初代拝謁許可者によるとみられる回想録
別視点です。
神の使いであるヤマ・ブランケット様がお店の営業を再開されるという事で、俺の身辺もまた慌ただしくなってきた。
「お前なあ……」
ヤマ様の拠点を辞し、人気が無くなったのを見計らい隣を機嫌良く歩いているカセルに声をかける。
「結婚の話を出すなよ……」
今日ヤマ様とたくさん話し合いをした中で1番カセルに伝えたかった事だ。
「結婚?」
「領主様に図々しく聞いてただろ」
「ああ、あれか」
「あれだよ」
「別に領主様は気にして――――大丈夫だって! お前がそんなに簡単に結婚できるなんてヤマ様は思ってないだろうし、神の島にお戻りになったんだから急ぐことないだろ」
「お前……!」
はははと爽やかな笑顔で俺の背中をばしばし叩いてくるカセル。
俺の真意に気がついたようだ。しかし失礼な奴だな。
あの時――ヤマ様が別れを告げに港に姿を現された際咄嗟に、子を成してヤマ様の事を子々孫々語り伝えていくといったような事を発言したのだが、実際は結婚どころか相手も見つからないままヤマ様の方が先に神の島に帰還されてしまったのだ。
さすがはヤマ様だ。あんなに素晴らしい力をお持ちなんだから早々に神々の戦いに勝利したのも当然だよな。
だがそれにより俺の口先だけの情けない部分がより強調されてしまった。
たくさんの住民がいる中で宣言しておいてこの有り様……。
「お前が一生懸命仕事をしてお金を稼いで奥さんをもらおうとしてたのはみんな知ってるよ」
だからそのみんな知ってるっていうのが余計にいたたまれないんだよ……!
「という事はだ、もちろん守役様もご存知って事だ! ヤマ様は結婚してないからってお前の評価を下げるようなお方か?」
「違う……」
「ならヤマ様がいらっしゃるこの生活を思う存分楽しめよ~」
失礼な奴だが相変わらずカセルの言う事には納得させられる事が多い。
そうだな、生きている間に再びヤマ様と言葉を交わせる幸運に意識を向けよう。
「ありがとうカセ――おい! それ俺のだぞ! 自分の分を食べろよ!」
感謝の気持ちで隣のカセルに視線を向けると、ヤマ様に頂いた俺の分の揚げ物をカセルが勝手に食べていた。
「いや~なんだろうな? かなり美味いって訳でもないのにこれ、癖になる味っていうか……たれかな?」
「失礼だぞ……!」
俺の文句も気にせずにまた1つ2つと口にするカセル。
カセルが手に持っている木の串を取り上げようとするが、もちろんカセルの身体能力に俺が敵うわけがない。
「ずっと持ってたら領主様に取り上げられるかもしれないだろ~?」
「それは……」
……無いとは言い切れない。
その領主様はヤマ様の装飾品展示棚の制作の為にあっという間に姿を消している。
担当の技の族長達にまたこっそりと迷惑がられているんだろうな……。
一度ヤマ様がいなくなられた分、領主様のヤマ様に対する態度が気持ちわる……ヤマ様に対する気持ちが重くなっているのだ。
口にはしないまでも、あの視線でこちらの揚げ物をずっと凝視してくる光景がありありと想像できてしまう。
ヤマ様が以前「サンリエルさんは一族3人分の神の力の影響を受けていますから……」と苦笑しながら仰られていたが、それにしても女性に対してあの態度はどうなんだろうとひやひやしてしまう。
俺が女性に対する態度について、領主様だけでなくその他の男性に対してもとやかく言える立場ではないので近くでそわそわするだけしかできないが……。
結局、頂いた揚げ物は大量にあったので執務室に戻る前に城に寄って父と兄達と一緒に食べる事にし、残りは父に預かってもらう事にした。
レオン兄さんはヤマチカさんの手作りだと知るやいなやがつがつと食べ始め、普段はそこまで食べないルイス兄さんも、守役様が調理の際近くにいらっしゃったと聞いてからはいつもよりたくさん食べていた。
一族の人間にとって守役様の存在は食欲増進に繋がるようだ。
祖父とジーリ義兄さんの分は父が死守してくれた。2人もきっと喜んでくれるだろう。
「あれ……?」
港まで戻ってくると、執務室の扉の前に技の一族のご老人達が集まっていた。
ヤマ様の拠点建設の際にお世話になった顔ぶれだ。
「皆さんお揃いでどうしたんですか~?」
「あー、まあなんでも御使い様に許可を得てヤマチカという商人が装飾品を売り出すっていうのを耳にしてな。俺達もその展示棚とやらの製作に携われないかと思って、ダニエルが領主様とサムに交渉中だ」
「そういう事なの」
商人ヤマチカの生き残り設定を知っているご老人達との、お互い知っていて知らないふりはなんだか不思議な感じだ。
ダニエルさんの奥さんは楽しんでいる様子でウインクをしてきたが。
この建物には他の一族の人間もいるからこその芝居なんだろう。特に風の一族は耳が良いからな。
それよりも……前任の技の族長のダニエルさんと現技の族長のサムさん、そして領主様が今執務室にいるのか……。
正直言って入りたくない。
「失礼します」
「あっ……!」
しかしそんな事はお構いなしにカセルがノックをしてさっと扉を開けてしまった。少しは躊躇しろよ!
