第二十二話 殺人事件
三度目ともなると、流石に橙香も慣れてきていた。
実際にテレポートさせられたのは二度目だが橙香は冷静に周囲を見回す。
「芳紀、ここって地図にある?」
ふるふると、南藤が首を横に振る。
また見知らぬ場所に飛ばされたらしい。もっとも、橙香も予想は付いていた。
なにしろ、目の前にあるのは――
「階層スロープだよね、これ」
橙香は目の前に入り口を開けている暗がりを覗き込む。鬼は夜目が利くが、流石に奥までは見通せない。緩やかな下り坂になっているのは分かるが、それだけだ。
「第六階層ってボスがいる可能性が濃厚って話だし、二人で突入はあり得ないね。みんなも探さないとだし。だけど、どうしようかなぁ」
「帆無目」
「え?」
テレポート直後だというのに、すでに毬蜂で捜索を開始していたらしい南藤が三時の方向を差している。
「もう見つけたの? 一分経ってないよ。流石は芳紀だね!」
「ぐー」
南藤は片手をあげて応えるが、直後に気分が悪くなったのか片手を脱力させた。機馬の装甲を脱力した手がペチンと叩く。
「――厄介なところに飛ばされましたね!」
聞こえてきた声へと目を向ければ、帆無目が手を振っていた。
「そっちで待っててください!」
橙香は言い返してから、周囲を見回した。
階層スロープを中心に据えた丘に橙香たちは立っている。問題は、この丘が急流に囲まれている事だ。帆無目は急流の対岸に立って周辺を警戒しつつ仲間の手がかりがないか探している。
「ダンジョンだから川の流れが無茶苦茶な事にはツッコむだけ無駄としても、これじゃあ迂闊に身動き取れないね。芳紀、ゴムボートを出そう。ボクが用意している間に索敵をお願い」
橙香が機馬の格納部を開いてゴムボートを出す間に、南藤はドローン毬蜂と水中ドローンを併用して周辺や急流に魔物がいないかを確認する。
「それにしても、あのテレポートって五時間おきなのかな?」
南藤が直前に言った通り、五時間おきに転移が起きている。第五階層に降りてから最初のテレポートまでの時間には疑問が残るが、その後は五時間おきだ。
最初のテレポートに関して橙香は巻き込まれていないため確証はないのだが、テレポートの罠を作動させた覚えのある者もいないのが気にかかった。
ゴムボートの用意ができたため、南藤をゴムボートに乗せてから機馬を追尾させる形で川を渡る。魔力強化で防水加工しているだけあって、全体が水に浸かっても動作不良を起こしていない。
「はい、芳紀はまた機馬の上にどうぞ」
手を貸してやりながら南藤を機馬の上に乗せて、水中ドローンも回収した上で出発する。
「帆無目さんも無事なようでなによりです」
「また一人ぼっちで飛ばされてしまいましたがね。それにしても、さっきの丘の上に階層スロープらしき影がありましたが」
「はい。テレポートで飛ばされたのがあの場所でした。スロープを下ってないので確証はないですけど、多分階層スロープですよ」
「それは運がいいのか、悪いのか」
「どうでしょうね」
三人で苦笑しつつ、周囲を見回す。仲間らしき影は見えない。
「閃光弾でも炸裂させてみる?」
「在庫」
「あぁ、在庫少ないんだ。じゃあ無理かな。この後何が起きるか分からないし」
またテレポートさせられるかもしれないという言葉は飲み込んで、橙香は南藤と共に歩き出す。
「階層スロープに転移したのはきっと偶然だと思うんだけど、だとするとこのテレポートってなんだろうね」
五時間おきのテレポートを解決しない事には落ち着いて帰路を探すこともできない。
橙香は闇の中へ目を凝らして人影を探しながら、思案する。
「あ、芳紀、向こうの方に懐中電灯の明かり!」
橙香は鍾乳石を照らしている明かりを見つけて南藤に知らせ、駆け出す。
ゴムボートを用意するなどでやや出遅れた気もするが、すぐに見つける事が出来たのは僥倖だった。
「芳紀、どれくらい時間が経ってる?」
「一」
「一時間かぁ。結構ロスしちゃってるね」
橙香は嘆息するが、南藤は黙り込んだままだった。
懐中電灯の光の下へと駆けていくと、矢伊勢、御淡田、猿橋の三人が怒気を湛えた表情で立っていた。
