第二十四話 大塚と室浦
走る、走る。あの日のように。
大塚は他のメンバーに先行して冒険者たちの合流地点へと雪原を走り抜けていた。
復讐鬼と呼ばれるようになってどれほどの時間が経ったかも定かではない。大塚にとって、時間の流れなど夜になれば視界が利きにくくなって戦いにくいといった程度の感慨しか持たない。そもそも、乙山ダンジョンの中では時間の概念さえ希薄になる。
あの日、恋人が魔物に連れ去られた日は雨が降っていた。植木の手入れに使っていた高枝切りばさみを振り回して藻倉ダンジョンの氾濫を生き残った後、大塚は恋人を探すために藻倉ダンジョンへ潜ったが、遺体は見つからなかった。
浮島を繋ぐ石橋を駆け抜ける。合流地点ではすでに戦闘が開始されているらしく、断続的に爆発音が聞こえてきていた。
無線機が拾う音声は助けを求めるものばかり。
死んでいい場所を見つけたのだ、と大塚は知らず笑みを浮かべた。
地球にダンジョンが発生して以降、数えきれないほどの復讐鬼が辿った死への道をひた走る。
大塚は肩越しに背後を振り返った。
高校時代の部活の後輩、室浦が全力で追いかけてきている。その後ろからは使い物にならなそうなキノコ狩り南藤とその護衛を務める鬼の橙香が追ってきていた。
大塚は室浦に声を掛ける。
「お前は他の連中と一緒に後から来い。邪魔だ」
「先輩を一人に出来るわけないでしょうが!」
面倒臭い奴だ、と大塚は鼻を鳴らし、速度を上げる。
室浦とは高校卒業をきっかけに疎遠になっていた。大塚が復讐鬼となってダンジョンに潜っている事を聞きつけて彼女も冒険者となり、ひよこのように後を着いてくるようになってもうずいぶん経つ。
今までにも何度となく置いていこうとしたが、室浦はどこから嗅ぎつけたのか後を追いかけてくる。乙山ダンジョンにも大塚は一人で来たのだが、室浦は二日ほどで居所を見つけ出して追いかけてきたほどだ。
死に場所を求めて冒険者をやっている奴なんて放っておけばいいものを、と大塚は自嘲気味に笑った。
合流地点が見えてくる。爆弾綿毛が炸裂したのか、雪が吹き飛ばされたクレーターがあちこちに開いている。滑落ヤギが群れを成して冒険者たちを取り囲み、空にはバフォメットが泰然と滞空して冒険者たちを見下ろしていた。
大塚は肩に担ぐように得物を構え、右足を踏み出すと同時に袈裟がけに振り抜く。周囲の魔力で形成された仮初の刃が前方へと射出され、迎撃しようと角を振りかざしていた滑落ヤギの眉間を貫く。
容赦なく滑落ヤギの死骸を踏みつけて、大塚は滑落ヤギの群れの真ん中へと乗り込んだ。
死に花だ。派手に暴れてやるつもりだった。
振り降ろし、薙ぎ払い、貫き、刃を乱れ飛ばす。屠った滑落ヤギから夥しい血が吹き出し、大塚を赤く染める。ダンジョンが血を吸収するのが追いつかないほど、ペース配分を無視して大塚は滑落ヤギを斬り殺していた。
魔物が憎たらしくて仕方がない。ひとたびダンジョンから溢れだせば家族や友人、恋人がいる人間たちを攫って行く魔物が憎くて仕方がない。
敵討ちなどと呼べるものではない。もはやただの八つ当たりである事を自覚しながら、それでも大塚は魔物を斬り殺すたびに笑みが深まるのを抑えきれなかった。
大塚が切り開いた道をなぞるように滑落ヤギが助走をつけて走り込んでくる。巨大な角を振りかざし、強靭な四肢で加速してくる滑落ヤギは多大な威圧感を伴っている。だが――
「邪魔すんじゃねえよ、雑魚が!」
