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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第二章 藻倉ダンジョン

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第十一話 藻倉ダンジョン第三回氾濫三

 クラン『鞍馬』は霊界から来訪していた天狗たちを主軸とした、氾濫鎮圧が主任務のクランである。

 その性質上、日本各地で様々なダンジョンの氾濫鎮圧に参加し、実績を上げてきた。

 元々は霊界に存在する天狗たちの剣術道場から、日本へ交流試合のために来ていた彼らは天狗の中でもひときわ武芸に優れ、その黒い翼で宙を飛び回りながら振るう大太刀は数多の魔物を屠ってきた。

 藻倉ダンジョン第三回氾濫においても、彼らの戦果は際立っていたが、鰭モグラによる坑道戦術で後方を突かれた事に端を発した劣勢を覆せるほどではなかった。


『後方組の冒険者はどうなっている?』

『分からない。だが、統制がとれ始めている』


 前線冒険者の指揮を執っている異世界貿易機構の職員に無線で言い返し、クラン『鞍馬』の青年、法徳は後ろを振り返る。

 自由に空を飛ぶことのできる天狗たちは、空から戦場を俯瞰して得た情報を円滑に司令部へ伝達できるように専用回線を持つなど、いくらかの優遇処置がとられている。それだけ重要度の高い情報をやり取りできると判断されており、実際その認識は正しい。

 だが、法徳自身が己が眼で見た光景を信じられず、指揮官にせっつかれるまで無線機を取れなかった。


「一体、どうやってあの状況から持ち直したのだ……」


 法徳は後方組左翼冒険者の動きを観察する。

 後方組の冒険者は完全に崩壊し、乱戦状態にあった上、魔法を用いる魔物たちに包囲を受けていた。指令所のあった中央部が大穴の中に消えてからの動きは現場の混乱が目に見えるようで、法徳は何度救援に駆けつけようと思ったかしれない。

 もっとも、後方組が崩壊した事で法徳のいる前線組も前後から挟撃されており、とてもではないが救援に行く余裕などなかった。

 法徳は大太刀を横に振り抜き、音波コウモリを斬り殺しざまに翼をはばたかせて高度を上げ、上から狙っていた攪乱コウモリを両断する。

 舞うような動きで大太刀を振るってコウモリ型魔物を次々と斬りながら、法徳は後方組を見ていた。


「法徳、余所見をするな。後方の憂いを絶てと指揮官が仰せだ」


 同期の天狗に声を掛けられ、法徳はクランメンバーを集めるよう指示を出す。

 後方組の冒険者が連携を取り戻したことから、前線組の後方を突いている魔物の群れを撃破して退路を確保する作戦である。

 この作戦が成功すれば正面に集中できるようになるため、氾濫の終結もすぐだろう。

 集まった天狗たちと視線を交わし、法徳を先頭にした『鞍馬』の面々は空から魔物の群れに強襲を掛ける。

 古来より天狗たちが得意としている空からの強襲は魔物の群れの中央に一瞬で死骸の山を築き上げた。


「コウモリ共が少ないな」

「我々があらかた始末しているからな。だが、水晶カメは厄介だ。刃が通らん」

「岩斬であれば構わずに斬れるようだがな」


 高空から翼を畳んで急降下しながら大太刀を大上段から振り降ろす、天狗の剣術岩斬。本来は名前通りに岩を斬れる剣術ではなく、斬ろうとすれば確実に太刀が折れるのだが、魔力強化した法徳たちの大太刀は水晶カメの両断を可能としていた。

 もっとも、高空から重力加速に任せて一撃を加える技であるため、振り降ろした後はどうしても隙ができる。天狗たちが一同揃って行うわけにはいかなかった。


「カメは後に回せ。トカゲを斬るぞ」

「サラマンダーとかいうオオトカゲか。西洋かぶれの魔物めが」


 それは少し違うのではないか、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、法徳が再び空へと飛びあがった直後、地面にいた水晶カメが吹き飛んだ。


「――なんだ!?」


 動揺しながらもすぐさま上空へと逃げた天狗たちが地上を見下ろす。

 そこでは小柄な鬼が暴れていた。


「あれはたしか、後方組の……?」


 二メートルもの鉄塊を振り回す小柄な鬼、橙香の姿。

 霊界出身の天狗である法徳は鬼の膂力を知っているため、アンバランスな橙香とその得物については驚く事もないが、後方組で要介護指定を受けていそうな青年の隣にいた彼女がなぜこんな場所にいるのかは疑問に思った。


「まさか、後方組が崩壊したさいに、枷となっていたあの青年が戦死したか」


 さもありなん。であれば、あれは文字通りの復讐鬼という事だ、そう法徳が憐れんだその瞬間、空の上からコウモリ型魔物が十羽ほどばらばらと落下してきた。

 はっとして空を見上げれば、そこでは空中戦を演じる球体ドローンが一機。搭載されたエアガンでコウモリを立て続けに撃ち落としている。その命中率は九割を超え、動きの速いコウモリたちに抵抗の余地を与えていない。

