりませんね。ドローンでの記録映像を見せて頂きましたが、何故、膨れトカゲにとどめを刺す直前のあの場面で犯人二人を常にマークしていたのか、出だしを完全に抑えて先手を打てたのか、全く分からないんです。賭け以外にありえないと警察の方も言っていました」
「まぁ、賭けですからね」
あっけらかんと言ってのけた南藤はどこから説明したものかと頭を掻いて、話し始めた。
「テレポートは計三回ありました。いずれの場合でも死者か行方不明者が二人です。最初のテレポートの段階で遺留品が二人分、かつ連合パーティーが全員そろっていた事から、アンデッドが二人混ざっているのではないかとの仮説も立っていました。実際に混ざっていたのはアンデッドではなく、殺人鬼だったわけですけどね」
橙香に紙を用意してもらった南藤は同じく用意してもらったシャープペンシルを使って前提条件を記していく。
「以前から掲示板ではアンデッドの目撃例があったんでしょう?」
「えぇ、一部の掲示板では騒ぎになっていました。藻倉ダンジョンでもアンデッド騒ぎが起きたのは南藤さんもご存知のはずです」
「クラン『不動闇王』とかですよね」
藻倉ダンジョン第三回氾濫の直前に起きた失踪事件である。
「アンデッド事件が日本各地で起きている以上、今回の件も類似している可能性があります。すなわち、犯人は事前の準備を万端に整えていて、論理的に考え抜いた作戦を立てていると思われます」
計画犯であるのならば、その計画の全容を論理的に導き出せるのではないか、と南藤は三回のテレポート事件から推理した。
「もっとも、これから話すのは推理とは名ばかりの状況証拠の寄せ集めと希望的観測のオンパレードで、犯人を証拠付きで言い逃れもできない状態に確定する物ではありません。あくまでも、最も疑わしい者を割り出す思考過程ですね」
南藤を紙の上に大きく仮定です、と書き込んでから話を続ける。
「まずは前提条件から」
一つ、犯人はパーティーに紛れ込み、全滅を狙っていると思われる。
二つ、犯人は別人に成りすます能力と五時間ごとにテレポートを発動する能力を持つ。
三つ、南藤と橙香は互いが本物であることを証明する方法がある。
四つ、膨れトカゲ戦開始時、南藤と橙香を除いて容疑者は十人存在する。
五つ、犯人は今回の事件が初犯でない可能性が高い。論理的に考察して行動する計画犯罪の余地がある。
六つ、犯人は警戒している冒険者を殺害可能な戦闘力を有している。ダンジョン内で三度の殺人が起きていると思われる事から間違いない。
ただし、連合パーティー結成時に内通する三人目以降の犯人が存在する可能性があるため、犯人が二人だと確定できない。
七つ、南藤はドローンによる航空撮影が可能なため、犯行を押さえられないように早期排除が望ましい。
「もうこの時点で犯人の思考をなぞってますね」
「俺は犯人じゃありませんよ?」
「南藤さんが犯人だったら迷宮入りでしたよ」
「ははは」
「ははは。本当に闇落ち展開はやめてくださいね?」
切実な感情が篭った声で念を押されて、南藤は視線を逸らす。そこまで買いかぶられているとは思わなかった、と。
「最後に重要な前提条件として、犯人に三人目を考えません」
「何故です?」
「三人いたなら、魔力酔い状態の俺と橙香を相手取って倒せるからです。先ほどの前提条件七つ目からも、俺の早期排除が望ましいはずなのに、結局のところ俺は無事な事から三人目を想定していません。この希望的観測の前提条件こそが、これから語る思考過程が推理とはなりえない理由でもあります」
「なるほど。警察の方が賭けだと言ったのもそこに理由があるわけですか」
杷木儀が納得したように、紙上に追記された八つ目の条件を見る。
「話を続けましょう。犯人の手口についてです」
犯人の手口は次の通り。
連合パーティーは南藤と橙香、クラン『剣と盾』『空転閣』『衣紋』の計四つのグループで構成されている。
最初に別のパーティーに属する二人を殺害。その二人に成り変わる。この時二人に留めたのは人数の齟齬をなくすためであり、三人目が殺害された場合に頭数が足りずすぐに捜索が始まる可能性があったから、という場合と、単純に戦力差を覆せなかったからという可能性がある。
二回目のテレポートでは再び二人消息不明となる。入れ替わりの有無は不明。
三回目のテレポートでは殺害された者が二人。
連合パーティーは南藤視点で見て生者であると断言できる自分と橙香を除いて最初は十四人。一回目のテレポート後、犯人二人が入れ替わっている。
最終的に、南藤と橙香を残してしまうと犯人が自動的に特定される。可能な限り早期に排除するのが望ましい。しかし、突出した戦闘力を持つ鬼の橙香を相手取れる戦力がない。なおかつ、南藤のドローンによる空中からの監視網に引っかかってはならない。