魔力強化した身体能力を余すことなく発揮して、大塚は滑落ヤギの突進を紙一重で避けると同時に得物をフルスイングする。滑落ヤギの四肢を骨ごと斬り落とした高枝切りばさみは刃こぼれ一つなく赤い血を纏ってぬらぬらと怪しく光っている。
続けざまに刃を飛ばして、突っ込んでくる後続の滑落ヤギを牽制し本命の突きを放って喉を貫く。
柄を引いて半ばを持ち、脇に抱えるようにして間合いを小さくすると同時に反転、四肢を斬り落とされてもがいている滑落ヤギに致命の一撃を叩き込んで次の標的へ斬撃を放つ。
「――おい、復讐鬼」
暴れていると、横合いから声を掛ける者がいた。
視線だけで確認する。見覚えのない冒険者だ。
「いま忙しい」
話をする時間も惜しい。
会話を拒む大塚を呼び止めようとした冒険者を無視し、得物を振るう。滑落ヤギの頭部を斬り落とし、転がった頭部を右足で蹴り飛ばす。生き残っている滑落ヤギに向けた挑発行為だ。
斬っても斬っても、滑落ヤギは湧いて出てくる。ダンジョンボスと思しきバフォメットは未だに空に浮いたまま、足元にいくつもの魔法陣を描き出しては新たな滑落ヤギを戦場に登場させていた。
しかし、滑落ヤギではいくら出しても効果が薄いと見たのか、バフォメットは大きく翼を一打ちする。すると、バフォメットの周囲に気流の乱れが起き、雪が不規則に揺れ動いた。
「――爆弾綿毛が来るぞ!」
どこかで冒険者が周囲に注意を呼びかける。バフォメットが翼をはばたかせると爆弾綿毛が生み出されるらしい。
滑落ヤギが相手ではいつまでも死ねそうにないと落胆しかけていた大塚にとっては嬉しい情報だった。
爆弾綿毛を隠す様に降り続ける雪の中、大塚は爆弾綿毛を探して目を凝らす。
その時、バフォメットの周囲に何か丸いボールのようなものが投げつけられた。複雑な気流に煽られて軌道の定まらない雪を弾き飛ばして進んだそのボールは何かに当たると蛍光ピンクの塗料をまき散らす。
ボールが飛んできた方向へ視線を転じれば、球体のドローンが浮かんでいた。
ドローンの操縦者、南藤がペイントボールを投げつける事で爆弾綿毛を視認しやすくしたのだ。おそらくは機馬の上からまともに動く事も出来ないだろうに、的確な援護だった。
「……余計なことしやがって」
予想外のペイントボールで現実に引き戻された大塚は周囲の状況を調べるべく見回す。
優に二百を超えるだろう滑落ヤギの群れ。上空にはバフォメットが控え、バフォメットを中心とした気流の乱れにより四方八方へ散らされた雪の中に爆弾綿毛らしきものが舞っている。
対する冒険者たちは爆弾綿毛を警戒しつつ数人のクランメンバーで固まって戦っている。爆弾綿毛の爆風で一網打尽にされる危険性もあるが、それ以上に滑落ヤギへの対処で精一杯なのだ。
けが人も多く、戦闘を離脱した者もちらほら見える。遺体が吸収されて消えていなければ、死者はまだ出ていないようだが、明らかな劣勢だった。
そもそも、遠距離攻撃が可能な冒険者が少ない。滑落ヤギをいくら倒しても召喚主であるバフォメットを倒さなくては劣勢が覆らないというのに、対空攻撃手段を持たない冒険者たちはバフォメットを悔しげに見上げるだけだ。
冒険者は全体で二十人ちょっと。弓を持つ冒険者はその中に数人いるが、バフォメットの足元には魔法陣から召喚されている滑落ヤギが群れているため、距離を詰める事も出来ない。
このまま戦闘を継続しても、数の暴力を前にじわじわと冒険者は戦力を削られ、やがて全滅するだろう。
