第十九話 アンデッドはだ~れだ
階層スロープに着いてすぐ、今後の戦闘に備えて死者の割り出しを行うべく、証言の照らし合わせを始めた。
まず最初に出された疑問は、死者に成り変わっている誰かの記憶についてだった。
「記憶がコピーされている可能性をまず潰してしまおう」
そう言い出した生地が『衣紋』のメンバーにいくつかの質問をする。
「俺たちの通っていた剣術道場の名前は?」
「遠杉流剣道場」
「オレの刀の銘は?」
「無銘だろ」
いくつかの質問の後で、生地はお手上げだとばかりに肩を竦めた。答えに間違いはないらしく、この方法での特定は諦めるようだ。
男女に分かれて身体検査をしてもおかしなところはなく、外見的にも判別がつかない。
橙香は南藤にひざまくらをして扇子で風を送りつつ、現状を端的に表す。
「スワンプマンみたいだね」
沼を歩いていた男が落雷で死亡し、神の悪戯か二度目の落雷が落ちた時に沼の分子やら原子やらがあれであーしてこーなって死んだはずの男と全く同じ男、スワンプマンが誕生し、死亡した男に成り変わって生活を送るという思考実験である。
「洒落にならないっすね。その話って、科学的な身体検査しても見分けがつかないっすよ」
「人間の定義なんかどうでもいいよ。問題は魔物が誰か、人を襲い始めるのがいつかてとこなんだ」
間巻が首を振って『空転閣』の仲間を見る。
「各々の証言をまとめよう。どこに、誰と飛ばされたか、その後誰と合流したか」
「アンデッドの可能性がある人に注意して行動した方がいいし、証言の照らし合わせも必要っすね。キノコ狩りの人のドローンに撮影してもらいながら、全員話していくっつーことで」
階層スロープであれば魔物が襲ってくる心配もないため、索敵を一時中断したドローン毬蜂が帰ってくる。
さっそく、遺留品が見つかっていないクラン『空転閣』のメンバーから証言が始まった。
「まずはリーダーからで」
そう仲間に振られて、クラン『空転閣』のリーダー間巻が肩を竦める。
「はいはい、羽場と一緒に飛ばされた。最初から丘の上に居て、周りの鍾乳石に照明を当てていたら後からうちのクランメンバーの足母、斧野が揃ってやってきて、その後に『剣と盾』の大宮と『衣紋』の生地が一緒に丘に上がってきた。その後に和田川が泣きながら丘に登ってきて、人数も多くなったしそろそろ捜索を始めようかってタイミングでキノコ狩りの人たちが来た。キノコ狩りの人と橙香ちゃんと、『剣と盾』の猿橋さんに『衣紋』の帆無目さんだった」
「リーダーが全部言っちゃった件について」
「まぁ、まだ言わないといけないこと残ってるから」
「リーダーが言わなくても良い事を言っちゃった件について」
「泣いてたのをばらされたからってそんな顔する――やめっ、ちょっ脇腹はダメ!」
和田川が不満そうに眼鏡をくいっと持ち上げて、間巻の脇腹をつつく。間巻は執拗に脇腹を狙ってくる和田川の手から逃れようと身をよじっていた。
じゃれ合う二人を横目に見て苦笑しつつ、足母が口を開く。
「飛ばされた時は川のそばで、同じ場所に飛ばされた溺れかけてた斧野っちを川から引き揚げて水がない場所で服を乾かそうって話していたら丘を見つけて、そこにリーダーたちが居ました」
「溺れかけてたんすか?」
御淡田が問いかけると、斧野は恥ずかしそうに俯きながらも頷いた。
「直前まで丘の上に居たのに、いきなり流れの速い川の中に立っててパニクっちゃいました」
「あぁ、それは溺れるわ」
異世界貿易機構にテレポートの事を説明する際には入れておいた方がいい証言だと、皆が頷くと、共感してもらった事で斧野は恥ずかしさが紛れたのかほっと息を吐いて和田川を見た。
「和田ちゃんは?」
「やっぱり話さないとダメな流れだよねぇ」
先ほど泣いていた事をばらされた事もあってか、和田川は気まずそうに話しだす。
「気が付いたら鍾乳石の上の方に居てね。三メートルくらいの高さだったんだけど、高い所苦手な上に、つるつる滑って危なくてさ。ただ、丘の方で懐中電灯の光が見えてたから、鍾乳石を降りて一直線に向かったんだよ」
「その鍾乳石ってどの辺?」
間巻が出した地図を見て、和田川は一点を指差す。
「あぁ、光は届くけど、誰がいるのかまでは見えない感じの距離だね」
「みんなもテレポで飛ばされた場所に点を打っておいて。だいたいの位置でいいからさ」
起点となるテレポートの魔法陣が浮かんだ丘を中心に半径七百メートル以内にクラン『空転閣』は飛ばされたようだ。
「次は自分らっすかね。つっても、自分は一人で川向こうに飛ばされてて、何が何やらって感じだったすけど」
「盾を回収したんだよな」
「そうっすね。一応順を追って話すっす」
丘の上からテレポートで飛ばされた時、御淡田はひとりきりだったという。
周辺に明かりがないことを確認し、ヘルメットに付いているライトを点灯、周辺を見回して仲間やサハギンがいない事を確認した後、点滅させながら周辺に信号を送りつつ無線機で呼びかけた。
「そうだ、無線機。みんな通じた?」
御淡田の説明を遮るように間巻が全員を見回す。
一斉に首が横に振られるのを見て、間巻はため息を吐いた。
「そっか。やっぱり全員ダメか。今はどう?」
「一応は通じるみたいっすね」
「こっちもだ。なんだったんだろうな」
「テレポートが罠で目的が冒険者の分断だとすれば、無線機での通信を妨害するような仕組みが付随しててもおかしくはないね。話の腰を折ってごめん。連合リーダー、続きどうぞ」
