第二十三話 多数決
マスター権限による転移。
南藤たちが乙山ダンジョンを攻略した際に橙香が使用したマスター権限でも行えたそれを使えば、第六階層から第一階層のダンジョン出入口まで一瞬で移動する事も可能となる。
だが、不確定要素も多かった。
佐田木が渋面を作る。
「第六階層にボスがいると決まったわけじゃない。それに、この面子で倒せるかもわからない。アンデッド、もしくは裏ギルドの人間が混ざってるんだ。連携はガタガタで、ダンジョンボス相手に戦える状態じゃないだろう。加えて、マスター権限を得られるのはボスにとどめを刺したたった一人。アンデッドか裏ギルドの人間か、いずれにしてもそいつがマスター権限を得たらいよいよ手が付けられなくなるぞ」
「とどめに関しては南藤さんか橙香ちゃんがいるっすよ。あの二人だけは最初から今までドローンの録画映像でアリバイが成立してるっす」
「――ごめん、ちょっとまってもらっていい?」
和田川が話を遮り、こめかみを押さえる。
「話をまとめてもらっていいかな。こんがらがって来た」
「そうっすね。現状を理解してないとみんなも判断を下せないと思うんで」
和田川以外にも理解が及んでいない者がいる事に気付いたらしく、御淡田が話をまとめる。
橙香もこれを機会に整理するべく、鉄塊を立てかけた機馬に飛び乗ると、南藤の横に座った。
「テレポートは三回。五時間おきに発生。何らかの制約があるんだと思うっす。連合パーティー十六人の内、現在は十人が生き残っていると考えられるっすね」
御淡田が全員を見回す。
「第一回テレポートでは血染めの道着、ライオットシールドを掴んだ右手が見つかったっす。にもかかわらず、この時点での死者、行方不明者は見つからず、アンデッド説が成り立つことになったんすよ」
橙香は十時間前を思い出す。
色々あったせいで自覚がなかったが、徹夜明けの状態でこの異常な状況に身を置いているのだ。全員、思考が散漫になっていてもおかしくない。
道理で上手く考えがまとまらないわけだよね、と橙香は一人思い、水筒を取り出す。
「お腹が空いてると思うので、ご飯を食べながら話を聞きましょう。今回を逃したらもう食べる余裕もないかもしれないですし。あ、信用できない場合は自前のを用意してくださいね」
「橙香ちゃんのなら食べるよ」
映像記録によりアリバイが成立している橙香が用意した食事であれば、毒の類を心配せずに済む、と全員に歓迎され、橙香は手を洗ってから全員にポットから出した御茶や機馬の収納スペースから出した食事を振る舞う。
御淡田が食パンにバターを塗りながら話を続けた。
「第二回テレポでは自分ら『剣と盾』から大宮が、『衣紋』からはリーダーの生地さんが行方不明となったっす。加えて、新たな血染めの道着と、サポーターを着けた右腕が発見されてるっすね」
道着はクラン『衣紋』の共通装備であり、二着目だ。サポーターを着けた右腕に関しては誰のモノか不明ではあるものの、サポーターがクラン『空転閣』に共通の装備だった。第一回のテレポート後に発見されたライオットシールドはクラン『剣と盾』の物だが、何故か場には五枚のライオットシールドが存在する不可思議な事態を招いた。
「あれ?」
何かに気付いたように、和田川が声を上げる。
「第一回のテレポートで見つかったのが『剣と盾』、『衣紋』の遺留品で一つずつ。第二回のテレポートで行方不明になったのが『剣と盾』の大宮さんと『衣紋』の生地さんなら、アンデッドはこの二人だったって事かな?」
「それが、そうとも言えないんだ」
矢伊勢が腕を組んで否定する。
「大宮さんについては第一回のテレポート後にアンデッドと入れ替わってると考えるのが妥当だとして、生地については第二回のテレポートで殺された可能性がある。第二回の後に見つかってる『衣紋』の遺留品は二つだから、例えば、第一回で俺に成りすましたアンデッドが第二回で生地を殺害、入れ変わらずにそのままって事も有り得るんだ。それに、遺留品がすべて見つかっているとは限らない以上、三人目のアンデッドがいる可能性がある」
