第二十一話 連合パーティー
南藤と橙香が病室を訪ねると、クラン『踏破たん』のタンクである勝屋が鞄に入りきらない荷物を前に困り顔をしていた。
包帯を巻いた右手を使えず、余った荷物を持ち運ぶ事が出来ないらしい。
入り口に立った南藤たちを見て、ちょうどいいとばかりに勝屋が手を振った。
「退院祝いか? ありがとな」
「いえいえ。余った荷物は俺が持ちますね。他のクランメンバーはどうしたんですか?」
「紫杉が車を回してくれるらしくてな。全員それに乗ってくるって話だったんだが、高速道路で渋滞に捕まったって連絡があった」
「それはまた災難ですね」
「あぁ、二人が来てくれて助かった」
勝屋の荷物を持った南藤は病室にいた他の患者に挨拶して橙香と共に病室を出た。
病院を出ると、駐車場に明らかに場違いな機械が一機停められているのを見て、勝屋が乾いた笑い声を零す。
「機馬を駐車場に停めるのってありなのか?」
「病院の許可は得ているので問題なしです。それで、どこまで運べばいいですか?」
「そうだな」
勝屋は時間を確認してから空を見上げた。透き通るような青い空は雨の気配など微塵も感じさせない。
その時、勝屋のポケットからメール着信を知らせるアラームが鳴った。
勝屋はスマホを取り出してメールを確認する。
「高速道路を途中で降りて、荏田井と保篠が電車でこっちに向かってるらしい。すぐに到着するとさ」
「そうですか。じゃあ、一緒に待ちましょう」
「いいのか。公式掲示板で募集をかけてたろ」
ダンジョンの方角を指差して、勝屋が心配する。
南藤は心配はいらないと首を横に振った。
「時間までまだ二時間ちょっとありますから。それよりも怪我人を駐車場に放置なんてできませんって」
「そうか。なんか悪いな」
勝屋がどこか照れくさそうに笑う。
橙香が機馬に南藤と並んで腰掛け、勝屋は近くのベンチに座る。勝屋の隣には入院中の着替えの他、知り合いの冒険者からもらったというお見舞いの品や退院祝いが置かれていた。なかなかの大荷物だ。
橙香が手元の小箱を見る。南藤と共に購入した勝屋への退院祝いの品である。
「暇ですし、食べちゃいますか?」
「いいね。貰おうかな」
「どうぞ、どうぞ」
橙香が蓋を開けて小箱を差し出す。ちょっと高級なチョコレートだ。
勝屋がアーモンドチョコを一口食べて、口笛を吹く。
「美味い。高級品は違うな、やっぱ」
「ビター系の方がいいかなって思ってこれを選んだんです」
「甘すぎるのは苦手だから嬉しいよ。本当、橙香ちゃんは良い娘だな。南藤さんが羨ましい」
小腹が空いていたのか立て続けにチョコを三つほど食べた勝屋は、不意に真剣な顔つきになって南藤に声を掛けた。
「今回の公式掲示板での募集、復讐鬼と潜るって聞いたんだが」
「大塚さんたちと潜る予定です」
「そうか。まぁ、南藤さんと橙香ちゃんが決めた事なら何か言うのは筋違いなんだろうな。うちのクランもしばらく前線復帰は無理だし、やっぱりクラン入りの件はお流れか」
「申し訳ないですが、ご縁がなかったという事で」
「その台詞言われたのは就活以来だわ」
笑いのツボを刺激したらしく、勝屋が笑う。
ひとしきり笑った後、病院の正門から入って来た男女の二人組を見つけた勝屋が立ち上がった。
「怪我を治してライオットシールドも新調したらまた一緒に潜ろうぜ」
「その時はぜひ」
「ボクも待ってるよ」
「おう」
正門から歩いてくる男女、荏田井と保篠に勝屋が無事な左手を振ると、あちらも気が付いたらしく駆け寄ってくる。
彼らの合流を見届けて、南藤は橙香を乗せたまま機馬を起動し待ち合わせ場所へと向かった。
※
公式掲示板で募集しただけあって、南藤と橙香、大塚、室浦を除いても二十人もの冒険者が待ち合わせ場所に集まった。
南藤は集合した冒険者をざっと見回す。
「凄そうなのがちらほら混ざってるな」
「復讐鬼は刃物みたいな武器に適したモノを携えてる場合が多いんだよね。大塚さん以外にも三人くらいいるけど」
元々復讐を目的にダンジョンに潜る復讐鬼たちは汎用性の高い武装より殺傷性を突き詰めた武装を好む。魔力強化の方向性も切れ味などを求める傾向にあるという。
