第九話 藻倉ダンジョン第三回氾濫一
「こういうのって自衛隊が前に出そうなものだけど、なんで冒険者が前線なんだろうね?」
橙香は機馬の上の南藤に問いかける。
今朝方、指定区画全域に響くサイレンに叩き起こされて、橙香たちは持ち場に急いでやってきていた。
いよいよ氾濫が起きるとの事で、橙香や南藤と同じく後方に配置された冒険者たちも緊張の面持ちで周囲の警戒に当たっていた。
藻倉ダンジョンの出入り口が見える前線部隊と異なり、橙香たちのいる後方部隊は普段から駐車場として使われていた戦場予定地の後ろ側、早田市との境に広く浅く展開している。これは、前線部隊がとり逃した魔物を始末する役目を負うからで、コウモリ型魔物を警戒した遠距離攻撃の手段を持つ冒険者が多く配属されている。
橙香が疑問に感じた自衛隊の配置はさらに後方、早田市内に展開していた。
「――彼奴らは退路の確保を行っておる。我ら冒険者の敗走の折りには殿となって戦い抜く強者どもよ」
橙香の疑問に答えた声は南藤ではなく、空から降ってきた。
見上げれば、空に羽ばたく黒い翼の持ち主がずらりと二十人浮かんでいた。
「天狗?」
「如何にも。故郷を同じくする者がいると聞き顔を見に来たのだが、まさか鬼の娘とはな。地上は安泰か」
橙香に答えたのは山伏のような格好をした天狗の若者だ。顔は天狗面で隠されているが、その立ち居振る舞いには年齢に反して威厳が備わっている。
自身の身長ほどもある大太刀を引っさげた天狗たちは空に浮かんでいる事もあって周囲からの注目を集めていた。当の天狗たちは好奇の視線を受けようとも威風堂々としている。
天狗の若者が機馬の上に寝転がっている南藤を見る。
「その使えなさそうな男は何だ?」
「芳紀は凄くできる子だよ」
「おい、鬼の小娘。まさか鬼の悪癖で戦の前に酒を飲んだか?」
「まだギリギリ未成年だから飲めないんだよ」
「素面でその男を頼るのか。なおのこと度し難い」
呆れたように首を振り、天狗の若者は南藤をしばし観察した後、やはり首を横に振った。
天狗の若者の態度にむっとした橙香だが、確かに今の南藤は実力の数パーセントも発揮できない状態だ。なにを言っても信じてはもらえないだろう。
「戦場から遠ざけるが筋と思うがな」
「ボクが全力で守るもん」
「鬼が我ら天狗よりなお傲慢とは……。まぁ、よい。せいぜい死なぬようにすることだ。我らとて、故郷の話ができる者が減るのは忍びない」
それだけ言って天狗の若者が仲間たちに腕を振って合図すると、二十人の天狗たちは一斉に前線へと飛んで行った。雁の群れのような隊列は一糸乱れる事もなく、その錬度の高さを示している。我が物顔で空を飛ぶさまはその高慢さも示していた。
「うぁ」
「芳紀、目が覚めた?」
南藤の顔を覗き込むと、意外にも焦点はしっかりしているようだった。呂律が回らないのは相変わらずだったが、ドローンを飛ばすくらいの事は出来るだろう。
くすくすと笑う声が聞こえてきて橙香が視線を向ければ、南藤を見て笑っていたらしい冒険者の何人かがにやにやと小馬鹿にするような笑みを向けてきた。
絶対に見返してやる、橙香がそう考えた時、南藤がコントローラーを操作したのか、ドローン毬蜂がふわりと浮きあがる。
比較的安定した姿勢を維持しているが、南藤が操縦するドローンの動きを見慣れている橙香には本調子ではないのが一目瞭然だった。
それでも徐々に高度を上げて行った毬蜂は橙香たち後方の冒険者部隊を観察するようにぐるりとカメラレンズを一巡させる。その真下では南藤がスマホ画面を見つめていた。どうやら、冒険者たちの装備品を記憶しているらしい。
