お相撲さんの断髪式なみの心構え
7000字短編
「ねえチカチカさん、髪切りたいです」
「そう」
「可愛いナチュラルボブなニュアンスパーマ的なゆるふわが良いです」
「そう」
「外国人の子供風なあの自然な感じが良いです」
「そう」
「前髪短くしようかな? それとももっと伸ばして大人っぽくしようかなあ」
「そう」
「…………」
全く興味が無さそうな保護者には頭を振り回して髪の毛をぶつける事にした。
が、すぐに姿を消されてフラストレーションだけがたまったので、ボスの尻尾で『高い高い』してもらった。
心臓がひゃっとなる……!
「はる、こっち」
そのままみんなと一緒に胴上げごっこをしていると、チカチカさんに呼ばれた。
「ふんっ。聞こえま――――はさみ!」
ちらりと視線をやった先には、男性バージョンのアダム・チカチカさんが手にハサミを持って立っていた。
しかも髪を切る時に着用するカバーみたいなものを腕にかけている。
「え? 髪切ってくれるんですか?」
「そう」
「ゆるふわパーマも……?」
「そう」
「……好きです!」
気持ちの高ぶりのままマッチャにチカチカさんめがけて投げ飛ばしてもらった。
まあ予想通りすり抜けてベッドにダイブするはめになったけど気にしない。
「チカチカさん、『おかゆいところはありませんか』やります?」
むくりとベッドから起き上がりチカチカさんに愛情を込めてべたべたまとわりつくと、真顔でカバーを頭からずぼっと被せられた。いつも真顔だけど。
「ぺっ……髪が口に……」
これは両腕を通すタイプのカバーじゃないんだな。
なんか間抜けな格好。でもやけにしっくりくるのはなんでなんだ。
「うおっ」
そしていきなり椅子らしきものに座らされたかと思いきや、背もたれらしきものが倒れて体が横になった。
「あれこれ……?」
この体勢はもしや。
「わっ」
顔に布みたいなものを被せられてシャンプーの時間が始まった。
……やっぱり。
過保護界のキングはさすがやる事が違う。
もちろんクイーンはチカさん。
「……ありがとうございます」
しかも顔にタオルをのせるとかチカチカさん芸が細かい。
日本の美容室とかチェックしてたんだ……。
「うい~気持ち良い~」
「ヘッドスパとか好きだな~」
「首の下にあったかいタオルを置いて血流を良くしながらのトリートメント方式なのかな~」
「あ~ついでにフェイシャルエステとかできそうな体勢だな~」
「…………チカチカさーん」
「…………」
なんの反応も返してくれないチカチカさんに対して眉間に皺を寄せていたらぐいっと皺を伸ばされた。
タオルで隠れてるのにばれてた。
「フォーン」
「温タオル持ってきてくれたの? ありがと~」
「クー」
「エンが温めたの? すごいね!」
「コフッ」
「うん、首上げる」
「キャン」
「いや、ちょっとダクスそこじゃま……」
「ぴちゅ」
「あの、キイロの羽で顔のタオルがめくれて……」
「キュッ」
「ちょ、ロイヤルの羽で鼻がむずむずするんだけど……」
こじんまりは私の上半身に集まって何がしたいんだ……。
しかも「かゆいとこどこだ」って言われたんだけど。言い方。
脅しか。
ちなみにボスは尻尾を抱きクッションとして貸してくれた。
優しさに包まれている。
「はる」
「――――へい」
いつの間にか寝ていたようで、椅子に座らされて髪をがしゃがしゃ拭かれていた。
目の前に鏡がセッティングされてるのがなんとも。
「長さは?」
「ええと……パーマかけるから……鎖骨の辺りで! あ、髪はまた伸びますよね?」
危ない危ない。
1番大事な事を聞き忘れるところだった。
「調整できる」
さすが私の保護者。
「じゃあ街の人と同じくらいのスピードでお願いします」
「わかった」
そう言い終わらないうちにざっと髪が一瞬にして切られた。
「おお~」
ワイルド過ぎる。
というか手に持ってるそのハサミいる?
「前髪は?」
「え!? こっちはもう終わりですか!?」
一球入魂にも程があるっていうか……。
一刀か……?
「えー……どうしようかな……えー……お任せとかできます?」
「できる」
センスは良いチカチカさんに思い切って任せる事にした。
が、
「え? ちょ、ちょっと待っあー!!」
前髪をバッサリいかれた。
眉毛の数センチ上なんですけど。オンザ眉毛なんですけど。
こんなん子供のみずみずしさが無いと似合わないやつなんですけど。
「……やられた……」
「情けない顔が際立って良い」
「そっすか……」
「かわいい」
「!!」
ほ、褒められた……!?
