第十三話 スロープ発見
魔物の群れの襲撃を受けた地点から二キロほど進んだ洞窟を休憩場所に選んだ一行は、保温容器に入れた冷たい麦茶を飲んで戦闘を振り返っていた。
「連携不足だな」
紫杉が端的に告げる。
クラン『踏破たん』と南藤、橙香ペアとの連携不足が先の戦闘で窮地に陥った原因の一つであるという分析には、橙香も頷く。
「芳紀の事は気にしなくて大丈夫です。ボクが絶対に守りますから」
「そうだな。即興で連携が取れるとも思えないし、ここは完全に別のグループとして互いのフォローは最低限に戦った方がよさそうだ。キノコ狩りの人たちよりも俺たちの方が弱いみたいだしな」
「後は、ツバメよね」
先の戦闘で存在が確認された大型のツバメ型魔物。第四階層へのスロープが見つかったのがついこの間であり、新種の魔物が潜んでいる可能性については指摘されていた事ではあったのだが。
「まさか、飛行型とはね。早くこのダンジョンを制覇しないとまずいよ」
深刻な顔で保篠が呟いた。
荏田井たちでも時間を掛ければツバメ型魔物に対処する事は出来る。しかし、飛行型の新種魔物が出現する事による弊害はダンジョン内ではなくむしろダンジョンの外で起きるのだ。
「氾濫が起きようものなら、あのツバメ型魔物がダンジョンの外に溢れる事になる。ここは一度ダンジョンを出て、異世界貿易機構に情報を流した方がいいかもしれないな」
荏田井が腕を組んで今後の行動について考えを巡らせる。
氾濫と呼ばれるダンジョン内から魔物が溢れだす現象はまだ未解明の部分が多い。
ひとたび氾濫が起きれば、今までそのダンジョンで冒険者が侵入した階層に出現する魔物が大規模な群となってダンジョンの外へ飛び出し、周辺に生きる動物を殺害、拉致してダンジョン内に連れていく。動物の死体はダンジョン内で魔力となって消えるらしく、氾濫はダンジョンが魔力を調達するための現象とも考えられていた。
飛行可能な魔物はその行動範囲が広く、回避能力も高い。氾濫時にダンジョンを出発した飛行型魔物が隣国で確認された海外の事例もあり、被害規模によっては国際問題ともなり得る。
乙山ダンジョンで今まで確認されていた飛行可能な魔物である不意打ちカラスは体格がさほど大きくなく、運べるとしてもせいぜいがネズミなどの小動物であったためさほど問題視されていなかった。
「そのライオットシールド、何キログラムあったっけ?」
荏田井が勝屋に訊ねる。
勝屋はツバメ型魔物に危うく盗まれそうになったライオットシールドを持ち上げて見せる。
「改造してるのもあって五キログラムはある。重量軽減の魔力強化もしてないしな」
「あのツバメ一羽で猫くらいならギリギリで攫えるくらいの筋力があるって事か。ライオットシールドを持ち上げた時の様子を見ると、もっと重くてもいけそうだが」
「勝屋ごと攫って行くことはできてなかったよね。上限としては成人男性を攫えるほどではないって見かたができるけど」
「規定だとどうなってんだ? 機構の方で報告義務が生じる基準値みたいなのがあったろ?」
勝屋の問いかけに、荏田井が腰のポーチからスマホを取り出す。当然、電波は届いていないが、保存してあるデータを見る事は出来る。
「二十キロ前後を持ち運べる飛行型魔物に報告義務がある。つまり、あのツバメを報告する義務が生じるかは微妙なところだ」
「それなら、もっと進もうよ。新種が出る可能性は最初から分かってたんだし、引き返す理由にはならないでしょ。報告するにも、まだあのツバメに関する情報はほとんどない」
「当初の目的は南藤さんのドローンを使ったこの階層の調査だからな。予定より調査が進んでいるとは言っても、もっと奥に進みたいところだ」
階層の探索続行で方針がまとまった仲間を見て、荏田井は南藤を見る。ともに探索しているとはいえ正式に仲間となったわけではないため、反対意見があるならば尊重するつもりなのだ。傍目に見ても、南藤の体調が最悪なのは理解できるため、単純に心配もしている。
「……探索続行に賛成だって」
南藤の手話を見た橙香が荏田井に告げる。
「それと、第五階層へのスロープらしきものを見つけたって」
「うそっ!?」
保篠が真偽のほどを確かめるべく、前のめりになって南藤がドローン毬蜂から得た情報で作った地図を見る。
そこには確かに、スロープらしき影が映り込んだ写真を添えられた地図があった。
「距離は?」
「直線距離で四キロメートル先。望遠で撮った写真を解析しただけだから道順までは分からないって」
「半端じゃない調査能力……。でもこの写真だと、下の階層に行けるかどうかは半々ね。もしかするとダミーかも」
「ダミーなんてあるんですか?」
気になる単語を聞きとがめ、橙香が訊ねる。ダンジョンについてはインターネットなどで公開情報を調べてあるが、ダミーが存在するとは聞いたことがなかった。
橙香の質問に荏田井が答える。
「通称ダミー階段と呼ばれています。遺跡のような形状の階層を有しているダンジョンには時折みられる物で、階段を下って行った先には魔物が溜まっている、いわゆるモンスターハウスがあったりします。この夜間渓谷は遺跡ではないでしょうから、ダミー階段の可能性は極めて低いでしょう」
