第二十四話 藻倉ダンジョンボス
第六階層への階層スロープを急いで下る。
このスロープの先が本当に第六階層なのかは未だに確かめられていないばかりか、ボスが待ち受けているかもわからない。加えて、ボスを討伐できるかも不透明。そんな賭けであっても、全員がよどみのない足取りで急ぎスロープを下っていた。
「賭けの一つ目は勝ちみたいっすね」
御淡田がスロープの出口から顔を出して額の汗をぬぐう。
連合パーティーの最後尾にいた橙香と南藤は当然最後にスロープを出たが、このスロープが第六階層に通じている事は途中で気が付いていた。南藤の魔力酔いが悪化しているからだ。
「ふぇなぁ」
土気色の顔で脱力しきったまま機馬に乗せられている南藤は、同じく運ばれている二人分の遺体とほとんど変わらない有様だ。
「芳紀はボクが守るので、みんなはボスに集中してくださいね」
「あ、うん……」
御淡田たちが気まずそうに南藤から目を逸らし、第六階層を見る。
第六階層には水没した廃墟が広がっていた。今までの洞窟とは異なり、空があり、太陽らしきものも存在している。
日本の建築様式とは思えなかった。それどころか、地球全体を探してもこのような建築様式はまず存在しないだろう。
崩れた建物などを見る限り、まるでビーバーの巣のように建物の入り口が下向きに開いているのだ。どの建物も一様にドーム状の屋根を持ち、窓の類は見当たらない。壁面にはフジツボやイソギンチャクに似た形状の装飾が施されている。
「サハギンの街だった、とか?」
足母が廃墟を見回しながら首を傾げる。
「水没した街なのかと思ったけど、これってもしかすると水底に築かれた街が海面低下で姿を現したんじゃない?」
斧野がフジツボの装飾を見て想像を語る。
「考察は後だ。まずはこの階層にボスがいるかどうかが重要だろ」
「居そうだけどな。魔物の姿が見えないのはボス階層の特徴だ」
ドローン毬蜂が階層スロープから飛び立つ。
連合パーティーも第六階層へ足を踏み入れた。道路らしきものはあるが砂で覆われており、その上に水が張っている。深さは異なるようで、階層全体が複雑に隆起しているらしい。
「ボスは水の中を自由に泳ぐタイプか。動きづらいし、厳しいな」
「今からでも第四階層に戻るって選択肢もあるよ?」
佐田木に間巻が問いかける。しかし、佐田木は周りのメンバーの表情を見回してから肩を竦めて返した。
誰一人、戻ろうと考えている者がいないのは明らかだったからだ。
「芳紀がボスらしき姿を発見しました」
「どこにいる?」
「街の中央にある大きな広場です。窪地みたいで完全に水没している広場でトカゲ? フグ? なんか水膨れしたトカゲみたいなフグみたいな変なのが泳いでます。ねぇ、芳紀、見てもらった方が早くないかな?」
「どぇあお」
どうぞと言いたいらしいがろれつが回っていないせいでまったく原形をとどめていない。それでも差し出されたスマホ画面に映されているボスらしき影と建物の比を見て、一同は眉間に皺を作った。
「十メートルはありそうだな」
「確かにフグみたいなトカゲね」
「なんて呼ぶ?」
「膨れトカゲで」
「じゃあ、それで。その膨れトカゲに奇襲を――」
相談していると、スマホに映されていた膨れトカゲの動きに変化があった。広場の外周をクルクルと回遊していた膨れトカゲが不意に動きを止め、水面から顔を上げてドローン毬蜂のカメラレンズを見つめたのだ。
膨れトカゲの全身が一気に膨張し、まさにフグのように巨大化する。直後、その口から大量の水を吐き出して毬蜂を撃ち落とそうとした。
一気に高度を上げて回避行動を取った毬蜂は襲い掛かる帯状の水を避けきって上空へと高く昇る。
「気付かれたか。俺達の位置まではまだ把握してないようだが、存在には気付かれているとみて動こう」
「裏ギルドの殺人鬼が居る中で二手に分かれるのは危険だ。となると、せめて浅瀬で迎え撃てるようにしたいな。キノコ狩り、条件に該当する場所は分かるか?」
南藤の口元に耳を寄せた橙香が報告する。
「二時の方向に七百メートルです。膨れトカゲが広場から移動を開始しました。急ぎましょう」