「あぁ、そういう事かぁ。じゃあ、生地さんの証言だけを無視するとかもできないんだね」
「そうなるな」
「ちょいといいっすかね」
矢伊勢と和田川の話が終わったのを見てから御淡田が声を掛ける。
「そもそも、アンデッドだと思ってる人はどんくらいいるっすかね?」
御淡田は連合パーティーをぐるりと見回す。誰一人として手を挙げる者がいないのを見て、御淡田は頷いた。
「沖縄から始まったアンデッド騒動。今まで国内でアンデッド系魔物が発見された事例もない。加えて、今回起きている三回のテレポートで死者、行方不明者、同時に発見される遺留品は必ず二人分。今この場にいる十二人の中に二人、裏ギルドの殺人鬼が混ざってるって自分は考えてるっす。見つけ次第――八つ裂きにするからな」
最後は抑揚のない冷たい声で言い切る御淡田の言葉に、何人かが同調するように頷いた。
アンデッド、つまりは魔物ではなく裏ギルドの人間がテレポート事件の犯人であるという共通認識が生まれたところで、間巻が話を引き取った。
「さて、第三回のテレポートの話になるね。『剣と盾』の根来さん、ウチんとこつまり『空転閣』の羽場があの通り遺体で見つかった。根来さんに至っては人殺し、との叫びも上げている、だったね?」
「そうっす」
「問題は此処からだよ。御淡田さんはこの中に二人、殺人鬼が混ざっているといった。でも、現状ある情報では犯人を確定しきれないと思う。頭悪いからって指摘はこの際スルーね。その上で、もう一つ、矢伊勢さんが言った三人目の可能性。アンデッドでなくても裏ギルドの内通者が存在するとすれば可能性はある。四人、五人なんて可能性は流石に低いとは思うんだけどさ」
内通者、その言葉に橙香ははっとする。
内通者の可能性を考えると、如何に証言に整合性が取れていても意味をなさないからだ。それどころか、映像記録でアリバイが証明されている橙香と南藤ですら、実行犯ではないというアリバイを持っているだけの内通者である可能性を、客観的には捨てきれなくなる。
御淡田も内通者に関しては否定の言葉を持たないのか、深刻な表情で頷いた。
「とまぁ、そんな訳っすね。内通者の可能性を考えると、残り四人どころが五、六人になった段階で裏ギルドの連中が問答無用に斬りかかってくる可能性もあるっす。ますます、いまから第一階層を目指すのが無謀だと分かったすよね?」
「裏ギルドの構成員がこの連合パーティーの半数となったら負けか。そんな論理パズルがあったよな」
冗談交じりに佐田木が言うと、間巻が苦笑を返す。
「川を渡らせる奴ね。誰が誰を食べるか分かっていれば論理的に最適解を出せるんだろうけど」
現状の確認が終わり、御淡田たちが南藤と橙香を見る。
橙香は傍らで突っ伏している南藤を見た。
「芳紀、残り時間は?」
「二半」
「二時間半だそうです」
「いよいよ、時間がないっすね」
御淡田が言うと、足母が名案を思い付いたとばかりに手を叩いた。
「全員で手をつないで輪になったら?」
「二人以上いる裏ギルドに挟まれているのが二人なら、手を離されてテレポート。殺されて成り変わられる可能性があるな。襲われたけど返り討ちにしました、とか言われたら判別がつかない」
「それだけじゃなく、テレポートが五時間後に必ず発動するとも限らないね。任意で発動できる可能性もある。魔物との戦闘中はどうしても手を離さないといけないだろうから、その時にテレポートさせられたらお手上げ」
「……馬鹿でごめんね」
「よしよし、意見をちゃんと言えたのは偉いよ」
矢伊勢と猿橋に否定されて小さくなる足母の頭を橙香が撫でて慰める。
「橙香ママー」
「ボクは年上の子供はいらないよ」
「酷い!」
抱き着こうとした足母をあしらいつつ、橙香は南藤の横に戻った。
「それで、テレポートからの殺人を防ぎようがないみたいですけど、今後はどうするんですか?」
御淡田が提案したのはダンジョンボスを撃破するためにさらに下へ向かう方法。最初から選択肢として考えられているのが第一階層へ戻る帰還方法だ。
