第二話 杷木儀赤也
改札を抜けてホームに降りれば、ちょうど目的の電車が滑り込んでくるところだった。
「これに乗るの?」
「そうだ。途中駅で降りた後はバスが利用できるけど、今日は異世界貿易機構の人が案内してくれるとさ」
橙香の手を引いて電車に乗り込み、座席が埋まっているのを確認して出入り口の近くに立つ。しばらくこちら側の出入り口が開かないのは調べてあった。
電車に揺られているこの時間を利用して目的地についての説明をしておこうと、南藤は口を開く。
「これから向かう乙山ダンジョンは未踏破のダンジョンの中では国内で一番新しく見つかった場所だ」
「魔物の氾濫をまだ一度も起こしてないんだよね?」
「あぁ。氾濫の可能性やダンジョンの危険度を示す魔力濃度も比較的低い。乙山ダンジョンが初心者冒険者向けとされている理由もこの魔力濃度だ」
ドイツで攻略されたダンジョンから行ける異世界で開発されたという魔力濃度計は一カ月とかからず世界中に普及したと言われている。
この計測器により、人々は氾濫の予兆を掴む事が出来るようになった。
「今、乙山ダンジョンは第三階層を探索中らしい。氾濫を食い止めるために一階層や二階層での探索も奨励されてる」
「ボクらも最初は一階層からでしょ?」
「そうなるな。何しろ命がけだから、慎重に行こう」
乙山ダンジョンで現在確認されている魔物の形状や性質、各階層の環境などを橙香に伝え終える頃に電車は目的地に到着した。
電車を降りると、見るからに頑丈なコンクリートの壁に覆われたホームが南藤たちを出迎えた。
「氾濫時には防波堤としての役割を期待されてるって聞いてたけど、地下鉄でもないのに息苦しいホームだね」
橙香がきょろきょろと武骨なホームを見回して興味深そうに観察する。
人員輸送の要である鉄道の駅舎は非常に頑丈な造りとなっており、緊急時には避難経路としても利用される要衝だ。ここばかりは少ない人員をやりくりして自衛隊が固めており、ダンジョン付近で最も安全な場所である。
南藤は橙香と同じくきょろきょろとホームを見回していたが、目的は駅舎の観察ではなく人探しだった。
「あ、いたいた」
ホームに置かれたベンチに腰かけている人物の特徴を確認して、南藤は声を掛ける。
「異世界貿易機構の方ですか?」
「――これはどうも。異世界貿易機構より参りました、杷木儀赤也です。南藤芳紀さんと、橙香さんですか?」
南藤に声を掛けられた男性、杷木儀赤也が立ち上がり、南藤と橙香を見比べて愛想笑いを浮かべる。
両手に目の覚めるような赤いグローブをはめた長身の男性だった。グローブをはめた手でコートのポケットを漁った杷木儀は黒塗りの革表紙に陰陽図の記章が入った異世界貿易機構の職員手帳を取り出して自己紹介する。
「乙山ダンジョンへご案内します。道中、幾つか注意事項を確認いたします」
「よろしくお願いします」
駅の前に車を止めてあるという杷木儀について駅舎を出ると、白いワゴン車が駐車場に停まっていた。
橙香と共に後部座席に乗り込みつつ、南藤はちらりと外の景色を確認する。
駅舎前は駐車場と四車線ある大通りがある。田舎の駅前ではありえない幅広の道路だったが、乙山ダンジョンの存在がこれらの交通整備を後押ししたのだろう。視界は開けており、動き出したワゴン車のフロントガラス越しに件の乙山が確認できる。
ハンドルを回しながら、杷木儀が口を開く。
「まず最初にご説明しないといけないのが武装の取り扱いです。魔力強化品は許可なく販売、譲渡が出来ず、決められた区画内でしか携帯が許されません」
「あれ、マジックバッグはいいんですか?」
橙香が当然ともいえる疑問を口にすると、杷木儀が苦笑した。
「何事も例外があるのが世の常ですので。魔力強化品の軟膏、俗にいう塗りポーションの類も医薬部外品として扱われたりしますね。細かい定義はあるのですが、説明していると明日の昼までかかってしまいますので忘れてください。話を戻しますと、区画外で魔力強化品を持っていると銃刀法違反等で逮捕されますので気を付けてください。他のダンジョンに潜るために武装を移動させる場合には異世界貿易機構に申請してくださいね。専門業者を通じて責任を持って目的地に届けさせていただきます」
交差点の信号でワゴン車を一時停止させた杷木儀が助手席に置いてあった紙袋を後部座席にいた南藤たちへ回す。
南藤が中を見てみれば、厚めの冊子が二冊と冒険者登録証が入っていた。
冒険者登録証は金属製のプレートに登録ナンバーと氏名が彫られ、裏面には陰陽図の記章が入っている。わずかに発光しているように見えるのは見間違いではないだろう。
