第十四話 クラン『剣と盾』
四人組はクラン『剣と盾』と名乗った。
「凄くまともなクラン名だ!」
今まで、橙香たちが出会ったクランといえば『踏破たん』だの『藻倉遠足隊』だのといまいち遊びが入った名前が多かった。
ここにきてとても冒険者らしいクラン名に橙香は少しばかりの感動を覚えて拍手する。
もっとも、剣は魔力強化済みの包丁、盾はライオットシールドというどこかちぐはぐな感のある組み合わせだった。全員が包丁とライオットシールドを持っているが、包丁はあくまでもサブウェポンのようで各々に主武装となる得物を持っている。
『剣と盾』のリーダーが得物の松葉杖をクリスタルに立てかけて、冒険者登録証を掲げる。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました。ここから階層スロープまで長距離走は無理だと思ってたところだったんで、マジで助かりました」
後半の言葉使いにチャラさが出ているリーダーの青年は南藤とドローンを見比べて得心したように頷いた。
「マジで魔力酔いなんすね」
「何度か耐性を上げる強化をしてるけど、その度に深い階層に潜っているから強化が追いつかないんですよ」
とはいえ、前回の強化により、南藤は藻倉ダンジョンの外で魔力酔いを起こさなくなっている。おかげで、一部では魔力酔いが演技だという説を後押ししてしまっているのだが、非公式の掲示板に興味がない南藤と橙香は気付いていない。
『剣と盾』の面々も南藤の魔力酔いには疑問を抱いていたようだが、こうも目の前で吐き戻されると演技だとは到底思えなくなったようだ。
「芳紀、のど飴舐める? 歯磨きする?」
酔い止め効果のあるのど飴の袋と歯磨きセットを両手に持って、橙香が南藤の横に座る。
ひとまず歯磨きで口の中をリフレッシュし始める南藤を見て、『剣と盾』の面々は困惑顔を見合わせた。
「未だかつて、ダンジョン内で歯磨きをする冒険者を見たことがあるか。いや、無い」
「反語」
歯磨きが終わり、のど飴を舐めはじめる頃になると南藤も幾分か症状が緩和されたのか、機馬の上に横になってドローンの操作に集中し始めた。浮き上がるのはドローン毬蜂に加えて遠距離攻撃用のエアガンを搭載したドローン団子弓である。
「二機飛ばせるようになったんだね。芳紀は頑張り屋だよ」
よしよし、と中学生くらいにしか見えない橙香に頭を撫でられている南藤に困惑の度合いを深めながらも『剣と盾』のリーダーが声を掛ける。
「ちょっと良いすか?」
「良いですよ」
橙香が続きを促すと、リーダーは御淡田と名乗り、話を始める。
「四階層まで来たはいいんすけど、意外と手に余るっていうか。正直、群を相手にするときついんすよ。それで、キノコ狩りの人を雇いたいなって思って」
「雇う?」
連合パーティーの誘いではなく、雇用関係を強調されて、橙香はおうむ返しに問いかけた。
話を聞くと、連合パーティーのように協力して魔物に対処するのは同じだが、魔力の宿った血は雇用主、この場合は『剣と盾』のメンバーが総取りし、日当という形で金銭を南藤と橙香に支払う形にしたいという。
自分たちの効率的な魔力強化を狙うための形らしい。
「キノコ狩りの人の索敵能力があれば、手に余るような群と鉢合わせる事もないっしょ?」
「多分出来ますけど、ボク達は別にお金に困ってないから」
乙山ダンジョンのマスター権限売却金などで懐が潤っているため、金銭で縛られる形の契約に橙香たちはメリットを見いだせなかった。
「お金に困ってないって……マジで言ってみたい台詞っすね。しかし、そうなるとオーソドックスに連合パーティーって形にしておきますか? 多分すけど、いくら鬼っ娘でも第五階層は辛いっすよ?」
「おい、ばか」
「え? あ……」
たしなめられて失言に気付いた御淡田は「やっちった」と額を押さえた。
当然、橙香も聞き逃してはいない。
「第五階層を発見したんですか?」
「えぇ、まぁ。偶然にスロープを見つけたんすよ。雇う金もスロープの発見報酬から捻出しようと思ってたんで」
御淡田は言葉を選びながら橙香から二歩距離を取る。
ここで御淡田たちを殺して第五階層のスロープの位置を手持ちの地図などで確認すれば、発見報酬を横取りできる。警戒するのは当然だろう。
だが、南藤も橙香も金に困っていないのは事実であるため、発見報酬にも興味がない。興味があるとすれば第五階層における環境や魔物の情報だ。
橙香は少し考えて、南藤を見る。
「芳紀、第五階層の情報を早めにもらう代わりに、この人たちと連合パーティーを組むのってありかな?」
「あり」
南藤は即答する。
