第六話 死者か、行方不明者か
ダンジョン内で遺留品を見つけた場合、帰還後に異世界貿易機構へ届ける事になっている。
見つけ次第即帰還せよとの規約があるわけではないが、ほとんどの冒険者はいかなる目的で潜っていても一直線に帰還する。死亡したと思しき冒険者の遺留品を持った状態での探索はいかにも縁起が悪いというのが表向きの理由だが、実際のところはいらぬ詮索をされたくないからだ。
すなわち、遺留品を発見したのではなく、冒険者を殺した上で発見者を装うために持って帰って来たのではないか、といった詮索である。特に、共に潜っていたクランメンバーに犠牲者が出ていたりすると、標的の冒険者に抵抗された挙句に殺されたのではないか、などの詮索を受ける。
それでも遺留品を持って帰ろうとするのは、明日は我が身との思いからだ。行方不明扱いではっきりしないまま待たされる家族や知人の事を考えれば、情けは人のためならず、と遺留品を持ち帰ろうとも考える。
橙香と南藤、そしてクラン『藻倉遠足隊』の連合パーティーもご多分に漏れず、地底湖で発見した遺留品を持って、地図作成を切り上げて地上へと戻ってきていた。
異世界貿易機構の職員に事のあらましを説明すると、すぐに会議室へ全員が通された。
「警察の方が後程お見えになります。それで、遺留品の方は?」
職員に促されて、古村が会議机に遺留品を並べる。計六人分の冒険者登録証だった。
「これだけですか?」
「遺体も武装の類もありませんでした」
現場の写真を見せられて、職員はひとまず納得したように冒険者登録証を調べる。
「クラン二つですね。大分県から呼び寄せた新進気鋭の注目株です」
冒険者登録証に刻印された名前を調べた上で、職員は犠牲者の事を調べ始める。
どうやら、藻倉ダンジョンに潜ったまま帰ってきていないのは事実らしい。
「――失礼します。警察の方がお越しになりました」
「どうぞ。入って頂いてください」
会議室の扉が開かれ、スーツを着た刑事らしき二人組と案内してきた杷木儀赤也が入ってくる。杷木儀は南藤と橙香に気付くと小さくウインクしてきた。
刑事は冒険者登録証の刻印から名前を控えて、職員に犠牲者の名前と顔写真、経歴などを提出させる。こういった仕事は一度や二度の経験ではないらしく、流れるように淀みのない仕事ぶりだ。
事前情報を集め終えると、刑事二人は南藤たちへと視線を向けた。
「遺留品の回収、お疲れ様でした。少々不愉快なことをお聞きする事にもなりますが、事情をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい。どうぞ」
古村が代表して答えると、別室で話を聞きます、と刑事二人が会議室を出て行った。
最初に呼ばれたのは南藤だった。
「芳紀、行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
藻倉ダンジョンからいくらか離れた異世界貿易機構の建物内だけあって、南藤は受け答えがはっきりしている。
会議室を出て、隣の部屋に入る。カーテンは開かれており、ブラインドが下りていた。
カツ丼食べたいな、と呑気な事を考えながらパイプ椅子に腰を降ろす。
刑事は警察手帳を机の上に置いて、話し出した。
「あらかじめ謝罪しておきますが、先ほども申し上げた通り、不愉快な質問をすることになるかもしれません。ご了承ください」
「捜査に必要な事であればなんなりと」
「ありがとうございます。それでは、犠牲者について知っている事を教えてください」
名前と顔写真を見せられて、南藤は首を横に振る。見覚えのない人々だ。
他にも発見時の状況などの説明を求められて適宜答える。
刑事は同僚にメモを取り終えたかを確認した後、情報を整理するような間を開けて南藤を見た。
「そちらから、他に何かありますか?」
「藻倉ダンジョンに入ってからの映像資料。ノーカット版がありますけどダビングして提出しましょうか?」
「……ドラレコみたいな物でしょうか? 実に有用ですので、頂きたいですね」
ドローン毬蜂や水中ドローンで撮影した映像は機馬を用いてUSBメモリにコピーしている。長時間の撮影だけあってコピーにも時間がかかるため、提出を求められるのを見越して先にコピーを始めていたのだ。
「USBメモリの代金だけ頂ければお渡しします」
「しっかりしてますね。領収書とかお持ちですか?」
「こちらに」
「本当にしっかりしてますね」
感心する刑事が後程、記録映像に映る魔力酔いで腑抜けた南藤の姿に唖然とするのは別のお話。
南藤からの事情聴取が終わると、橙香、古村、米沖と順に事情聴取が進んでいく。
事情聴取を終えた南藤たちは異世界貿易機構の受付前にある待合室のようなスペースで待たされた。
「犠牲者はクラン『コーヒー練乳』と『魔物保護反対』だってさ」
米沖がスマホで検索をかけながら呟く。米沖だけでなく、南藤たちもスマホで犠牲者についての情報を得ようとしていた。
どちらも大分県で活動していたクランだが、藻倉ダンジョンに来るまで互いに接点はなかったように見える。同じ大分県でも活動地域も潜っていたダンジョンも異なるのだ。
そんな二つのクランが藻倉ダンジョンで連合パーティーを組んだ理由は、クラン『コーヒー練乳』の持っていた装備の共有にあると思われた。