率先して歩き出しながら、橙香は南藤と共にスマホを覗き込む。
膨れトカゲは見当違いの方向へと進んでおり、橙香たちを捕捉した様子がない。乙山ダンジョンボスのバフォメットのように魔物を召喚する事もない。
泳ぐ速度は時速十キロ程度のゆっくりしたものだ。窪地となっている広場からでた膨れトカゲはその巨体で時折廃墟を破壊しながら進んでいる。
まだ膨れトカゲに接触するまで余裕がある事から、連合パーティーのメンバーも戦場となる廃墟を観察する事に神経を使っている。
「崩れている建物も多いが、高層建築も目立つね」
「水がない分動きやすいけど、相手が十メートル超えの巨体だし、魔法も使ってくる可能性を考えると、建物の中に逃げ込むのは得策とは言えないかな」
「戦術とかはどうするの?」
足母の問いに御淡田と間巻に視線が集まった。しかし、御淡田は連合リーダーを間巻に譲った手前、戦術に関しても間巻に譲るようだ。
間巻は足元の水を気にしながら、口を開く。
「御淡田さんと猿橋さんの盾で『衣紋』の四人を守って。うちのとこは薙刀だけど、刃を伸ばせば遠距離もできるから個別に立ち回らせてもらうよ」
「了解っす」
「ちょっといいかな?」
御淡田が納得したのに反し、同じ『剣と盾』の生き残りである猿橋は言いにくそうに『衣紋』のメンバーを見る。
「盾で守るっていうのは必要性も含めて分かるんだ。だけど、殺人鬼が混ざってるんだよね。後ろに立つとしても間合いの外に立ってほしいんだけど」
猿橋の言は一理あるが、『衣紋』の佐田木が難色を示した。
「気持ちは分かるが、ただでさえ俺達『衣紋』は間合いが狭い日本刀を使ってんだ。盾で攻撃を防ぐって事は猿橋さんたちが最前線だろ? そこで間合いより後ろに立ってたら、攻撃の合間を縫って膨れトカゲに斬り込む事もできねぇよ」
「……だよね。分かった」
元々駄目元での提案だったのか、猿橋はすぐに折れた。
しかし、猿橋の懸念は連合パーティー全員が共有している。
膨れトカゲとの戦闘中に殺人鬼が動き出す危険性。それを考えるだけで、連携はどこかちぐはぐになるはずだ。
話し合っている内に目的としていた戦場予定地が見えてきた。
「他に比べて浅いな。どれくらいの範囲がこの水深なんだ?」
「半径四百メートルの円形の範囲はこの水深らしいです」
「四百か。ちょっと厳しいが、遮蔽物もあるし立ち回り次第かねぇ」
すでに日本刀を抜いている矢伊勢たちが足元の水を気にしながら建物の配置を頭にいれている。
橙香が案内した場所は深い所で脛の辺りまで水没している住宅街らしき場所である。周辺にあるのはどれも四階建て相当の建物であり、崩れ落ちている物も多い。
この辺りは地面に砂がないため水も濁りにくく、足元に不思議な色合いの砂利が敷き詰められた道が奥へと伸びている。
南藤は橙香を連れて建物の陰に入った。窓もないドーム状の建物はドローンとの通信の障害になる恐れがあったが、内部に入っても通信に影響はないようだ。
「……ねぇ、テレポートまであとどれくらい?」
「半」
「三十分。だとすると、戦闘中やとどめを刺す時には気を付けないとかな」
橙香はさりげなく連合パーティーを見回す。
膨れトカゲのいる方向から死角になる建物の陰へと間巻たち『空転閣』のメンバーが隠れていく。『剣と盾』の御淡田、猿橋はライオットシールドを構えて膨れトカゲの襲来に備えており、『衣紋』のメンバーは全員が日本刀を抜いたまま適度に力を抜いている。
「くる」
「膨れトカゲが来ます!」
橙香が声を掛けた時、膨れトカゲがその四本の脚で大通りをのしのしと歩いてきた。全長十メートルの巨体が掻き分けた水が周囲へ波になって打ち寄せる。膨れトカゲの目はすでに御淡田たちを捉えており、奇襲は通じない――かに見えた。
「はッ」
息を詰めるような短い音と共に、水面が一直線に割れる。人が水を押しのけて膨れトカゲへと疾駆したのだ。
膨れトカゲが顔を向けるより早く、間合いに収めた矢伊勢が日本刀を振り抜く。
鈍色の軌跡が宙に描かれ、膨れトカゲの右前脚に届いた。
「――ちっ」
手ごたえに舌打ちした矢伊勢が膨れトカゲの右前脚を蹴りつけ、反動で後ろへ飛び下がる。コンマ一秒遅れて膨れトカゲの右前脚が持ち上がり、矢伊勢がいた空間を踏みつけた。