「かわいいですか!?」
見た目を褒められるなんて数少ない場面は残さず記憶に刻み込むため確認する。
「顔はかわいいけど動きは変」
「おぅ……はい」
自分では説明出来ない感情が湧き起こってきて返答に困る。
動きは変って言われてるんだけど面と向かって『かわいい』っていわれるとむずむずするな。
「訂正。表情も変。可愛いのは髪だけ」
へらへら照れていたらツンデレ攻撃を受けてしまったので、取りあえず何事も無かったかのように自撮りをする事に。
チカチカさんが手でワックスを揉み込むみたいに髪をクシャってしただけでもうパーマかかってたからね。
すご過ぎ。
自撮りなんだけど、結構角度が難しくて何回も取り直していたらマッチャが撮ってくれた。
光の加減とかばっちり。
モフモフにカメラテクで差をつけられる女子ってどうなの。
でもその後は島のみんなに「良いね~」「こっち視線ちょうだい」「そこで振り返る」みたいな応援をされながらバシャバシャ写真を撮ってもらった。
アタシはモデル。
「あ。神の使いの前髪がオンザ眉毛ってどうなんだろ」
写真撮影を終えてお昼ご飯をむしゃついていると、ふと街の人の反応が気になった。
というか正体を知ってる特定の3人。
「威厳なんてもともとないから平気」
「ごもっともで」
うん、自由な環境って素晴らしい。
「じゃあ褒められに行ってきます」
彼等はきっと「お似合いです」しか言わないだろうし。
褒められる喜びを久しぶりに味わったからもう少し味わっておきたい。
ストックしとこう。
ご飯を食べ終わり髪に合う服を吟味していたら遅くなってしまったが拠点に到着。
「ボス、サンリエルさんは?」
こういう時に限ってサンリエルさんはいないらしい。
あの人タイミング良いとは言えないもんな……。
「じゃあ畑の様子を見た後に街を横断する形で港まで歩こうか」
褒められるためにここまで活動的になれるってすごいな。結構距離あるのに。
褒められるってモチベーション維持に絶対に必要だわ。
地下トンネルを通って移動し、小屋から防壁外の農地に移動。
「お! かわいいなそのもこもこ!」
「おでこ丸出しだな!」
第1褒められは門の警護担当の地の一族の人達だった。
なんだかドキドキしちゃう。好みの外見の人達だから。
内容は気にしない。
「切ってもらったんですう」
「なにその口調」
保護者からの指摘はもちろん聞こえないふり。
だって素敵メンズに髪を触ってもらったから! きゃっ。でもキイロはちょっと爪引っ込めてね。
前髪をさらに横に流されて笑われたんだけど、この人達がやると年の離れた兄に可愛がられている妹(自分に都合の良い補正)みたいで嬉しい。
でもこれがもし理の一族の人達ならちょっとニュアンスが違うんだろうな。
少女漫画のちょっぴり意地悪な先輩(文武両道イケメンモテ男)が後輩女子をからかうみたいな青春感が出そう。
……私もたいがい思春期。
人の事言えないな。
ニヤニヤしながら畑に到着し髪が乱れない程度に作物の成長具合を見ていると、ボスからサンリエルさんに『ヤマチカ速報』が入ったと教えてもらった。
相変わらず権力をフル活用してるな~。
お土産としていくつか野菜を収穫して街に戻り、のんびりとヤマチカ屋まで歩いているとサンリエルさんに発見されたようだった。
「サンリエルさん髪に気付きました?」
ハンカチで口元を隠しながら質問する。
「はるを凝視しながらスケッチを描いてる」
「うわ……というかどこにいるんですか?」
「屋根の上」
「うわ」
「雨降らす?」
「いえ、大丈夫です」
鬼のような事言ってるな……。
「まあスケッチしちゃうくらいだから変じゃないって事ですよね」
こっそり後世までスケッチを遺してくれていいよ。
「カセルさんとアルバートさんは?」
「まだはるがいるのに気付いてない」
「そっかあ。じゃあ先にライハさんちに寄ってからにしよう」
なんとなくサンリエルさんと店でマンツーマンは遠慮したい気分だからさ。
方向転換し、まどろみ亭へ。
店内に入るとライハさんがいた。
「こんにちは。ライハさんは今日騎士のお仕事はお休み?」
「髪! ばっさりいったね~! 子供っぽくなってる!」
「お姉ちゃん少し言い方が良くないかも……」
奥からスヴィちゃんも出てきた。
「今日は野菜を差入れ。あと髪を見てもらおうと思って」
「ふふ、可愛さが増してますよ」