「始まらないなぁ」
「魔力濃度的にはいつ氾濫が起きてもおかしくないって話だけどね」
冒険者たちが訝しむように藻倉ダンジョンの方を見る。やや遠くに見える前線の冒険者たちも警戒するように武器を構えているだけで、戦闘が始まっている様子はない。
前線の上空を飛んでいる天狗たちも大太刀を肩に担ぐように構えたままだ。
三十分、一時間、二時間と何事もないまま時間が過ぎていく。元々、軍隊のような規律ある集団戦闘を経験している冒険者が少ない事もあり、段々と緊張感が薄れてきていた。
前線配置されている冒険者は未だに緊張感を維持しているようだが、後方組の冒険者はトイレ休憩などを挟むたびに隊列が乱れ始めていた。
異世界貿易機構の職員が冒険者たちの間を走り回って隊列を修正し始める。
橙香は鉄塊を地面に突き立てて、それにもたれかかる形で戦闘に備えていた。
「芳紀、具合は大丈夫?」
「あぁ」
「呂律が回るようになってる?」
「わりと」
南藤の魔力酔いが緩和されつつあるという事は、周囲の魔力濃度が下がっているという事だ。
何故、と橙香が周囲を見回したのと、前線で戦闘開始を告げるサイレンが鳴ったのは同時だった。
いよいよ始まった、と後方組の冒険者たちも戦闘に備えようとした直前、早田市の方角で銃声がいくつも轟いた。
「え!?」
「なんで後ろから銃声!?」
氾濫は始まったばかりでまだ魔物は前線の部隊が食い止めているはず、そう油断していた後方組の冒険者たちは武器を向ける方角を前と後ろのどちらにすべきかで浮足立つ。
しかし、自分たちが魔物の姿を見ていない以上、後方に魔物が出てくるはずがない。そう思い直して、冒険者たちは藻倉ダンジョンの方角へ武器を構える。
橙香も同様に鉄塊を肩に担いで藻倉ダンジョンに体を向けようとして、南藤を乗せた機馬の姿勢が変わっている事に気が付いた。
六本足で立っていたはずの機馬が、なぜか地面に腹ばいになっているのだ。
「芳紀、どうかしたの?」
声を掛けるが、南藤は眉を顰めて機馬の上に寝そべっている。
しかし、南藤は何かを感じ取ったのかスマホを持ち上げて画面を橙香に見せた。
「坑道戦……みんな!」
南藤が伝えたいことに気付いた橙香が周囲へ呼びかけようとした瞬間、突如として周囲の地面が陥没し、無数のコウモリ型魔物飛び出した。
橙香は土煙の中に顔だけ出した鰭モグラを見つけ、奇襲された事を知る。
藻倉ダンジョンの入り口からここまで穴を掘られたのだ。早田市の自衛隊もこの奇襲を受けて戦闘を開始したのだろう。
「挟まれてるぞ!」
どこかで冒険者が叫ぶ。
後方組の前後に開かれたいくつもの穴からコウモリ型魔物が飛び出し、さらにサハギンがぞろぞろと現れて隊列を組み始める。
穴から飛び立ったコウモリの大半は前線へと飛んで行った。飛び道具を多く持つ後方組の冒険者を相手にするよりも前線の冒険者の方がくみしやすいと本能的に理解しているのだろう。後方組との連携が途絶えた前線組は前後から挟み撃ちにされたばかりか、音波コウモリの魔法で大苦戦を強いられると簡単に想像できる。
しかし、後方組の冒険者に前線への救援に向かう余裕はない。
隊列を組んだサハギンはあっという間に百を数え、巨大な鱗で出来た盾を構えて後方組へとじりじり近付いてきていた。
今はまだ牽制の遠距離攻撃を加えながら上空を飛ぶ音波コウモリ、攪乱コウモリを撃ち落としていられるが、距離が狭まればサハギンたちになだれ込まれて戦線は崩壊する。後方組は近接戦を行える武装を持った冒険者が少ないため、サハギンを相手にするのは骨が折れるだろう。