橙香は思わず足を止める。
「どうしたん――」
言い切る前に、橙香は三人組の足元に誰かが倒れているのに気付いて口を閉ざす。
声に気付いた御淡田が橙香たちを見回した。
「見ての通りだ。根来と羽場さんが殺された……」
割れんほどに歯を食いしばった御淡田が足元を見下ろす。
そこには『剣と盾』の根来と『空転閣』の羽場が倒れ伏していた。橙香たちの足を濡らす水に突っ伏して、その胸には何か鋭い物が貫通した痕がある。流れ出る赤い血が水に溶け込んでいた。
「人殺し、と叫ぶ根来の声が聞こえたんだ。それで急いで駆け付けたらこの状態だった。おい、あんたらは何か知らないか?」
問いかけながらも、御淡田が橙香たちを疑っているのは間違いなかった。
しかし、答えを聞くより先に御淡田と一緒にいた矢伊勢が南藤のドローン毬蜂に気付く。
「いや、キノコ狩りの人や橙香ちゃんはまずありえないか。ドローンの映像に不審点があれば真っ先に疑われるんだからな。となると、帆無目」
「テレポート直後に南藤さんのドローンに見つけてもらいました。一分経ってませんでしたよ。同時に、南藤さんたちのアリバイを証明します。それと一つ、報告が」
「報告?」
「南藤さんたちが階層スロープらしきものを見つけました。第六階層行きのようですがね」
階層スロープ発見と聞いて矢伊勢たちは一瞬顔色を変えるが、現状を覆せる話でもないと気付いて息を吐き出した。
しかし、冷静になるには十分な驚きをもたらしたらしい。
「念のため、記録映像を見せてほしいっす」
「どうぞ」
録画映像を早回しで確認した御淡田、猿橋、矢伊勢の三人はようやく南藤たちが犯人ではないと納得して頭を下げた。
「疑ってすまなかったっす」
「いえ、この状況なら仕方ないです。それより、どうしますか?」
「南藤さん、遺体を機馬に乗せてほしいっす」
御淡田の頼みに、南藤は機馬のスペースを開ける。
礼を言って根来と羽場の遺体を乗せた御淡田はメンバーを見回して告げた。
「とにかく、残りのメンバーを探すっす。一刻も早く」
犯人は不明だが、殺される前の根来が「人殺し」と叫んだ以上は魔物にやられたとは思えなかった。
「ダイイングメッセージとかは?」
「残ってないっす。仮に残そうとしてもダンジョン内じゃあ消えるんで、根来たちもやらないと思うっすよ」
今まで遺留品が発見されたり行方不明になる者が出ても、死体が出たのは今回が初めてだ。御淡田も悔しそうに前を睨んでいる。
「他のメンバーを見つけても、南藤さんたちは後から合流してもらえるっすか?」
「アンデッドの件ですか?」
「そうっす。もし、根来と羽場の姿をした奴がいたらその場でとっ捕まえて情報を吐かせるんで」
「分かりました」
御淡田の言う事ももっともだと、橙香は了承する。
周囲に目を凝らし、犯人を捜そうとしている御淡田たちから一歩離れて、橙香は南藤を横目で見る。
「どうかしたの?」
ドローンでの索敵を行いながらも根来と羽場の遺体を観察している南藤に問いかける。
「残った」
「なんで今回だけ遺体が残ったかって事? そういえば、そうだね。今まで体の一部が見つかる事はあっても遺体が丸ごと残る事はなかったのに」
首を傾げる橙香を見て、帆無目が機馬の上の遺体を見て目を細める。
「……バラバラにすれば血液が流れ出す分、ダンジョンに吸収されやすくなります。今まで体の一部しか見つからなかったのもおそらくそれが理由でしょう。今回は悲鳴を聞きつけた御淡田さんたちが到着する前に姿を消す必要があり、遺体をばらせなかったのではないでしょうか?」
「じゃあ、今まで遺留品が見つかった人は……殺されちゃってるの?」
「そう考えるのが妥当でしょう。――御淡田さんたちも可能性には気付いてますよね?」
帆無目が問いかけると、御淡田が肩越しに振り返って鋭い目を向ける。
「裏切るど、なんて馬鹿にされてるあの噂を今では信じてるっすよ」
「テレポートからして人為的な物だと?」
