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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第二章 藻倉ダンジョン
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第十六話 武者修行

 サラマンダー十三体、水晶カメが七体、クリスタルで三方を囲まれた広場で体を休めていた。

 頭上には攪乱コウモリが飛び回っていた。そう、飛び回っていたのだ。

 バタバタと落下していく三体の攪乱コウモリ。その死骸を見て異変に気が付いたサラマンダーと水晶カメの群れはクリスタルで三方を囲まれたこの広場唯一の入り口へと視線を向ける。

 そこに期待した冒険者たちの姿はなかった。影も、形も存在しなかった。


「――突撃!」


 幼さを感じる、鈴を転がしたような声が響く。

 次の瞬間、広場を囲むクリスタルの一つが外側からくわえられた巨大な圧力により砕け散った。

 予想外の方向から敵が迫っている事を知り、魔物たちが一斉に顔を向ける。

 サラマンダーの首が五つ、宙を舞った。

 魔物たちがサラマンダーの首をはっきりと認識できたのは、上空で地面に光を照射している球体の機械があったからだ。

 しかし、魔物たちが理解するより先に、刀を引っさげた五人の男たちが広場に駆け込んできていた。

 当然、広場を破壊し魔物たちの休息を邪魔したこの不届き者達へ怒りの篭ったまなざしが向けられる。

 サラマンダーたちが不届き者へ炎を吹きかけて灰になるまで燃やし尽くそうとした時、それを阻むように透明な盾を構えた一団が壁を作り出した。

 耐熱性を高めてあるらしいその盾はサラマンダーの炎を受けても煙さえ立たず、その熱を完全に遮断する。

 盾で炎を防いだ一団の後ろを駆け抜けた五人の男たちが水晶カメに斬りかかった。咄嗟に頭を引っ込める水晶カメだったが、突き入れられた刀の切っ先は水晶の甲羅を突き抜けて頭部を貫通する。

 仲間が突き殺される一部始終を目撃した水晶カメの生き残り二体は敵わないと悟って逃げに転じた。


「道開けてー」


 クリスタルが破壊される直前に響いた鈴の声が明るくそんな言葉を発する。声の出所へと視線を向けるより先に、水晶カメの天地がひっくり返った。

 転がされたのだと気付いた時には水晶の甲羅が地面を削りながら、高速でサラマンダーの群れへとツッコんでいた。

 水晶カメの巨体に弾き飛ばされたサラマンダーの隙を突き、薙刀を構えた五人の女性が駆け込んでくる。

 振り降ろされた薙刀の刃が二倍三倍と伸びたかと思うと、サラマンダーを両断した。

 残りはサラマンダーが三体のみだったが、ライオットシールドを構えた四人組にクリスタルへと追い込まれて斬り殺されるまで時間はかからなかった。



 ダンジョンにおいて、各階層を繋ぐスロープは氾濫時を除いて安全圏である。

 南藤たちは第五階層のスロープ前を起点として、第四階層の魔物を狙って狩りを続けていた。

 クラン『剣と盾』『空転閣』『衣紋』の三つを加えて計十六人の大所帯はダンジョン内でも目立っていたが、情報公開されたばかりの第五階層スロープ周辺に人はいなかった。


「やっぱり、皆サハギンの集団を危険視して魔力強化優先に舵を切ったみたいっすね」


 昼休憩のために戻ってきた第五階層のスロープでサンドイッチを頬張りながら、『剣と盾』のリーダー御淡田が呟く。


「人っ子一人見ねぇもんな」


 同じくサンドイッチを頬張りながら『衣紋』のリーダー生地が同意する。

 ハンバーガーを食べていた『空転閣』のリーダー間巻が二人の話を「それはそれとして」と中断した後、横を見た。


「格差が凄いんだけど」


 視線を向けた先には肉まんを蒸し上げている橙香がいた。

 ダンジョンの第四階層の奥も奥、第五階層へのスロープ前だというのに水を潤沢に使用する蒸し料理を始める橙香には周りも驚いた。

 このような暴挙に挑んだ理由が橙香の「何が食べたい?」という質問に対する「柔らかくてあったかいもの」という南藤の答えがあったからだというのだから、呆れてものも言えない。