この観点からすると、汎用性重視の南藤のドローンや戦闘能力を持たない機馬は復讐鬼たちにとって理解のできない選択だ。南藤と橙香を乗せている機馬に視線が集中しているのは物珍しさだけではないといえる。
そして、殺傷能力以前に武装にすら見えない得物を携えている者がすぐそばにいた。
「そろそろ時間だ。この大所帯でどんな風に行軍するんだい?」
大振りのバスタオルを右手に巻きつけた格好の室浦だ。動きやすそうな上下一揃いの赤いジャージにバスタオルという組み合わせは風呂上がりのようにも見えるが、これが彼女の武装のすべてらしい。
第六階層からの撤退中に合流した際、室浦はその魔力強化したバスタオルで魔物の血を一滴残らず吸い取っていた。戦闘そのものは大塚に任せきりだったが、戦闘終了後にはバスタオルに吸わせた物理的にあり得ない量の魔物の血液を大塚と分配していた。
吸収効率や保水量などの魔力強化が施されている事までは分かるが、戦闘も十分こなせるという話だった。
室浦のように一見して武器に見えない装備を持つ者の多くは二人組か三人組のクランを組んでいるらしい。役割分担がそれぞれにあるのだろう。
南藤は集まった冒険者全員の武装や顔を覚えつつ、そばにいる大塚に声を掛ける。
「室浦さんの言う通り、この人数でどう行軍します?」
「お前さんが集めたんだろうが」
「でも、今回第六階層へ案内してほしいと依頼してきたのは大塚さんですよね。魔物も出来るだけ殺したいって話でしたし、統率するのは大塚さんの方が混乱は少ないでしょう」
南藤の論に正当性を見つけると同時に、大塚は心の底から嫌そうな顔で南藤を睨みつけた。
集団の統率者が命を捨てに行くのは無責任だ。そのような行為をした場合、天国に行けるかと言われれば難しくなる。
南藤は最初から、この集団の統率を押し付ける事で大塚が簡単には自殺願望を発揮できないように心理的な圧力をかけるつもりだったのだ。
企みに気付いた大塚の不服そうな視線を眉一つ動かさずに受け流す。
「ちっ……。室浦――」
「頼みますよ、陸上部でも部長やってたんですし」
「てめぇ」
「往生際が悪いですね」
「クソが」
悪態をついた大塚は諦めたように一歩前に出て、口を開く。
「第六階層までは集団行動。俺とこのデカい機械に乗っている奴らが案内する。途中離脱する場合は声をかけてくれ。第六階層から先は自由行動だ。ただし、ダンジョン七階層の階層スロープを見つけてもむやみに下るな。乙山ダンジョンの魔力濃度から推察されるボスフロアの階層は七階層だからだ。説明は以上。出発する」
責任を負う範囲を限定して話を打ち切った大塚が乙山ダンジョン入り口へ歩き出す。
冒険者たちは一切文句を言わなかった。もとより自己責任だと強調されている募集だけあって、不満がないのだろう。
乙山ダンジョンの入り口を固めている自衛官に冒険者登録証を提示して中に入る。
第一階層日中平原、第二階層夜間平原、第三階層日中渓谷、第四階層夜間渓谷とスムーズに抜けていく。
人数が多い事もあり、渓谷では長い列となった事が災いして魔物の襲撃を受けやすかったが、最も厄介とされる登山者喰らいは南藤が処理していたため一人も欠けることなく抜ける事が出来ていた。
第五階層の嵐の渓谷は事前説明があったため洞窟から洞窟へと冒険者の小グループを移動させる形で乗り越える。
結局、ただ一人も欠ける事なく第六階層に到着した事に冒険者たちは驚きを隠せなかった。
冒険者たちは、隊列をほぼ崩すことなく第六階層である日中浮島に到着できた理由の大部分は索敵の精度にある事を理解していた。
だからこそ、機馬の上で吐き気を堪えている、とてもではないが使えなさそうな青年が功労者である事に驚愕していたのである。
「さぁ、第六階層だ。後は個々で勝手にやってくれ」
投げやりに言って、大塚が率先して歩き出す。
「大塚先輩、もうちょっと気を使った方がいいよ」
態度が改められることはないとすでに諦めているような口調で室浦がたしなめて後に続く。
「芳紀、行くよ」
橙香が声を掛けると、南藤は口を押さえながらコクリと頷いた。
大塚と室浦の後を追いかける南藤と橙香。その後ろからとある一団が付いてきていた。