「これはまずいんじゃないかなぁ」
橙香は呟きながら、全力で石をサハギンへ投げつける。距離があるためサハギンは盾を構えて防ごうとするが、回転をかけられた石は右へと大きく曲がりながら別のサハギンの側頭部へ着弾し、即死させる。
一撃必殺ではあるものの、石の数はそう多くない。
頭上を見上げれば、ほとんど数が減っていないコウモリ型魔物の群れが大騒ぎになっていた。南藤のドローン毬蜂が素早い機動で攪乱しているようだ。しかし、攻撃に転じる余裕まではないのか、パイルバンカーを起動する様子はない。
横を見れば、南藤は戦闘中だというのに嘔吐していた。毬蜂の素早い機動を一人称視点で映し出すスマホ画面のせいで酔ったらしい。
魔力酔いの影響ですでに三半規管が狂っている事もあり、南藤に向けて音波魔法を放った攪乱コウモリは不思議そうに様子を見ている。
『――後方組、応答しろ。どうなってる?』
無線機から前線の苦境を伝える声が聞こえてくるが、後方組から応答する音声はない。
橙香が後方組中央を見てみれば、サハギンの群れに突撃されているところだった。人の波に遮られて見えないが、後方組は左右に分断されたらしい。
中央には異世界貿易機構の職員たちによる指揮所があるはずだが、無線に応答がないという事は制圧されたのだろうか。
自衛隊が早田市内の魔物を殲滅してくれれば救援に来てくれる可能性もあるが、それまで粘れるとも思えない。
駆けてくる足音が聞こえて視線を向ければ、クラン『藻倉遠足隊』の四人がサハギンに追われているところだった。
「芳紀、あれ!」
橙香が指差すより先に、南藤が操るドローン毬蜂が失速して落ちてくる。代わりに飛び立ったのはエアガンを搭載したドローン団子弓だ。
パンッと乾いた音がすると、『藻倉遠足隊』を追いかけていたサハギンの一体が足をもつれさせて転ぶ。粘着弾を踏みつけて足を取られたらしい。
「米沖さんたち、こっち!」
橙香が手を振って呼ぶ。
方向を転換して走ってきた『藻倉遠足隊』は機馬を背中側の盾として追いかけてきたサハギンに向き直り、逆襲を開始する。
「散々追い掛け回してくれやがって!」
米沖が木刀を腰だめに構えて疾走し、サハギンへ正面から打ち込む。サハギンが構えた盾に木刀を押し付けるようにして米沖が動きを封じたサハギンに、裁ちばさみを握った古村が側面から仕掛けて眼球に突き刺した。
サハギンの力が緩むと同時に米沖は盾ごとサハギンを蹴り飛ばす。
「残り二体――」
「せいっ!」
米沖が自らを叱咤するように追いかけてきていたサハギンに目をやるのと、橙香が鉄塊を振り抜いてサハギンを盾もろとも粉砕するのは同時だった。
米沖は構えていた木刀を下ろし、周囲を見る。
「ひとまず助かったかな?」
「寿命が三十分伸びたくらいに思っておきましょう」
米沖に悲観的な答えを返した古村が肩で息をしながら足元を確かめるように地面を踏みつけて硬さを確かめる。
サハギンの盾の欠片を空を飛ぶコウモリたちへ投げつけながら、橙香は米沖に声を掛けた。
「中央にいたはずですよね?」
「あぁ、左右のどちらかに合流しろって命令を受けてね。中央は完全に崩壊してる。鰭モグラが陣のど真ん中に大穴開けてくれて、内側から破壊されたよ」
それで地面の硬さを確かめていたのか、と橙香は古村をちらりと見る。