 しかも、橙香の慣れた手つきで包まれた肉まんは見るからに柔らかそうで、寒々しいクリスタル洞窟の景観を見慣れた目には蒸し器から立ち上る湯気が食欲を刺激して堪らない。


「肉まんの皮を持ってきている点に一番驚いたけどね」

「家で作った奴を寝かせて持ってきたんですよ」

「つまり、ダンジョン内でキノコ狩りの人が食べたがるかもしれないって予想してたわけ?」

「そうです。柔らかくて温かい物を食べたがると思って、その時の体調によって具材を選択できるように皮だけ持ってきました」


 なんという用意周到な娘だろう、と間巻は仲間と顔を見合わせる。


「これがモノホンの女子力」

「良い嫁になるわぁ」

「むしろ嫁にやるのがもったいない」

「よし、私たちが貰おう」

「ボクは芳紀にもらってもらうから他を当たってください」

「これがモノホンの嫁力」

「良い新婚さんになるわぁ」

「むしろ、以下略」


 橙香と『空転閣』五人が女性同士で話している内に蒸し上がった肉まんを南藤が食べ始める。

 ホタテの貝柱と豚ひき肉や生姜などが入っていて旨味の詰まった、体を芯から温める肉まんである。ダンジョンの中で調理したとは思えない醤油や酒などの調味料を使った絶妙な味付けが漂う香りからでも判別できるほど。

 男性陣がごくりと喉を鳴らす。

 せめて肉まんのタネだけでも貰ってハンバーグに出来ないだろうかと確認するのだが、女子力の高い橙香が無駄に食材を使用するはずもなく残っているのは生姜の皮を始めとした生ごみのみ。男性陣は腹具合と共に切なさが加速した。


「オレも幼馴染が欲しかった!」

「可愛い彼女が欲しかった!」

「美味しい手料理が食べたかった!」

「作ってやろうか?」

「引っ込め筋肉ダルマ」

「お呼びじゃねえんだよ」

「善意で言ったのに……」


 『衣紋』の料理担当である帆無目ほむめを凹ませつつ、男どもの嫉妬の視線を受けながら南藤は肉まんを完食し、電池が切れた様に機馬の上に突っ伏した。顎を動かすのに疲れたらしい。

 大所帯だけあって賑々しい食事は、ここがダンジョンの中であることを忘れそうになる。

 しかし、今後の方針を決めないわけにもいくまいと御淡田は全員の食事が終わるのを待って口を開いた。


「なんだかんだで、連携はだいぶ形になったと思うんすよ」

「まぁ、潜って五日も経つしな」


 御淡田の意見に生地が同調する。

 魔力強化を目的とした連合パーティーで狩りを始めてすでに五日。南藤の索敵を頼りに程よい魔物の群れを見つけては奇襲をかけ続ける事で効率的に魔力の篭った血を確保しつつ連携を深めてきた。

 『空転閣』、『衣紋』は武装が統一されており、『剣と盾』も魔力強化済みのライオットシールドという統一装備があるため、戦い方がクランごとに差別化されており、分かりやすい。

 元々が戦闘力の高いメンバーだけあって、各々の特徴を把握してからは連携も密になり、第四階層の魔物では物足りないくらいだ。


「このまま四階層で連携を深めるより、五階層に移った方がいいと思うんすよ」


 御淡田が階層スロープを振り返りながら言うと、メンバーは一斉に頷いた。


「といっても、食材もそろそろ傷み始めてる。ずっとダンジョン内にいて疲労も溜まっている事だし、一度外に出て休息を挟んだ方がいいでしょ」

「ボク達の食材は魔力強化してあるクーラーボックスの中に入れてあるから、もうしばらく持つけど、この人数分はないかな。それに、第五階層に行く前に一度外に出て芳紀の魔力耐性を上げておいた方がいいと思う」


