第二十八話 次なるダンジョンへ
南藤は自宅の居間でドローンを組み上げていた。
バフォメットとの戦闘で全壊したドローン毬蜂と雷玉を再度作ろうとしているのだ。一から組み上げるため魔力強化されていた先代毬蜂と雷玉の性能には及ばないものの、すでに形は出来つつあった。
「よーしのーりー」
南藤と背中合わせに座っていた橙香が肩越しに声を掛ける。
「なんだー?」
「この漫画の続きかしてー」
「本棚の上から二段目右の方から数えて五冊目の後列」
「……さすが芳紀。ちゃんとあるね」
橙香は南藤に教えられた部分の前列にあった大判漫画の裏から目当ての物を取り出し、居間を見回した。
居間の東側の壁は丸々本棚になっている。収められている冊数は優に四千冊を超えているが、シリーズも著者もてんでバラバラに本が収められているため、橙香には何がどこにあるのかさっぱりわからなかった。
「整理整頓しないの?」
「してるだろう」
「シリーズとか同じ場所に固めればいいんじゃない?」
「すべての位置を覚えているんだからわざわざ入れ替えて覚えなおすのは手間だろう?」
「うーん。そう言われると反論しにくいね」
実際にすべて覚えているのだろう。
「もしかして、全部の本の中身も記憶していたり?」
「一言一句ってわけではないけどな。答え合わせにその手に持ってる漫画の内容を説明しようか?」
「ネタバレになるからやめて!」
「くっくっく」
声を殺して笑う南藤にからかわれた事に気付き、橙香はむくれる。
それでも南藤と背中合わせに座った橙香は、せめてもの腹いせに南藤の背中を押して倒す。リクライニングシートのように南藤は抵抗なく上半身を傾け、橙香は楽な姿勢になった。
しかし、抵抗なく体を倒されるとそれはそれで申し訳なくなり、橙香は姿勢をただし、南藤の服を引っ張る。すると、南藤も上半身を戻した。
ドローンの組み立てをしているためやや前のめりになっている南藤の背中に自らの背中を重ねた橙香は、南藤の体温を感じながら漫画を開いた。
「というか、なんでこんなに古い少女漫画があるの?」
「母さんの遺品だ。男が読んでも面白い」
「へぇ。おばさんのだったんだ。らしいと言えばらしいかな」
「そうか?」
「主人公が現実主義なところとか」
「あぁ、言えてる」
橙香の分析に理解の色を示した南藤はドライバーを取ってドローン雷玉にテーザー銃を固定する。
バッテリーとの接続をしていると、橙香が漫画をめくりながら口を開いた。
「乙山ダンジョンの先、霊界じゃなかったね」
「そうだな」
冒険者として初心者の南藤たちはダンジョンに慣れる目的で乙山ダンジョンに潜っていた。霊界に繋がっている可能性は低いと最初から分かっていたのだ。
だが、乙山ダンジョンを攻略した事で見えてきたこともある。
「やっぱり、ダンジョン内部の環境は繋いでいる世界を反映しているみたいだな」
「前からその傾向は指摘されているみたいだけど、ボク達自身の目で確認できたのは収穫だったね」
乙山ダンジョン第六階層及び第七階層の浮島。それは、天空世界と呼ばれ始めている乙山ダンジョンの先の異世界の光景と非常に似通っていた。
「後は魔物も地球と異世界の生物の特徴を引き継いでいたりするみたいだね」
「爆弾綿毛とかな」
第六階層、第七階層で冒険者を苦しめた爆弾綿毛は天空世界に生息するある種の植物に似ていた。
この植物は種を内包した綿毛を風に乗せて運び、動物に触れるとそこに付着する。そして、動物の体温により温められた綿毛は破裂して周囲に種を飛び散らせるのだ。
おそらくは浮島が点々と空中に存在している天空世界で種を効率よく地面の上にばらまくための進化なのだろう。鳥のような飛行する生き物に付着した場合は向かい風で絶えず冷やされるために破裂せず、どこかに停まって羽根を休めている時に破裂するというから生物進化の奇跡を垣間見た気分だ。
もっとも、この植物の綿毛には爆弾綿毛に見られる破壊力や殺傷力は存在しない。
何らかの攻撃的な特徴や能力を持つとともに、オリジナルの動植物に似た特徴も併せ持つ。それがダンジョンの魔物なのだろう。
そして、この二点を考えると霊界へ繋がるダンジョンを探しやすくなる、そう踏んでいたのだが、
「結局、霊界に通じていそうなダンジョンって国内外を探しても見つからないままだね」
「大戸峠ダンジョンって例が既に存在しているからな。今まで、同じ異世界へ通じるダンジョンが開いた事はないっていうし、地球でだけ探しても難しいかもしれない」
「なら、異世界のダンジョンに潜る?」
「それも一つの選択肢ではあるんだけどな……」
異世界のダンジョンには基本的に潜れないのだ。
地球でさえ、ダンジョンには自国民しか入れないように各国が制限を設けている。国防どころか自らの住む世界全体の問題になるため異世界人を自らの世界のダンジョンに入れてくれるとは思えない。
一応、日本は霊界との条約があるため霊界のダンジョンを探索する事も出来たのだが、今はその霊界に行けるダンジョンを探しているのだから無理筋だろう。
