第七話 遭難者
南藤は藻倉ダンジョンへと向かう機馬の上で胡坐を組み、こめかみに人差し指を当てて考え込んでいた。
二つのクランからなる連合パーティーの冒険者登録証を遺留品として提出してから早四日。南藤のドローンによる録画記録などのアリバイ証明もあり、嫌疑はかかっていない。
クラン『不動闇王』が見たという犠牲者の姿も現在は見間違いという事で片付けられている。
だが、南藤には一つ気がかりがあった。
藻倉ダンジョンの駐車場を調べてみたところ、停まっている車の配置次第では防犯カメラに映らずに外へ出る事が可能だと気付いたのだ。
クラン『不動闇王』も目撃証言を取り下げこそしたが、見間違いとして片づけられたことに不満を感じている様子だった。
しかし、目撃されたのが本当にダンジョンで遺留品を回収された犠牲者であるとするのなら、おかしな点がある。
駐車場の監視カメラの配置を考えれば、仮にうまい具合に遮蔽物となる車が停まっていたとしても、外に出るためには蛇行する必要が――
「ふぇあ」
「あれ芳紀、魔力酔いが出るの早くない?」
機馬の上で体勢を崩しかけた南藤を支えてやりながら、橙香はダンジョンとの距離を目算して首を傾げる。
「――氾濫が近付いているからでしょう」
そう横から声を掛けてきたのは、連合パーティーを組んでいるクラン『藻倉遠足隊』の古村だ。
「魔力濃度もここ数日は高い値だそうです。公式掲示板に、階層スロープ周辺でも気を抜かないでほしいと警告が出ていますよ」
古村の後ろから米沖がひょっこりと顔を出す。
「氾濫時には階層の魔物が一斉にスロープへ押し寄せて外を目指すからね。むしろ、階層スロープにいる方が危険なくらいだ。まぁ、まだ数週間は大丈夫だろうって話だけど」
「階層スロープといえば、一昨日、三階層へのスロープが見つかったって聞きましたよ」
橙香は南藤を見る。階層スロープが発見されたという話を橙香に教えたのが彼だったからだが、機馬の上に横たわる南藤は説明を古村たちに投げて吐き気を堪えているようだった。
古村も南藤の体調を横目で見つつ、橙香に答える。
「発見されたのは三日前、一昨日、つまり二日前に情報が公開されました。巨大な洞窟になっているようです」
「洞窟ですか。一、二階層の坑道とどう違うんですか?」
「なんでも、壁面や天井の凹凸が激しく地面も歩きにくい上、懐中電灯の明かりが届かないような広大な空間が広がっているそうです。対多数を視野に入れて慎重に探索した方がよいだろう、と」
まだ動画等の公開もされていないため、先行して潜った他の冒険者からの伝聞情報しかなく、対策が立てられるほど正確な話はできない。
古村が南藤を見る。
「それ以前に、第三階層で南藤さんが動けるかどうかも重要です。魔力濃度は階層を更新するほど高くなりますから」
「階層スロープは水没してないんですよね? それなら、スロープを通りながら体調を見て行けば大丈夫かな」
氾濫が近いためダンジョン内の魔力濃度も高く、南藤が第三階層に辿り着けるかは怪しい所ではある。
南藤を心配する橙香と古村の肩を叩いた米沖が明るい笑顔を見せた。
「まぁ、その辺は着いてから考えるって事にしよっか」
「ここで考えていてもらちがあきませんからね。そういえば、南藤さんからメールがあったのですが、ドローンの無線を強化したそうですね?」
ダンジョンに潜る前に戦力の把握をしようと、古村が南藤ではなく橙香に話しかける。今の南藤がまともな言語で言葉を交わせるとは思わなかったからだ。
「増幅器を付けたりしてましたよ」
南藤は先日、電波法をまるっきり無視したダンジョン内でしか使えない増幅器をドローンに付けていた。
全国各地から冒険者が集められている事もあり、藻倉ダンジョンでは無線機を使ったやり取りが頻繁に行われている。南藤は混信を嫌ったのだろうと、あまり詳しくない橙香は想像していた。
「ダンジョン内は特別法があるので電波の使用制限も撤廃されてますけど、外で使ったら一発アウトだそうです」
「指定区画でもダメなのかい?」
「法律上はグレーって言ってました。あまり褒められた行為じゃないから極力使わないそうです。あと、機馬の魔力強化でさらなる防水対策もしておきました」
「それは良いね。水没廃坑では不安だったんだ」
話をしながら藻倉ダンジョンへと向かう。
氾濫前夜の趣があり、自衛隊の増員やダンジョン入り口に対して積み上げられた土嚢など、戦場らしい光景になっていた。
石垣を思わせる整然な土嚢壁に橙香は見惚れるが、古村や米沖は注意を払う様子もない。
「今回の氾濫は防衛計画とかどうなってるんだろ」