 天狗二人が暴れるのにも匹敵するだろう戦闘能力だった。


「――クラン『鞍馬』の天狗か?」


 地上からの呼びかけに、法徳は魔物の群れを見下ろして声の主を探す。

 声の主はすぐに見つかった。六脚の大型機械でサラマンダーや豆ミミズを轢殺しながら、目まぐるしい指の動きでコントローラーを操作する青年だ。


「お前は、あの時の?」

「あぁ、使えなさそうな男、だ。まぁ、俺は別に何と評価されても良かったんだが」


 面倒臭そうに言って、肩を竦める青年のすぐそばを飛び回る二機のドローンが並み居る魔物を次々と殺していく。

 水晶の甲羅の中に引っ込んだ水晶カメの頭部へ杭を撃ち込んだり、連携を取って襲い掛かったサハギンにテーザー銃を撃ち込み感電させたり、六脚機械の脚で突き出された三又槍を弾き飛ばす。

 青年がその手に持つコントローラーで動かしているのは明白だというのに、法徳にはどうやって同時に動かしているか理解できない。

 そんな法徳の疑問を知ってか知らずか、青年は肩を竦める。


「俺が舐められっぱなしなのは納得いかないと、橙香が聞かなくてな。魔力濃度も下がったし、前線組の退路確保の任務もあったからこうして足を延ばしたってわけだ。俺は南藤芳紀、よろしく」


 戦場のど真ん中だというのに、それも法徳とは違って魔物が群れを成している地上にいるというのに、南藤は片手をあげて軽く挨拶をしてくる。


「まぁ、それだけ。お互い頑張ろう」


 本当に、南藤には思うところがないのだろう。使えなさそうな男呼ばわりされた事への抗議一つなく、南藤は橙香に声を掛けると魔物の群れの殲滅を開始した。

 魔物の群れを苦も無く割って進む南藤と橙香を見送って、法徳はため息を吐く。


「見かけで判断する傲慢さは直すべき悪癖か。しかし、あれは想像がつかんよ」



 藻倉ダンジョン第三回氾濫は発生から実に二十時間、死者行方不明者を百人以上出して終結した。

 犠牲者のほとんどが冒険者であり、異世界貿易機構の作戦について疑問視する声も聞こえてきている。

 氾濫を起こした直後という事もあり、藻倉ダンジョンの周辺の魔力濃度は急激に低下した状態となり、冒険者たちは後片付けに追われていた。


「自衛隊が防衛していた早田市の方は被害軽微だとさ」

「まぁ、あそこまでは魔物もほとんど辿り着いてないだろうし、当然じゃね」


 冒険者たちが話しながら、鰭モグラが作った地下道内を探索している。

 実際は、魔物の死骸が魔力となって消失するため分かりにくいだけで早田市にも多数の魔物が押し寄せていた。被害が最小限に食い止められたのは事前に民間人の避難が完了していた事と、自衛隊の実力によるところが大きい。

 それでも、一時は魔物に包囲され、孤立した冒険者たちからは救援に駆けつけなかった自衛隊への不満の声も大きかった。

 仲間を亡くした冒険者たちにとって割り切れるものではないのだろう。自衛隊員の中には、自分たちが憎まれ役であると割り切っている者がいるのが悲しい所だ。

 事実関係を考慮しないそんな批判にさらされているのは何も自衛隊だけではなかった。


「後方組を立て直したキノコ狩りさ。なんでいきなり指揮取り始めたわけ?」


 破壊された魔力強化品の欠片を集めながら冒険者の一人が言う。

 魔力強化品らしいキックボードに段ボール箱を乗せて即席の荷車代わりに使っていた冒険者が応じる。


「立て直したのは事実だけど、何の権限もないのにな」

「ていうか、魔力酔いとか嘘だろ。絶対、他の冒険者が死ぬの待ってたんだよ」


 吐き捨てるように誰かが言うと、キックボードに段ボール箱を固定しながら、冒険者は笑う。


「あぁ、その話、オレも聞いた。劣勢になったら唐突に元気になり始めて面食らったって」

「英雄願望とかかね。なんにしろ、やれるなら最初からやれっての」

「そもそも、魔力酔いなのに冒険者やってるって話が嘘臭ぇ。設定練り直して来いよって感じ」

「言えてる。魔力酔いの癖に今までどうやってダンジョンに潜ってたんだよってなるよな」


 ――と笑われている事も知らず、南藤は早田市の市役所前に来ていた。

 もうほとんど使われていないこの市役所は現在、二時間ほどで飾り付けられた簡易のステージが出来上がっている。

 南藤はスーツを着て、そんな簡易ステージの横に橙香と共に立っていた。


「表彰式って言われてもなぁ」


 南藤は市役所の大時計の下に掲げられている魔力濃度計測器を気にしつつ呟く。


「最初の方とか、俺は役立たずだったんだけど」

「南藤さんがいなければ全滅していた可能性が高いですから、おとなしく表彰されてください」

杷木儀はきぎさん、それって表彰する側の言葉としてありなんですか?」

「部署が違いますので」

「その逃げ口上はなんかずるくありません?」


 南藤の指摘を柳に風といった様子で受け流した杷木儀は話を変える。


「南藤さん、今後は気を付けてくださいね」

「何にですか?」

「今回の件で南藤さんにはアンチが発生してます。まぁ、有象無象はどうでもいいのですが、アンチが発生するほど有名になった以上、良くも悪くも注目を集めているんです」

「裏ギルドって奴ですか。都市伝説じゃないんですか?」

「立場上、言えない事もあるんですよ」


 その言い回しでは裏ギルドの存在を認めたようなものではないのか、と南藤は思う。

 以前聞いたアンデッドの話を思い出しながら、南藤は表彰台の奥にある献花台を見る。

 おあつらえ向きに、死者も行方不明者も多数出ている。



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