現状ではどちらか二つしかないのは確かだろう。
斧野が御淡田を見た。
「ダンジョンボスとの戦闘中に犯人がテレポートで逃げたらどうします? それに、第六階層から第五階層に戻される可能性もあります」
「前者なら犯人を特定できて連携が回復するっすね。それでも、ボス戦は厳しいとは思うっす。第六階層から戻されるなら、第四階層に戻れても同じように第五階層に戻されると思うんで考慮するだけ無駄じゃないっすか?」
「言えてますね」
「ここで救援を待つっていうのはやっぱり愚策だよね」
「潜ってるパーティーは自分らだけみたいっすからね。第四階層で修行しているパーティーがあるかもしれないんで、合流の可能性はあるんすけど……」
「第四階層への階層スロープの場所がまだわからないのが痛いな」
矢伊勢が腕を組んで丘の麓を見下ろし、ため息を吐く。
「加えて、悩んでいる時間もあまりないですからね」
帆無目が苦い顔で呟く。
その時、雅山が片手を上げた。
「御淡田さんの言う、ボス討伐に乗った」
「ほぅ」
矢伊勢が意外そうに雅山を横目に見た。
「理由は?」
「犯人が捨て身でない限り、ボス討伐作戦中にテレポートは使わないんじゃないかと思う。一度俺達の側から離脱したならそいつが犯人なのは確実だ。ボス戦中はよほど旗色が悪くならない限り俺たちから離れられない。もしも離れたなら、俺達はボス戦を中断して階層スロープに引き返し、そこで待ちに徹するなり、再度相談すればいい。近付いてくる奴を皆殺しにする覚悟を決めれば取れる選択肢だ」
「赤の他人の顔して近付いてこられたら即座に警告を飛ばせばいいな。俺も賛成しよう」
雅山の話で納得した矢伊勢も賛成票を投じる。
そこに、橙香は体験談を交えた一つの懸念を突き付けた。
「階層スロープへの道を塞がれたらどうしますか?」
乙山ダンジョンのボス、バフォメットは階層スロープのある浮島へと続く唯一の橋を爆弾綿毛で破壊し、冒険者の退路を断った。
同じことをまだ見ぬ藻倉ダンジョンのボスがやらないとは限らない。そればかりか、連合パーティーを一網打尽にするために犯人が実行する可能性も否定できない。
「その場合もダンジョンボスの討伐に専念するしかないな。博打の要素はどうやっても出てくる」
矢伊勢が橙香の質問に答え、博打であることを強調する。
「――反対だ」
そう、流れに逆らったのは佐田木だった。
「第四階層への階層スロープさえ発見できれば、そこを登り切って他のパーティーやクランと合流して、リスクを軽減できる。キノコ狩りの人のドローンもあるんだ。どうせなら、探索に賭けたい」
「うちもかな」
間巻が佐田木に同調する。
三対二に分かれ、互いを見つめ合う。険悪な空気でこそないが、互いに譲るつもりはないらしい。
橙香もどうしようかと考えていると、猿橋が片手を上げた。
「こういう時の御淡田の賭けは乗るのが吉なのが、経験則でね。ボス討伐に一票」
すると、足母、斧野、和田川が一斉に手を上げて、申し訳なさそうに間巻を見る。
「ごめん、まーちゃん、薙刀のトーナメントの時にまーちゃんが引いたクジの事が頭から離れないんだよ」
「本当ごめん」
「あれは酷かったから」
クラン『空転閣』の生き残りがリーダーの間巻を除いて全員ボス討伐に傾くのを見て、佐田木が頬を掻いて間巻を見た。
「人望ないのな」
「いや、まーちゃんは人望あるよ。無いのは運の方」
「フォローになってないけどね」
足母の言葉にしれっと斧野が突っ込む。
そして、まだ立場を表明していない帆無目、橙香、南藤へと視線が向けられる。
「多数決と考えれば結果は出てますが、第四階層への階層スロープ探しに一票」
帆無目が答える。
もはや考える時間も惜しい、と橙香も意見を表明した。
「ボクはボス討伐」
「ボス」
橙香に続いて南藤も意見を表明し、さらに残り時間を告げる。
「二」
「残り二時間っすか。ボス討伐で決定つーことで、階層スロープへ急ぐっすよ」