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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第二章 藻倉ダンジョン
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第二十一話 三度目

「十六人中、十四人が揃って、何故か遺留品が四つあるってか?」


 南藤が見つけ、後から合流した三人のうちの一人、矢伊勢が歯を食いしばり、地面を踏みつける。


「どうなってんだよ、畜生!」

「落ち着け。矢伊勢が道着を見つけた経緯を教えてくれ」

「こっちに歩いてくる途中に見つけたんだ」


 雅山にたしなめられて、矢伊勢は深呼吸をした後に答える。

 矢伊勢の話によれば、一人でテレポートした後、サハギンの群れを見つけて大回りに避けて歩き、丘の上に落ちていた道着を発見したらしい。


「前回もそうっすけど、なんで道着だけ残ったんすかね?」


 御淡田の当然の質問には矢伊勢が答えた。


「魔力の蓄積量だろうな。武装が日本刀って事もあって返り血を浴びやすいのと、白兵戦に備えて道着は強化してあるんだ。全員同じ魔力強化をしてある。刀が残っていないくらいだし、死体も吸収されちまったんだろう」

「あぁ、だから自分らのとこもライオットシールドが残ったんすね。身の安全は確保すべきだろって事で全員が最優先で強化してたんで」


 矢伊勢と御淡田が機馬の上の右腕と『空転閣』のメンバーを見比べる。

 和田川が自分のサポーターを見せながら口を開いた。


「私たちも、サポーターは魔力強化してあるの。薙刀の刃を延長する魔力強化の弊害で重量がかなり増えるから腕に負担がかかるんだ。だから、サポーターに筋力増強その他の魔力強化を施してある。防具としても薄手で取り回しがしやすいから結構複雑な魔力強化済み」

「道理でな。だが、右腕が残ったのは?」


 矢伊勢の質問に答えたのは橙香だった。


「サポーターで保護されていたのもあると思いますけど、この右腕、消えかけみたいです」

「消えかけ?」

「芳紀が腕の断面を見て気付いたんですけど、魔力に変換される途中だったみたいで切り口がおかしいって。それから、骨や筋肉もスカスカで、持ってみると軽いです」


 近くに居た帆無目が腕を取り、重さを確かめる。


「……確かに、この軽さは薙刀を振りませる腕じゃないですね」

「それ以前に、誰の腕かって話も残ってるけどね」


 間巻が苦々しい顔で呟く。

 この場には『空転閣』のメンバーが全員、五体満足で立っている。腕を失った者はなく、全員がサポーターも身に着けていた。


「とにかく、生地のやつを探さねぇと」

「――本当に、探すんすか?」


 和田川の言葉を遮って、御淡田が冷たい声で問いかけてその場の全員を見回した。

 南藤を除いた全員が眉を顰めて御淡田を睨んだ。


「……どういう意味か聞いても構いませんか?」


 帆無目が落ち着いた声で問いかける。

 御淡田はつらそうにため息を吐き出した。


「酷い事を言ってるのは百も承知の上で、この連合パーティーを結成した自分だからこそ責任を持って言わせてもらう。見捨てるのも一つの選択肢だ」


 おかしな丁寧語を捨てて、御淡田は全員の顔を見つめていく。

 歯を食いしばりながらも、反論できる者はいない。


「生きている可能性はあるんだけど、死んでる可能性の方が高い。それに、気付いてるはずだ。この場にいる十四人に二人死者が混ざってる可能性が高い」

「つまり、生地と大宮さんの二人については行方不明で片付けて、ダンジョンからの脱出を優先するって事か?」


 クラン『衣紋』の雅山は苛立ったように地面を爪先で叩きながら問いかける。自分のクランのリーダーが行方不明の現状で帰還を優先すると聞かされたのだから仕方のない反応だ。


「帰還してから、異世界貿易機構を通じて捜索隊を編成してもらうって事も可能だろ。自分らも大宮がいなくなってる。でも、ここにいるメンバーの安全だけでも確保しないと二次遭難の恐れがあるんだよ!」


