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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第二章 藻倉ダンジョン
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第五話  地底湖の横穴

「これから第二階層の探索になります。しかし、遅れを取り戻そうなんて気を張る必要はありません。安全第一を心がけて探索しましょう」


 引率の先生のようにクラン『藻倉遠足隊』のリーダー役である古村が連合パーティーのメンバーに伝える。

 思ったほど魔物が上手く見つからなかったため、予定していた期日よりいくらか後ろにずれ込んでいた。しかし、地図作成を主な活動内容に据えている事もあって古村たちはダンジョン攻略を焦る様子がない。


「帰るまでが遠足、の座右の銘を忘れずに。では出発!」

「そんな座右の銘があったんですか」


 フレーズそのものは聞いた事のある橙香だったが、まさか座右の銘にしているクランがあるとは思わず驚いた。

 米沖が悪戯っぽく笑って肩を竦める。


「まぁ、地図を作っても帰って来れなかったら意味がないからね。安全第一、命大事にだよ」


 古村が第二階層への階層スロープを下り始めると、クランメンバーたちが後に続く。

 橙香も南藤と共に『藻倉遠足隊』を追いかけた。

 第二階層は事前に聞いていた通りの水没した廃坑だった。

 ほとんどは膝丈から腰丈程度の水深だが、場所によっては高さ五メートル以上の天井まで水で満たされている。また、縦穴になっている地点もあるため、藻倉ダンジョンの攻略難易度を押し上げていた。

 『藻倉遠足隊』が過去の調査で作り上げた地図によると、現在のところ階層スロープを中心に半径七キロメートルは完全に調査が完了しており、様々なクランがさらに先の調査を進めているという。


「サハギンは二、三体で行動している事が多いから、注意してください」


 古村が橙香と南藤に注意を飛ばす。

 その時、南藤が操作するドローン毬蜂がふわりと舞い上がった。魔力酔いを懸念されていたが、身体の魔力強化を施したことで魔力の許容値が上がったため、第二階層でもドローンを飛ばせるようだ。


「芳紀、無理しないでね」


 親指を立てて心配する必要がないとアピールする南藤だが、顔色は依然として青い。土気色ではないだけましかもしれないのだが、橙香は気が気ではなかった。

 今回地図を作製したいのは八時の方向へおよそ九キロ進んだ地点らしい。ウェットスーツを使う必要がないルートで辿り着けるため、南藤と橙香、二人の初心者に配慮した結果なのだろう。

 南藤を乗せた機馬は魔力強化により完全に水を被っても稼働するほぼ完全な防水性を持つに至っているが、流石に長時間水中にあるのは望ましくない。

 通路を歩きながら、機馬が水をものともしていないのを見た橙香がほっと一安心したその隙を突くように、南藤が三度呻いた。

 すぐに橙香は古村たちに声を掛ける。


「みんな、サハギンが来ます。数は三」

「了解」

「南藤さんの索敵は本当に頼りになるな」

「壁を壊して襲ってこられない限りはね」


 迎撃の構えを取ると、間もなくサハギンが姿を現した。

 かつて、冒険者を取り巻く世情を大混乱に陥れたその魔物は、青い鱗を身に纏う魚の身体から筋骨隆々の四肢が生えている。手には三又の槍と巨大な貝の殻を持っていた。貝の殻を前に突き出したその構えからして、盾なのだろう。

 古村たちを見たサハギンは横一列になって前進してくる。狭い通路を仲間とともに塞ぎ、盾を正面に掲げて前進するその姿は一枚の壁のようで、機会をうかがう三又槍の穂先が小さく円を描くように揺れている。

 米沖が木刀を構え、後衛二人に目配せする。


「攻撃開始!」


 ラクロスのラケットからサハギンへと投石が開始される。貝殻の盾であっさりと防がれたが、盾で視界が狭まったその瞬間を見逃さずに駆け込んだ米沖が木刀を盾と盾の隙間にねじ込んだ。