「ええ~ほんとお~?」
「褒められ待ちって敬遠されるけど」
保護者の言葉なんて聞こえない聞こえない。
「今暇だからこっち座ってよ! そのふわふわどうやったの?」
やばい、その辺の事なんも考えてなかった。
保護者のため息が聞こえてくる気がする。
「……適当に髪を編み込んだら傑作が出来上がって」
「へえ~! 確かに良い感じ!」
ライハさんめっちゃ良い人。
「あたしは面倒で伸ばしっぱなしだな~」
「ライハさんならどんな髪型でも似合うと思う」
まじで。
でも金髪ポニーテール美人騎士なんて素敵な要素は残してて欲しい。
「はる、おろおろと赤いのがくる」
なんと。
まさかのアルバートさんが遅い昼食をとるためにカセルさんをまどろみ亭に誘ったらしい。
さすがヒーローの孫はフラグ管理がしっかりしてるな。
でもアルバートさんにとってはタイミングが良いのか悪いのか……。
なんかごめん、としか言えない。
「3人分が邪魔しに行った」
そしてあの人は何をやってんだ……。
「こんにちは~。あれ?」
「おいカセル、急に止まるなよ」
「あ、カセル! ……と領主様?」
サンリエルさんまで店に入ってきた。
実力行使に出てきたな。
「こんにちは」
カセルさんは声を掛けた私を見て、領主様が一緒に店に入ってきた理由を察したようだった。
「髪を切ったんですか? 似合ってますね~」
「カセル、誰かいるの……ひっ」
おい、ひってなんだよひって。
「領主様、アルバートさんもこんにちは」
「……ああ」
「こ、こんにちは!」
「アルバートなんで焦ってんの?」
ライハさん、そっとしといてあげて。
「俺達飯食ってねえんだ、2人分頼むよ」
「そうなの? わかった!」
カセルさんが助け舟を出してくれた。
良いね良いね、幼馴染のやり取り良いね。
「あの……領主様は何か注文なさいますか……?」
「ヤマチカ屋のお茶を」
「かしこまりました」
「スヴィ、俺達も」
「はい」
ライハさんとスヴィちゃんが奥に引っ込んでしまい、なんだか変なメンバーで残されてしまった。
あ、おじさんとおばさんが奥からこっち見てる。
周りのお客さんもちらちらこっち見てるな……。
わかる。偉い人オーラばんばん出して座ってる白髪の人いるもんね。
「髪は自分で切ったんですか?」
ナイスカセル氏。
コミュニケーションの達人。
「切ってもらったんです」
「可愛らしいですね~!」
「よく似合っている」
サンリエルさんがカセルさんに負けじと褒めてくれた。
どんな形にしろ褒められると嬉しい。
「あ、あの、ふわふわしていて……あの……」
「アルバートさんもありがとうございます」
そんな絞り出さなくていいんだぞ。
お昼ご飯は食べたはずなのにカセ&アルが食べているのを見ていたらお腹が空いてきた。
気付かずじっと見ていたみたいでおかずを少し分けてもらった。
ごめん、これでも君達より何十年もお姉さんのはずなんだけどな……。
当然サンリエルさんも負けじと懐からお菓子を出してきたので、許可をもらってライハさん達と一緒に食べた。
いつも美味しいありがとう。
男性そっちのけで髪のアレンジ方法やらお手入れ方法やらをわいわい話しているとお客さんが増えてきたのでまどろみ亭を後にした。
ライハさんとスヴィちゃんが後半サンリエルさんの存在に慣れ切っていたのがさすがクダヤの住民だと思った。
「この後はどうするんですか?」
お店を出てヤマチカ屋に向かってのんびりと歩いているとカセルさんが話しかけてきた。
「髪を皆さんに見てもらいたくて…………実はエスクベル様に切ってもらったんです」
最後の方をぼそっと言うとカセルさんが目を丸くした。
相変わらず綺麗な目。
「なので自慢して褒められたいなと。あ、もちろん言えない事もありますけど」
「そうなんですか~。それならアルバートの家に行きましょうか!」
「おい……!?」
「きっと宴を開いてくれますよ~」
「おまっ勝手に……!」
アルバートさんはカセルさんを睨んでいるが、私もアレクシスさん達にお披露目しようと思っていたのでその案に乗っかる事にした。
サンリエルさんもひっそりついて来るだろう。
「これは何もしない訳にはいきませんね」
カセルさんが言った通り、ローザさんはすぐさまパーティーに向けて指示を出し始めた。
こちらには守役様に髪を切ってもらったって説明したからね。
守役様が関わるとすべては祭りになる。