「クラン『コーヒー練乳』の活動していたダンジョンは通称温泉ダンジョンというらしい。藻倉ダンジョンと同じく、水没している個所が多いが、藻倉ダンジョンと違って水ではなく熱湯で水没しているそうだ」
南藤は検索した結果を伝える。
温泉ダンジョンは文字通り温泉で水没した構造のダンジョンであり、所々で間欠泉が噴き上げるなど、高温高湿環境が特徴的である。このダンジョンの探索には耐熱性の装備や潜水可能な装備品が必須で、第二階層へ行くには八十度の熱湯の中を二百メートル潜らなくてはいけないなど、攻略が難しいダンジョンだ。
クラン『コーヒー練乳』はこの温泉ダンジョンの攻略に貢献した、地元では有名な三人組らしい。装備品には魔力強化を施した潜水服などがあり、他のクランを第二階層へ送り届ける役割を買って出ていた。
つまり、予備の潜水服を持っていた可能性が高い。
「クラン『魔物保護反対』は公式掲示板で潜水服持ちのクランを募集していたようですね」
古村がスマホを見せてくる。
以前、南藤が乙山ダンジョンで大塚率いる連合パーティーを結成した際にも利用した公式掲示板にクラン『魔物保護反対』の書き込みがあった。
書き込みは四日前になされている。仮にすぐ『コーヒー練乳』との連合の話がまとまったとしても、準備期間を含めれば藻倉ダンジョンへ潜ったのは昨日か、早くても一昨日だろう。
「時系列は掴めたね。ボクたちが藻倉ダンジョンに潜ったのは二十四時間前だから、アリバイはどうなるんだろう」
「ドローンで撮影した記録映像を刑事に提出したから、俺たちに嫌疑がかかる事はないだろう」
「芳紀ナイスだね。ナイ素敵だね」
造語を口走りながら、南藤の頭を撫でて褒める橙香。
藻倉ダンジョン内で散々二人の仲の良さを見せつけられていた古村と米沖は気にしない。
「それにしても、こうして調べてみるとどちらのクランも経験豊富だったようですし、あの場所で何が起きたのかは気になりますね」
現場を思い出しているのか、古村が天井を仰ぎ見て瞼を閉じる。
「自分らが地底湖に到着する前に、連合パーティーを壊滅させた魔物の集団が場を移したとみるのが妥当でしょうか」
「陸に上がった瞬間を狙われたりすると対処が遅れる事はままあるからね」
何かが違えば、殺されていたのは遺留品の発見者である古村と米沖だったかもしれない。二人は深刻そうな顔で沈黙した。
「――なぁ、そこの人ら、ちょっといいか?」
沈黙を破るように横から掛けられた男の声に四人は目を向ける。
肩幅の広い男六人組が立っていた。その中の一人が困惑気味に古村を見ている。
「なんでしょうか?」
古村が先を促すと、男は困惑した顔のまま口を開いた。
「クラン『コーヒー練乳』がどうとかって聞こえたんだが、何かあったのか?」
「ダンジョンで遺留品、冒険者登録証を見つけました。今、刑事の方が来てて仲間が事情聴取を受けてるんです」
「……え?」
何が不思議だったのか、男は短く驚きの声を上げ、仲間を振り返る。
男たちは互いに顔を見合わせながら、困惑の色を濃くしていた。
男たちの反応に、古村は目を細める。
「どうかしたんですか?」
「あ、いや。参考まで聞きたいんだが、死亡推定時刻とか分かるか?」
「遺体や装備が完全に消えていたので、持ち去られたのでなければ自分らが発見した時刻の三時間前から二十四時間前でしょうか。損壊状態にもよりますけどね。自分らが回収した冒険者登録証を調べれば詳しい事も分かると思います」
藻倉ダンジョンから帰ってきて事情聴取などを受けたため、発見からすでに数時間が経過している事は伏せている。男たちの反応がどうにも怪しかったからなのだが、困惑していた男たちの顔が一斉に青ざめたのを見て、古村たちは一斉に警戒を強めた。
しかし、男たちが青ざめたのは予想だにしない理由だった。
「さっき、駐車場で見たんだ。リーダーの粕貝ともう一人」
「……え?」
今度は古村たちが驚く番だった。
「どういうことです?」
「ちょっと待てって。こっちだって何が何だか分かんねぇよ。実は生きていた、なんて話じゃねぇのか?」
「六人分の冒険者登録証を一か所に偶然落とすとは考えられません。見間違いでは?」
「大分で活動していた頃からの知り合いだ。あいつらの潜水服には何度か世話になってる。見間違えたりしねぇよ」
互いの主張が噛み合わず、場の混乱が加速する前に南藤は口を開いた。
「駐車場には防犯カメラがある。ダンジョンの外に出てきているのなら引っかかっているはずだ。とりあえず、そこの人達はさっきの話を職員に話してみてください」
「それもそうだな。すまん、迷惑をかけた。オレたちはクラン『不動闇王』ってもんだ。何かあれば頼ってくれ。迷惑をかけた詫びに協力する」
それだけ言って、男たちはぞろぞろと受付の方へと向かい、職員に事情を話して会議室へと案内されていった。
「……何が起きてるの?」
「あの様子、嘘をついているようには見えなかった。単なる見間違いならそれまでだが……」
不安そうな橙香の肩を引き寄せつつ、南藤は言葉を濁した。
――後日、駐車場の防犯カメラにクラン『コーヒー練乳』メンバーの姿は映っていないことが確認された。