 御淡田にとっても苦渋の決断ではあるのだろう。最後は語気も荒くなっており、はっとしたように口を閉ざして雅山に頭を下げた。


「すんませんっす」

「いや、俺が無神経だった。こちらこそ、すまん」


 雅山も非を認めて頭を下げ、改めて、と間巻を見た。


「今の連合リーダーは一応、間巻さんになってる。どうする?」

「今回でうちのとこも死者が混ざってる可能性が出たんだけどね。その上で、捜索を優先させてほしい」


 間巻はきっぱりと告げる。


「死んだと断言できない以上、捜索を続けるべきでしょ。これだけの人数がいるのに、再集結までの時間は三時間かかってないんだから、そう遠くには飛ばされてないはず」


 希望的観測ではある。

 だが、間巻の意見を否定するに足る根拠もないのだ。


「それになにより、現在位置が分からない。階層スロープを発見するまでの間はどうしたって移動する事になるんだから、その間は捜索を続行すべきだよ。具体的には、丘の上の確認、鍾乳石に懐中電灯の明かりが当てられていないかの調査を多少遠回りになってもやるべきだと思う」


 間巻の言葉に誰も何も言えずにいる中、クラン『衣紋』の佐田木が肩を竦めて口を開いた。


「実際、そうしてくれた方が俺たちも精神的には良いな。捜索打ち切りは見捨てるみたいで寝覚めが悪い」

「言えてる」


 同調した雅山が佐田木に声を掛ける。


「佐田木は間巻さんと一緒に転移したんだよな。つまりは、互いに死者じゃないと断言できるって事か」

「まぁな。別に間巻さんが死者じゃないと確信してるから話に乗ったわけじゃないぞ。それで、間巻さん、どっちに向かう?」


 反対意見が出ないのだから捜索続行で決まりだろうと、佐田木が話を進める。

 間巻は南藤から周辺の地図を出してもらい、第四階層への階層スロープを起点に描かれた元の地図と照らし合わせ始める。


「この丘の形が同じ。近くに流れている川のうねり方が違うかな。そうだ、矢伊勢さんが道着を見つけた場所へ向かいましょう。もしかすると、行方不明の生地さんを見つけられるかも」


 手がかりがない以上、行方不明者の捜索を兼ねて向かうのが良いだろうという事で意見はまとまり、一行は道着が発見された現場へと歩き出した。


「サポーター付きの腕が見つかった場所は探さなくていいのか?」


 佐田木が間巻に訊ねる。

 間巻にとって、自身がリーダーを務める『空転閣』メンバーの遺品であるサポーター付きの腕が発見された現場の方が気になるはずだと考えての質問だろう。

 同じ疑問を抱いていたらしい『空転閣』の和田川たちが間巻を見る。

 しかし、間巻は顔を強張らせながらも首を横に振った。


「発見したのがキノコ狩りの人でしょう? ドローンで周辺をくまなく探したのに見つからなかったのなら、向かっても多分意味がないもの」

「まぁ、言えてるか。悪いな。俺達に気を使ってるのかもしれないと思ったんだ」

「いいえ。気は使ってない。だからそちらも遠慮しないで。この場のメンバーに死者が混ざっているとしても、大半は仲間なんだからさ」


 無理に作ったような痛々しい笑みを浮かべながらも間巻は前を見据える。

 メンバーは各々に思うところはありながらも、間巻について歩いていた。

 ふと、橙香は南藤が間巻を見つめている事に気が付いた。


「……芳紀、どうかしたの?」

「証言」

「そっか、証言のすり合わせをしてないね」


 現在の連合リーダーである間巻が言い出さなかった上に、ここは階層スロープとは異なりサハギンがいつ飛び出してくるかもわからない第五階層の真ん中であるため気にしていなかった。


「あの、歩きながらで良いので証言のすり合わせをしませんか?」

「今っすか?」

「安全地帯までどれくらいかかるか分からないですし、考えたくないですけどまたテレポートさせられるかもしれないです」

「まぁ、それは言えてるっすね」


 御淡田が納得し、間巻に声を掛けて話を伝える。

 間巻は少し考えた後で、御淡田や橙香を見た。


「分かった。でも、警戒は怠れないし、即座に対応できる態勢は整えておきたい。キノコ狩りの人はドローンで証言を録画するから索敵ができなくなるでしょ。うちのとこで周囲の警戒をしながら進むから、その間に個別に証言をしてもらって。ただ、ドローンの広域索敵は惜しいから一定時間ごとに証言を打ち切って偵察に回ってもらえる?」