ヴァーちゃん達や族長さん達も誘ってガーデンパーティーをするみたい。
明かりを灯してのガーデンパーティー。ここのお庭は花の良い香りがするしワクワクする。
「エスクベル様、御使い様、守役様に変わらぬ忠誠を!」
ローザさんの乾杯の音頭でガーデンパーティーが始まった。
ばらばらに集まってきた人達はみんな「可愛いらしい」と褒めてくれた。特に前髪。
ガルさんは私の前髪をぴっちり横に流して「わはは」と笑っていた。
その仕草に私の胸はときめくしかない。きゅん。
今日はきっとほかほかした気持ちで眠りにつけるだろう。
サンリエルさんは視線の強さから察するにギリリだと思うけど。
ティランさんは自分のさらさら長髪と偉そうにしているキイロをじっと交互に見ていたのでどうしようかと思った。
個人的に風の一族の方達にはさらさら長髪のままでいて頂きたい。だってエルフだし。
それにキイロに髪を切ってもらうだなんて恐ろしい事は考えない方がいい。
すぱっとなるから、すぱっと。
というか族長さん達はもれなく全員髪をそわそわ触っていたので、「御使い様は皆さんの髪が素敵だと仰っていました」とよくわからんフォローをいれておいた。
ほんとによくわからん。
「ヤマチカちゃん、ここの髪をまとめるとまた違った雰囲気を楽しめるわ」
「もっと短い前髪でもいけるわよ!」
「リレマシフさん、それはちょっと上級者かなと……」
ヴァーちゃん達に可愛い髪留めを作ってもらったり、参加者全員に褒められたりして、思う存分相手をしてもらった。
半年分の褒められは充電できたと思う。
レオンさんはなんかチャラかったけど。
島の家に帰り、ベッドのそばの壁に今日撮った写真がたくさん貼られているのを発見したので、チカチカさんにしつこくベタついておいた。愛があふれる。
しつこすぎて温泉に放り込まれたけど。
ダイナミック入浴。面白かったので3回くらいやってもらった。
今日も楽しかったなあ。
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継の月 13日
今日もいつものように港の執務室に仕事をしに行ったが、奥の席に座っていた領主様だけがいつも通りではなかった。
髪を切っていたのだ。
ヤマ様と同じような前髪だった。
長さも肩辺りで切り揃えていて、明らかにヤマ様の真似をした事がわかる。
俺はどういう態度をとればいいのか分からなかったが、カセルはいつものようにためらいもせずに髪について質問していた。しかも笑いながら。
ひやひやした。
領主様とカセルの会話を聞いていると、どうも領主様はヤマ様と同じように髪をふわふわにしたいが為にあの手この手で自分の髪を実験台にしてみたが、まったく癖がつかなかったようだ。
とても真っ直ぐな髪だからな。
仕事で族長達が部屋にやって来るたび領主様の目の前で領主様の髪について俺達に聞いてきたが、領主様は無反応だった。
自分の事をあれだけ目の前で話題にされて気にならないというのがすごいと思った。
だが、水の族長の元々ふわふわしている髪が今更気になったらしく、生まれつきその髪なのか質問していていた。
今まで族長達の外見に意識を向けていなかった事に驚かされた。
その質問された水の族長は見せつけるように髪を払いながら執務室を出て行った。
なぜ水の族長が勝ち誇った顔をするのかがわからない。
カセルも試してみると言い出しその日1日髪を編んだまま過ごしていたが、仕事終わりに髪をほどくもさらさらの真っ直ぐな髪のままだった。
羨ましいくらい綺麗な髪だしな。
領主様は自分だけではない事に少し満足げなご様子だった。
だがカセルが俺の髪をいつの間にかこっそりと編んでいたみたいで、それを解くと俺の髪は1部分だけヤマ様の様にふわふわしていた。
また今日も領主様に凝視された。
しかも家に帰る途中でヤマ様に偶然お会いして変な髪を見られてしまった。
可愛いとのお言葉を頂いたが複雑な気持ちだった。
もしかして俺の髪を見にいらしたのかと思ったが、そんな失礼な自意識過剰な事はお尋ねできなかった。
明日はカセルが髪を切ると言い出さないか注意を怠らないようにしよう。
今日こなせた仕事
『少』
・ヤマチカ屋の収支報告書
・神の社への拝謁者数推移まとめ
・港拡張に関する会議に参加(記録)
今日は領主様に気を取られ過ぎた。
もっと集中。