「はいっす。最初に合流できたのは『衣紋』の佐田木さんで、その後、同じく『衣紋』矢伊勢さんと合流したんす。そんで、川にぶつかって、上流から流れてきたライオットシールドを拾った。そうっすよね、佐田木さん、矢伊勢さん」
水を向けられた二人は同時に頷いて、地図上の一点を差した。ライオットシールドを拾った場所との事だったが、御淡田たちが飛ばされた地点が連合パーティーの中で最も下流に位置しているため、死者の特定はできなかった。
「ライオットシールドとその持ち手を掴んでいる右手が流れて来たって事は、上流でメンバーが戦ってるんだと思って川を遡ったんす。途中で、根来と『衣紋』の雅山さんを見つけたんで合流して、そのまま上流へ進んでいたらドローンが浮いてるのを見つけて、川でみんなと合流したんすよ」
最後に、橙香へと視線が向けられる。
橙香は南藤のドローン毬蜂が撮影した映像を早送りで流して合流までを説明した。口で説明するよりも映像証拠の方が分かりやすいという意味もあるが、毬蜂が撮影した映像から不審な点があれば、そこから死者を特定する手がかりになるかもしれないと思ってのことだ。
全員で映像を見たが、新たな情報は得られなかった。
「合流までの話は大体が出そろったか。二人で同じ場所に飛ばされたのは、クラン『空転閣』の間巻と羽場、斧野と足母、それからクラン『衣紋』生地と『剣と盾』大宮、『衣紋』雅山と『剣と盾』根来って事になるな」
生地が最後に話をまとめると、クラン『剣と盾』の大宮がクランメンバーである猿橋を睨んだ。
「……おい、猿橋。気を付けて答えろ。帆無目さんと合流するまで、何してた?」
「状況証拠的に疑われるのは分かんだけど、もうちょい優しく聞いてほしいな。鍾乳石を懐中電灯で照らしてたよ。ずっとね。帆無目さんが来てくれて助かった」
「――え、なに、いきなりどうしてそんな険悪になった?」
大宮と猿橋が睨み合うのを見て、間巻が慌てて間に手をかざして二人のにらみ合いを遮る。
しかし、大宮と猿橋のにらみ合いを止める者は他に居なかった。
生地が腕を組んで猿橋を睨みながら、間巻に説明する。
「さっきの話を総合して、死者が混ざっていると仮定すんぞ? ライオットシールドが一枚、右手付きで発見された。これが遺留品って事は、少なくとも一人、『剣と盾』に死者が混じってるんだ。『剣と盾』のメンバーは四人。その内、俺と飛ばされた大宮、雅山と飛ばされた根来に関しては互いに死者でない事を証明できる。疑わしいのは猿橋と、困ったことに連合リーダーである御淡田って事になっちまう」
「あぁ、なるほど。遺留品が見つかってるクランのメンバーで単独でテレポったやつが怪しいって事ね。だとすると、『衣紋』は佐田木、帆無目、矢伊勢って事になる。あれ、帆無目って猿橋と合流したんだっけ?」
「ちょっと待ってくれませんかね」
疑いの目を向けられた帆無目が冷静に話を遮って、自己弁護を開始する。
「言いたくはありませんが、遺留品として見つかったのは右手付きライオットシールドと、胸に穴が開いた血染めの道着です。この二つの持ち主が同じ場所に飛び、同じ場所で殺されたと考える事も出来るはずです。すると、二人で飛んでいる生地と大宮さん、雅山と根来さんに関しても生きていると証言できるのは……言い方は悪いですがお互いだけです」
「全くその通りだな」
生地は自説に固執することなく、帆無目の指摘を受け入れた。
知恵熱が出始めた額を押さえて、間巻がため息を吐く。
「振り出しじゃん!」
「特定するには情報が足りないと分かっただけでも儲けものと考えとくっす。っつーか、人狼ゲームみたいっすよね」
「それってアンデッドを特定するか全滅するかの二択になっちゃうよ?」
「全滅は勘弁っす。さっさとダンジョンを出ちまったほうがいいっすね。問題はこれからの連携っすけど、自分らも『衣紋』も死者交じりで不安が残るんで、主軸は間巻さんでいいっすか? それと、自分は死者の嫌疑をかけられている状態なんで、間巻さんにいったん指揮権を預けたいんすけど」
「とりあえず腹をくくるしかないね。遺留品が見つかっていない以上はうちら『空転閣』に欠員はいないと仮定して進めよう。連合リーダーの件も引き受けよう。みんなもそれでいい?」
誰一人異論を挟む者はいなかった。
「じゃあ、出発しよう」
「あぁ、こんな辛気臭いところは早めに出ちまお――」
生地が間巻の言葉に乗った直後、足元が突如として輝きだした。
「うそだろ!」
「階層スロープにまで!?」
「退避! 間に合わない奴は近くの奴に――」
「芳紀!」
橙香は足元の光が何らかの図形を描いていると認識した瞬間、毬蜂を掴んで南藤に覆いかぶさる。
浮遊感も、意識の断絶もない。
テレビのチャンネルを切り替えるように脈絡もなく、橙香と南藤はいつの間にか第五階層の川縁でサハギンの群れに囲まれていた。
一応連合パーティーの名簿を書いておきます。
ただし、本作は推理小説ではありません。
主人公:南藤&橙香
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
剣と盾:御淡田、大宮、猿橋、根来
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空転閣:間巻、羽場、和田川、足母、斧野
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
衣紋:生地、佐田木、雅山、帆無目、矢伊勢