「中央にあった司令部は地面に陥没しました。職員は無事ですが、穴が深くて出てこれず、無線も通りません。後方組の冒険者は各自の判断で持ち場を死守するように伝達しろと言われて、自分らもここまで走って来たんです」
「死守ですか。どのみち逃げ場もないですけど」
橙香は戦場を見回して肩を竦める。
冒険者の人垣を越えた先には包囲網を敷くサハギン。上空には未だにコウモリ型魔物が飛び回っている。どうやら、冒険者たちに外側から三半規管を狂わせる音波魔法を浴びせて防御を徐々に崩しているらしい。
前線はどうなっているのか分からないが、コウモリの間を飛び回る天狗の姿がある以上ギリギリで持ちこたえていると祈るほかない。
古村が油断なく武器を構えながら、ため息を吐く。
「もはや組織的な抵抗は無理でしょうね。負傷者も多い。指揮を執れる立場の人間もいないですし」
「そもそも、各所の戦況を誰も知らないっしょ。無線も絶賛混乱中」
米沖が腰につけた無線機を指先で叩く。聞こえてくる音声は救援を求める声や負傷者の発生、戦況に関する問い合わせばかりで、質問に答える声も統率しようとする声もない。
橙香は南藤を見た。戦況については上空からドローンで情報を得る事が出来る南藤が現状で最も詳しいはずだ。
「……って、芳紀?」
南藤がスマホを掲げていた。土気色の顔に焦ったような表情が浮かんでいる。
何か致命的な事態が発生したのだとすぐに気付いて、橙香は南藤のスマホ画面に目を凝らす。
「なに、これ」
橙香のみならず、古村たちもドローン毬蜂が撮影しているらしい映像に絶句する。
スマホの小さな画面には、鰭モグラが開けた穴からあふれ出す、透き通った甲羅の亀、水晶カメと火を吹く巨大なトカゲ、サラマンダーの群れが映し出されていた。
「これ、この間発見されたっていう第三階層の魔物?」
橙香の質問に南藤は静かに頷く。
「ば、場所は?」
余裕を失った声で古村が訊ねると、南藤はスマホを操作して地図を映し出す。
後方組のさらに後ろ、早田市との境が撮影現場らしい。
『前線より連絡。第三階層魔物が大量出現。撤退援護を。繰り返す、撤退援護を』
無線機からの声に、橙香たちは顔を見合わせる。
冒険者の持ち場全体が完全に挟み撃ちにされている。後方組は包囲されて組織戦が出来ない状態。前線は組織力を維持しているようだが、独力で下がるだけの余力がない。
「自衛隊は?」
「銃声が微かに聞こえる。まだ戦闘中だと思う」
「文字通り、冒険者が全滅するぞ、これ」
流石に青い顔をした米沖がそう呟いた時、周囲の冒険者が悲鳴を上げた。
驚いて目を向ければ、サハギンの群れが盾を構えて突撃してきていた。
「みんな、芳紀をお願い。ボクはあれを食い止めてくる」
鉄塊を構えた橙香は米沖たちに南藤の護衛を任せてサハギンの群れへと走り出す。
壊乱する冒険者の間をすり抜けた橙香は鉄塊をサハギンに正面から叩きつけた。
木の葉のようにサハギンが宙を舞う。その向こうに、丸々と太ったミミズの姿を見つけ、橙香は足を止めた。
直後、ミミズから石つぶてが飛んでくる。
鉄塊で石を打ち返し、迫ってきていたサハギンを頭から叩き潰す。
現状、最も厄介なのは知能に優れて集団行動を行うサハギンだ。
サハギンたちも乱入してきた橙香が無視できなくなったのか、盾を構えて距離を保ちながら包囲しようと動き始める。
橙香は地面を強く蹴って前に飛び出し、サハギンとの距離を一瞬で詰めた。突き出される三又槍は正面に構えた鉄塊を盾代わりにして弾き飛ばし、そのままの勢いで突進する。
橙香自身の体重は軽くとも、鉄塊の重量は五百キロを超えている。まともに衝突したサハギンは容易く吹き飛ばされた。