とはいえ、第五階層へのスロープの位置や魔物や環境の情報は貴重ではあるものの、『剣と盾』が走ってきた方角から階層スロープの位置はおおかたの見当が付く。
発見報酬に興味がない以上、南藤たちにとって『剣と盾』からもたらされる情報は後から自分たちで得る事の出来るものだ。
それでも連合パーティーを結成するつもりになったのは、魔力強化の効率上昇に価値を見出したからである。
現状、戦闘が可能なのは橙香とドローン二機のみ。どうしても手数が足りないため、魔物の群れを相手取るのが難しい。
サラマンダーの群れを相手に上手に立ち回って見せた『剣と盾』のメンバーの戦闘力が加われば今まで以上の群れを相手取れる可能性があるため、南藤は連合パーティーを組む事に賛成したのである。
御淡田が南藤に片手を差し出して握手を求める。
魔力酔いの南藤が億劫そうに手を挙げようとしたため、御淡田は苦笑して握手を止めた。
「どうせ連合パーティーを組むなら、一度ダンジョンの外に出て他のメンバーを募るってのでどうっすか? 魔力強化狙いの修行をする連合パーティーと銘打てば人も集まると思うんで」
本格的に魔力強化を狙って修行をするのなら、簡易テントなどを張って拠点を構築する必要もある。その準備のためにも一度ダンジョンの外に出ようという意見には橙香も賛成だった。
メンバー全員の意見もまとまり、一向は第三階層へのスロープに向かって歩き出す。
「第五階層の情報を先に話しときましょうかね」
「良いんですか?」
「非常に癖のある階層で、準備しておかないと入れないんすよ」
御淡田が言うには、第五階層の環境は水没した巨大洞窟だったという。
くるぶし程度まで水に浸かる場所の他、底が見えないような場所も存在する。
「一番厄介で、探索を断念せざるを得なかったのがサハギンどもの群れなんすよ」
「サハギンって元々群を組む魔物ですよね?」
「数が段チなんすよ。二十体以上の群れで行動してて、四人じゃどうにもならないんでソッコー階層スロープを駆け上がってきたんす」
二十体ものサハギンの群れと聞いて、橙香は眉を顰める。
サハギンは仲間との連携を取る魔物だ。二十体ものサハギンが組織だって行動するとなれば、それはもはや軍隊と言っていい。
「しかも大洞窟なんで、戦闘音を聞きつけた近くのサハギン共が援軍にやってくるんすよ。多勢に無勢って奴で、やってらんないっすよ」
「それで連合パーティーって話になるんですね」
数に対抗するならば、こちらも徒党を組むのが手っ取り早い。
御淡田は頷いて、話を続ける。
「できれば、連合組んでる間に連携の訓練もやって、そのまま第五階層の攻略パーティーって形で連合を継続したいところっすね」
良い話ではある。
いくら単体での戦闘力では他を圧倒する鬼の橙香といえども、数が多ければ手数が足りずに押し負ける可能性があるばかりか、南藤の護衛も難しい。
しかし、相手が二十体のサハギンで増援も考慮するとなれば、『剣と盾』の面々を合わせても焼け石に水だろう。あと十人前後は欲しい所だ。
「第五階層の情報が広まれば、どこのクランも連合チームの結成に動くと思うんで、先手を打って強そうなクランに声を掛けるってことでどうっすか?」
「心当たりはありますか?」
「そうっすねぇ」
御淡田は腕を組んでしばし考えると、指折り数えて幾つかのクランの名前を挙げていく。
「とりま『唐揚げナポリタン』と『フルコレステロール』とかっすかね」
「クラン名ですよね、それ?」
「結構な有名クランっすよ。この間の氾濫だと前線組だったんで、二人は知らないかもっすけど」
わざとふざけた名前を付けるクランはかなり多い。ふざけた名前を付ける事で、自分たちは復讐鬼のチームではない事をアピールしているのだ。
理屈の上では納得できない事もないのだが、橙香としてはやはり首を傾げてしまう。
「他には『空転閣』と『衣紋』あたりっすかね」
「なんかカッコいい名前」
「どっちもどっかの道場が作ったっていうクランっす。バリバリの武闘派クランなんで、頭を使うのは苦手で地図作成も出来ないってことで、どこか別のクランに雇われる形でダンジョンに潜る傭兵みたいなクランっすよ。魔力強化を目的にするなら、この二つのクランを雇った方がお得かもしんないっすね」
異世界貿易機構を通じて直接連絡を取れるらしく、話を通すのは難しくないらしい。
また、傭兵のような活動をするクランというだけあって、今まで雇われてきた実績もあり、素行については心配がいらない点も魅力だという。
日本ではあまり活発ではないとはいえ、異世界人に対する反発もある事から南藤と二人でダンジョンに潜ってきた橙香としても、評判のいいクランは歓迎だ。
ひとまず外に出てからにしようと、一向はダンジョンの外を目指した。