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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
第一章 乙山ダンジョン
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第十二話 ツバメ型魔物

 崖下から飛来した巨大な影が、振り抜かれた鉄塊に殴り飛ばされて軌道を変える。


「ツバメみたいだけど……?」


 自身が殴り飛ばした影の正体を見た橙香が目を疑うのも無理はない。

 南藤が操縦するドローン毬蜂の照明に照らし出された巨大な影は、確かに外見がツバメだった。しかし、縮尺が狂ったような巨大さで開いた翼の端から端までは三メートルを優に超えている。不釣り合いに大きな頭部はドローンを軽く一飲みにしてしまいそうだった。

 橙香が思い切り振り抜いた鉄塊が直撃したというのに、ツバメ型の魔物は怪我らしい怪我を負っていない。扇形に開かれた尾羽が少し不釣り合いになっているところを見ると、鉄塊は尾羽をかすったのだろう。

 ツバメ型魔物は緩急自在に飛び回っている。同じ鳥型魔物の不意打ちカラスの倍以上の速度で立体的かつ機敏な動きだ。

 二メートルの鉄塊をいくら振り回したところで、高空を飛ぶツバメ型魔物には届かない。遠距離攻撃ができる荏田井と保篠の二人は群れを成して崖から駆け下りてくる滑落ヤギに矢を打ち込んでいる最中で、ツバメまでは手が回らない。


「芳紀、毬蜂で地面を攻撃して石ころを作って!」

「う……」


 情けない声を返した南藤だったが、指示は聞こえていたらしく毬蜂が高度を下げた。上空から周辺を照らしていた毬蜂が下りてきたことで視界が利かなくなる。荏田井たち『踏破たん』には悪いが、ツバメ型魔物に頭上から急襲される方が危険だ。


「ヘッドライトを点けろ。保篠は橙香ちゃんの援護!」

「了解」


 荏田井の命令により、一斉にヘルメットに付いたライトが灯される。強力ではあるが、正面にしか光が届かないためどうしても左右への注意が疎かになる。

 ツバメ型魔物が軌道を変え、急降下を開始する。側面奇襲を狙ったその動きに保篠がヘッドライトの明かりを向ける。


「橙香ちゃん、突っ込んでくるよ!」

「逆からも来ます!」

「――え?」


 橙香の声に驚いて、保篠が振り返る。いつの間にか現れた二羽目のツバメ型魔物が高速で飛んできていた。

 事前に南藤が索敵で発見した素早い鳥型魔物の数が三体だったことを思い出すも、保篠は対応が間に合わない。


「あ、やば……」


 矢を番えた弓を向けるのも間に合わず、ツバメ型魔物の巨大さゆえに避けるのも難しい。手詰まりを理解した保篠が諦めの苦笑を浮かべた瞬間――橙香の鉄塊が目の前に現れた。

 突如として保篠との間に出現した二メートルの鉄の壁に進路を阻まれたツバメ型魔物が衝突直前で軌道を変え、俗に言うツバメ返しで切りかえす。

 しかし、保篠に驚愕する暇は与えられない。

 頭上からボタボタと血が降ってきたのだ。


「よし、内臓破裂した」


 物騒な言葉が不釣り合いな幼い声で呟かれる。

 側面奇襲を狙った最初のツバメ型魔物が橙香の拳打を胴体に受け、破裂した内臓から溢れた血を口から吐き出しながら保篠の頭上を飛び去ったのだ。

 短い攻防の間に、地面に降り立ったドローン毬蜂が地面にパイルバンカーを打ち込み、石ころを作り出す。

 再び上昇した毬蜂にツバメ型魔物が大口を開けて飛びかかった。丸呑みにする気なのだろう。

 保篠は汚名返上のため、毬蜂を狙うツバメ型魔物の軌道上に狙いを定めて矢を放つ。

 放たれた矢は闇にまぎれて宙を裂き、標的を射貫くかに見えた。しかし、ツバメ型魔物は宙返りでタイミングをずらし、速度を殺さず矢をやり過ごす。保篠のヘッドライトの明かりが照射された時点で狙われている事を理解していたのだろう。