右足で地面を捉えて急制動を掛けた橙香は鉄塊を真横へ振り抜く。ミミズ型魔物が機を窺って放った石つぶてを鉄塊で打ち返し、そのまま勢いに任せてサハギンを薙ぎ払う。
橙香がサハギンを食い止めた事で体勢を立て直す余裕を持った冒険者たちがクランごとに隊列を組み直して応戦を開始した。
戦線復帰した冒険者たちと共にサハギンを処理していた橙香だったが、サハギンの群れの奥にちらつく赤い炎に気が付き、咄嗟にサハギンの隊列を盾にする。
直後、橙香の視界を鮮烈な赤が覆った。
肉の焼ける匂いが立ち込め、火だるまになったサハギンと冒険者が奇怪な踊りを舞う。
焼け焦げて倒れ伏したサハギンの隊列の奥に口から煙を漂わせている巨大なトカゲの姿がいくつもあった。
藻倉ダンジョン第三階層で確認された新種の魔物、サラマンダーだ。
サハギンと冒険者を燃やした炎はサラマンダーが十体ほどで協力して放ったらしい。
「あの距離から火が届くんだ……」
距離にして二百メートルほどだろうか。橙香であれば一気に詰める事の出来る距離だが、人間の冒険者では難しい。
飛び込むべきか橙香が悩んでいると、サラマンダーの一体が口を閉じて頬を膨らませながら走り出した。薄い皮膜が張ったような頬袋は膨らむと半透明となり、内部に蓄えられた熱量を反映するように光り出す。
また火炎放射が来ると直感した橙香は鉄塊を地面に深く突き刺し、サラマンダーを睨んだ。
五十メートルほどまで接近したサラマンダーが四肢の爪を地面に食い込ませて反動に備え、蓄えた炎を勢い良く噴いた。燃え盛る炎が勢いのままに橙香へと向かう。
だが、橙香は冷静に鉄塊を振り上げた。大質量の鉄塊が風を巻き、同時に地面を大きく抉って正面に土くれの壁を作り出す。
土くれの壁に衝突した炎はその火勢を周囲へ散らし、橙香には火の粉ひとつ届かない。それどころか、熱せられた土くれの壁はサラマンダーを呑みこむように殺到する。
慌てた様子でサラマンダーが後ずさるが、すでに事態は致命的な状況にあった。
土くれの壁の中から鉄塊を振り上げた橙香が現れる。
「一体目!」
橙香が叩きつけた鉄塊はサラマンダーを圧殺し、地面に赤い染みを残す。しかし、染みは直後に橙香が振り上げた鉄塊の影響で土ごと周囲へ巻き散らかされ、別のサラマンダーが放った火炎に焼かれて黒く焦げた。
「二体目!」
火炎放射を巻き上げた地面の土で防ぐという膂力に任せた攻略法で、橙香はサラマンダーを完封する。
だが、冒険者たちはサラマンダーの火炎放射で大火傷を負い、戦線が崩壊していた。
橙香のいる場所だけではなく、後方組冒険者の作る防衛線のあちこちから火の手が上がっては消えていた。
鋭く尖った、長さ一メートルほどの水晶が空に打ち上がっている場所もある。水晶カメと呼ばれる魔物の魔法だろう。
サラマンダーや水晶カメが開けた防衛線の穴から進入したサハギンが乱戦を形成し始めている。
そろそろ戻らなくては、南藤も乱戦に巻き込まれてしまうだろう。いくら『藻倉遠足隊』が護衛についていても、一向に数を減らさない魔物が相手では呑み込まれてしまう。
橙香は鉄塊を腰だめに構えて南藤の元へ取って返そうとし、視界に飛び込んできた光景に目を見開く。
南藤がいるはずの場所で、火柱が高く燃え上がっていた。
「芳紀!」
胸を締め付けられるような焦燥感に押されるように、橙香が駆け出そうとしたその時、腰に提げている無線機からはっきりとした声が聞こえてきた。
『――状況把握。これより戦線を立て直す』