「確証はないっすけどね。そもそも、アンデッド騒動はネット情報によると沖縄から始まってるんすよ。特定の魔物が日本各地を移動して同様の騒動を起こすってのがまずおかしいとは思うッす。それでも、あぁも完璧に変装する能力を持つ人間がいるとはとても思えなかったっすよ」
「異世界人の可能性もある。魔法を使用できる世界から来ていれば、テレポートも魔力強化品ではなく魔法でやったと説明らしいものはつくだろう。橙香ちゃん、気を悪くしたらごめんな」
矢伊勢が予想を語りつつ、霊界出身でこの中では唯一の異世界人である橙香に謝る。
まっすぐ進んでいると、丘の上で懐中電灯を振り回している一団を見つけた。
御淡田が手を横に突き出して全体を停止させ、猿橋だけを連れて先行する。
しばらくすると、懐中電灯の光を利用したモールス信号が送られてきた。矢伊勢によれば、合流せよとの事だった。
「――全員、揃ったっすね」
丘の上で他のメンバーと合流すると、御淡田が開口一番そう言った。
元は十六人いた連合メンバーも現在は十二人にまで減っている。遺体が見つかった根来、羽場を除いて遺留品はすでに四人分が見つかっており、連合メンバーの十二人の中には成りすましが二人混ざっているはずだった。
御淡田の目論見は外れ、根来と羽場のアンデッドはいない。
車座となった面々は互いの顔色を窺い合う。
「まず、根来と羽場さんの死因が分かる人はいるっすか? 自分は男なんで、必要とはいえ羽場さんの服を脱がすのは抵抗があるんすけど」
「ボクがやるよ」
「頼んます」
「一応、本人確認も必要でしょう。私も付き合う」
そう言って、間巻が手を挙げた時、南藤が動いた。
「もう一人」
「どういう事っすか?」
「この中にすくなくとも二人、成りすましがいるんだ。橙香ちゃんはずっとアリバイがあるとはいえ、二人だけで確認したんじゃ、後で成りすましだったのかもなんて疑念が出た時に潰せないって事だろう」
御淡田の質問にそう答えて、矢伊勢が『空転閣』の他のメンバーを見る。
「わたしがみる」
そう言って立ち上がったのは斧野だった。
「死因を調査している間に証言を確認するっす。南藤さん、残り時間は?」
「三半」
「三時間半っすね。了解っす。手早くいくんで、まずは自分から。猿橋と、矢伊勢さんの三人でテレポを食らい、十分経たないくらいの頃に根来の声を聞きつけて三人で向かい、根来と羽場さんの遺体を見つけたっす。その場でどう動くべきか思案しつつ、犯人が遺体をばらしに来る可能性を考えて待機しているところに南藤さん、橙香ちゃん、帆無目さんが来たという流れっす。その後、この丘に六人で到着。次に帆無目さんの証言をどうぞっす」
「単独でテレポートしました。一分経たないうちに南藤さんのドローンに見つけてもらい、第六階層への階層スロープらしきものがある丘の麓の急流地帯へドローンで案内してもらい、南藤さん、橙香ちゃんの二人と合流しました。みんなを探して歩いている最中、鍾乳石を照らす明かりを見つけて急行したところ、御淡田さん、猿橋さん、矢伊勢の三人と合流。その後は六人で行動したので省略です」
「第六階層へのスロープ?」
佐田木が驚いたように口を挟むが、御淡田に睨まれて口を閉ざした。
「佐田木さん、次をどうぞっす」
「怖いね。間巻さんと飛ばされた。第二回のテレポートでもいっしょだったから抵抗がなくてな。間巻さんはどうか知らないが。それで、二人で他の面子を探して歩いていたら、丘の上から声を掛けられて合流した。その時には御淡田さんたち以外が揃ってたな」
「間巻さん、間違いないっすか?」
「えぇ、間違いなし」
羽場の遺体を確認しながら話を聞いていた間巻が認めると、御淡田は足母に目を向ける。
「どうぞ」
「和田川とテレポート。できれば、斧野や雅山さんも一緒にテレポートしたかったんだけど、間に合わなかったの」
「一回目が斧野さんと二人で、二回目が自分達が生者の可能性が高い事を利用して雅山さんのアリバイを証明したんすよね?」
「そうそう。今回、和田ちゃんを巻き込めれば四人分のアリバイを証言できそうだったんだけどね」