注意はしておきますが、と荏田井は締めくくり、機馬がなおも出力している地図を並べて可能な限りの道順を調べ始める。
「洞窟を潜らないとスロープまではいけないようですね」
「おぇっ」
「大丈夫ですか?」
荏田井に問われて、南藤は首を横に振る。限界らしい。
機馬の上でぐったりしつつ、ドローン毬蜂を回収するべく操作に専念し始める南藤を放置して、荏田井たちは地図を洞窟の床に広げた。
「案外、早かったな。間違いなく最速踏破記録だろ」
「ずいぶんと階層スロープ同士が近くに配置されてるね。トラップがあるわけでもないのに」
「直線距離では近いってだけで、道なりに進むと徒歩二日とかもあり得るぜ?」
「第三階層が徒歩七時間でスロープに辿り着けるようになっていたし、二日とまではいかなくてもそれなりに時間がかかる可能性はある。休憩は適宜挟むとして、次の休息地点に適しているのは――」
乙山ダンジョンでも最前線を探索し続けてきただけあって、荏田井たちは意見を交わしながら順調に計画を立てていく。
休憩地点と魔物を発見した際の迎撃地点、撤退する際の道やはぐれた場合の合流地などを決めて、地図に印をつける。南藤が毬蜂で撮影した動画等をもとにしているだけあって、縮尺や高低差なども加味された地図を見れば予定も立てやすい。
「では出発、と行きたいところだけど南藤さんは大丈夫?」
「……うっぷ」
「行けるって」
「本当かよ、おい」
頼りになるのかならないのか、いまいち締まらない南藤への対応に苦慮しつつ、一行は計画通りに出発した。
※
「洞窟内に蔦キツネの群れがいるって、芳紀が」
橙香が南藤の口に耳を寄せて聞き取った情報を荏田井たちに伝える。
さもありなん、と荏田井たちは顔を見合わせて頷いた。
問題の洞窟は崖の中腹に穿たれた貫通型で、入り口から毬蜂が照明を当てて撮影した写真によれば左右に七メートル、高さは二メートルほど。長柄武器を振り回すには狭く、大柄な冒険者であれば戦闘が難しい天井の高さだ。
しかし、群れで潜んでいるという蔦キツネにとっては広々とした空間となる。
毬蜂による上空からの撮影結果から、蔦キツネの群れが潜む洞窟が第五階層へのスロープに辿り着ける唯一の道だと判明していた。第四階層の最後の難関といった風情だ。
紫杉が頭を掻く。
「やっぱり待ち伏せしてやがったか。まぁ、ここを通るのは分かってるもんな」
「滑落ヤギじゃなく、毒持ちの蔦キツネってところもやらしいわ。誰か一人でも噛まれたらスロープ目前なのに撤退しないといけないもの」
「魔物がそこまで考えているかは別として、洞窟を抜けた先には魔物がいないのか?」
「芳紀、どう?」
「ツバメが三羽、カラスが十羽。通りすがり。洞窟に乱入する、かも……うえっ」
第四階層に入って以来まともに話す事の出来なかった南藤も、ようやくこの階層の魔力濃度に慣れ始めたらしくややはっきりとした受け答えができている。相変わらず吐き気は続いているらしく、本人の弁によれば「必ず吐く」から「割と吐きそう」まで症状が緩和されているらしい。
洞窟を切り抜けて第五階層へ入ったらまた魔力濃度が上昇するため、南藤は使い物にならなくなると予想できたが、今は目の前の敵を片付けるのが先決だ。
「洞窟の右手側の壁沿いに突入しよう。南藤さんの機馬を先行させて盾にしつつ、荏田井と保篠が弓で攻撃。勝屋は左側面を俺と一緒に防御。南藤さん、ドローン何機まで操作できます?」
紫杉が作戦を組み立てながら南藤に訊ねる。機馬に加えてドローン三機が南藤の武装だが、魔力酔いの症状次第で同時操作できる数にばらつきがある。
南藤は指を二本立てた。ドローン二機の同時操作が可能との意味だ。
「やっぱり本調子には程遠いね」
南藤が機馬から降りるのに手を貸しながら、橙香が心配そうに呟く。
「芳紀はボクが守るから、休んでてもいいんだよ?」
「大丈夫だ、やる」
「分かった。頑張ってね。でも、何かあったら言うんだよ? 応援はするけど心配してないわけじゃないんだからね。頼るのは恥じゃないんだし、いつでもボクに任せてくれていいよ」
ダメ男を量産しそうな懐の広さが言葉の端々に現れている橙香の言葉に、感覚がマヒし始めている荏田井たちは反応を返さない。道中で南藤を介護する橙香を散々見てきているのだ。甘やかす光景などいまさらである。
「南藤さんには毬蜂の照明で洞窟内を照らしつつ、団子弓での援護をお願いしたい。橙香ちゃんは南藤さんの護衛ついでで構わないので、荏田井と保篠を守ってください」
圧倒的な戦闘力を持ちながら得物である鉄塊の巨大さゆえに洞窟内では戦いにくい橙香を遠距離攻撃組の護衛に回しつつ、勝屋が防波堤となり、間合いを自在に操れる紫杉を攻撃の主軸とする陣形だ。
異論がない事を一人一人に確認し、他の魔物が乱入した際の優先順位を決めてから問題の洞窟を睨む。
「では、第五階層一番乗りを目指して――制圧開始!」