 突きこまれた木刀に怯んだサハギンが僅かに横列を乱す。引かれた盾に米沖が足を乗せて思い切り蹴り飛ばした。

 ちょうど一歩引いたところを蹴り飛ばされた衝撃でサハギンの一体が尻もちをつく。盾が投げだされて露わになったその頭へと、ラクロスのラケットから放たれた石が命中した。

 追撃は仕掛けずに、米沖が二歩後退すると、その脇をすり抜けるように古村が疾走し、鋏を二つに分けて両手に片刃ずつ構える。

 横列を組み直した残り二体のサハギンの右側面へと駆けこんだ古村は、突き出された槍の穂先に左手の鋏を合わせて上に弾き飛ばす。

 直後、古村の後ろから助走をつけた米沖の飛び蹴りが炸裂し、全体重を掛けた蹴りの勢いを殺しきれなかったサハギンが盾ごと後ろに倒れ込んだ。

 米沖の隙を埋めるように駆け出した古村が残り一体のサハギンへと右手の鋏を投げつける。

 サハギンは迫りくる鋏をかろうじて盾で受けるが、横にいる古村の投擲を防げば当然正面への防御が疎かになる。

 ヒュンと空気を裂く音とともに飛来した石がサハギンの頭部にめり込む。青い鱗が三枚はじけ飛び、ドローン毬蜂が照らす中で光を反射しながら通路を覆う水面に落ちて漂う。

 息のあるサハギンを丁寧に殺して戦闘は終了した。


「手馴れてますね」

「二階層の地図を作っていれば自然とこれくらいは出来るようになります。サハギンの武装と戦術もパターンがありますから」

「それでもすごいです」


 鮮やかな手並みに橙香が拍手を送ると、古村たちは照れたように笑う。

 その後も探索は順調に進み、サハギンやコウモリたちを処理しつつ目的地へと辿り着いた。


「地底湖?」


 橙香は急に開けた視界に戸惑いながら、周囲を見回す。

 巨大な石のドーム内に水を張ったような場所だった。鍾乳石らしきものが天井から垂れ下がっている。

 藻倉ダンジョンは元々廃坑道がダンジョン化したとの話だったが、第二階層ともなると原形はとどめてないのだろう。

 水は透き通っているが、暗い事もあって底がどうなっているのかは分からない。

 機馬の収納スペースからウェットスーツを取り出しながら、古村が説明する。


「水面から天井までの高さは最大七メートル。左右七百メートルで奥行き二キロの地底湖です。水深は分かっている範囲で最大二十三メートル。サハギンが潜んでいる事もあるので、自分らのような水中戦装備がないと探索できない場所です」


 だからこそ、地図も高値で売れるのだという。

 キャンプ用品などを機馬から取り出し、懐中電灯を吊るすなどして明かりを確保しつつ探索の準備を始める。

 橙香は機馬から水中ドローンを持ち出して、地底湖の水面に浮かべた。

 ドローン毬蜂を回収した南藤が水中ドローンの操作を始める。

 南藤の横で昼食の準備を始めつつ、橙香は米沖に問う。


「地底湖のどこかに先へ続く通路があるんですか?」

「可能性は高いとリーダーは踏んでる。この地底湖、水面から上はどこへも通路が開いていないのに、サハギンが湧いて出てくるんだ。まぁ、魔物はダンジョンに生み出されているみたいだし、この地底湖がサハギンのスポーンポイントの可能性も否定はできないんだけどさ」


 話している間にも南藤の水中ドローンが地底湖の透き通った水の中を泳いでいく。スマホ画面に表示される地底湖の中はダンジョンの中であることを忘れさせるような透明感と清涼感に溢れた光景だ。しかし、魚などは見当たらず、やや寂しい水中でもあった。


