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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第一章 乙山ダンジョン
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第四話  昏倒

 獲物を見つけて、不意打ちカラスが急降下を開始する。

 地球上の鳥類では考えられない硬度に達する嘴を下方に向け、翼を折り畳んで一直線に獲物へ飛び込む。その姿は巨大な黒い釘のようだった。

 獲物はその場を滞空して微動だにしない。その姿勢制御の巧みさは敵ながらあっぱれと不意打ちカラスが称賛したかどうかは定かではない。

 彼我の距離が残り三十センチまで迫ったその時――獲物の姿が突然ぶれた。

 いかに優れた動体視力を持っていようとも、不意打ちカラスは重力を利用して一直線に飛び込んだ慣性に逆らえない。目で追った獲物は不意打ちカラスの背中側に回り込む。

 だが、おかしい。

 獲物への一撃を諦めて慣性そのままに地面を目指し距離を取ろうとした不意打ちカラスに、獲物は遅れることなくついてきている。

 すなわち、同じ速度で急降下しているのだ。獲物が、捕食者である不意打ちカラスを追いかけている。

 何故かは不意打ちカラスにも分からない。分かるのは、不意打ちカラスが姿勢を崩した瞬間を獲物が狙っているという事と、急降下を取りやめるには姿勢を崩さねばならないという事。さらには、タイムリミットが目前だという事。地面はもう、目の前に迫って――

 ガンッと衝撃音がして、不意打ちカラスの視界は暗転し、二度と光が入り込む事はなかった。


「――団子弓も雷玉も問題なく動かせる。電波状態が良すぎて怖いくらいだ」


 不意打ちカラスの血を浴びたドローンを手元に引き寄せて、南藤は両手に持ったコントローラーをベルトに挟む。

 隣にいた橙香が周囲を見回して次の獲物を探す。


「電波状態がいくら良くても、毬蜂と合わせて三つのドローンを同時操作なんて出来るのは芳紀くらいだと思うよ」

「コントローラーからして三つ同時に動かせるように作ったからな。まぁ、コツがいるけど」

「それ以上に頭が追いつかないんだよ」


 と言いながら、橙香が草原の雑草を引っこ抜く。根に土の付いたその雑草をひょいと軽く手元で回転させれば、土が散弾のように巻き散らかされた。

 膝丈の草むらに潜んで機会を窺っていた不意打ちカラスが土を浴びて転げまわり、橙香が振り降ろした鉄塊に叩き潰される。


「何羽目だっけ?」

「橙香が七羽、俺が十三羽」

「追い付かないと」


 使命感に燃えて新たな獲物を捜し始めた橙香が鉄塊を素振りして草を薙ぎ払う。


「魔力強化っていつになったらできるんだろうね?」

「物によっても違うらしい。強化内容によっても魔力の必要量が変わるから、気楽に行こう」


 そう考えると杷木儀のライターやグローブは何回強化したのか。異世界貿易機構の職員には国の支援があるとはいえ、それなりに時間もかかったのだろう。

 第一階層の草原を歩きまわり、ガスキノコや不意打ちカラスを出会いがしらに討伐していく。


「時間感覚が狂うな」

「十二時だね。お昼を食べようか?」


 空の太陽を見上げて南藤が呟くと、スマホで時間を確認した橙香が正午を知らせた。

 第一階層は二十四時間太陽が出続ける異空間だ。これが第二階層になるとずっと夜のまま日が昇る事はないというから、バランスが取れているのかいないのか。乙山ダンジョンに潜る冒険者たちは第一階層を日中草原、第二階層を夜間草原と呼び分けているらしい。