「魔力強化品なんですね」
「えぇ」
青に変わった信号を見てアクセルを踏み込んだ杷木儀が頷く。
「いまだに不明な点が多いダンジョンではありますが、それでも判明している事がいくつかあります」
曰く、ダンジョン内に持ち込まれた外部の物品は所持者が死亡するか、手元を離れると一定時間で消滅する。
曰く、消滅する時間はその物品が内包する魔力の量に比例する。
「また、ダンジョン内で生物が死亡すると魔力濃度が上昇、氾濫の時期が早まると言われています。これをもって、ダンジョンは生物や物を魔力に変換する現象、または装置ではないかと考える研究者もいますね」
杷木儀はそう簡単に説明する。
「冒険者登録証は魔力強化で発光能力を持っています。これは、まぁ、縁起の悪い話ではありますが、持ち主である冒険者が死亡した場合でもダンジョンに吸収されにくくするためであり、同時に、発光させる事で視認性を高め、死亡現場を通りかかった他の冒険者が容易に発見、回収できるようにするためでもあります」
「つまり、ダンジョン内で見つけたら必ず回収しろ、と?」
「そうです。とはいえ、その登録証もダンジョンに吸収されてしまう事がありますので、不審な現場に遺留品が落ちていた場合には可能な限り回収をお願いします。……遺族の方への説明がありますので」
最後はやや声のトーンを落として、杷木儀は口をつぐむ。
重苦しい空気を払うようにラジオをつけた杷木儀は話題を変えた。
「それにしても、お二人の得物は本当にあれでよろしかったんですか?」
「実際に使ってみて様子を見るつもりです」
「使えるんですかね。あの廃材の塊、五百キログラムはあると聞いてますよ?」
怪訝な顔をする杷木儀に、南藤は隣に座る橙香を見た。
見た目は女子中学生の橙香だが、年齢は二十歳も間近の鬼である。しかしながら、橙香は基本的に鬼の特徴である額の角をパーカーのフードで隠しており、今日もいつも通りフードを被っていた。
南藤の視線に首を傾げた橙香はすぐに意図を理解したらしく、フードを外して黒い前髪を掻き分ける。黒髪の間から現れたのは親指大の角だ。
バックミラー越しに橙香の角を見た杷木儀が納得したように頷いた。
「鬼の膂力は人間の比ではないと聞いていますが、あの塊を橙香さんのような子供が持ち上げられるんですね」
「ボクは十九歳です」
子供と言われて少しむっとした顔をする橙香が訂正すると、杷木儀がバックミラー越しに二度見した。
「……鬼は体格がいい方が多いと聞いておりましたもので、すみませんでした。そもそも子供ならダンジョン探索の許可が下りるはずもありませんね」
「いえ」
まだ不機嫌そうな顔をしている橙香を確認した杷木儀が、さっさと話題を変えようとしたのか南藤に話しかける。
「南藤さんの得物も面白いですよね。あのドローンは自作されたんですか?」
「えぇ、中学時代からちょくちょく飛ばしたり、自作していました。撮影機材としても使えるので、依頼を受けて動画や写真を撮った事もありますよ」
「へぇ。そちらの道に進もうとは思わなかったんですか?」
「誰よりも早く異世界の景色を撮影したら、売り物になると思いませんか?」
「ははは。確かに、そんな商売もありますね。そのつもりなら、お渡しの冊子をきちんと読んでおいてください。異世界貿易機構を介さずに異世界の物品を現世に持ち込み販売するのは密輸となり、犯罪行為ですからね」
「気を付けます」
そんな規定もあったのか、と南藤はネットでは調べきれない細かい規約が書かれた冊子を開く。橙香も同じように冊子を開いた。
そんな二人の様子を見た杷木儀はアクセルを緩めて徐行し、車が揺れないように気を使う。
「現地に着いたら、私と一緒に乙山ダンジョンに潜ってもらいます。実戦訓練だと思ってください」
「杷木儀さんも戦えるんですか?」
「異世界貿易機構の職員は異世界との外交官としての側面もあるんです。ですが、異世界人が友好的とは限りません。そこで、異世界人との交渉中に命の危険を感じる事態になっても逃げだせるよう、定期的にダンジョンで戦闘訓練をしているんですよ。とはいえ、幸いなことに今日まで我が国に敵対的な異世界はありませんでしたから、今回のように新米冒険者の案内役としてしか訓練の成果を披露する機会がありませんけどね」
笑いながらそう言って、杷木儀がハンドルを右に切る。
「さぁ、見えてきましたよ」
杷木儀の声に視線を冊子から上げれば、道の先に金網フェンスが張り巡らされたキャンプ場が見えてきた。
「ようこそ、乙山ダンジョンへ」