丸一日たたなければ退路である階層スロープへの橋は再生成されない。仮に再生成されるまで耐えたとしても、大塚たちにとどめを刺さずに優先的に橋を破壊に行ったバフォメットの行動パターンから考えて橋を渡り切れるかは怪しい所だ。
状況はすでに詰んでいた。
方法があるとすれば、誰かが滑落ヤギを捨て身で引き受け、その隙を突いた別働隊がバフォメットへ急接近して集中攻撃する戦法だろうか。それでさえ、バフォメットが直接戦闘を避けて距離を取ったなら冒険者は追い付けないだろう。
すでに生還を諦めている冒険者も多い。絶望的な戦力差を目の当たりにして、惰性気味に滑落ヤギを狩っている。こんな時に戦意が変わらないのが大塚を始めとした復讐鬼なのだから、皮肉なものだ。
戦況を分析しながら、大塚はやや遠くから突進してくる滑落ヤギに向けて得物を振り上げる。
直後、滑落ヤギの後方で爆発が巻き起こり、爆風に煽られた滑落ヤギが唐突に加速する。
反射的に横に飛び退いた大塚は突進をかろうじて避け、すれ違いざまに滑落ヤギの胴体を深く切り裂いた。
爆発の起きた地点へ視線を転じれば、滑落ヤギの死骸が四散していた。爆弾綿毛が滑落ヤギに接触し、爆発したのだろう。
「同士討ちのせいで訳が分からなくなるな」
呟く間にも、爆発音が聞こえてくる。滑落ヤギに遮られて見えないが、綿毛によるものだろう。
バフォメットにしてみればいくらでも呼び出せる滑落ヤギを使った自爆特攻だ。如何なるコストが必要かは分からないが、冒険者を殺すことが目的なら効率的ではある。
またも、バフォメットが翼をはばたかせて爆弾綿毛を無数に散らす。
爆弾綿毛の爆発力は生半可な防具を吹き飛ばして所有者にダメージを与えるほどのものだ。それが大量に生み出され、誘爆するともなれば危険性は計り知れない。
爆弾綿毛を警戒して冒険者たちは後退を始めている。バフォメットとの距離が開き、打つ手はさらに減っていった。
戦線が崩壊していないのは、単に逃げ場がないからだ。各パーティーでも怪我人が増えており、連携すらままならない。
大塚は他の復讐鬼と共に最前線で暴れていた。死を恐れないどころか死ぬためにここまで来た大塚たちにとって、迫りくる爆弾綿毛など眼中にない。
いつか来る死の瞬間まで魔物を殺し続ける。それが復讐であり、愛した者の元へとたどり着く最後の手段だと信じて。
滑落ヤギの血で真っ赤に染まった復讐鬼の一人が魔力強化されているらしい大きな団扇を振り抜く。ただそれだけで正面にほんの一瞬、強烈なつむじ風が発生して滑落ヤギを吹き飛ばした。
宙に浮いた滑落ヤギが爆弾綿毛に触れたらしく、花火のように宙で爆発する。
「――あ、終わりか」
団扇を振り抜いた復讐鬼が宙を見上げて何かを見つけ、満足そうな顔で呟く。
直後、誘爆した爆弾綿毛による大規模な爆発が巻き起こった。
中空から連鎖的に爆発が下方へと降りて行き、団扇を持った復讐鬼を呑みこんで周囲五メートルを吹き飛ばす。猛烈な爆風が吹きつけ、近くに居た大塚は姿勢をかがめて風をやり過ごした。
しかし、大塚はすぐに復帰して爆風で吹き飛ばされた滑落ヤギを殺しに向かう。
団扇の復讐鬼については頭の片隅に追いやっていた。最後の表情を見れば本懐を遂げたと分かるからだ。志を同じくする者としてその死を嘆くのは侮辱でさえある。
だが、団扇の復讐鬼が居なくなったことで前線は崩壊しつつあった。後方にいる冒険者たちへと滑落ヤギが大挙して押し寄せ、対応が間に合っていない。
冒険者たちの中に室浦の姿を見つけた大塚はすぐに視線を外した。