入れ替わりの性質上、遺留品による野良パーティーの特定がなされるため、全滅させた野良パーティとは入れ替われない。必ず一人残しておかなくてはならない。各野良パーティーを均等に削るのが望ましいが、次の狙いがばれてしまいかねない。
「こうして列記するとなかなか難しい条件ではありますね」
杷木儀が連合パーティーの名簿を別の紙に書き上げながら、唸る。
南藤は杷木儀の感想に同意する。
「おかげで、割り出しやすくはありましたけどね。さて、二人の犯人を割り出すに当たり次の定義を設けます」
実行犯と推定白、確定白の三つ。
実行犯はすなわち行方不明の冒険者と入れ替わった、おそらくは殺人を行った犯人二人組の事。推定白とは連合パーティー結成時から実行犯に入れ替わられていない者。確定白は現在行方不明または遺体が確認された被害者の事だ。
「一つ目の考え方として、俺達を除く三つのクランの残り頭数と遺留品の数の合計がクランメンバーの人数と合っていれば、そのクランのメンバーは全員が推定白となります」
例えば、第一回テレポート後のクラン『空転閣』は全員が推定白となる。
第一回テレポート直後では間巻たちクラン『空転閣』のメンバーは全員が揃っており、かつ遺留品が見つかっていないため入れ替わりの可能性を排除できるからだ。
この考え方に照らし合わせれば、『剣と盾』のパーティーは第二回テレポートから全員が推定白となる。同時に第一回テレポート後の大宮は犯人による入れ替わり、実行犯であったとの推測が成り立つ。
「第一回のテレポート時に見つかった五枚目のライオットシールド。これがクラン『剣と盾』の遺留品であり、メンバー四人のうちの一人が実行犯です。しかし、時を置いて第二回テレポートが発動すると大宮さんが行方不明となり、遺留品の数と残り頭数の合計が四となり、クランメンバーの数と合致します。すなわち、第一回テレポート時には大宮さんが実行犯であり、その証言が無効化され、残りの三名は全員が推定白となります。第三回のテレポート後に遺体が発見された根来さんは確定白となります」
ボス戦開始時の『剣と盾』メンバー計四人の内訳は、大宮と根来は行方不明、死亡により確定白、猿橋、御淡田は推定白。
南藤は名簿に書き込む。
「さて、第二回テレポート後に大宮さんは行方不明となります。第一回テレポート時に大宮さんに成り変わった実行犯はどこへ行ったのか。行方不明者二人に加えて新たに二人分の遺留品が発見されており、連合パーティーのメンバーは何故か二人しか減少していない以上、実行犯による入れ替わりが発生した可能性があります。大宮さんに成りすました実行犯は別の誰かに入れ替わった事になる。そこで、二つ目の考え方として、各パーティー内の個別の推定白はパーティー内に行方不明者が出た場合に打ち消される。三つ目の考え方として、矛盾のない推定白の持ち越しが存在する。この二つで考えていきます」
推定白の打ち消しは行方不明者と犯人の入れ替わりが有り得るからだが、第三の犯人を設定していない以上、第二回テレポート時に三人で跳んだ『空転閣』の足母と斧野、『衣紋』の雅山は推定白である。犯人が二人いたとしても三人のうち一人は一般人が混ざっており、犯行の目撃証言をしていない点で矛盾が生じる。
第二回テレポートでは実際に入れ替わりが起きているため、犯行そのものは別所で行われていたと考えられる。
また、斧野と雅山は第三回でも共にテレポートしている。
「二つ目の考え方は対偶に、各パーティー内の個別の推定白はパーティー内に行方不明者が出なかった場合、打ち消されない、となります」
「あ、数学の奴だ」
「橙香、ちょっと静かに」
「はーい」
第三回のテレポート後、『衣紋』から行方不明者が出ていないため、『衣紋』の雅山は推定白の持ち越しとなり、共に跳んだ斧野のアリバイを保証する事から斧野も推定白の持ち越しとなる。
「四つ目の考え方に移りましょう。先ほどの雅山さん、斧野さんの推定白割り出しにも利用した理屈です」
共犯者、傍観者といった第三の犯人を設定しないのならば、推定白の人間は共にテレポートした者のアリバイを保証しうる、という考え方だ。
先に述べた通り、『剣と盾』パーティーの猿橋、御淡田は共に推定白であり、第三回で共にテレポートした『衣紋』の矢伊勢のアリバイをそれぞれ保証する。
そして、帆無目はテレポート直後に南藤のドローンによる空中撮影に映り込み、推定白となる。
さらに、『衣紋』の遺留品は二つ、ボス戦開始時にリーダー生地を除く四人が存在しているため、このパーティーには一人の犯人が成りすましている。入れ替わりのタイミングは、第三回のテレポートで行方不明者が出ていない事から第一回と第二回である。また、第二回以降はこのグループ内で犯人が別のメンバーへの入れ替わりをしていない。
