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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第二章 藻倉ダンジョン
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第十七話 第五階層

「ここが第五階層っす」


 御淡田が手で示したその階層は確かに水没していた。

 足元はくるぶし程度までが水に浸かり、場所によっては小島のように隆起している地面が水面に取り残されている。足元に注意せず歩き回ろうものなら不意に開いた深みに足を取られて沈みかねない。

 あらかじめ地形を把握して深い場所に注意を払っておかなくては危険な階層だ。


「深みにサハギンが潜んでいる可能性もあるし、迂闊に素通りできないのも難点だな」


 生地が刀の柄に手を置いて周囲を警戒する。


「キノコ狩りの人の水中ドローンで深い場所は索敵するんだろう?」

「それ以前に、体調はどうなの?」


 生地の質問にかぶせるように、間巻が訊ねる。

 橙香は緩やかに首を横に振った。


「もうちょっと待って。魔力濃度に慣れてからの方が動きやすいと思うから」

「はえあ」


 情けない声を出している南藤だが、前回行われた五日間の第四階層籠りの後で魔力強化を施した身体は第五階層の魔力濃度に慣れ始めている。完全に治る事はないだろうが、すでに毬蜂が上空を旋回しているからには、水中ドローンを併用出来るようになるかもしれない。

 ひとまず休憩を兼ねて階層スロープ前に陣取り、連携の確認や怪我人、死亡者の発生時にどう逃げるか、はぐれた場合の合流地点の決め方などを話しあう。

 大体の確認が終わり、間巻が階層スロープの地面に身を投げ出しながら欠伸する。第五階層との境であるスロープまでは水も昇ってきていない。


「ここまで来るのに丸一日ちょっとかかってるんだよね」

「正確には二十時間ってところだな。ちょっと張り切って強行軍しすぎたと思うんだが」

「やっぱ、二階層の水没廃坑で時間を取られるっすからね」


 入り組んでいる上に足元が水で覆われているため体力も使われる第二階層の水没廃坑を思い出したのか御淡田は顔を顰め、目の前に広がる第五階層を見渡した。


「ここも結構体力使いそうっすけど」

「そんなこと言って、現状では藻倉ダンジョンの最前線を進んでいるって思うとなんかやる気出てくるっしょ?」


 御淡田の背中を強めに叩いたのは、御淡田がリーダーを務めるクラン『剣と盾』のメンバー猿橋だ。


「まぁ、それもそうだよな。やっぱ一番乗りって気持ちいいわ」


 仲間に対しては中途半端な敬語も崩して、御淡田が笑う。

 橙香は彼らのやり取りを聞きながら、南藤の体調を見ていた。


「芳紀、どう? 吐き気がするとか、熱があるとか」

「割と、吐きそう」

「冷却シートあるけど、額に張っとく?」

「張っとく」

「待っててね」


 橙香が機馬の収納スペースから冷却シートを探し出す。お徳用とかかれたそれから一枚取りだして、南藤の額に貼り付けた。


「のど飴はどうする?」

「いら」

「いらないんだね、分かった」


 甲斐甲斐しく世話をしながらも、会話ができるくらいには魔力酔いの症状が和らいでいる事に橙香は安心していた。

 すると、ふわりと新たなドローンが浮かび上がる。遠距離攻撃用のドローン団子弓だ。

 連合パーティーのメンバーも二機目のドローンが上がった事で南藤の体調が改善傾向にあると気付き、視線を向けてくる。


「いけそうっすか?」

「行けるみたい」

「そんじゃあ、出発という事で」


 御淡田が腰を浮かして促すと、連合パーティーの面々も立ちあがり、武装の最終確認をしてから歩き始めた。

 総勢十六人の連合パーティー。展開して戦う事を考えればおのずと選択できる道は限られている。

 御淡田たちが打ち合わせをしている間に南藤がドローン毬蜂で偵察した情報をまとめた地図に従い、一向はまず北へと歩き始めた。

 ちゃぷちゃぷと足元の水を掻き分ける音が巨大洞窟に響き渡る。

 鍾乳石が点在しているため死角があちこちに存在するものの、南藤のドローン索敵の精度を知る連合パーティーは不安を抱く様子もなかった。


「二十メートル先に深い所があるから、鍾乳石を目印にして右に曲がってって」


 南藤から聞いた情報をもとに、傍らに立つ橙香がナビゲートする。

 報告通りに見つけた水深の深い窪地を覗き込んだ間巻が御淡田を振り返った。


「この深い所は調査しなくていいの?」

「サハギンが入れる大きさじゃないですし、ここは無視でいいと思うっす。新種の魔物が潜んでいたとしても、一体いるかどうかっしょ」


 確かに、窪みは左右に細長く四メートルほどあるが、その幅は広い所で五十センチほど。大半は三十センチに満たない亀裂のようなものだ。


「そか、ならいいや」


 御淡田の意見に納得して、間巻も一行の後を追う。

 階層スロープ周辺を探索した結果見えてきたこの階層の特徴は、ほぼ全体がくるぶし以上の水深で沈んでいる事と、転々と存在する丘のような小島、さらに至る所に川のように流れの速い深みがあり、地形が分断されている事だった。