先ほど上空で爆発が起きた際に爆風に押されて地面に落ちてきた爆弾綿毛を踏んだ滑落ヤギがあちこちで爆死している。断続的に鳴り響く爆音と焦げた臭いが戦場に充満しつつあった。
好機だ、と大塚は地面を蹴って駆け出す。
目指す先はバフォメットの真下。
爆弾綿毛が雪と共に積もっている戦場を躊躇なく駆け抜ける。復讐鬼でなければできない捨て身の突撃だ。
だが、無謀無策ではない。滑落ヤギが数を減らした場所、すなわち爆発があった場所にはもう爆弾綿毛がないのだ。もしもあったならば誘爆しているはずで、爆風の影響を考えれば新たに積もるまで今しばらくの時間がかかる。
爆発により数を減らした滑落ヤギの間をすり抜ける。魔力強化した大塚の身体能力ならば造作もない。
大塚の接近に気付いたバフォメットが新たな滑落ヤギを召喚し始める。
高さは二十メートルほど。大塚の高枝切りばさみでは届かない高さにいる――そう安心しきっているのだ。
召喚された無傷の滑落ヤギには目もくれず、大塚は高枝切りばさみの柄の端を両手で掴み、肩に担ぐように構える。
「死ね」
単刀直入に、大塚はバフォメットに憎悪を込めて言い放ち、得物を思い切り振り抜く。
弧を描く高枝切りばさみの穂先に魔力で刃が形成される。しかし、一つでは終わらない。形成された刃はその先に新たな刃を形造り、魔力の刃は多段構造を形成しながら連続して生み出され、バフォメットを延長線上に捉えると同時に振り抜かれた勢いと共に射出された。
全部で十三の魔力刃がバフォメットへと高速で飛翔する。それはあたかも多段ロケットに似て、最後尾の刃が消える代わりに飛距離を伸ばしていた。
室浦にさえ見せていない奥の手だ。
不意を打って放たれた魔力刃を見たバフォメットは腕を身体の正面で交差させる。
バフォメットに届いた刃はたった一つ。しかし、この戦闘で初めてバフォメットに傷を負わせることに成功した。
刃が込められた魔力を失って消え去った時、バフォメットの左腕は深く切り裂かれ、血をしたたらせていた。
「はっ、ざまぁみろ」
大塚はバフォメットに一太刀浴びせたことに満足して笑みを浮かべ、振り抜いた得物を近くにいた滑落ヤギへ突き刺した。
みしっと高枝切りばさみが軋む音を上げる。魔力で形成されるとはいえ重量も存在する魔力の刃を十三個生み出した状態で遠心力に任せて振り切ったため、高枝切りばさみの柄が掛けられた多大な負荷にいまさら悲鳴を上げているのだ。
だが、どうせこの場で死ぬ身だと大塚は歯牙にもかけず得物を振り回した。
真下で大立ち回りを演じる大塚へと、バフォメットが憤怒に燃える目を向ける。翼を一打ち、それだけで生み出された爆弾綿毛を吹きつけて、バフォメットは反動で空へと高く飛翔した。
殺到する爆弾綿毛に気付き、大塚は抵抗を止めて得物の切っ先を下げる。
「ようやく……」
心残りはあったが、ここで死ねるのなら満足だった。
死地へ付き合わせる事になってしまった室浦、南藤と橙香の姿が脳裏をよぎる。
戦闘力が高い室浦と橙香はまだ生き残っている可能性が高いが、魔力酔いで立つこともままならない南藤は望み薄だろう。あの世であったなら詫びねばならない。
しかしやれる事はすべてやったはずだ、と大塚は雪と共に吹きつけようとする爆弾綿毛に触れようと手を伸ばし、目を見開いた。
巨大な水の帯が雪も爆弾綿毛も区別なく遠くへ押し流したのだ。
「――先輩!」
叱るような、すがるような、室浦の声が近くで聞こえた瞬間、大塚の身体は地面に引き倒されていた。