すなわち、ボス戦開始時の『衣紋』メンバー計五人の内訳は、生地が行方不明により確定白、雅山と帆無目と矢伊勢の三人は推定白であり、残る佐田木が成りすました犯人となる。
南藤が書き込む紙を見ていた杷木儀が眉を寄せる。
「これはもしかすると、第三回テレポート時に南藤さんのドローンに帆無目さんが撮影されていなかったなら、犯人の推測も出来なかったことになりませんか?」
それこそが犯人の失態であり、南藤が最初に排除されなければいけない理由であり、南藤が排除されなかった事から犯人が二人であるという推測を成り立たせる逆説的な状況証拠でもあった。
「一応、第二回テレポートの後にクラン『空転閣』には犯人が一人混ざっていることが遺留品の数から推定できます。しかし、第二回テレポートではリーダー間巻さんを除く全員がクランメンバーと二人以上でテレポートしていることから、三人目の犯人、内通者を想定しない今回の推測では間巻さんが実行犯だと確定されます。同時に、間巻さんが一緒にテレポートしたと証言した佐田木さんが非常に疑わしくなりますが、帆無目さん、矢伊勢さんがそれぞれ単独でテレポートしているため推定白の決め打ちができず、賭けの要素が強くなりますね」
南藤が同時に操れるドローンは三機までであり、不確定要素の帆無目や矢伊勢を残したまま行動に移るのはマークする人数が四人になることから避けたい話だった。
実行犯を二人に絞った後でも、ダンジョンボスである膨れトカゲへ対処するためにドローンを使用しなくてはならず、橙香が作った堤防で水中ドローンが流されないように環境を作ってから駐機させるなどして場を整えたのだから。
「流れで説明してしまいましたが、最後に『空転閣』パーティについて、第二回テレポート時には間巻さんを除く『空転閣』全員が推定白、間巻さんが自動的に犯人です」
南藤は話を戻す。
「第三回のテレポート後に『空転閣』は遺留品の数が二つ、残り人数は四人で、羽場さんが遺体で見つかった以上、間巻さんは犯人が成りすましたままであるため、他のメンバーは自動的に推定白が持ち越されます」
すなわち、ボス戦開始時の『空転閣』メンバー計五人の内訳は、羽場が死亡により確定白、和田川と足母と斧野は推定白、残る間巻が成りすました犯人である。
「余談ですが、第二回で犯人が成りすました佐田木さんと間巻さんは共にテレポートしたと証言しています。単独行動していた者は怪しまれるとの考え方から口裏を合わせていたのでしょう。ドローンによる空中撮影がなければ、一貫して単独行動を行っていた帆無目さんに疑いの目が向けられていたと思われます。また、彼を推定白にできず、佐田木さんが犯人と推定してからの推測は不可能となります」
結果論ではあるが、杷木儀も指摘した通り、南藤を早期に殺さなかったのが実行犯たちの敗因であり、この可能性に気付かないはずのない計画犯である実行犯たちが南藤を殺しに来なかったのは戦力不足であったのだと推察され、三人以上の犯人はいないと考える状況証拠となっていた。
「――とまぁ、以上ですね。あくまでも状況証拠からの推測でしかないので犯人が実際に動かないと確定できません。そこで、膨れトカゲにとどめを刺す際にマークしていて、動きだしを押さえて先手を打ちました」
「筋は通ってますね」
表を作って検証しながら杷木儀は頷き、南藤を見る。
「一番の驚きは、ドローンの映像を見る限り南藤さんは魔力酔いが治った直後にこれらをすべて推測し終えて行動に移ってることですけども」
「他のメンバーと違って、橙香を最初から除外できる点で有利でしたし、第三回テレポートの直後に帆無目さんをドローンで撮影できましたからね」
ココアを飲み干して、南藤は立ち上がる。
「それじゃあ、俺達は帰ります。眠いですし」
「お疲れ様でした。また後日、お話を伺いに行くと思います」
マスター権限については警察署での事情聴取中に譲渡してあるため、南藤と橙香はあっさりと帰宅を認められた。
後日、また権利書の作成などで呼び出されることになるのだろう。
南藤は欠伸を噛み殺しながら異世界貿易機構の藻倉支部を後にする。
「よしのりーおんぶー」
「うん? ほら」
「やったー。身体が小さくてよかっ――よくない」
「複雑だな」
橙香を背中に乗せながら、南藤はバス停までの道を歩く。
よほど疲れていたのか、橙香はすぐに寝息をたてはじめた。
藻倉ダンジョンの先がどんな世界に繋がっているのかは異世界貿易機構の調査結果を待たなくてはならない。
願わくば、霊界に繋がっていますようにと南藤は夜空に願った。