 だが、保篠は十分に役割を果たしていた。

 宙返りの頂点、最も速度が落ちたその瞬間に合わせて投げつけられた石ころがツバメ型魔物の頭部に直撃する。脳震盪を起こしたツバメ型魔物が脱力して落下し、保篠が放った二射目の矢が胴体を抉った。


「後一羽!」

「どこからくる?」


 立て続けに二羽も仕留めた橙香たちを警戒しているのか、南藤の索敵に引っかかった最後の一羽は姿を見せない。

 滑落ヤギの群れとの戦闘はどうなっているのかと視線を転じれば、勝屋が一頭の滑落ヤギの突進をライオットシールドでいなしていた。周囲には頭部が陥没した三体の滑落ヤギが横たわり、胸部に矢が刺さった四体の滑落ヤギが痛みをこらえながら立ち上がろうとしている。崖から駆け下りてくるところに荏田井が矢を撃ち込んで転げ落としたらしく、滑落ヤギは落下時に足に負った怪我でうまく立ち上がれないでいるようだ。

 勝屋の後ろに控えていた紫杉が金槌を逆袈裟に振り上げる。工具でしかないその金槌は振り抜かれる際に遠心力に引かれるように柄が伸びていき、滑落ヤギの顎先を正確にかち上げた。

 物理現象を無視した金槌に、橙香は目を点にする。


「今、何が起きたの? あの金槌の柄って如意棒みたいなやつ?」

「紫杉の金槌は魔力強化で柄の長さを変えられるようにしてあるの。三メートルが限界だし、強度も脆くなるけどね」


 橙香の疑問に答えた保篠が弓を構え、崖から降りて来る途中の滑落ヤギへ矢を放つ。確実に仕留める必要はない。滑落ヤギの怖さは高所から駆け下りてきた運動エネルギーそのままに突進してくる点にあるのだから。

 しかし、保篠が放った矢は滑落ヤギの頭上を横切った黒い影に叩き落された。


「三羽目か!」


 黒い矢のように急降下してきたツバメ型魔物が滑落ヤギを食い止めるべくライオットシールドを構えている勝屋を狙う。

 荏田井が矢を放つも、ツバメ型魔物は翼を折り畳む事で表面積を減らして矢をかわす。翼を畳んだ分空気抵抗も減り、増した速度をそのままに勝屋が構えたライオットシールドの上を飛び抜けさまに縁を掴んで持ち上げた。


「――ちっ!」


 舌打ちする勝屋だが、ツバメ型魔物の脚は鉤爪状でライオットシールドをがっちりと掴んで離さない。急降下してきた分の速度もあり、勝屋はライオットシールドを取られないようにするのだけで精一杯だった。二歩下がって体勢を崩した勝屋に狙いを定めた滑落ヤギが突進してくる。


「勝屋、盾を捨てろ!」

「畜生、この泥棒ツバメが!」


 吐き捨てるように罵って、勝屋は手を離す。ツバメ型魔物との間で吊り合っていた均衡が崩れ、勝屋は反動で尻もちをついた。

 紫杉が素早く勝屋の前に立ち、金槌を振り抜く。勝屋を狙っていた滑落ヤギが捨て身で走り込む。

 しかし、滑落ヤギの前足を狙った紫杉の金槌は空から降ってきた透明な盾に阻まれた。ツバメ型魔物が勝屋のライオットシールドを投棄したのだ。

 ライオットシールドに攻撃を弾かれて無防備になった紫杉に標的を変更した滑落ヤギが、崖の上から蓄積してきた全ての運動エネルギーを炸裂させる。

 弾き飛ばされた紫杉が谷底へ落ちる前に、鉄の脚がその体を受け止めた。


「ゲホッ……キノコ狩りの……南藤さんだっけ。サンキュー」


 滑落ヤギの突進を腹部に受けた衝撃で咳き込みながら、紫杉が受け止めてくれた南藤に礼を言う。しかし、南藤は返事を返す気力もないらしく、ぐったりと機馬の上に横たわっていた。