「芳紀、今日のご飯はタコスだよ。なんかここ寒いからちょっと辛めの味付けにしたけど、食べられる?」


 橙香がピリ辛タコスを差し出すと、南藤は水中ドローンの操作を続けながら口を開く。

 橙香はにこにこしながらタコスを南藤の口に近付けた。


「はいどうぞ」


 タコスを食べさせてもらいながら水中ドローンの操作に専念する南藤を橙香は楽しそうに見つめている。

 そんないちゃつく二人のそばで、古村たちはツナやとり大根の缶詰を開けつつ食パンを齧る。


「いつもと変わらないダンジョン飯なのにわびしい……」

「いちゃつきますか?」

「古村と? ないわー」


 米沖にフラれて、古村は苦笑した。

 そもそも、缶詰と食パンでいちゃつくのは難易度が高すぎた。


「あ、食パン焼きましょうか?」


 わびしい食事をしている古村たちに気付いた橙香が声を掛けるが、南藤とのいちゃつきを見せられた後では遠慮が勝る。米沖は片手を振って断った。

 食事を終える頃、南藤がスマホを掲げる。辛そうな顔をしているが、水中ドローンでの探索に成果があったらしい。

 橙香がスマホ画面を見て、古村たちに告げる。


「右側の壁沿いに三十メートルほど進んだところの水深十五メートル地点に横穴があるみたいです」

「幅とかは分かりますか?」


 古村の問いに橙香は続けてスマホ画面に表示された情報を読み上げる。


「横穴は幅三メートル、高さ四メートル、奥行き五メートルですぐに縦穴になるみたいです。縦穴は高さ十三メートルくらいらしいですけど、水中ドローンでこれ以上進むと無線が届かないので探索できないって、芳紀は言ってます」

「南藤さん一言もしゃべってなくね?」


 米沖がツッコミを入れると、南藤がうめき声をあげ、橙香が翻訳する。


「橙香とは通じ合ってるから――もう、芳紀ってば!」


 身もだえする橙香をよそに、米沖たちは潜水前の準備運動を始めた。


「――よし、じゃあ潜るとするか。橙香ちゃん、ここは任せていい?」

「大丈夫ですよ」


 水中に開いた横穴の調査に向かうのは古村と米沖のみだ。ラクロスのラケットでの攻撃は水中で使えないため、後衛二人組は橙香、南藤と共に居残りで退路を確保する事になる。彼らも水中銃を持っているため水中での戦いに参加できない事はないのだが、横穴の先がさらにどこかへと繋がっていた場合にダイビング経験の浅い橙香、南藤の面倒を見ながら追いかける事になっている。


「じゃあ行ってきます」


 古村が軽い調子で言って、地底湖に潜る。米沖もすぐに後を追った。

 二人を見送った橙香は南藤のスマホを覗き込む。横穴へ古村と米沖を案内する水中ドローンの映像だ。


『サハギンが潜んでいる可能性もあるので気を付けてください』

『わかってるって』


 無線で注意を促すと、米沖から答えが返ってくる。感度は良好なようだ。

 横穴を発見し、中へと入る。順調に奥へと進み、事前に南藤が見つけた縦穴へと到着すると、古村と米沖が水中ドローンのカメラにハンドサインを送る。これから縦穴の上へ浮上するという合図だ。


『気を付けて行ってらっしゃい。サハギンが居たらすぐに戻ってきてくださいね。水中ドローンを囮に使えるので』

『ありがとう。じゃあ、行ってくる』


 古村と米沖が縦穴を浮上していく。水中ドローンは彼らを見送るように縦穴の水面を見上げた後、地底湖から横穴にサハギンが侵入してくる事態に備えてカメラレンズを横穴の入り口へと向けた。


『あーあー。こちら米沖、縦穴の水面に到着。敵影なし。ライトを点灯する』


 水中ドローンを中継して送られた無線音声が橙香の元へと届く。

 二分ほどの間を挟んで、米沖から新たな無線が入った。


『先着がいたらしい』

『先着ですか?』


 すでに別の冒険者グループがこの横穴を探索した後だったのかと橙香は南藤と顔を見合わせる。

 しかし、続けて入った無線音声はやや強張っていた。


『縦穴の先は閉鎖空間。先着の冒険者は死亡している模様。数はおそらく六人。記録映像を撮影。帰還準備をしておいて』


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