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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第一章 乙山ダンジョン
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第十四話 トラップな魔物

 洞窟に入った瞬間、紫杉は身を包む違和感に眉を顰め、すぐに違和感の正体を看破して叫ぶ。


「撤退!」


 理由を問うような悠長な真似はしない。橙香や荏田井たちはすぐに飛び退き、入り口へ向かって一目散に引き返した。


「おい、どうした?」

「ガスキノコだ。中の蔦キツネが踏みやがった!」


 ガスキノコは第一階層から出現するキノコ型の魔物だ。非常に弱く、魔力酔いで動けない南藤でさえ機馬で踏み殺せたほどである。

 しかし、ガスキノコはそもそもがトラップ扱いされる特性を持つ魔物だ。麻痺性のガスをばら撒くその性質は第一階層や第二階層のような開けた場所では大した効果を望めない。

 だが、洞窟のような閉所で炸裂した場合、その場にいた者が全員餌食となる。


「っくそ、開始早々やられた!」

「どうでもいい。一時撤退するよ」


 舌打ちする紫杉を促して、保篠が事前に避難場所と定めた洞窟に向かって走り始めたその時、橙香がいち早く危険を察して上空を仰ぐ。


「ツバメが来ます!」

「野郎、これを狙ってやがったな!?」


 不用意に洞窟に踏み込んで麻痺性のガスを吸い込み動きが鈍った冒険者を機動力に優れたツバメ型魔物が追い討つ。そこまでが作戦なのだと気付いてももう遅い。

 紫杉が武器の金槌を構えようとして、痺れた指先が金槌を取り落とす。


「悪い、俺ダメっぽい」

「紫杉、動けるうちに機馬の下に身を隠せ!」


 勝屋が機馬を指差す。六脚で立つ機馬が高さを調整し、人が身を潜められる程度の空間を作り出した。


「南藤さん、すまん!」


 機馬の上でうつぶせのまま脱力状態の南藤に声をかけて、紫杉が機馬の下に潜り込む。南藤は問題ないと示すように震える片手を持ち上げて親指を立てて見せた。

 あからさまに動きが悪い紫杉と南藤を狙ったツバメ型魔物が急降下を開始する。南藤は親指を立てたままの片手をさらに持ち上げてツバメ型魔物に向けると、そのまま片手を反転させて親指を下に向けた。

 直後、夜空に一筋の光が走る。


「ぎぃっ!?」


 肺を潰されたような声を上げたツバメが錐もみ回転しながら落下する。しかし、落下は途中で軌道を変え、振り子のようにツバメ型魔物は空中を行ったり来たりし始めた。

 仲間の不審な動きに警戒した他のツバメ型魔物が上空を旋回し、訝しむように振り子運動を続ける仲間を見下ろす。


「閃光弾」


 南藤の宣言を聞いた荏田井たちがすぐに腕で目を覆う。直後、振り子運動を続けていたツバメ型魔物の至近からまばゆい光が溢れだした。振り子運動を続けるツバメ型魔物とその胴体に撃ち込まれたテーザー銃のワイヤー、ワイヤーが繋がっているドローン雷玉が閃光弾の光の中に浮かび上がる。

 振り子運動をする仲間を注視していたツバメ型魔物が光に目を焼かれ、無茶苦茶に飛び回り始める。


「右を落とす」

「私は左ね」


 荏田井と保篠が二羽のツバメ型魔物を射殺す。無茶苦茶に飛び回ろうとも、避ける動作が出来ないのであれば落とすのも難しくない。まして、最前線を進むクランとして身体の魔力強化も経験している荏田井たちならばなおさらだ。

 ツバメ型魔物に遅れて崖を跳び越えてきた不意打ちカラスはすでに戦闘が終了している事を察して引き返そうとしたが、待ち構えていた南藤のドローン団子弓のガス銃と荏田井と保篠の弓矢で七羽を殺され、橙香と勝屋が投げつけた石で三羽が谷底へ消えていった。三羽については生死不明ながら、仮に生きていたとしてもすぐに戦闘に復帰できるとは思えない。


「俺、何の役にも立てなかった……」


 麻痺が治ったらしい紫杉が機馬の下から這い出てため息を吐く。

 洞窟内のガスが消えるまで飛び込むわけにもいかないため、再襲撃を警戒しながら一時休息を取るため崖肌に背中を預けた勝屋が首を横に振る。


「いや、紫杉が洞窟でガスキノコに気付かなかったら全滅してたかもしれない。というか、よく気付いたな?」

「ノドがいがらっぽくなるんだよ、あのガス」

「お水どうぞ」

「おぉ、橙香ちゃん、ありがとう」


 橙香に紙コップに入れた水を渡された紫杉は口をすすいで水を吐き出し、喉を押さえて調子を確かめる。


「よし、オッケー。というか、ここでレモン水って女子力高いな」

「芳紀ー褒められたよー」

「よかった、な」


 嬉しそうに報告する橙香の頭を南藤が撫でる。

 仲睦まじい二人を横目に見つつ、紫杉は空になった紙コップを丸めて腰のポーチに入れた。不法投棄してもダンジョンの効果でどうせ消えるのだが、消えた品が魔力となってダンジョンに吸収されると氾濫の時期が早まるため、冒険者はゴミの類は持ち帰るよう異世界貿易機構から徹底されている。


