第十三話 第四階層
藻倉ダンジョン第四階層、通称クリスタル洞窟。
南藤と橙香は第三階層で二週間戦い、魔力強化を済ませてからこの第四階層に足を踏み入れた。
メキシコにあるという巨大クリスタル洞窟に似たこの階層は、様々な場所から飛び出した十数メートルの巨大クリスタルを渡りながら進む。クリスタルは白く濁った半透明の物質で、透かして向こうを見る事も出来ないため視界が利かない。
クリスタルを破壊する事もできるが、二十時間ほどで再生成されてしまうらしい。
「たしか、壊してダンジョンの外に持って帰っても消えちゃうんだよね」
成分としては地球上でもさほど珍しい物ではないというから、外に持ち出したところで売れはしないだろう。
橙香はクリスタルを拳で軽くノックして硬さを確かめた後、何を思ったのか腰だめに構えた右拳を高速で突き出した。回転を加えた橙香の小さな拳はまさに目にもとまらぬ速さで繰り出され、巨大なクリスタルにぶつかった瞬間に引き戻される。
クリスタル全体が振動して衝撃が奥へと伝わり、次の瞬間蜘蛛の巣状の亀裂が走り、クリスタルはガラガラと崩壊する。
「強度はそれほどでもないね。鉄塊を振り降ろして足場を崩したりしないように気を付けないと」
橙香は自らの得物を軽く三回振り抜きながら感覚を確かめる。
だが、クリスタルの強度はかなり高い。水晶ほどではないものの、十数メートルもの巨大さを誇るだけあって、間違っても道具も使わずに壊せるものではない。
ひとえに、鬼の膂力のなせる業である。
「それじゃあ出発しようか、芳紀」
橙香が声を掛けると、第三階層へと続く階層スロープの出入り口に立っていた機馬が動き始める。
機馬の上に乗っている南藤は仰向けになって頭上のドローン毬蜂を見上げていた。
天井までの高さは二十メートルを超えているのだろうが、垂れ下がっているクリスタルが十数メートルもあるせいでいまいち高さがつかめない。クリスタルの太さも直径が数メートルあるため、ドローンの操作にも気を使う複雑な場所だ。
複雑に折り重なった柱のようなクリスタルを横目に、奥へと進む。
第四階層には多数の冒険者が潜っているため、階層スロープの周辺にいた魔物は駆逐されてしまっている。おかげで、この立体的な軌道が求められる場所でのドローン操作の練習には良い環境だった。
南藤はドローン毬蜂をクリスタルの向こうへと送り出して死角に魔物が潜んでいないかを確認する。
この階層では巨大なクリスタルが作る死角を利用した魔物たちからの奇襲に警戒すべきだとされている。
特に、水晶カメと呼ばれる魔物が厄介で、甲羅に籠ってクリスタルに擬態している場合が多く、放物線を描く水晶の針を飛ばす魔法を駆使するためクリスタルの向こう側から攻撃してくることもある。
しかし、ドローンにより死角が潰されている南藤たちにとって、水晶カメは動きがとろい美味しい獲物に過ぎない。
南藤が無言で左側にある水晶を指差す。
存在に気付かれた水晶カメがお得意の魔法で飛ばした針状の水晶は、橙香が正面に構えた鉄塊にあっさりと弾き飛ばされる。
自らの攻撃が通じないと分かり、水晶カメは逃げに転じるが鬼の健脚から逃れられるはずもない。
距離を詰められて逃げられない事を悟った水晶カメはせめてもの抵抗に甲羅の中へと引き籠る。
「そうそう、その調子でじっとしててね」
子供をあやすような甘い声で囁きながら、橙香が鉄塊を振り上げ、大上段から打ち下ろす。
水晶カメにとっての最後の防壁はあっさりと打ち砕かれた。のみならず、水晶カメの命は甲羅もろとも粉砕される。
「よし、終わ――」
水晶カメの死骸から血を採取しようとした矢先、仲間のピンチに駆けつけたらしい水晶カメが橙香めがけて降ってきた。
橙香は鉄塊を振り上げて水晶カメを迎撃する。
甲羅だけで直径二メートルの水晶カメはその重量も相応にある。通常ならば、迎撃など選択肢にも存在しないはずだった。
だが、橙香が振り上げた鉄塊は見事に水晶カメを捉え、落ちてきた松ぼっくりでも吹き飛ばす様に水晶カメを真横へ叩き飛ばした。
錐もみ回転しながら宙を飛んだ水晶カメは壁から張り出していたクリスタルに衝突し、クリスタルを砕きながら壁に激突する。派手な音が響き渡り、砕けたクリスタルが散乱する。叩き飛ばされた水晶カメは当然のように甲羅を砕かれて絶命していた。
