第二十六話 決着
「――状況把握。これより処理に移る」
南藤が機馬から降りると同時に二機のドローンが舞いあがる。
「芳紀、魔力酔いは?」
「これだけ派手に水のトンネルで魔力を消費してくれた上にテレポートまで近場で発動したんだ。完治したさ。連合パーティーのメンバーの居所も把握している。橙香は毬蜂の誘導に従って建物を破壊してくれ。それを大波に対する堤防として使う」
「膨れトカゲは?」
「俺が食い止める」
当たり前のように返した南藤が空を見上げる。
今まで眼中にもなかった南藤の参戦に膨れトカゲが警戒していたのも束の間の事。一瞬びくりと膨れトカゲの身体全体が震えると水のトンネルが形を崩しかけ、支え切れなくなった膨れトカゲの巨体が落下してくる。
橙香たちのいる場所は浅瀬であり、身体を膨張させていないとはいえ全長十メートルを超える膨れトカゲの巨体が落ちれば当然波が起きる。
しかし、機馬を正面に駐機させて波をやり過ごした南藤はつまらなさそうに鼻を鳴らして右手のコントローラーを操作した。
「橙香、もう行け。他のメンバーもすぐにここへ戻ってくる。それまでに堤防を作り出して陣地を構築するんだ」
「分かった!」
橙香を送り出し、横目でちらちらとスマホ画面で毬蜂の視点を確認しながら橙香を堤防建設予定地へと案内させ、南藤は呆れたように膨れトカゲを見る。
「頑丈だな。ワニでも感電死する威力のはずだが」
何が起きたか分かっていない様子の膨れトカゲから、テーザー銃搭載ドローン雷玉を死角に隠し、南藤は団子弓を前に出す。
「どうせ麻酔銃も通じないんだろうし、とりあえずは目を潰すか」
明らかに脅威となり得る敵であると南藤を認識した膨れトカゲが水を吸い込む。南藤は機馬に歩み寄って上部装甲を掴んだ。
膨れトカゲが水を吹き付ける。直線上のあらゆるモノを薙ぎ払おうとするその水流は御淡田を吹き飛ばした以前の比ではない。
だが、南藤には当たらない。
上部装甲を掴んだ南藤をそのままに、機馬がその六本の脚で猛然と走りだし、水流の射程から完全に外れたからだ。
同時に、南藤は空いている片手でドローン団子弓に指令を送る。
内蔵のエアガンの弾倉が入れ替えられ、団子弓から小さなボールが射出された。
ボールは膨れトカゲの顔面にぶつかり、蛍光塗料をぶちまける。
突然視界がショッキングピンクに染められた膨れトカゲが顔を振り回した。口からは吐き出される時を待っていた水がだらだらと垂れ流されている。
すぐに足元の水に顔を沈めて塗料を洗い流しにかかるが、ペイント弾は多少水につけた程度で落ちるような軟なものではない。
膨れトカゲも理解したらしく、空に向かって吠えると同時に周囲の水をまきあげて水のトンネルを形成し、上空へと登っていく。ある程度まで上空へと登り切ると、水のトンネルの水流に対して逆向きに泳ぎ始め、その水圧で顔を洗浄し始めた。
南藤は膨れトカゲを見上げながら、遠くから聞こえてくる破壊音とスマホ画面に表示されている橙香の破壊活動の進捗状況を確認し、さらに戦場へと戻ってくる御淡田たちへ無線を飛ばす。
『間巻さん、御淡田さんたちを連れてそこを右に曲がってください。ちょっと高いドーム屋根の建物です。えぇ、その崩壊してない建物です。そのまままっすぐ進んでください』
『キノコ狩りの人、なの?』
『はい、その通りです。魔力酔いは治っているので状況は全て把握しています。まずは膨れトカゲを仕留めましょう』
無線連絡を終え、南藤は無線機を腰に提げてスマホを持ち直す。
同時に、顔の洗浄を終えた膨れトカゲと視線を交差させた。
南藤が建物のそばにいるのを見て取ると、膨れトカゲはその体を一瞬で膨張させて水のトンネルを高速で泳ぎ、南藤のそばの建物に当て身を食らわせて崩壊させる。
予想していた南藤は機馬を使ってその場から高速離脱するが、膨れトカゲは水のトンネルで瓦礫を巻き上げ、その流れを利用して南藤へと瓦礫を叩きつけた。
南藤はあっさりと別の建物の陰に機馬を乗り入れて飛ばされてきた瓦礫をやり過ごす。当然、膨れトカゲが水のトンネル網を利用して追いかけてくる。