「それにしても、さっきの南藤さん反応早かったね」


 保篠が南藤のドローンである雷玉を眺めながら声を掛ける。

 四肢を投げ出して機馬に乗せられている状態の南藤が片腕を上げて返事に代えた。


「魔力酔いが少しましになったからだと思うよ。芳紀が本調子なら、ボクたちはあのツバメを見る事もなかったと思う」

「どういうこと?」

「ツバメがここに来る前に芳紀がドローンで殲滅してるって事」

「それは流石にないでしょ?」


 半信半疑ではあったが、逆に言えば半分は信じてしまえるほど、先ほどの戦闘でツバメ型魔物を無力化する手腕は素晴らしかった。実行してのけたのが魔力酔いで青い顔をしている南藤でなければ素直に信じた事だろう。

 そろそろ洞窟内のガスも吹き流された頃だろうと、一行は立ち上がって慎重に洞窟へ向かう。


「紫杉が先に入ってよ。私じゃわかんないし」

「ガスキノコ探知機かよ。南藤さん、ドローンで確認できません?」

「ガスが、充満しぇぁ……」

「芳紀!?」


 いきなりろれつが回らなくなった南藤に驚いた橙香が駆け寄る。容体を確かめた後、心配そうに南藤の背中をさする。

 南藤は先ほどよりも青い顔で吐き気を堪えている。もはや見慣れてきていた『踏破たん』のメンバーは南藤の症状から状況を察した。

 保篠と勝屋が洞窟を見る。


「洞窟の中は外よりも魔力濃度が高くなってるみたいね。さっきまでは濃度差なんてなかったのに」

「さっきの突入時には南藤さんが反応してなかったもんな。って事は、この短時間に洞窟の中で魔力が生成される何かがあった? 魔物が――ガスキノコが死んだのかもな」

「南藤さんを魔力濃度計測器みたいに扱うの止めてくれよ。俺の命の恩人なんだよ」


 二度も助けられた紫杉が困ったように眉を寄せる。

 とはいえ、ダンジョン内で局所的に魔力濃度が上昇する事態となると限られる。

 吐き気を堪える南藤が操縦する毬蜂が洞窟内を撮影した結果、ほぼ魔力となって消えている蔦キツネとガスキノコの死骸が転がっていることが分かった。


「ガスキノコで麻痺して蔦キツネがそのままぽっくり逝った?」

「自滅かよ。締まらねぇな」

「自滅覚悟の道連れ攻撃だったんだろう。実際、決まったら俺たちは全滅していた可能性が高い。外から入ってきたツバメ型魔物に食われておしまいだ」


 意見を交わしながら洞窟の中を進む。生き残りの蔦キツネによる散発的な攻撃に対処しつつ進めば洞窟の出口が見えてきた。

 ドローンで先行偵察させてみるが、待ち伏せの類はない。魔力濃度が高くなった洞窟内を進んだせいで南藤はグロッキー状態だが、戦闘機動を取らせない限りドローンの操作はかろうじてこなせるようだ。

 洞窟を抜けた先には崖に四方を囲まれた直径二十メートルほどの広場があった。暗褐色の地面の広場だが、中央には不自然に赤茶けたスロープが下方へ延びている。


「第五階層へのスロープかしらね?」


 保篠が警戒しつつスロープの奥を覗き込む。明かり等あるはずもなく真っ暗な坂道が奥へと伸びている。耳を澄ませば微かに風の音が聞こえてきた。


「行ってみる?」

「行かなきゃ始まらないだろ。調査は必要だしな」


 保篠に聞かれるまでもないと、勝屋が盾を構えてスロープを下り始める。後に続く紫杉、その後ろには荏田井と保篠が続き、最後尾を南藤と橙香が固める形で先を目指す。


「三百メートル、先まで、敵影なし」


 南藤が先行して飛ばした毬蜂から送られてくる映像を解析しつつ、魔物の待ち伏せがない事を先頭の勝屋に告げる。洞窟を抜けた事で魔力濃度が第四階層の平均値に戻り体調も幾分か改善した南藤はぎこちないながらも呂律が回っていた。

 しかし、長くは続かなかった。


「……南藤さん、この先どうなってます?」

「三百メートル先まで敵影なしだって。ちょっと右にカーブしてるみたいだね」

「橙香ちゃん、南藤さんはもしかして魔力酔い?」

「うん……」


 付近に魔物がいないと知らされた事もあって、南藤の魔力酔い報告を聞いて弛緩した空気が流れる。

 気を取り直す様に橙香が話題の軌道修正を図った。


「この坂道は下っていくほど魔力濃度が高くなってるみたい」

「奥で魔物が大量に死んだって事?」

「多分、第五階層に繋がる坂道だからだと思う。芳紀がこんな風に緩やかに体調を悪くしていくのって次の階層に行く時だから」


 魔力濃度計測機の面目躍如な南藤に、紫杉が気の毒そうな目を向ける。

 だが、得られた情報は有益なものだ。このスロープが第五階層に繋がっているのなら、安全地帯を見つけたことになる。無事にダンジョンを出て異世界貿易機構に報告すれば賞金も手に入るのだ。


「先を急ぎたいところだけど、南藤さんの体調を見つつゆっくり行こう」

「ありがとう。芳紀、ガンバ!」


 ドローンを操縦する指先に集中するので精いっぱいらしく、南藤は橙香に言葉を返せなかった。



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