他にはインドの仙界やイタリアの地中界などが該当するが、これらのダンジョンは他国民が入れないように国によって厳しい監視がされている。南藤と橙香では近付けもしない。
そうなると、日本国内のダンジョンを攻略してその先の異世界人と話をつける他ない。だが、これも一冒険者である南藤たちには荷が重い話だ。異世界人との交渉は外交官の側面を持つ杷木儀赤也のような異世界貿易機構の職員でなければ認められない。
「地道に国内のダンジョンを攻略して異世界を見つけて、杷木儀さんにお任せするしかないかな?」
「そうなるな。空中世界との国交は早くも樹立できそうだっていうし、杷木儀さんはやり手だ」
「じゃあボク達が忙殺してあげないとだね」
「通報しますた」
「なんで!?」
「謀殺かと思った」
「謀って忙殺だからあながち間違ってないかも?」
「お巡りさんこいつです」
「こんなので出動してたらお巡りさんが忙殺されちゃうよ! ターゲット違うよ!!」
ポンポンと言葉の応酬をしている内に組み上がった雷玉を部屋の隅に転がして、南藤は毬蜂の組み立てに移ろうとした。
その時、南藤のスマホが着信メロディーを奏でる。
「噂をすれば杷木儀さんだ」
「忙殺されそうな気配を察知したのかな?」
「とりあえず出てみればわかるだろう」
通話ボタンを押して、耳に当てると杷木儀の声が聞こえてくる。
『こんにちは、南藤さん。今ちょっとお時間良いですか?』
『未遂ですよ?』
『えっと、何の話ですか?』
『こっちの話です。こんにちは。乙山ダンジョンの件ですか?』
『いえ、そちらは片付いて後任に引き継ぎました。今回はちょっとお願いがありまして、お電話差し上げました』
お願い、と聞いて南藤が思い浮かべたのは塗りポーションこと軟膏の魔力強化依頼だった。
しかし、杷木儀が電話をしてきた理由は別にあるらしい。
『今日、乙山の異世界貿易機構の支部を撤収する準備をしていたんですが、まだ機馬やドローン、橙香さんの鉄塊が倉庫にあるのを見つけまして』
『あぁ、すみません。邪魔なら移動させます。今から向かいましょうか?』
魔力強化した品物は例外を除いて特別な業者しか指定区画外へ持ちだせない。頻繁に移動させるのも面倒で金もかかるからと、次の目的地を決めるまで放置していたのだ。
電話口の杷木儀が言葉を返す。
『いえ、催促の電話ではありませんよ。他の冒険者の方も多くが装備品を置いたままです。倉庫の方は後二カ月ほど使えますので、その点は安心してください』
『そうですか。では、この電話の目的は?』
他には特に理由が思いつかず、南藤は素直に杷木儀の答えを待つ。
電話の向こうから何やらキーボードをたたく音が聞こえてくる。
『南藤さん、次に潜るダンジョンは決まってませんよね?』
『えぇ、まだ決まってないです』
『では、藻倉ダンジョンに潜ってみてくれませんか? 無理にとは言いませんし、様子を見て難しいようなら別のところに向かっても構いません。藻倉ダンジョンまでの運賃は異世界貿易機構が持ちます』
藻倉ダンジョン、南藤も聞いたことがある有名なダンジョンだ。
橙香が気を利かせてノートパソコンを持ってきて、ネットに繋げる。藻倉ダンジョンを検索した結果の画面を見せてくれた。
南藤は画面を眺めながら、杷木儀に答える。
『魔力酔いの問題があるので、結構厳しいですね。それに、異世界貿易機構が運賃を負担するというのはどうしてです?』
『異世界貿易機構は、マスター権限を保有した事のあるクランに対して藻倉ダンジョンのような二級ダンジョンを探索するよう声がけをしているんです。それともう一つ、私たち職員は担当していたダンジョンが攻略されると別のダンジョンの担当になるのですが、その際に実力を認めた冒険者クランを紹介して武装の運賃や交通費を異世界貿易機構の経費で落とせます。何しろ、ダンジョン攻略は国防に関わる問題ですので、実力のある冒険者がマスター権限の売却金などで満足して引退してほしくないんですよ』
ただでさえ人手不足が叫ばれる冒険者業界だけあって、実力を見せた冒険者を可能な限り繋ぎ止めておくための制度らしい。
元々、次に探索するダンジョンが決まっていなかった事もあり、この話に乗るのも悪くない。
南藤は橙香に目で意見を訊ね、同意を貰ってから杷木儀に答える。
『魔力酔いの様子を見てからになりますが、その話をお受けします』
『ありがとうございます。南藤さんのような特殊兵装持ちは珍しいので、現地の冒険者も歓迎してくれるでしょう。では、手続きはこちらの方で済ませてしまっても構いませんか?』
『はい、お願いします』
『では、藻倉ダンジョンでお会いしましょう』
杷木儀といくらか話を詰めてから通話を切り、南藤は橙香に先の話を伝える。
「いつから行くの?」
「杷木儀さんが来月から藻倉ダンジョンの担当になるらしいから、それからだな。この時間を利用して準備したり藻倉ダンジョンについて調べようか」
目的地が決まった以上はもう悠長に構えていられない、と南藤は毬蜂の組み立てを急ピッチで進めるのだった。
これにて一章終了です。
二章は一週間後からとなります。