「それも壊してくれると手間が省けるんだよ」
南藤は膨れトカゲが建物のそばに来たのを見て、雷玉のテーザー銃を撃ち込んで感電させる。びくりと震えた膨れトカゲが水のトンネルから落下して建物を根元から崩した。
南藤は満足そうに頷くが、好き放題にされている膨れトカゲは怒り心頭らしく、激しく尻尾を振り回して周辺の建物を破壊する。
南藤が操る雷玉は絶えず死角を飛んでいるため、膨れトカゲはその存在に気付いていても叩き落とすことができないでいる。南藤がペちぺちと手を叩いて煽っているため、先ほどから自身の身体を痺れさせる電撃が南藤によるものだとは理解している様子だった。
加えて、南藤は移動のほとんどを機馬に任せているため肉体的な疲れはほとんどない。
「暇だな」
膨れトカゲが周囲の建物に八つ当たりしているため、南藤は機馬の上に胡坐をかいて観察する。
『――芳紀、終わったよ』
無線機から届いた声に、南藤は腰に下げた無線機を取り出して答える。
『了解。そのまま待機していてくれ。膨れトカゲを誘導する』
『おい、南藤さん、何をするつもりなんだ?』
『佐田木さん、でいいのか? 大したことじゃない。膨れトカゲをそこの下に誘導するから、とどめを刺してもらおうってだけだ』
『誘導、できるのか?』
『あぁ、水のトンネルが――っと、八つ当たりが終わったらしい。まぁ、そこにいてくれれば誘導するよ』
無線機にそれだけ言って、南藤は怒気を孕んだ目を向けてくる膨れトカゲを見る。
八つ当たりで破壊した建物の瓦礫ごと水を吸い込んだ膨れトカゲは水のトンネルへと体をすべり込ませ、南藤の頭上へと向かってくる。
南藤は水のトンネルを泳ぐ膨れトカゲを見上げて機馬を起動させ、走らせる。
追いかけてくる膨れトカゲを観察しつつ、スマホの時刻表示を確認。
「残り三時間」
テレポートまでに残り三時間。十分すぎる時間だな、と南藤は無感動に呟きながら機馬の収納スペースから水中ドローンを取り出した。
機馬や建物で死角となった空間に入った瞬間、南藤は水中ドローンを水の中へと放り込む。
南藤を追いかけてきている膨れトカゲは水のトンネルにより上空から全体を見下ろしているため、橙香が作り上げた堤防に気付いたらしい。
警戒したように、膨れトカゲが進路を変更して堤防の直上へと移動し、その体を膨張させた。
「なんだ、気付くのが早いな」
感心する南藤の前で、膨れトカゲは膨張した体を使って上空から堤防へとのしかかり、巨体を生かして堤防を破壊する。
発生した大波を建物の陰に入ってやり過ごした南藤は濡れた髪を掻き上げて膨れトカゲを見る。
企みを台無しにしてやったとばかりに満足そうに一鳴きした膨れトカゲが悠々と水のトンネルへと戻っていく。
だが、南藤が無線機を使って仲間に連絡していない事には気付いていないようだった。
南藤からしてみれば、堤防が破壊される事など予測の範囲内である。大波を発生させて冒険者を押し流すのが基本戦術の一つである以上、その戦術の有効性を確保するためにも対抗策についても理解しているのだろうと、南藤は最初から考えていた。
感心したのはあくまで、堤防が大波を防ぐところを見てからではなく、何の役割も果たしていない現段階でそのもくろみを見破った観察眼に対してのみだ。
「手間が省けたな」
南藤はスマホの時刻表示を気にしつつ膨れトカゲの誘導を再開する。
橙香が頑張って作り出した堤防を見つけるたびに膨張した体でボディープレスする膨れトカゲを眺めつつ、団子弓のペイント弾や雷玉のテーザー銃で攻撃を加え、橙香の元から戻ってきた毬蜂による航空映像を利用して効率的に膨れトカゲを煽り続ける。
毬蜂のパイルバンカーも、団子弓のエアガンも、雷玉のテーザー銃も、膨れトカゲに目に見えたダメージは与えられない。テーザー銃のみ体の自由を奪えるくらいだ。
だが、膨れトカゲも巧みに逃げ回る南藤にかすり傷一つ負わせる事が出来ずにいる。
いつまで経っても成果が上がらない事に焦り始めている膨れトカゲは攻撃の頻度が明らかに増えている。