「失礼しま……!?」
俺も恐る恐るなるべく気配を消しながら室内に入ると、技の族長だけではなく他の族長達も勢ぞろいしていた。
どういう事だ。
「だからなんで領主様がもう依頼をしてるんですか~。受け取りには早くて3ヶ月かかるんですよ? ずるい!」
「地の族長、うるさいわよ。そもそも最初に真珠持ち込みの案を出したのは私なのよ? 依頼に関する優先権は私にあると思うわ」
「まあまあ。あらかじめ用意されている装飾品の中にも守役様の形を模したものがあるという話じゃないか」
「領主様に買い占められなければ、でしょう?」
「理の族長、領主様もそこまではなさらないと……。ですよね? 領主様?」
「資金のある者が欲しいものを手にする、それだけだ」
「「やっぱり!」」
展示棚以外の事で揉めてるんだが……。そして騒がしい。特に2名の族長。
領主様も悪い権力者のような発言を淡々と……。
「戻ってきたか。椅子を借りてるぞ」
なんとか扉は閉めたがそのまま立ち尽くす俺にダニエルさんが声を掛けてくれた。
俺の執務机の椅子に座って何やら手を動かしている。
すごいな、この騒ぎの中で我関せずか。さすが前任の族長なだけある。
族長達もこちらに気が付いてはいるがまだ揉め事は続きそうなので、カセルと共にそっとダニエルさんに近付く。
「あ……」
「手が込んでますね~」
ダニエルさんが描いていたのはおそらく展示棚の設計図だろう。
「サムが主導して作らせているのも良いがな、こういったものは品に合せて大きさや形を変えるとより商品が映えるからいくつあってもいいと思ってな」
「そうなんですね~」
俺はヤマ様のお店が営業している間は常にお傍に控える予定だからな。こういった展示についての知識を得て少しでもヤマ様のお役に立てるようになるぞ。
逃れられない使命だからな。ヤマ様直々の指名で俺に反論の余地は無かったからな。
「ダニエルさんは装飾品を依頼しないんですか?」
「急いでいるわけではないからその内にだな」
カセルが質問するが、ダニエルさんからの返答は一族の、それも前任の族長まで務め上げた人間にしてはさっぱりしたものだった。
恐らくヤマ様の拠点の場所を――御使い様の拠点とは知らずとも――知っていて、そこに行けば守役様にお会いできる機会があると分かっているからなんだろう。
ヤマ様は拠点建設に携わった一族のご老人達の事が好きみたいだしな。いつも嬉しそうにしてらっしゃるし。
族長達が――俺の父や兄もそうだが、守役様にお会いできるのはヤマ様がお店にいらっしゃる間か、特別に拝謁を許された時だけだからな。拠点の場所を知らないからいつでも気軽にというわけにはいかない。
そりゃあ守役様の形をした装飾品は誰よりも先に手に入れたいんだろう。
すべてを知っているのにも関わらず領主様は貪欲に手に入れたがっているけどな……。誰よりも。
終わりの見えない話し合いを横目に、俺はダニエルさんに装飾品の取り扱い方、目を引く展示方法などを指導してもらった。
そしてそのままダニエルさんは設計図を描き終え、満足した顔で扉の前にいた面々と帰って行った。
展示棚制作に携わる交渉は果たしてきちんと行われたんだろうか……。
なかなか我の強い一族の人間同士のもめ事はもう勘弁してほしいと思った。