3 甘やかされ具合では誰にも負けない
「――あ~! いっぱい歩いた~!」
相談を終え、自分の店『ヤマチカ屋』に到着。2階の絨毯にごろりと横になる。
この見覚えのないクッション達は確実にサンリエルさんの仕業だろう。
いやまあいいんだけどね。1年いない間お任せしてたから。
でもこの私の行動を読んでいるかのような絶妙なインテリアの配置がね……。
そのクッションの中からシュッと飛び出してきたのは白フワだった。
「今日もパトロールありがと~」
白フワを高速シャンプーの動きでシャカシャカしながらお礼を言う。
「キャン」
「ダクスも? いいよ~」
うおおとダクスの背中をシャカシャカしていたらみんなが行儀よく並んで順番待ちし始めた。
「ぴちゅ」
「キュッ」
「う、うん」
もうすでに指が疲労困憊だったが、これまでの恩返しのような気持ちでひたすらシャカシャカした。
「そろそろ来る」
シャカシャカタイムが終わり、ややぐったりしながらボスの尻尾に包まれているとチカチカさんからお知らせが。
「相変わらず早いですね~。1人? 3人?」
「3人」
「良かった。カセルさんとアルバートさんを呼ぶ手間が省けました」
今回店は営業していないが、私が店に来た時点でも近くの詰所に連絡が入るようにクダヤのトップが指示しているようなのだ。
すがすがしい権力の使い方。
街にいる時に話があれば、店にいるだけで向こうから様子を窺いに来てくれるという便利なのかそうじゃないのかよくわからないシステム。
勝手に店に入ってこようとはせずに、あくまでも様子を窺いにくるだけっていう。まさに忍者。
マッチャに手を引っ張ってもらって起き上がり、ボスにくわえてもらって物音を立てないように1階に到着。
扉付近に人がいないのを確認し、そのまま扉をさっと開ける。
「わっ――」
少し離れた場所から声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、慌てて遠ざかろうとする後ろ姿が――
「アルバートさん、ちょっとちょっと」
手招きをしながら声を掛ける。
「あ、あの……!?」
おろおろしながらあちこちに視線を彷徨わせているアルバートさん。
「こんにちは~。もうすぐ暗くなりますけど」
アルバートさんの近くの建物の陰から素敵な笑顔のカセルさんも登場だ。
「カセルさんは驚きませんでしたか~」
「少しは驚きましたよ~」
「はる、うしろ」
カセルさんとわいわいしているとチカチカさんからお言葉が。
……わかった、真後ろにいるんだな。
「お久しぶりです」
振り向くと同時に挨拶すると、高い位置から見下ろしてくる真っ黒の目が……。
「……久しぶりだな」
うん、今日も元気そう。
「今後のお店の事について良かったら相談に乗ってもらえませんか?」
「いいだろう。食事は済んでいるか? 菓子ならあるぞ。お前達は何か食べる物を買って――」
てきぱきと部下に指示を出すサンリエルさん。この前のめり感はもはやファンタジー名物だよね。
「材料はあるので買い出しに行かなくていいです。とりあえず中に入って下さい。お菓子はもらいます」
こちらも負けじとてきぱき案内する。
店に入った途端にアルバートさんがこじんまり達にまとわりつかれていたが、なんとか引き離して全員キッチンに集合する。
「今後のお店の事なんですが――」
こじんまりに監視されながらお茶の用意をしてくれているアルバートさんを横目に、もらったお菓子をむしゃむしゃしながら話し合いを始める。
「望まれるだけ菓子は作りますし、農地ならいつでもご用意致します」
案の定サンリエルさんはサンリエルさんだった。
「ヤマ様がお売りになるならなんでも買いますよ~」
カセルさんも。まあいちおう私の肩書『神の御使い』だしね。ここの人達には肩書だけで買う理由になるか。
「アルバートさんは?」
申し訳ないとは思ったが、参加者なのでアルバートさんにも話をふる。
「わ、私もカセルと同じで……!」
びくっとしながらも一生懸命答えてくれるアルバートさん。こちらも安定のアルバートさん。
「女性に好まれるものにしたいとは考えているんですけどねえ……。今女性は帰還した御使いの装飾品に注目しているとアレクシスさん達には教えてもらったんですが――――今日相談しにお家にお邪魔したんですよ。ジーノ君の成長が早過ぎてびっくりしました。でもとても可愛らしくて抱っこさせてもらっちゃいました~」
アレクシスさんというワードにわかりやすく狼狽えたアルバートさんに色々と説明していると、サンリエルさんの視線の圧が強まってきたので(対アル)話を変える事に。
「いちおう私の店って献上品を取り扱うお店なので、装飾品を扱うならそれに見合ったものじゃないと、という事で装飾品の案は難しくて――」
「コフッ」
普段は大人しいナナが急に話に入ってきた。
「ナナ、出来るって何?」
「コフッ」
「えっ……? ナナが作るの? アクセサリー?」
……またとんでもない角度からの甘やかしが飛んできた。
「でも虹色鉱石じゃ売り物には――」
「違う素材からも作れる」
カリスマ保護者もイン。
「違う素材って……例えば……?」
「島の周りの海底にある石や真珠でも」
「真珠と石…………ああ、石ってもしかしてあれですか? 岩の底の」
「そう」
砂浜ビーチにあるタツフグの家のインテリアとして取ってきてもらった岩の底にくっついていた宝石の事か。
「でもそれとんでもない価値がありそうなんですけど……」
真珠は街の人からの贈り物の中に入ってはいたけど。
「サンリエルさん、以前頂いた贈り物の中に入っていた――こちらでも『真珠』って言います? 水の一族の方達からの贈り物にあった白い丸い石の事なんですけど」
こちらを凝視していたサンリエルさんに質問する。
「はい、真珠は貴重なものです」
そうか……貴重か。なら岩にくっついてるあの宝石はもっと貴重だな……。
「チカチカさん残念です。高価過ぎますね」
しかもナナという守役様が作成するんだ。
白金貨が登場しそうで怖い。主に今、目の前に座ってる人の懐から。
「すぐお金が貯まるけど」
「あれ……? あんまりそういうの良くないんじゃ……? 売り物だから誰に渡るかわかんないですし」
「もうエネルギー集めも終わったし、はる程度じゃやる事もたかが知れてるから」
これは喜べば良いのか悪いのか……。
ただ、とんでもなく甘やかされた新しい商品が誕生する事だけはわかった。