「鱗が硬い。サハギンの盾を三枚重ねたよりは硬いと思った方がいい!」
矢伊勢が全員に聞こえるように報告し、日本刀を収めた鞘で水面を思い切り叩いて水しぶきの中に姿を隠す。飛沫が収まった時、矢伊勢はすでに影もなかった。
「芳紀、矢伊勢さんは?」
「裏」
殺人鬼が混ざっているため全メンバーの配置を押さえておきたい橙香の問いかけに、南藤は建物の一つを指差しながら答えた。指差された建物の裏に隠れているのだろう。
いくら水しぶきを上げようとも、上空から撮影している毬蜂の監視網からは逃れられないのだ。
「矢伊勢さんが斬れないって事は、薙刀も歯が立たないんじゃ……?」
和田川が自身の得物を見て呟き、ややあって決心を固めた様に構えを取る。
「――参ります」
和田川が一歩を踏み出した瞬間、薙刀の刃が水中を泳ぎ、膨れトカゲの右足首へと伸びた。
姿勢を低くして水の抵抗を受けてでも刃を確実に届かせる。どうせ斬れないのならば、関節へと打撃を加える事で動きを鈍らせようと考えたのだろう。
一方、足母と斧野は関節への打撃を狙う和田川とは異なる方法でのアプローチを仕掛ける。
「斧っち!」
「分かってる」
途中までは和田川と同じく伸ばした刃を水中に沈め、膨れトカゲに一直線に向かう。
和田川の刃が膨れトカゲの右足首に届くも弾かれ、魔力で形成されていた延長部分はあっけなく折れて消え失せた。
しかし、足母と斧野が振るった刃は膨れトカゲの首の下へと届いた瞬間に進む角度を変え、一気に水中を飛び出して膨れトカゲの首を下から切り落とすべく迫る。
抵抗のある水中を進んでいた時とは異なり高速で迫る刃に膨れトカゲは反応しない。
――反応するまでもない。
鱗に覆われた喉元で迫っていた刃を真っ向から受けながら、膨れトカゲは何ら痛痒を感じていないようだった。
「斬れないか」
「喉も頑丈っと」
追撃を諦めた和田川、足母、斧野の三人はすぐに薙刀を元の状態に戻すと建物の死角を利用して膨れトカゲから姿を消す。
攻撃を加える事こそできるが有効性は絶無。まともなダメージを与えられない矢伊勢たちに構わず、膨れトカゲはライオットシールドを構える御淡田と猿橋へと目を向ける。
路傍の石でも見るような、無感動な瞳だ。
「でっかいすね」
怯んだ様子もなく御淡田は膨れトカゲの目を見つめ返し、ライオットシールドを突き出したまま微動だにしない。
「猿橋、奴の左側面に回れ。正面は自分が持つ。二人で奴の気を引いている間に、他の面子が右側面に集中攻撃できるようにするぞ」
「オッケー」
御淡田の作戦を聞いた猿橋がライオットシールドを持ち上げて徐々に後方へさがる。
膨れトカゲが猿橋を見ようとするたびに、御淡田はライオットシールドを正面に少し押すことで水面に作りだした波を膨れトカゲに送り込んで注意をひきつけた。
波を作り出す御淡田を鬱陶しそうに見た膨れトカゲが水を吸い込み、御淡田に口を向ける。
直後、膨れトカゲは吸い込んだ水を勢いよく御淡田へと吹き付ける。すかさずライオットシールドの裏に身を隠した御淡田だったが、水の勢いは想像以上だったらしく、ずりずりと後ろへ押し流されていく。
「口の中には鱗がないでしょ?」
そう言って薙刀による突きを放ったのは間巻だった。
刃が魔力で形成され、膨れトカゲの口腔へと突きこまれる。しかし、膨れトカゲの吹き付ける水の威力は人力で放たれた渾身の突きをあっさりと弾き飛ばした。
「ダメか」
「弱そうなところを片っ端から攻めるぞ!」
雅山が膨れトカゲの右腹へと駆けこんでいく。
橙香は傍らの南藤へと視線を向けた。
「ボクも参加した方がいいんだろうけど……」
しかし、魔力酔いの南藤を一人にしておくわけにはいかなかった。
膨れトカゲが別の魔物を召喚するそぶりはないが、橙香が南藤のそばを離れたところを殺人鬼が狙う可能性がある。
そういう視点で見れば、膨れトカゲに攻撃を加えている連合パーティーの全員が互いを決して間合いに入れず、かつ入らないようにしていた。
「まだ始まったばかりだけど、まずいよね、これ……」