 ツバメ型魔物さえも南藤より先に片付けるべき敵がいると判断しているのか、無防備なはずの南藤は一切狙われていない。

 ツバメ型魔物は滑落ヤギの援護に専念するつもりなのか、上空を旋回している。荏田井や保篠が矢を放てば必ず叩き落とし、橙香が投げつける石を巧みに避ける。

 対滑落ヤギの戦線に復帰した紫杉と勝屋も矢の援護がないため徐々に押され気味だった。

 らちが明かないとみて、橙香が荏田井と保篠に声を掛ける。


「ツバメの牽制に専念してください。ボクが滑落ヤギを潰します」


 橙香は巨大な鉄塊を腰だめに構えると、南藤のそばを離れて崖から降りてくる滑落ヤギへ駆けこむ。無謀にも見える突撃に、紫杉と勝屋がすれ違いざまに制止するが速度を緩めずに崖へ向かう。

 滑落ヤギは勝屋から橙香へと狙いを変え、大きく発達した角を振りかざして崖を駆け下りてくる。

 橙香は足も止めずに腰だめに構えた鉄塊を左から右へ振り抜く。二メートルもの長さを誇る鉄塊は滑落ヤギの頭部を自慢の角ごと粉砕した。

 頭部を失って即死した滑落ヤギの死骸を遠慮なく踏みつけた橙香は続けざまに駆け下りてきた滑落ヤギの顎を右足で蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた滑落ヤギは首の骨が折れて自身の背中に後頭部を衝突させ、それでも衝撃を殺しきれずに後方へ一回転した。

 橙香はなおも止まらず、突撃体勢を取っていた別の滑落ヤギ二体を鉄塊で薙ぎ払う。大型動物である滑落ヤギは相応の重量があるにもかかわらず、橙香の鉄塊に薙ぎ払われる様はまるで綿毛のようだった。

 鬼の圧倒的な戦闘力。古来、日本に転移した鬼は伝説となったほどにその力は卓絶している。こと近接戦闘においては人間など比較にもならない。

 体格に恵まれていない橙香でさえも滑落ヤギの群れは物の数ではなかった。

 敵わない事を悟った滑落ヤギが崖を登って逃走を図るが、橙香は逃がすつもりはないとばかりに崖へ鉄塊をフルスイングする。流石に崖を揺らすほどの威力はないが、音に驚いた滑落ヤギが三体、崖を転がり落ちてきた。


「邪魔!」


 橙香は自分で落としておきながら無情な言葉と同時に拳を叩きつけ、滑落ヤギを弾き飛ばす。片腕で大型動物を殴り飛ばす女子中学生の図が完成し、後ろで困った顔をする勝屋と紫杉だった。

 後から転がり落ちてきた滑落ヤギ二体を鉄塊で撲殺した橙香は、死骸の角を両手で掴んで崖の上に放り投げる。

 ようやく戦場から離脱できる、と崖の天辺に辿り着きかけていた生き残りの滑落ヤギは仲間の死体を投げつけられた衝撃で崖を転げ落ちた。


「無双状態だな」

「ツバメの方を狩ろうぜ」


 滑落ヤギは橙香に任せて問題ないと判断した勝屋と紫杉の側に黒い影が落下してくる。

 驚いて飛び退き戦闘態勢を取った二人だが、落下してきたのが最後のツバメ型魔物の死骸だと気付いて、どちらが仕留めたのかと荏田井と保篠を振り返る。

 だが、荏田井と保篠は口を半開きにして上空に浮かぶドローン毬蜂と南藤を見比べていた。


「あのツバメをドローンで落とした……」

「今、どんな動きしたの? よく分からなかったんだけど」


 荏田井たちの会話を聞いてツバメ型魔物の死骸を見れば、矢傷がなかった。代わりにあるのは正確に頭部を撃ち抜いたらしき大きな穴だけ。

 毬蜂に搭載されているパイルバンカーでツバメ型魔物の頭を撃ち抜いたのだと気付いたが、あの素早い魔物にどうやってパイルバンカーを当てたのかは想像もつかなかった。

 本人に訊いてみようと南藤を見れば、機馬の陰で吐いている。意味が分からなかった。


「終わったよ。滑落ヤギは全滅させた」


 血まみれの鉄塊を携えた橙香が戦闘の終了を告げる。

 見た目は頼りない二人組だが、この第四階層を難なく切り抜けられるほどの戦闘力があるのだと荏田井たちは認識を改めた。



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