 現状でも南藤はいくらか会話できる程度の症状ではあるが、ドローンの同時操作は出来ない。第五階層に行く前に魔力耐性を上げておけば、濃度に慣れて二機以上の同時操作が可能だと思われた。


「第五階層は水没巨大洞窟って話だし、潜水装備も必要だろう。異世界貿易機構が貸し出し用に魔力強化品を準備し始めたって話だし、それを借り受けてから向かったらどうだ?」


 生地の提案は肯定的に受け入れられた。

 どのメンバーも水中用の装備を持っていないのだ。南藤の持つ水中ドローンは探索が可能だが、人を運ぶ能力はない。もしも水中に階層スロープへの通路があった場合、探索は不可能である。

 撤収準備を始めながら、生地は口を開く。


「異世界貿易機構も気前がいいよな。潜水装備の貸し出しなんてさ」

「なんでも、この間の氾濫で亡くなった冒険者たちの遺言で魔力強化品を有効利用してほしいってのがあったらしいっす」

「あぁ、そういう話だったのか」


 少し縁起の悪い品ではあるが、亡くなった冒険者たちもダンジョンの早期攻略を願っていたはずだ。有効利用するのが彼らのためでもあるのだろう。

 異世界貿易機構も彼らの遺言に従って、潜水装備の貸し出しに際して利用料金を取るようなことはしないという。


「貸し出されてる装備品ってどんなのがあるの?」


 間巻が訊ねると、思い出すような間を開けて御淡田が口を開く。


「確か、管を延長する魔力強化が施されたシュノーケルとか、水中銃。それから水の抵抗を大幅に軽減する魔力強化が施されたウェットスーツが基本らしいっす。他の魔力強化が施されたモノもあるらしいんすけど、使い勝手がいいのはさっき挙げた奴っすね」

「なら、それを貸し出してもらう形になるわね。後はボートとか」


 空気を入れて膨らませるゴムボートは大きさを変更する魔力強化が施されている場合が多く、市販品よりも乗員数を増やしてある。流石に十六人もの人数を一度に運ぶことはできないだろうが、分けて運べばいいだけだ。

 しかし、間巻は心配するように南藤の機馬を見た。


「それ、ボートには載せらんないよね」

「防水性は強化してあるので、浮き輪か何かで浮かせられれば水面を渡す事も出来ますよ。サハギンに襲われると逃げられないので、事前に安全を確保しないとダメですけど」


 第五階層の探索に支障が出る恐れはあるが、まだ発見されたばかりで未踏破の領域が多いため、機馬が動ける場所を探索するだけで価値はある。


「大事を取るなら、キノコ狩りの人が泳げるくらいに魔力耐性を上げればいい。ドローンの索敵にはそれだけの価値があるしな」


 この五日間、南藤の索敵のおかげで絶えず魔物に奇襲をかけていられたため、生地の意見を否定する者は一人もいない。

 遭遇戦を避けられるだけでもありがたいというのに、事前に敵の戦力を知る事が出来るのだ。戦闘能力の高い冒険者が揃っている事もあり、相手方の戦力が分かっていれば苦戦する事なく立ち回れる。

 加えて、物理的な破壊力を有する橙香の存在も大きい。クリスタルを一撃で破壊して側面へ奇襲をかけられるその破壊力は、戦術幅を広くしていた。

 戦闘を有利に進められる点を考えても、南藤の魔力強化を狙うのは考慮すべき案ではあった。


「つっても、キノコ狩りの人はこれから魔力強化っすよね。魔力耐性を上げる魔力強化なんかしたことないんでよく分からないんすけど、どれくらいで強化できるようになるんすか?」

「何度か魔力強化したしこれから外に出てまた強化するから、次はこの調子で一か月以上みっちりやらないとダメだと思うよ」


 魔力強化は一回行うごとに次の強化に必要な魔力の蓄積量が増えていく。

 流石に、数週間かけるのは論外という事で、ダンジョンを出た後は一度第五階層を探索して様子を見る事に決まった。



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