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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第二章 藻倉ダンジョン
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第二話  お目々ぐーるぐる

 異世界貿易機構の藻倉ダンジョン支部を訪ねる。

 プレハブ小屋が立ち並ぶ中で、藻倉ダンジョン支部は意外にも大きな建物だった。壁も厚いコンクリートで三階建て。どうやら屋上まであるらしい。建物の左右には非常用階段が付いている。

 並んでいる窓は奥に行くほど狭くなっていく特殊な造りをしていた。ガラスもはめ込まれていないところを見ると、氾濫が起きた際に立てこもる事も想定した作りなのだろう。


「打ちっぱなしのコンクリートってなんかそそる」

「ボクにはわからないかな。寒々しくて落ち着かないよ」


 建物の中を見回して呟いた南藤に橙香が首を横に振った。

 受付に杷木儀はきぎへの面会を依頼するとすぐに応接室へと通された。とはいえ、打ちっぱなしのコンクリート壁がむき出しなため応接室とは名ばかりな印象を受ける。

 橙香は落ち着かない様子で窓の外を眺めていた。


「お待たせしました。南藤さん、橙香さん、藻倉ダンジョンにようこそ」


 応接室に入ってくるなり杷木儀は南藤たちに歓迎の言葉を述べて、椅子に座った。


「先にこちらをお渡ししておきますね」


 そう言って杷木儀がUSBメモリを渡してくる。スマホ用端子が付いているのを見て、南藤はさっそく中身を閲覧する。

 現在確認されている藻倉ダンジョンの魔物についての詳細な資料らしい。


「ここ藻倉ダンジョンは二回の氾濫を起こしていて、魔物も魔法を使う個体が多くなっています。国内にある二級ダンジョンの中では最弱の魔物たちですが、乙山ダンジョンとは比べ物になりませんので注意してください」

「これは確かに、難しいですね」


 魔物の情報を眺めて、南藤は険しい顔をする。

 特に厄介なのはコウモリ型魔物の二種類だろう。攪乱コウモリ、音波コウモリとそれぞれ呼ばれているこの魔物は外見で区別がつかない。

 攪乱コウモリは三半規管に作用する超音波のような魔法を使用する。音の波であるため減衰しやすく射程はさほど広くないが、聞いた者の平衡感覚を狂わせる。

 音波コウモリの魔法も同様の音波攻撃だが、こちらは振動で武装を破壊する性質を持つという。この装備破壊魔法は直線的な軌道を描く超音波であり、遮蔽物があると標的に届かない。その特性から、音波コウモリは常に冒険者への射線を確保するように飛ぶことが確認されている。


「魔力強化済みの武装を破壊されたら堪らないですね。機馬は図体が大きいからなおのこと気を付けないと」

「幸い、人体を破壊する効果は確認されていません。藻倉ダンジョンに潜る冒険者の中にはコウモリ狩りで生計を立てている方もいらっしゃいます」


 音波コウモリは厄介な能力を持っている事から、異世界貿易機構が定期的に駆除依頼を出しているという。


「そうそう、最初にお伝えするべきでしたが、サハギンを討伐しても殺人罪などで立件される心配はもうありません」

「さっきバスに乗っていたらサハギンに人権をって看板を見つけましたよ?」

「それはまず間違いなく違法看板ですので真に受けないでください。ちなみにどこですか?」


 聞かれるままに看板が設置されていた場所を答えると、杷木儀は手帳にメモを取った。後程、市役所に問い合わせて撤去してもらうという。

 藻倉ダンジョンについての情報をあらかた教えてもらった後、南藤と橙香は杷木儀に連れられて支部の裏手にある倉庫へと向かう。

 乙山ダンジョンから移送した機馬やドローン団子弓、橙香の武器である鉄塊などが届けられており、倉庫に保管されているとの事だった。


「南藤さん、魔力酔いの方は大丈夫ですか?」


 倉庫の鍵を開けながら、杷木儀が訊ねてくる。

 隠しても仕方のない事だから、と南藤は素直に答えた。


「ここに来てすぐ、藻倉ダンジョンのそばまで行ってみたんですが、ダンジョンから漏れ出ている魔力だけで吐きそうになりました」

「あぁ、やはりですか」


 杷木儀が苦い顔をする。


「氾濫が近いと言われているんですよ。サハギンナイトパーティーがかれこれ十四年前ですから、かなりの魔力を溜め込んでいるはずです。第三回の氾濫はかつてない規模になると予想されていて……プレハブ小屋がたくさん建っているでしょう?」


 唐突に話題を変えるように支部の外に立ち並ぶプレハブ小屋を指差す杷木儀は、そのまま続ける。


「あの小屋は有事の際に魔物に対する防波堤でもありますが、現在は冒険者向けの賃貸住宅として使われています。第三回の氾濫が起きた際の防衛戦力となってくれる冒険者へ格安で貸し出しているんです」


 冒険者と同じく資金繰りが苦しい異世界貿易機構が用意したものとの事で、第三回氾濫への強い警戒が窺える。

 藻倉ダンジョンの氾濫は過去二回ともダンジョン史に刻まれる象徴的な事件だけあって、三回目の氾濫では早期終結を目指したいのだろう。不祥事が起きれば異世界貿易機構は何をしていたのかと世間からのバッシングを受けてしまう。