大粒の雪が降り積もる中で長時間戦闘をしているとは思えない、乾いたバスタオルがひらりと大塚の視界を横切る。
室浦が得物として用いるバスタオルだ。もっと扱いやすい武器に変えろと幾度となく注意してきてもかたくなに使い続けているバスタオルだった。
大塚の上に室浦が立つ。
「いい加減にしてくださいよ! 死人の尻ばっかり追いかけやがってあたしの立つ瀬がないじゃないですか!」
罵倒しながら、室浦はバスタオルを大塚の服に触れさせて水気を吸い取り、迫ってきていた滑落ヤギへと水の玉にしてぶつけて怯ませる。
大塚は起き上がりながら、室浦を睨んだ。
「てめぇ、なんでこんなとこまできやがった!? 引っ込んどけ!」
「死人に勝てないのは分かってるから現世にいる間くらいは独り占めしようって自分でもうんざりするくらい浅ましい魂胆があるからですよ。これで満足ですか!?」
「……は?」
「……あ、言っちゃった」
場違いに弛緩した空気が一瞬流れたその直後、室浦がはっとしたように大塚を乱暴に蹴り飛ばした。
「何しやがる――」
反射的に抗議しようとして、室浦が諦めたような顔で宙を漂う雪を見ているのに気付く。
いや、雪ではない。蛍光色の塗料が付着したそれは、爆弾綿毛だった。
室浦の目と鼻の先を漂うそれは、少しでも室浦が動けば風に巻かれて接触するだろう距離。
「……おい室浦、動くなよ」
「ヤギが来てるんで無理です。先輩は巻き込まれないように距離とってください」
「何言ってやがる」
「あの世の彼女さんに会う時に女連れじゃ締まんないでしょ。出来るだけ後からゆっくり来てください」
苦笑した室浦が滑落ヤギを迎撃するべく視線を向けたその瞬間、大塚の耳は確かにその声を捉えていた。
無線機からの機械音声。芯の通った青年の声。
『――状況把握』
同時に、大塚のこめかみをかすめて小さな何かが空を切った。
その小さな何かは目で追う事も出来ないとても小さなものだった。しかし、それがもたらした結果は大塚にとって何よりも大きい。
その小さな何かは室浦のそばにあった爆弾綿毛を正確に撃ち抜き、軌道を大きく変えたのだ。
「……え?」
死の覚悟を決めていた室浦が予想外の事態に小さく声を上げる。
何が起きた、と大塚は周囲に視線を走らせる。降りしきる雪の向こうに高速で飛びまわる三機のドローンが見えた。
そう、三機のドローンが同時に飛ぶ光景が見えたのだ。
無線機が音声を伝える。
『大塚さん、室浦さん、援護するので合流してください』
指示が聞こえた直後、大塚たちの周囲を囲んでいた滑落ヤギの包囲の一角が崩れる。
それだけではない。高速で飛翔してくる何かが雪に混ざる爆弾綿毛を正確に弾き飛ばし、大塚たちの退路を作っていた。
「先輩、走ってください!」
室浦が有無を言わさず大塚の腕を掴んで走り出す。
何が起きているのか全く分からないまま、大塚は雪原を走る。
雪原を埋める滑落ヤギの群れの向こうに冒険者たちの集団が見えてくる。
集団の真ん中に六本脚の機械の上に仁王立ちする南藤の姿があった。
見慣れた魔力酔い患者の脱力しきった姿でも、土気色の顔でもない。精悍な顔つきに鋭い視線で戦場を睥睨する青年の姿。
大塚たちの合流を確認した南藤が無線機を取り出す。
『合流完了。俺の指示に従いたくない冒険者はそのまま自衛してください』
南藤がバフォメットを見る。何の感慨も浮かんでいないその瞳にバフォメットを映しながら、南藤は無線機を片手に続けた。
『作戦開始――』