「さて? 自衛隊が市内の方を防衛するという話は聞いてますから、冒険者は全員藻倉ダンジョン前でしょう。空と地中から魔物がやってくる以上、どうしても市内の最終防衛線を自衛隊で固める必要がありますから」
二人の会話に、橙香は先ほどまで揺られていたバスからの光景を思い出す。確かに、市内には自衛隊員の姿がちらほらあった。
藻倉ダンジョンの入り口が見えてくると、先に到着していたクラン『藻倉遠足隊』の後衛二人組が深刻そうな顔で腕組みをして待っていた。
「おーいどした。眉間にしわなんか寄せて」
米沖が片手をあげて声を掛けると、後衛二人組が駆け寄ってくる。何故か、二人の後ろから杷木儀が歩いてくるのを見て、米沖が目を細めた。
「なんか問題が起きた?」
ダンジョンの前で異世界貿易機構の職員が冒険者を待っているなど、厄介ごとの気配しかない、と米沖が警戒を深める。
米沖の警戒を否定せず、杷木儀はちらりと南藤を見てから要件を告げた。
「皆さんに人探しをしていただきたい」
「人探し、ですか?」
橙香は首を傾げつつ藻倉ダンジョンを見る。冒険者に人探しを依頼するのだから、探し出す対象はダンジョン内にいる冒険者だろう。そうでなければ探偵でも雇っているはずだ。
しかし、何故わざわざ異世界貿易機構が直々に冒険者探しを依頼するのか、その理由が分からなかった。
杷木儀はコートのポケットから写真を取り出す。
「探してほしいのはクラン『不動闇王』の六人です。昨日の内に帰還する予定だった彼らがいまだにダンジョンから出てきていないため、早急に見つけ出して連れ帰って頂きたい」
「不動闇王ってどこかで聞いた気がするな」
「自分らが見つけた犠牲者を駐車場で見かけたって言っていた証言者たちですね」
「あぁ、あのマッチョメンズ」
古村に言われてようやく思い出した米沖が手を叩く。
「で、一日遅れたくらいでなんで見つけ出せなんて話に? そもそも、帰還予定を申告させてたってのもおかしな話だね」
米沖が訝しんで杷木儀に観察するような視線を送る。
杷木儀は眉一つ動かすことなく答えた。
「クラン『不動闇王』は肉体、武器、防具、衣服に至るまでそれぞれ七回以上の魔力強化を施している凄腕のメンバーのみで構成された六人組なんです。魔力濃度が危険域に達しつつある今、彼らがダンジョン内で死亡して魔力に変われば、氾濫へのタイムリミットが一度に短縮されかねません」
「七回以上って、武装の正確な個数は?」
「肉体を含めて八個から九個。六人組ですので最低でも四十八個です。危険性がお分かりになりましたか?」
ダンジョン内で死亡した冒険者の肉体や持ち物は徐々に魔力に変換されて消滅する。
これが魔力強化したモノであった場合、それ自体が魔力を含んでいる事もあって魔力へ変わるまで時間がかかるが、変換後の魔力の総量がけた違いに膨れ上がるとされている。
異世界貿易機構としても放置できる問題ではなかったのだろう。
杷木儀は南藤を見る。
「他の冒険者にも緊急で捜索を依頼していますが、南藤さん達も協力をお願いします。ドローンでの索敵に加え、あの六人が死亡していた場合付近の魔力濃度は非常に高くなっているはずですから、南藤さんの魔力酔いの症状悪化に注意すれば捜索の指標になるかと」
「芳紀は魔力濃度計じゃないのに……」
「これは、失礼を……」
杷木儀はバツが悪そうに咳払いをして誤魔化した。
米沖が意見を窺うように古村を見る。
古村は橙香を見た。
「捨て置けない、と思うのですが」
「ボクも協力した方がいいと思います。ただ……」
「ただ?」
言いよどんだ橙香に、杷木儀が先を促す様におうむ返しに問いかける。
橙香は南藤を見た。
氾濫が近いため魔力濃度が常にも増して上昇している今、ダンジョンの外であるにもかかわらず南藤はつらそうな表情である。
「捜索できるのは二階層までだと思います。三階層だと芳紀の魔力酔いがどうなるかまだ分かりません。それに、クラン『不動闇王』って人たちがその……死んじゃっていた場合、魔力濃度が高すぎて芳紀が死んじゃうかもしれないです」
「なるほど。分かりました。二階層までで結構です。無理はしないでください」
ダンジョンで二次遭難は洒落にならない、と杷木儀は理解を示し、写真を橙香たちに配り始めた。
「成果がなくとも、明日の昼までには帰還してください。一度情報をまとめる事になります。各階層に異世界貿易機構の臨時パーティーを派遣してありますので、必要があれば無線連絡をお願いします」
「了解しました」
古村が代表して話を受け、急ぎ藻倉ダンジョンに入って捜索を開始した。