第十五話 大所帯
藻倉ダンジョンの外に出た一行はさっそく異世界貿易機構の藻倉支部を訪ね、傭兵活動を行うクラン『空転閣』と『衣紋』に連絡を取った。
返事が来るまで二日前後かかると思われたのだが、意外にも電話がすぐに通じた。
どうやら、ダンジョンに潜っていなかったらしい。
「天狗とは手合せしたが、鬼とはやったことがなかったんだ。今すぐそちらに向かう。首を洗って待っていろ。がはは」
と果たし状のようなセリフと豪快な笑い声が電話口から響いてきたことに御淡田は眉を八の字にして困り顔だった。
「ボク、神楽舞は習ったけど武術はちょっと……」
橙香が首を横に振る。
「むしろ神楽舞ができるって事に驚きっすね」
霊界の地元の神社で行われる祭りで披露する神楽舞を姉の紅香がやっていた関係で、妹である橙香も一通り神楽舞の練習をさせられていた。姉に比べるとはるかに見劣りするため、神楽舞を披露した事はない。
「驚きといえば、南藤さんもダンジョンを出るとこうもシャッキリすんのが意外っすけど」
魔力強化を行った事で藻倉ダンジョンの外であれば南藤の魔力酔いの影響はなくなっている。
今、南藤は第四階層での地図の作成と動画の編集作業、『空転閣』や『衣紋』についての情報収集と、連合パーティーの戦力分析に加えて戦術の考案を同時並行で進めていた。
「いや、ダンジョン内では見苦しい所を見せてすみません」
「あ、いえいえ、ご丁寧にどもっす」
複数の作業を並行して進めながら会話にまで加わろうとする南藤に、御淡田は恐ろしい物でも見るような目をする。
橙香はご満悦にニコニコとほほ笑みながら、作業に集中する南藤の横顔を見ていた。
ほどなくして、クラン『空転閣』と『衣紋』がやってきた。
どちらも五人組のクランであるが、『空転閣』は全員が薙刀を携えた女性のみのクランであり、『衣紋』は全員が日本刀を携えた男性のみのクランだ。『空転閣』は揃いの手首用サポーターを付け、『衣紋』はクランの名前が大書された道着を羽織っている。
傭兵活動を行うクランは戦闘か探索技能に極振りした装備であることが多く、『空転閣』と『衣紋』は戦闘技能に極振りしている。探索技能を有しない代わりに魔力強化した武装はどれも突き詰めた攻撃型であり、五人組の連携も十分に機能するため対多数の戦闘にも慣れている。
前回の氾濫でも前線にいた彼らは一人の怪我人も出さず、武装も破壊されていない優秀な武闘派集団である。
「どうも、クラン『空転閣』リーダー間巻です。よろしく」
「こんちわ。クラン『衣紋』リーダー生地だ。鬼はどこだ?」
挨拶もそこそこに鬼を探して南藤たちを見回して、生地は値踏みするように目を細める。
「鬼はどこだ?」
「ボクだよ」
「……ムキムキじゃないのか」
名乗り出た橙香を見てやや残念そうな顔をした生地だったが、わざわざ持ってきたらしい竹刀を橙香に渡そうとする。
「では、一戦」
「武術はやった事ないのに」
渋々ながらも竹刀を受け取った橙香を見て、生地は満足そうに頷き、自らも竹刀を構えた。
直後、橙香が一歩踏み込む。人間では到底ありえない一歩の歩幅。唐突な深い踏み込みは生地の不意を突くのに十分な認識のずれを生んだが、戦闘特化型クランのリーダーを務めるだけあって生地は冷静に竹刀を小さく振り降ろし、橙香が横に振り抜こうとした竹刀を弾こうとする。
しかし、弾かれたのは生地の竹刀だった。
ぎょっとして生地は後ろに跳び、橙香の竹刀をかろうじて躱す。肉体の魔力強化をしていなければ間に合わなかっただろう。
「ちょっとまて。なんだ今の。どんな腕力してんだ、おい」
橙香の細腕から繰り出されたとは思えない剛剣に生地は顔に焦りを浮かべて竹刀を上段に構えた。どうせ弾き飛ばせないのならカウンターを狙おうという考えなのだろうが、直後にお互い防具をつけていない事を思い出し、竹刀を降ろした。
「終わりにしよう。これ以上は防具がないとまずい」
「だね。続けても多分、ボクが負けるし。痛いの嫌だし」
不意を打った一撃で見た目にそぐわない腕力という隠し玉まで見せたというのに対処された以上、手の内を晒した橙香に勝目はない。鬼としての勝負勘もここが潮時だと告げていた。
生地も同意見のようだったが、肩を竦めて返すだけで明言を避ける。竹刀ではなく鉄塊を使われていたら、回避など絶対に間に合わなかったからだ。
生地は南藤を見る。
「そっちの人もなんか武道をやってたろ。合気道とか、柔道とか、得物がないタイプ」
「橙香のお父さんに投げ飛ばされて受け身が身に付いただけですよ」
夫婦げんかで大怪我するのもつまらないだろうとのたまう橙香の父親に数えきれないほどに投げ飛ばされたのだ。最初の内こそ手加減されていたが、最終的には鬼の膂力で投げ飛ばされても擦り傷程度で済むまでに鍛え上げられたのである。
なお、南藤が橙香と肉体言語を使った喧嘩をしたことは一度もない。
「鬼に投げ飛ばされるってのも貴重な経験だな。鬼娘、ちょっと投げてもらってもいいか?」