「ゴムボート持ってきて正解だったっすね」


 御淡田が機馬の荷台に乗せられた魔力強化済みのゴムボートを振り返る。

 はぐれた時に合流できるよう各自に渡された南藤謹製の地図に緊急時の合流予定地点を書き込みながら、生地が地図上に図示された川の配置を見る。


「場所によっては機馬で強引に渡せるが、流れの速い幾つかの場所だとゴムボートを使っても流されそうだな。連合リーダー、この後はどこを探索する? 階層スロープ周辺は一通り歩いたろ」

「そうっすねぇ」


 鉛筆で頭を掻きながら、御淡田は思案する。


「つーか、ここまで全く戦闘がないのがちょっち不安っす。南藤さん、どこかに手頃なサハギンの群れとかいないっすか?」

「三時方向五百メートル先だって」

「五百メートル先ってーと川を挟んだ向かいっすね」


 地図をなぞってサハギンの群れの位置を確認した御淡田は思案するように沈黙する。この連合パーティーのリーダーとして皆の命を預かるため、慎重になっているのだろう。


「数は?」

「十七体。周辺二百メートルにサハギンの姿は無し、だって」

「手頃っちゃあ手頃だな」


 生地が会話に割って入る。


「サハギンがあの川をどのくらいの速度で渡ってくるのか確認した方がいいだろ。対岸にいたと思って油断してたらいつの間にかすぐそばまで来てたなんて洒落にならねぇしな」

「奇襲を仕掛けられるし、狙ってもいいと思うよ」


 南藤のうめき声混じりの言葉を翻訳する橙香によれば、鍾乳石や丘が作る死角を縫って行けばサハギンの群れに気付かれず接近するのは難しくないという。


「ンじゃあ、第五階層の初戦闘に行くって事で、皆準備をお願いしまっす」

「はーい」


 サハギンの群れがいる方向に対して隊列を組み、連合パーティーは奇襲を仕掛けるべく歩き出した。

 橙香の指示に従い、鍾乳石や丘の死角を利用して進む。

 ほどなくして見えてきたサハギンの群れは脛の辺りまで水に浸かる場所に車座となって、独自の言語らしきもので会話をしていた。

 南藤の報告通り、サハギンは十七体。他に魔物の姿はなく、十六人の連合パーティにとっては手ごろな群だ。

 御淡田が生地と間巻にハンドサインを送る。

 了承を示すハンドサインを返した生地と間巻がそれぞれのクランを率いて丘を回り込み、サハギンの死角ギリギリに潜んだ。

 御淡田は次に南藤へハンドサインを送る。

 南藤と橙香は頷きを返したのを見て、御淡田は仲間と共に丘を越えてサハギンの群れへと懐中電灯の明かりを照射した。

 突然照射された光に驚いたのは一瞬だけ。すぐさまサハギンは川の対岸にある丘の上に御淡田たちの姿を見つけて動き出す。

 三又の槍を持って川へと飛び込んだサハギンは深く潜ったのか魚影すら見せることなく対岸へと渡ってくる。

 ぽちゃん、と間が抜けた水音が洞窟内に反響する。サハギンたちは気にせずに突き進むが、その姿は南藤の持つスマホに表示されていた。

 南藤はドローン毬蜂が投下した水中ドローンから送られてくる映像を確認し、橙香に目配せする。

 橙香はこれを受けて無線機に手を伸ばした。


『サハギンは前列九、後列八で川を渡ってきています。前列は川底に隠していたらしい盾を装備。後列は三又槍のみです。上陸まで秒読みします』


 橙香が南藤のスマホを見ながらサハギンが上陸するまでのカウントダウンを行う。

 ゼロになった瞬間、サハギンの前列が岸へと上がり、陸を駆け昇り始めた。三秒遅れで岸についた後列のサハギンも槍を掲げて丘を駆け昇る。

 サハギンの姿を確認した御淡田が振り返りざまに南藤へとハンドサインを送る。

 南藤はすぐさま水中ドローンの操作を放棄して団子弓を起動し、御淡田たちクラン『剣と盾』の頭上へ閃光弾を放った。

 まばゆい光が辺りを照らし出し、網膜を焼かれたサハギンたちが転倒する。丘の斜面を転がって後列を巻き添えに川へと落ちる前に、間巻と生地が仲間と共に駆け出した。

 同時に、御淡田が仲間に指示を飛ばす。


「盾!」


 短い指示に、彼らは考えるより先に動き出す。正面に構えられた四枚のライオットシールドが透明の壁となり、サハギンたちの進行を完全に防ぎきる。もとより目を焼かれて前後不覚のサハギンはライオットシールドにぶつかるとそれを冒険者だと勘違いしてしゃにむに三又槍を振り回して無様に弾き飛ばされた。