「今回の被害者が確定しているので、斧野さん同様、足母さんの証言の信ぴょう性は高いっす。正直、ファインプレーだと思うっすよ」
「ありがとう。和田ちゃんと飛ばされた先は鍾乳石の柱が乱立するエリアで、明らかに地図にない場所だからまずは見晴らしのいい丘に移動する事にしたの。上手いこと最初に見つけた丘の上に斧っち――斧野と雅山さんを見つけて合流。捜索に動くべきかで話していたところに間巻と佐田木さんが通りがかったのを見つけて、慌てて声を掛けたってわけ」
「佐田木さん、気付かなかったんすか?」
「丘の上に目を向けたんだが、懐中電灯の明かりが見えなかったんだ」
御淡田が目を細めた瞬間、足母が割って入る。
「それについては、斧野が話すよ」
「そうっすね。推理の前に全員から証言を聞くべきっすね」
全員の視線を受けた斧野が遺体の検分を中断して足母と代わり、口を開く。
「雅山さんと二人でテレポートしました。場所はこの丘の麓。さっそく丘の天辺に登ったんだけど、昇って来た方とは逆の麓にサハギンの群れがいるのを見つけて慌てて懐中電灯を消しました。しばらく待って、サハギンの足音、と言うか水音? が聞こえなくなったからどうしようかと思ったら遠くに懐中電灯の明かりが見えたの。それで、懐中電灯を付けたら足母と和田川が丘に来てくれたんだけど、サハギンの姿も見えたからまた懐中電灯を消したんです。サハギンをやり過ごすべきか、場所を移してサハギンを撒いた上で他のメンバーを探すべきかで悩んでいたら、水を掻き分ける音が聞こえたので明かりを付けずにこっそり丘を降りて確認したらうちらのリーダー間巻と佐田木さんでした」
「サハギンがいたんすね」
「らしいな」
佐田木が肩を竦める。
「間巻さんとの移動中に出くわさなくて助かった」
「――遺体の検分が終わりました」
橙香が声を掛けると、御淡田たちが目を向ける。
「どうだったっすか?」
「死因は鋭利な刃物による胸部への一撃みたいです。傷口の周辺が半ば魔力に変わっていて確証はないですけど、根来さんも羽場さんも死因は同じだと思います。それと、機馬の収納スペースに保管していた血染めの道着も胸部に穴が開いてます。こちらは損傷が酷くて分かりにくいですけど、胸への一撃は間違いないですね」
「正面からか、背中からか、分かるか?」
矢伊勢の問いかけに、橙香、間巻、斧野、途中から加わった足母が首を横に振る。
「魔力に変わっているので傷口も歪になっていて、分からないです。多分、根来さんは正面から、羽場さんは背中からだとは思うんですけど」
「とりあえず、現状で集められる情報はこれだけっすかね。南藤さん、制限時間は?」
「三」
「三時間っすか。話をまとめるにも、犯人を割り出すにも時間が足りないっすね」
「なぁ、さっきから制限時間だのなんだの、どういうことだ?」
矢伊勢に説明を求められて、御淡田はテレポートのインターバルについて説明する。同時に、根来が叫んだという「人殺し」と言う叫びについても話すと、場の空気は一気に重くなった。
「五時間っす。もし、この後すぐに第四階層への階層スロープを見つけて帰り道に筋道が付けられたとしても、おそらくは全滅するんすよ」
地上から連合パーティー全員で一気にこの第五階層まで来るのにかかった時間は二十時間である。すんなり移動できても五回のテレポートが起きてしまう。
一回のテレポートごとに二人ずつ殺されており、十六人いた連合パーティーは残り十人と成りすまし二人。全滅の可能性が高い。
もちろん、すんなりやられるつもりもないのだが、二回目、三回目のテレポートでは被害者も確実に警戒していたはずだ。それでも行方不明になったり殺されたりしているのだから、予断を許さない状況である。
「ただ、幸いなことに自分らは賭けに出られる状況っす」
「賭け?」
間巻が怪訝な顔で御淡田を見る。
御淡田は南藤を見た。南藤は新しく出力した地図を御淡田に手渡した。
御淡田が地図を広げ、地図上の一点、第六階層への階層スロープを指差す。
「ダンジョンボス撃破による報酬、マスター権限。それによる――ダンジョン内の瞬間転移っすよ」