「何メートルのコースにします?」
「センチじゃないんだ……」
橙香が得物の鉄塊を指差すと、納得したように生地は頷いた。
すると、今まで黙っていた『空転閣』のリーダー間巻が口を開く。
「支部の前でこの大人数で話し続けるのは他の迷惑になるでしょうし、場所を移しません?」
「早田市立の公園があったはずなんで、そこで決定って事でどうっすか?」
「異議なし」
「来るときに見たんだが、梅が咲いてたぞ。気が早いが、花見と洒落込もう」
「いいね!」
命がけで戦う冒険者だけあって、こういったイベントには目がない。いつ死んでもおかしくないからこそ、思い出づくりに余念がないのだろう。
支部の前から歩き出し、コンビニや酒屋で適当な酒とつまみを買いこむと、総勢十六人の大所帯は早田市立公園に到着した。
人口流出が止まらない早田市だけあって、公園は無人だった。貸し切り状態だと前向きにとらえて、一行は立派な梅の木が占有する一画に腰を降ろす。
梅花の香りに包まれながら酒盛りを始めつつ、連合パーティー結成についての話し合いを始めた。
南藤は御淡田を見る。
「パーティーリーダーは御淡田さんでいいですか?」
「南藤さんの方が適任なんじゃ?」
「ダンジョン内では魔力酔いが酷いので、この人数の動きを把握するのは到底無理です。索敵や地図作成でのバックアップに専念した方がいいでしょう」
「あぁ、それもそうっすね。それじゃあ、不肖ながらこの御淡田がリーダーっつーことで。よろしくっす」
パチパチと周囲から拍手が送られる。十六人ともなればなかなかの音に増幅されるため、御淡田は気恥ずかしそうに何度も頭を下げた。
「っつーわけで、南藤さん、この連合パーティーの戦術について意見とかあればお願いっす」
「基本的に、俺が索敵、橙香は俺の護衛として温存します。その上で、クラン『剣と盾』の魔力強化を優先に第四階層で魔物狩りをします。水晶カメは可能な限り獲物に含めず、サラマンダーを狙い撃ちにしますが、戦術としては群れの側面へ奇襲をかける形を徹底したい」
クラン『空転閣』と『衣紋』の加入によりこの連合パーティーの打撃力は非常に高い。しかし、武装に遠距離攻撃が可能な者が少ないのが欠点だった。
水晶カメは堅いため、一撃必殺が可能なのは橙香のみ。効率を考えれば当然、水晶カメは標的から除外する事になる。
サラマンダーは炎を吐き、数が多いほどその火勢が増して飛距離も伸びる。故に、遠距離攻撃で仕留めるのがベストなのだが、メンバーで遠距離攻撃が可能な者が南藤くらいだ。
そこで、『空転閣』のリーダーである間巻が片手をあげて意見した。
「ウチは全員が薙刀に刃延長の魔力強化をしてある。間合いはおおよそ十五メートルだと思って」
「結構ありますね。刃延長については先ほど情報を調べた時にあったので考慮していましたが、十五メートルとなればコウモリに対応できますか?」
「問題ないよ」
「では、コウモリが出た場合には優先的に処理してください。『衣紋』さんは何かありますか?」
「いんや。刃延長はやってないんだ。間合いが狂うと連携が取りにくくなりそうでな。代わりといっちゃあなんだが、全員が切れ味、強度の向上と重量の任意変更が施された刀を持ってる。水晶カメの甲羅も叩き切るのは無理だが貫くくらいは出来る」
「では、撤退する場合には退路を斬り開いてもらうことになるかもしれません。多分、橙香にクリスタルを破壊してもらって退路を確保する方が多いとは思いますが」
「……クリスタルってあの、第四層のでっかい奴か?」
竹刀での攻防で鬼の膂力を体験した生地でも信じがたい事なのか、橙香を見て半信半疑に問いかける。
そうなるだろうと思った、と南藤は事前に編集しておいたクリスタル破壊動画を生地たちのスマホに転送する。
動画を見た生地たちは唖然とした顔で画面を見つめた。
「ぱねぇ」
「あれってこんな風に砕ける物だったんだ……」
「人には無理だろ」
それぞれに驚愕している連合パーティーのメンバーの反応を気にせず、南藤は話を続ける。
戦術についての確認を終えた後、場を御淡田に譲った。
「南藤さん、どうもっす。それで、この連合パーティーなんすけど、魔力強化と同時に全体の連携を深めていきたいと思ってるっす」
「それはつまり、今回だけのパーティーではないって事?」
間巻が確認するように問いかけるのに、御淡田は頷き返す。
「そうっす。最終的にはこのメンバーで第五階層のサハギン集団を切り抜けたいと思ってるんすよ」
異世界貿易機構へ階層スロープの発見については報告している。二十体からなるサハギンの集団についても報告してあるが、情報公開は職員が現場に向かって確認してからとなるため、まだ数日の猶予がある。
「それで先手を打って傭兵クランを雇っておこう、と。選ばれたのは光栄だし、ウチに異論はないわ」
「こちらもだ。第五階層に準備万端に整えた上で一番乗りってのは悪くない」
全クランの意見が一致し、南藤たちは正式に連合パーティーを組む事で合意した。