「あの高さから落ちてくるなんて、芳紀に聞いてなかったら間に合わなかったかも」
呟きながら橙香が頭上を見上げる。
十メートルほどの高さで壁から張り出した巨大クリスタルがある。南藤のドローン索敵により、そのクリスタルの上に水晶カメがいる事は事前に聞かされていたのだ。
てっきり、頭上から水晶の針を飛ばす固定砲台の役割だと思っていただけに、その巨体を生かしたボディープレスには驚いた橙香だった。
「海亀を食べる児童文学ってあったよね」
水晶カメの解体を始めながら橙香が題名を思い出そうとする。
霊界から日本に移住してきてからすぐに南藤と知り合い、漫画やゲームの他、小説なども共有してきたこともあり、南藤に聞けば大概の題名は教えてくれる。
しかし、魔力酔いの影響で思考が鈍っているらしい南藤はピクリとも動かない。
いや、よく見れば両手と片足をかろうじてあげている。何を伝えようとしているのかを考えるか、それとも自力で思い出すか、どちらが正解により近いのだろうか。
「十五少年漂流記だっけ?」
両手と片足の指の数から連想した数字からさらに連想して題名に辿り着いた橙香である。傍目には如何なる情報のやり取りがあったか分からない以心伝心振りを見せながら、橙香はそれを当然のことと誇る事もない。
「浦島太郎って異世界に行って帰って来たのかな」
ウミガメから連想したらしい橙香は首を傾げる。
霊界からやってきたと思われる鬼や天狗、雪女の伝承が残る日本と同様、霊界にも日本からやって来たらしい侍が活躍する伝承がある。ダンジョンが出現する以前から、異世界を渡る何らかの手段や現象があったのだろう。
しかしながら、橙香が知る限り浦島太郎に類似する物語はない。
乙山ダンジョンの先に存在した有翼人の住む天空世界のように、霊界の他にもさまざまな世界があるのならば、浦島太郎が行ったかもしれない竜宮城のある世界はどんなところなのか。
「やっぱり海の底にある世界なのかな。空の上に島が浮いてる世界があるくらいだし、あってもおかしくないよね。海底世界」
いけるかはまた別問題だけど、と橙香は話を終えて、血を浴びせた鉄塊を持ち上げる。
「いまどの辺り?」
南藤に問いかけると、地図が表示されたスマホが掲げられる。出発地点である階層スロープからすでに三十キロほど進んでいた。
予想よりもずいぶん遠くまで来ていた事に橙香は驚いたが、ここまで魔物にあまり出くわさなかったのが原因だろう。
しかし、他の冒険者とすれ違った覚えもないため、橙香は辺りを見回して戦闘の痕跡を探しながら歩き始めた。
「あ、ここのクリスタル、変なひびが入ってる」
橙香が見つけたひびは小さなものだった。人による物か、魔物によるものかは分からないものの、ひびの入ったクリスタルの周囲を探していけばそれらしい戦闘痕がそこかしこに見つけられた。
やはり、この辺りで魔物を狩っている冒険者がいるのだろう。
「芳紀、この辺りって未踏破領域?」
地図の販売されている範囲内であれば冒険者がいるのも仕方がないと思っての橙香の質問に、南藤は首を縦に振った。
「ならもうちょっと先まで行こうよ。ここにいると他の人と魔物の取り合いになっちゃいそうだし」
今まで魔物にほとんど出会わなかった事を考えると、この辺りで魔物を狩っている人物はかなり戦闘に長けた冒険者だろう。
このまま取り合いになっても益はないため、橙香は奥に狩場を移すつもりだった。
「芳紀、そろそろ第四階層の魔力濃度に慣れてきた?」
冒険者と鉢合わせにならないようにドローンを先行させながら進みつつ、橙香は南藤の顔色を見る。
相変わらずの青い顔ではあるが、第四階層に入った直後は土気色だったことを思うと、ここまでくる間に魔力濃度に体が慣れてきたのは間違いないようだ。
ドローンも戦闘機動を取らせない限りであれば二機目を飛ばせるとの事である。
奥へ奥へと進みながら、橙香は以前インターネットで見た予想を思い出す。
「藻倉ダンジョンのボスが第六階層だろうって言われてるんだよね」
魔力濃度が高く三回もの氾濫を起こしたダンジョンの階層数としてはかなり少ない予想らしい。