頃合いだな、と南藤は機馬の進路を変え、加速した。
膨れトカゲは加速する機馬とその上の南藤を見て、すぐさま水のトンネルを利用して追いかけてくる。
堤防はあらかた潰されているためほとんど存在していない。ボディプレスの必要がなくなった膨れトカゲは今まで堤防を破壊して確保してきた瓦礫を南藤へと叩きつける。
だが、平地であれば時速六十キロメートルを出すこともできる機馬の足は瓦礫をやすやすと避けきった。
宙を走る水のトンネルを泳ぎながら、膨れトカゲは忌々しそうな顔で南藤だけを睨み続けている。
『到着する。物陰に身を隠してくれ』
南藤は無線機に呼びかけて、進行方向を見た。
今までの物よりも大きな堤防が道をふさいでいる。機馬が駆け抜ける事が出来るように端のほうに隙間があるが、隣の建物を崩すだけですぐに埋まる程度の隙間だ。
南藤は機馬を加速させて堤防の隙間を駆け抜け、ドローン雷玉を操作する。
膨れトカゲは巨大な堤防を視界に収めると同時にその体を膨張させた。今まで同様、堤防は発見次第破壊するつもりなのだろう。
やはり頭はあまり良くないな、と南藤は膨張した体で堤防へボディープレスをする膨れトカゲを眺めながら肩を竦める。
膨れトカゲの巨体にのしかかられた堤防の上部が崩壊する。瓦礫が粉みじんに砕け散る中、膨れトカゲは今までとは全く違う反応を見せた。
もがき苦しんだのである。
膨張させていた身体を元の大きさに戻した膨れトカゲの腹部には深々と日本刀が突き刺さっている。その数四本。クラン『衣紋』が堤防の上部に仕掛けておいた日本刀を全てその身に受けていた。
膨れトカゲの鱗は確かに硬く、人の力では突き刺さらない。ならば、膨れトカゲ自身に刺さりに行ってもらえばよい。どうせなら高所から、表面積が広くなる代わりに体が柔らかくなる膨張した状態で刺さりに行ってくれた方がよい。
橙香が鉄塊で攻撃を加えた時、膨張時の膨れトカゲの身体は波打っていたのだから、通常時よりは柔らかいだろうと考えていた南藤も、流石に日本刀があそこまで深々と刺さるのは予想外だった。
しかし、やる事は変わらない。
「――橙香!」
堤防の隙間を埋められる位置に建っていた四階建ての建物の上にいる橙香へ呼びかける。天井部分が崩壊しているため陸屋根のようになっているその建物は、ドローン毬蜂で探し出した最適の攻撃ポイントである。
「とどめ!」
建物の上を駆け抜けた橙香が鉄塊を構えて四階の高さから宙へ身を躍らせる。
同時に、南藤が操るドローン雷玉が膨れトカゲにテーザー銃を撃ち込み、行動の自由を奪う。
高所から降り降ろされる鉄塊の一撃が決まれば、さしもの膨れトカゲも無事ではいられない。
――殺人鬼が狙うならこの場面をおいて他にない。
「――おい、待て!」
物陰に潜んでいた矢伊勢たち連合パーティーのメンバーから二つの人影が飛び出す。両者ともに武器を持ち、片方は膨れトカゲを、もう片方は橙香を目がけて。
しかし、その歩みはたった二歩で止まる事となった。
「状況把握と言っただろう」
振り返る事すらせず、南藤は呟く。
殺人鬼二人は突然足に打ち込まれた銛と麻酔弾で動けなくなり、その場で無様に転がり、追いかけてきた御淡田たちに取り押さえられた。
頭上から現場を撮影する毬蜂から送られてくる映像で殺人鬼二人の動きを把握し、団子弓と水中ドローンで動きを封じたのである。
「殺人鬼の割り出しくらい済んでいるに決まっている」
テーザー銃で痺れて動けなくなっているのを良い事に膨れトカゲの頭を滅多打ちにして鱗も頭蓋も粉々にし始める橙香を眺めながら、南藤は肩を竦めた。
動きだしを捉えた対応の早さが、南藤の発言の正しさを物語る。
「南藤さん、なんでこの二人が犯人だって分かったんすか?」
「それに答えたいのは山々なんだが、時間切れだ」
「時間切れ?」
「芳紀、倒したよー」
巨体から生命を零れ落とした膨れトカゲを指差して、橙香が南藤に駆け寄る。
南藤は御淡田を振り返りつつ機馬に体を預けた。
「後はまかせた。……へぇあ」
「このタイミングで魔力酔い!?」