 三種のドローンで周辺を警戒する南藤の傍らで、橙香が背負っていた鞄からサンドイッチの包みを出す。


「パクチー入り蒸し鶏のサンドイッチとカツサンド、どっちにする?」

「蒸し鶏で」

「はい。お茶もあるからね」


 ニコニコと笑顔で差し出されたサンドイッチを片手で受け取って頬張りつつ、ドローンと連動したスマホで周囲の映像を確認する。

 接近している魔物は発見できない。


「お茶もどうぞ」


 ペットボトル入りのお茶を橙香から受け取って一口飲む。


「次のサンドイッチはどっちにする? 柚子入りささ身ハンバーグと山椒入り卵があるけど」


 ハンバーグを挟んだサンドイッチはハンバーガーとどう違うのかと一瞬疑問が過ぎりつつ、山椒入り卵のサンドイッチを受け取る。


「ダンジョンの中でこんなにのんびりしていていいんだろうか」

「緊張しっぱなしだと疲れちゃうでしょ。警戒はしておかないとだけど」


 柚子入りささ身ハンバーグサンドイッチを食べながら橙香が南藤を見上げる。


「それと芳紀、顔色悪いよ。大丈夫?」

「ちょっとだけ、思考が鈍ってる感じはするな。この階層なら魔物も弱いし問題はないだろ。第二階層は周りが暗くなるから、ちょっと様子を見て今日は帰ろうか」


 昨日の疲れが残っているとは思えなかったが、橙香に指摘された以上は大事を取った方がいい。そう判断した南藤はドローンの高度を上げて周辺を撮影し、スマホで解析を行う。


「ねぇ、芳紀」

「なんだ?」

「無線機も買った方がいいよね。スマホだと繋がらないから」

「そうだな。今日帰ったら買おう。混信は心配だけど、連絡が取れないよりはましだし」


 周辺の解析映像を表示しているスマホの画面端に表示されている電波の本数はゼロ。異空間となっているダンジョン内では基地局の電波も届かないのだ。

 ペットボトルのふたを開けてお茶を飲んだ橙香が鞄の中にペットボトルを仕舞って立ち上がる。


「第二階層へのスロープ見つかった?」

「あぁ、遮蔽物もないから上から探すと早いな」

「第一階層が他より狭いって話は本当だったんだね」


 南藤の先導で第二階層へのスロープへ歩き出しながら、橙香が言う。

 膝丈の草は魔物の姿を隠すのには十分なため、スロープへ一直線に向かいつつも警戒しながら進む。

 スロープが近付いてくるに従い、第二階層を目指す他の冒険者の姿も増えてきた。首から下げた冒険者登録証の金属プレートで互いが冒険者であることを認識するまでは警戒を解かない。現在のところ確認されていないが、人型の魔物が出現する可能性などを警戒しているためだ。


「治安の悪い国のダンジョンだと冒険者同士でも警戒が解けないらしいよ」

「その辺、日本はあんまり心配しなくていいのが楽だな」


 冒険者とある程度距離が縮まる。四人組の男女混成チームのようで、リーダーらしき男性は燐光を放つビニール傘を持っていた。年齢は三十を超えたくらいだろうか。

 南藤は四人組に向けて冒険者登録証の金属プレートを掲げて見せ、声を掛ける。


「こんにちは。これから二階層へ?」


 冒険者同士がダンジョンで出会った場合には人数が少ない方から挨拶するルールがある。

 人数が少ない方から挨拶するのは、それ以上距離を詰めるなら敵と見做すという意味が含まれている。

 海外から輸入されたルールであり、日本国内では意味が半ば形骸化しているが、命に係わるため律儀に守られているのだ。

 リーダーらしき男性が名刺代わりに首の金属プレートを片手で持ち上げて挨拶してくる。


「こんにちは。クラン『早田市冒険者グループ』の小野和秀って者だ。初めて見る二人組だが、あんたらは?」

「昨日から冒険者になりました。南藤です。こっちの子が橙香」

「こんにちは」


 小野と名乗ったビニール傘の男は少し警戒するような目で新入り冒険者である南藤と橙香を観察する。特に、体格に見合わない超重量級武器を片手で持っている橙香を興味深そうに見つめている。


「その金棒、重量軽減か何かの魔力強化がしてあるんだろう? かなりの実力者に見えるが……」

「いや、この子は鬼なので。橙香、前髪」

「はいはい」


 単語で短く出された指示を的確にくみ取って、橙香が前髪を掻き分けて角を見せる。


「鬼か。初めて見た」


 驚いた小野は警戒を解いて掲げていた金属プレートを下げた。


「鬼の女の子が冒険者になってここに潜ってるって話は聞いてる。そうか、あんたらの事だったのか」

「もしかしてボクの事が噂になってる?」


 橙香が不思議そうに首を傾げつつ、前髪を元に戻す。髪の隙間から角の先が覗いているが、そもそも日本国内には鬼の実数が少ないため気付かれる可能性は低いだろう。

 日本ではほとんどないが、異世界の住人に対する排斥運動も存在する。橙香も一応は身の危険を考慮して角を隠すことが多い。

 攻略の最前線である第三階層に向かうという小野達と共にスロープへ歩き出す。


「効率的に魔力強化がしたいのか。それなら、地上から降りたスロープから五時の方向に二キロメートルほど行ったところにガスキノコの群生地がある。ガスキノコは動かないし自発的な攻撃もしてこないから一方的に倒せるし、お勧めだ」