橙香が閲覧した検証サイトによると、ダンジョンは各階層の広さや魔物の大きさ、魔法を使用する魔物の種類といった幾つかの情報をまとめて構成要素と呼んでいた。
この構成要素はダンジョンが有する魔力量により限界があるらしく、ダンジョンが有する魔力量は各階層の魔力濃度からおおよその値が求められるという。
あくまでも推測でしかないためずれる可能性も大きいとの事だが、橙香が紹介したそのサイトに魔力酔いの影響を受けていない南藤が納得の表情を浮かべていたため、橙香にとっては真実だった。
そんなサイトが検証結果から日本各地の未攻略ダンジョンの最終階層を予想しており、藻倉ダンジョンの最終階層は第六階層だと書かれている。
これには、判明している各階層が非常に広く、何より魔物の大半が魔法を使用する点が挙げられていた。
南藤が理に適っていると納得した要素は、この魔法を使用する魔物の存在だ。
魔法を使用すれば魔力濃度が下がる。魔物に魔法を使用させるには魔力濃度を一定以上に保たねばならず、魔力の補給方法として外の生物を攫ってくるダンジョンの特性を考えても無尽蔵に魔力を作り出して濃度を保つ手段はないはずなのだ。出現から魔物を生み出せるまで成長するよう何らかの魔力供給は受けていても、自転車操業になるからこそ外部から生物を連れ込んで魔力に変化させている。
つまり、魔力濃度を保つために一定のストックは用意していると考えられる。
また、ダンジョンの壁などは破壊できるが、再生成される。仕組みが不明だが、その再生成の速度や外に持ち出すと消えるなどの特徴を考えると魔力で出来ている可能性が高い。
つまり、ダンジョン内を爆破して地形を破壊し続ければ魔力濃度を下げてダンジョンを機能停止に追い込めるのでは、とも考えられるが個人では不可能だろう。
個人サイトの検証だけあって国や異世界貿易機構が動く様子もないことから、今後もダンジョン攻略は命がけになる。
――などと講釈を垂れていた南藤は現在魔力酔いで見る影もない。
「吐き、そう」
「分かった。芳紀、機馬から降りるの手伝おうか?」
のろのろと降りようとしていた南藤に手を貸して、橙香は南藤を機馬から降ろすと、口をすすぐための水を用意する。
慣れた様子で水を用意していた橙香だったが、ふと南藤が吐き気を堪えながらドローンの操作に集中している事に気が付いた。
「芳紀、どうかしたの?」
「あっち」
南藤の視線を追って橙香が目を向ければ、ドローン毬蜂に先導されて走ってくる四人組のクランが見えた。
「吐き気を堪えてまで人助けなんて、流石は芳紀だね」
四人組の後ろから走ってくるサラマンダーと水晶カメの群れを見た橙香は南藤を褒めて、鉄塊を担いで走り出す。
「水晶カメをお願いします!」
四人組の武装では水晶カメの相手をするのが難しかったのだろう。四人組の一人が橙香の鉄塊を見て水晶カメを任せ、逃げてきた方向へ反転してサラマンダーを引きつけにかかる。
藻倉ダンジョンの最前線である第四階層に来ているだけあって、四人組はかなりの腕前だ。九体ほどいたサラマンダーがすぐにその数を減らしていく。
しかし、その横で水晶カメ七体をドローン毬蜂と共に蹴散らす橙香の方が派手だった。
甲羅の下に爪先を突き入れるなり思い切り蹴り上げて水晶カメの巨体をひっくり返すと、鉄塊を横にフルスイングして逆さにした水晶カメをピンボールのように弾き飛ばし、別の水晶カメにぶち当てていく。隙を見つけては別の水晶カメをひっくり返して鉄塊で弾き飛ばす。
弾き飛ばされて仲間の水晶カメとぶつかり、動きが停まった水晶カメが顔を出して体を元に戻そうとした矢先、死角から飛んできたドローン毬蜂のパイルバンカーが炸裂する。
水晶カメも無抵抗にひっくり返されて弾き飛ばされているわけではなく、水晶の針を飛ばす魔法で応戦しているのだが、橙香は巧みに別の水晶カメを射線上に置いて壁にしていた。
サラマンダーならば複数で炎を吐いて水晶カメごと焼けるかもしれない。だが、四人組の猛攻に数を減らされて橙香にまで攻撃を加える余裕はないようだ。
追われていたのが嘘のようにすぐに魔物を殲滅し、四人組は安堵の息を吐いた後で橙香と南藤に頭を下げた。