「芳紀、大変だけど、できる?」

「OK、OK……」


 二つ返事で請け負った南藤だったが、その直後に機馬から横に身を乗り出して吐き始めた。

 テレポートから始まって連合パーティー内に死者が混ざるなどで精神的な負荷がかかっているのは全員が同じだったが、南藤は魔力酔いも重なって体調が悪化しているようだ。

 それでも与えられた仕事はこなすつもりらしく、周辺の偵察を終えた毬蜂を両手で抱えて証言を録画できるようにし始めた。

 最初に証言をすべく立ったのは『剣と盾』のリーダー御淡田である。


「自分はまた単独でテレポを食らったっす」

「他の人と飛ぼうと思わなかったんですか?」


 橙香が問いかける。

 すかさず南藤に飛びついた橙香のように、近くにいた誰かの腕なり服なりを掴んでいれば同じ場所に飛んでいた可能性が高い。

 しかし、御淡田は苦笑しながら頬を掻いた。


「一回目の時に一人テレポだったんで、アンデッドの可能性はぬぐえないっしょ。二人きりでテレポートすると相手が疑心暗鬼で参っちゃうっすよ。まぁ、三人でテレポートって手段もあったんすけど、そこまでは気が回らなかったっす」


 損をするタイプだな、と橙香は御淡田を評価するが、悪い人ではないのだろうとも思う。


「早い段階で丘を見つけて、そこに陣取っていたら猿橋と根来が来てくれたっす。しばらく待って、場所を移そうかって相談しているところにサハギンの群れが襲ってきて、キノコ狩りの人達が来なかったらヤバかったっすね」

「分かりました。芳紀、質問ある?」

「ねぇい」

「では、次、猿橋さんと根来さん、どうぞ」


 橙香が呼ぶと、猿橋と根来がやってくる。


「二人で転移して、しばらく、十分くらいかな、歩いていたら丘を見つけて、登ったら御淡田の奴がいて合流。後は聞いた通り」

「特に質問とかもないよね。みんなは、何かある?」


 橙香が間巻たちに訊ねると、佐田木が片手をあげて発言を求めた。


「大した話じゃないんだが、魔法陣が現れた時に猿橋さんと根来さんって近くにいたか?」

「いや、初期位置は少し離れてた。魔法陣を見て、すぐに二人で手を繋いだ」

「猿橋さんは一回目の時に御淡田さんと同じで単独テレポだったろ。抵抗はなかったのか?」

「あぁ、空気悪くするかもしれないけど、正直に言うと他のクランのメンバーよりかは信用できるかなって。ちなみに御淡田は離れすぎてた」


 言いにくそうにしながらも分かりやすい理由を答えた根来に苦笑を返しつつも、佐田木は咎める事なく頷いた。


「無理もない。変な事を聞いて悪かった」


 猿橋と根来の証言も済み、現在行方不明の大宮を除いた『剣と盾』の証言が出揃ったため、橙香は佐田木に目を向ける。


「佐田木さん、いいですか?」

「あぁ、間巻さんとテレポートした。魔法陣が出た時、そばに居たんで咄嗟に手を掴んだんだが、ちょっと気まずかったな。俺は一回目の時に単独だったから死者の可能性も高いし、その辺は間巻さんに悪いことしたと思う」

「気にしてないよ」


 先頭を歩いている間巻が後ろ手に手を振った。


「間巻さんと一緒に移動して、遠くで一瞬何かが光ったのが見えたからそれを頼りに駆けつけたら、皆が揃ってた」

「間巻さんからも何かありますか?」

「特にないね。セクハラもされなかったよ」

「俺は紳士だから」


 間巻の軽口に佐田木が肩を竦めて返す。

 誰一人として質問もないとの事で、橙香は次の証言を聞くべく『衣紋』の矢伊勢を見た。


「矢伊勢さんは単独ですよね?」

「焦ったぜ。方向音痴なのに地図にないとこ飛ばされちまったし、やみくもに歩いても誰一人みつかんないしよ。佐田木と同じで遠くで何かが光ったから、藁にもすがる思いで駆けつけて、合流したんだ」