「情報ありがとうございます」

「礼なんか良いって。強い冒険者が増えればそれだけダンジョンが早く攻略されるんだから」


 小野はそう言って笑い、草むらから眼球を狙って飛び出してきた不意打ちカラスをビニール傘で突き殺す。

 小野の鮮やかな手並みを支えるビニール傘は明らかに魔力強化された品だ。

 ビニール傘を振り抜けば、貫いた不意打ちカラスが遠心力に従って振り飛ばされる。血が滴るビニール傘は歪み一つない。


「業物の刀みたいに扱ってますけど、ビニール傘なんですよね?」


 とても武器として扱うのに適しているとは思えない代物に困惑しつつ南藤が訊ねれば、小野は苦笑気味に頷いた。


「よく言われるが、元はただのビニール傘だ。コンビニで売ってる安いやつ」


 取っ手を人差し指と親指で摘まんでビニール傘をプラプラさせつつ、小野は早田市冒険者グループのメンバーを振り返る。


「俺たちは全員、早田市に住んでいたんだ。藻倉ダンジョンっていうのが近くにあってな」


 藻倉ダンジョンは元廃坑に出現し、過去二回の氾濫を起こして二級ダンジョン指定を受けている。このダンジョンはやや特殊な経歴を持っているが、その発見からして特異的な事件だった。

 藻倉ダンジョンは国内で初めて、その存在が確認される前に氾濫を起こしたダンジョンなのだ。周辺の住宅区へ突如なだれ込んだ大量の魔物により死傷者を出し、国内での冒険者切望論が高まるきっかけとなった。

 藻倉ダンジョンの側にあり、被害を受けた住宅区は早田市の外れに位置している。

 まさかと思い、南藤は小野を見た。


「あの氾濫に巻き込まれたんですか?」

「あぁ、当時中学生でな。剣道やってたんだが竹刀を取りに戻る暇もなくてこのビニール傘で応戦したんだ。妹を守るためにそれはもう必死だよ」


 その時の戦いで魔物の血を幾度となく浴びたビニール傘に魔力が蓄積し、魔力強化をして今に至るという。


「それで、その妹さんは?」

「――あ、私だよ、それ」


 早田市冒険者グループの中にいた女性の片方が片手をあげる。

 兄の奮戦もあり、無事に自衛隊が来るまで凌ぎきったらしい。

 世間話をしつつ共同で魔物を討伐しながら進むと、スロープが見えてきた。


「俺たちが先に行こう。後からついてきてくれ。下の階は夜間平原の影響で暗いから、足元に注意な」

「ありがとうございます」


 乙山ダンジョンに慣れているという小野達を先頭にスロープを降り始める。

 スロープでは魔物に襲われることがない。氾濫が起きるまで魔物は決してスロープに近付かないのだ。

 幅の広いスロープを下っていると、隣にいた橙香が南藤を見た。


「ねぇ、どんどん顔色が悪くなってるよ?」

「あぁ、なんか一歩降りる度に体が重くなる。第二階層に着いたら少し休ませてくれ」

「引き返した方が良くない?」


 心配そうに南藤を見て、荷物だけでも代わりに持とうとする橙香に礼だけ言って断る。

 スロープにいる限り魔物はやってこないのだから、二階層で休んでからでも帰るのは遅くない。

 小野達も心配そうに南藤を振り返るが、冒険者は基本的に自己責任で行動するものだから口を挟みはしなかった。


「ほら、第二階層が見えて来たぞ。ここは夜で視界が利きにくいだけで、出現する魔物も第一階層と変わらないから、休むだけならどうとでもなる」


 小野がスロープの下を指差しながら簡単な説明をした時だった。


「――芳紀!?」


 足を踏み外した南藤は橙香に抱き留められた感触を最後に意識を失った。




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― 新着の感想 ―
一応、災害時の緊急対策としてバルーンで飛ばすタイプの通信基地があった筈。 ただ天井が低い?とかだと空気が薄くなって高度が上がらなくなるタイプは無理そうだし地面にワイヤー刺すかみたいな仕組みだったらダン…
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