 サハギンたちの背後から迫った間巻と生地の部隊が得物を構えて確実に仕留めていく。

 戦闘時間は五分に満たなかった。


「楽勝だな」

「水中ドローンの前には武装の変更も隊列も丸裸って感じっすね」

「キノコ狩りの人、直接倒したサハギンはゼロだけどいい仕事するよね。閃光弾とか」


 サハギンの死骸をひとまとめにして血液を採取しながら、戦闘を振り返る。

 確かに南藤のサポートも有利に運んだ理由ではあるが、丘の上に陣取って功を焦らずに盾を構えて防壁となった御淡田たち『剣と盾』の忍耐力と度胸も素晴らしかった。閃光弾がうまく機能しない場合には、薙刀を持ち間合いも広い間巻たち『空転閣』が側面へ襲い掛かり、日本刀を持ち突破力の高い『衣紋』が後方から押し上げる戦術であり、これらが機能するには『剣と盾』の防壁が不可欠なのだ。


「連携も問題なく機能してる。注意深く行動すれば遅れは取らねぇな」

「後は別方向からサハギンの援軍が割り込んできた場合の対処法も余裕がある内に確認したいね。こればっかりは四階層でも試せてないしさ」


 生地と間巻が話していると、御淡田が苦笑しながらサハギンの死骸を引きずってくる。


「振り返るのもいいっすけど、魔力強化も重要っすよ? この階層からは全員が平等に魔力強化を狙うって話をしたんすから」

「おぅ、わすれてた。戦となると熱くなっていけねぇな」

「キノコ狩りの人達も魔力強化を――って、水中ドローンの回収中か」

「すみません、取っといてください」


 丘のふもと、川縁から橙香が間巻たちへ手を振りつつ答える。

 毬蜂から投下された水中ドローンは操作を切り替えた事もあり下流の方へと流されている。その回収作業に追われているため、橙香たちはサハギンの血の採取に取り掛かれずにいた。

 今後の改善点だと思いながら、橙香は傍らの南藤を見る。

 機馬の上に乗っている南藤はドローン毬蜂を下流へ先行させる操縦にかかりきりだ。ドローン毬蜂を中継して水中ドローンとの通信を回復しようとしている。


「こうしてみると、どこが川なのか区別しにくいよね」


 橙香は川を見て目を細める。

 川は水没している。岸となっているところも含めて十センチ程度沈んでしまっているため、川の流れに巻き込まれた水が一定の方向へと流れており、観察すればようやくその存在を認識できるという罠のような川だ。迂闊に足を踏み入れれば一気に下流へと押し流され、この急流をものともしないサハギンに追いつかれて三又の槍で串刺しにされる未来が見える。

 先ほどのサハギンの群れが川のそばで車座になっていたのも、地の利があると判断したからかもしれない。たった四人で丘の上に立つ御淡田たちの姿を見つけ次第地の利がない丘の上へ一直線に向かった所を見ると、さほど頭は良くないかもしれないが。

 下流域へと向かっていく毬蜂を見送り、橙香は機馬の上に腰掛ける。


「どう?」

「もう、すぐ」


 答えた南藤が唐突にドローンのコントローラーをせわしなく動かし始める。水中ドローンとの通信が回復したらしい。

 橙香は下流域へ目を凝らす。斜め下へ光を照射している毬蜂までの距離は五百メートルほど。ほぼ直線で川が流れている事を考えると、水中ドローンは分速百メートルで流された事になる。歩いて渡ろうとは考えない方がいい流速なのだが、サハギンたちはこの急流を文字通り一直線に渡ってきたのだ。

 その姿形からもサハギンとの水中戦は絶対に避けるべきだと言われているが、この計測データを見ると確かに水中勝負など遠慮したい。


「この流れの中でも戻せるの?」

「外」


 橙香の質問に、南藤は単語で応える。それを川から外れて岸辺の部分、くるぶしまで沈む浅瀬を上ってくるのだと理解して、橙香は水中ドローンの回収作業を行えるように準備を始めた。

 機馬のドローン格納部を開いていると、丘の上から慌てたような声が聞こえた。


「なんだこれ!?」

「トラップ!?」

「いまさら!?」


 視線を向けた橙香は目を見開き、反射的に南藤の腕をつかんだ。


「芳紀、あれ!」

「な、に?」


 毬蜂が下流域にあるため事態の把握が遅れたらしい南藤が振り返った時、丘の上にいた『剣と盾』、『空転閣』、『衣紋』の三つのクランがその場から――消滅した。



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