 一回目も単独でテレポートした矢伊勢は、同じ変遷をたどった帆無目を見る。


「帆無目も同じだったって聞くぞ?」

「えぇ、単独テレポートでした。すぐに南藤さんや橙香さんと合流できましたがね」

「運がいいよな」


 心の底から羨ましそうに、矢伊勢は帆無目を見る。よほど心細かったらしい。


「キノコ狩りの人、索敵をお願い」


 間巻に声を掛けられて、南藤はスマホ画面を確認した後で毬蜂を送り出す。

 三十分ほど周辺を偵察して戻ってきた毬蜂を前に、再び証言が開始された。

 クラン『衣紋』はリーダーの生地が行方不明となっているため、まだ証言をしていない最後の一人雅山へと視線が向けられる。


「雅山さんは確か、間巻さん以外の『空転閣』のメンバーと一緒にサハギン戦に来てくれましたよね」

「あぁ、俺は足母さんと斧野さんの二人と飛んだんだ。二人が俺の両腕にしがみついてきてな」

「いやぁ、照れるね」


 足母が軽い調子で言う。しかし、目が笑っていなかった。

 橙香の視線に気付いて、足母が肩を竦める。


「一回目のテレポート、斧野と飛んだ私はアンデッドの可能性が極めて低い状態だったのは分かるよね?」


 一回目のテレポート後、足母が所属する『空転閣』の遺品は見つかっていない。加えて、足母が死者でない事を証言できる斧野がいた点でも、彼女が死者である可能性は低い。なにより、アンデッドではないと断言できる信頼関係が斧野との間に有った事になる。


「そんなわけでさ、二回目のテレポートの時にあたしらと一緒に誰かが飛んだ場合、その人もアンデッドじゃないって証言できるんじゃないかと思ったんだよ。いや、論理に穴があるのは分かってるんだけどね? ただ、今回のテレポート後の行動について証言するうえで、あたしらの発言ってかなり重要視されるでしょ?」

「それで、雅山さんを?」

「テレポート発動の前段階で『剣と盾』か『衣紋』のどちらかから一人を確保しようって斧っちと示し合わせてたんだ。流石に、二人確保したら、その二人が揃って死者だった場合に対抗できないと思って一人だけ、ね」


 生者の可能性がきわめて高い足母と斧野だからこそ、第二回テレポート後のアリバイを証明できるだけの発言力を持つため、雅山と共に跳んだという理由らしい。

 事前に聞かされていなかったのか、雅山がやや残念そうな顔をして、ニヤニヤと笑う矢伊勢に肘でつつかれていた。


「雅山さんとテレポートして、三人で歩いていたら鍾乳石を照らす懐中電灯の明かりを見つけて急行したんだよ。そこで、羽場と和田川と合流、さらに移動を開始して丘を捜していたら叫び声が聞こえて駆けつけてみたら、御淡田さんたちがサハギンと戦っていたから助太刀に入ったってわけ」


 足母の証言に斧野も雅山も頷く。証言におかしなところはないらしい。


「後は誰だっけ?」


 人数が多いため橙香も混乱してきていたが、まだ証言していない本人の方はきっちり覚えているものだ。


「残りは和田川と一緒だった私だね」

「羽場さん。一緒だったという事は同時にテレポートですか?」

「そう。まぁ二人で飛んだあと、足母たちが来るまで彷徨って、その後はさっき足母が言った通りだね」

「これで全員分ですか。後は行方不明の大宮さんと生地さんを見つけられればいいんですけど」


 橙香は暗がりへと目を向けようとして、南藤が操る毬蜂がいつもよりも低空飛行しているのに気が付いた。

 全員の証言が終わった今になっても高度を上げる様子はなく、偵察に出る事もない。

 何か理由があるのかと南藤を見る。


「五」

「もうすぐ五時間た――」


 橙香が言い切るより先に、魔法陣が足元に広がる。


「あぁ、くそ!」

「何度も何度も!」


 口々に悪態吐きながらも、連合パーティーのメンバーが近くの者へと手を伸ばす。

 橙香も南藤の手首に掴まった。

 そして、三度目のテレポートが発動する。


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