 杷木儀は鍵をポケットに仕舞いながら南藤たちを見た。


「南藤さんたちの他にも、実力のある冒険者が日本各地から集められています。プレハブ住居を借りている方も多いのですが、南藤さんたちはどうしますか?」

「魔力酔いがあるので……」

「ですよね」


 予想していた答えを聞かされて、杷木儀が苦笑した。

 倉庫の扉が開かれると、中には所狭しとさまざまな武装が安置されていた。

 杷木儀が言った日本各地の冒険者たちの武装だろう。特異な物が多い。


「あれは、伝説の長刀、物干し竿!」

「長物ではあるけど刀ではないな」


 橙香が指差した物干し竿はまだ武器として理解できる。

 しかし、何故か虫取り網らしきものがあったり、ペットボトルロケットがあったり、数学の授業で使うような大きな定規各種、聖杯のような輝きを放つ準優勝トロフィーなど、用途や能力が不明な物も多々存在していた。


「凄腕ほど叩き上げというか、氾濫の生き残りだったりするものですから、手近にあった物を得物として今も使い続けているケースが多いんです。あの金属製メガホンなんて音響兵器として魔力強化を重ねてあるそうですよ」


 他にもゴムひも付き投げナイフのような武器としての取り回しを強化した得物も散見される。


「室浦さんのバスタオルも大概だと思っていたけど、まだまだ面白い戦い方をしている人が多いな」

「そういう南藤さんのドローンも特殊兵装扱いですけどね」


 杷木儀にツッコミを入れられつつ倉庫の奥に到着する。そこには機馬と団子弓、橙香の鉄塊が置かれていた。

 橙香が鉄塊を持ち上げて破損がないかを調べる。元々が廃材の寄せ集めであり、破損の有無は使い勝手に影響しない。しかし、大きな破損の場合は蓄積した魔力が霧散してしまうため、一応は状態を確認しておく必要があるのだ。

 南藤も機馬と団子弓の様子を確認する。


「状態は良好、破損もなし」

「ボクのもだよ」


 コンコンと鉄塊を拳で叩いて、橙香はにっこりとほほ笑む。

 南藤は機馬の上にひらりと飛び乗った。橙香に手を貸して引っ張り上げ、二人で機馬の上に座る。


「それじゃあ、藻倉ダンジョン探索初日、行ってみよー」


 橙香が拳を天井に突き上げるのと、杷木儀が一枚の小さな紙を取り出して声を掛けるのは同時だった。


「受け取り印を貰えますか?」

「あ、はい」


 出鼻を挫かれつつも受け取り印を押して、南藤は機馬を操縦しながら倉庫を後にする。

 仕事があるという杷木儀とは支部の建物前で別れて、南藤と橙香を乗せた機馬は藻倉ダンジョンへと向かった。

 カシャンカシャンと音を立てる機馬を振り返った冒険者たちが驚いて足を止める。乙山ダンジョンでは冒険者たちもすっかり慣れて気にも留めなかったものだが、機馬を初めて見た冒険者たちとしては正常な反応だろう。しかし、驚いていた冒険者もすぐに思考を切り替えて視線を外していた。切り替えの早さは流石命がけで戦う冒険者らしいと南藤は思う。

 藻倉ダンジョンが近付くにつれて、南藤の身体から力が抜けていく。橙香が南藤の身体を支えて落ちるのを防いだが、藻倉ダンジョンの入り口前に到着する頃には南藤が使い物にならなくなっていた。


「……探索するんですか?」


 藻倉ダンジョン前で警備にあたっていた自衛隊員が南藤の様子を見て困惑気味に訊ねてくる。


「ひうぇ」

「ダメだね。ちょっと休ませてもらっていいですか?」


 橙香が入り口脇を指差してお願いすると、自衛隊員は手振りで好きにしろと許可してくれた。

 機馬の上で横たわり、脱力状態の南藤に扇子で風を送りつつ、橙香は周囲を眺める。

 藻倉ダンジョン第一階層は廃坑、第二階層は水没した廃坑となっていると橙香は動画サイトに投稿された調査動画で知っている。

 そうした事前情報も踏まえて藻倉ダンジョンへ入っていく冒険者を見ていると、装備に必ず懐中電灯や潜水用ボンベなどがあるのに気が付いた。

 三人から四人のクランが多く、モーターボートらしきものを全員で担いで入っていく強者たちもいる。

 冒険者を観察している橙香に気付いたのか、自衛隊員が説明してくれる。


「第二階層で水没地点を通る他の冒険者の支援を行うクランもあるんですよ。第二階層を探索する前に顔繋ぎをしておいた方がいいと思います」

「情報ありがとうございます」

「いえいえ。それより、お連れの方は本当に大丈夫ですか?」


 橙香に膝枕してもらっている土気色の顔の南藤を心配そうにのぞき込んで、自衛隊員は訊ねてくる。

 橙香は南藤の顔を扇子で扇いで新鮮な空気を送り、呼吸が楽になるように気を使っている。


「このくらいの症状なら大丈夫だと思います。一カ月くらいダンジョンから離れていたので、魔力耐性が少し下がっちゃったのかもしれないです」

「あぁ、魔力酔いですか。でも、これほどの症状は珍しいですね」


 自衛隊員の言う通り、南藤ほど魔力に耐性がない者は珍しい。藻倉ダンジョンへ潜っていく冒険者たちも珍しそうに南藤を見ている。一部、バカにするような視線もあった。

 一部の視線に橙香は内心むっとするが、ダンジョンのすぐそばで魔力酔いを起こして倒れた挙句に介抱されている冒険者など軽んじられて当然だと思い直す。中学生にしか見えない女の子に膝枕で甘やかされているように見えるのも原因の一つだとは気付いていないようだった。


「芳紀、そろそろ大丈夫?」

「あぁ、まぁ、なんとか、だいじょうぶかも」

「ドローン二機飛ばせる?」

「いける」

「じゃあ、改めて中に入ってみようか」


 受け答えが割としっかりしている事から、一階層くらいであれば倒れる事もないだろうと判断して中に入った結果――南藤は目を回すのだった。



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