11 盛り上がる要素しかない
「ここに秘密の通路があるんですか?」
サンリエルさんが指差している場所をじっくりと見る。それにしてもこの人指まで綺麗だな。
「他にもいくつか存在しますが、ここは代々領主にしか伝えられておりません。有事の際の避難経路です。幸いにもこれまで避難目的で利用された事はなく、領主の息抜きにのみ使われていたそうですが」
「サンリエルさんも?」
「いえ、私はそれほど興味がありませんでしたので点検に訪れるくらいです」
これまたすごい事を聞いてしまった。
「ここはって事は……族長さん達は?」
「他の秘密の通路の存在は知っております。万が一にも領主が先に命を落としてしまった場合の備えとして」
「へえ~」
今更ながら自分が日本とは違う環境で生活しているのを実感する。
「港方面は地質的に難しいのですが……」
悔しそうなサンリエルさん。
そういやもらった本の中にもともと湿地だったような事が書かれてあったような無かったような。
「チカチカさん、港付近のトンネルは人には難しいみたいです。ここの近くにトンネル掘って地盤沈下とか……しないか。チカチカさんだし」
「はるの言う虹色鉱石でコーティングするから大丈夫」
「えっ」
す、すごい。
虹色コーティング。派手。さすが。
「チカチカさんありがとうございます。――サンリエルさん、ここ使わせてもらってもいいんですか? どんな建物です? ここだと農地用の門と近いので便利そうです」
「現在は薪を保管しています。ひと間しかありませんので使いやすいようにすぐ移動させます」
「あ、そのままで大丈夫です」
もしかして昔話なんかに出てくる木こりの休憩所みたいなものかしら。ワクワクしかしない。
「では清掃だけしておきます。この店付近の空き家に関しては調べるのに少しお時間を頂いてよろしいでしょうか」
「大丈夫ですよ」
掃除好きだね~。お掃除男子。でもありがたい。
勝手に床下に大穴空けますけど。
「そうそう、お願いついでなんですが……」
「どんな事でも仰ってください」
「サンリエルさんは店頭販売する装飾品の購入は控えて下さい」
「…………」
話の流れでさらっと受け入れられるかと思ったがまあそんな事はなかったよね。
思いっきり悲しそうな(サンリエルさんなりの)顔をされた。
「装飾品を見るために足を運んでほしいという意図もありますから、すぐ売り切れると困っちゃうんですよね。もちろん族長さん達にもお願いしますけど」
「…………かしこまりました」
こんなに言葉と態度が一致してない人いる? すごい渋々じゃん。
これはいよいよ生写真賄賂の出番か……?
とその時、保護者から「騒がしくなる」となにやら不吉なお言葉が。
何だろうと少し身構えると、軽快なノック音が聞こえた。扉演奏?
「はーい」
キッチンから出て店の扉を開くとそこにはネコ科と薄着豊満美女が。
「あれ?」
来るの早くない?
「あ、あの……!」
あ、アルバートさんもいた。
「城に向かう途中でこの近くを歩いていたらカセルとアルバートが――」
「困った事はないか~?」
いつもより2倍おろおろしているアルバートさんを押しのけるようにリレマシフさんとガルさんが店に入ってきた。勢いすごい。
「はるが店に来た報告をその人間も聞いて近くでうろうろしてた」
チカチカさんがすべてを教えてくれた。そういう事か。
「カセルは商品完成の報告に向かってるので、ひとまずこれをどうぞ……!」
アルバートさんは良い匂いを漂わせている大きなバスケットを持っていた。
「足りるか?」
「あの店主ったらこれだけしか用意してないなんて……」
また富豪買いをしたんだな。
バスケットの中身はサンドイッチもどきがぎっしりと詰まっていた。これだけ用意してたんなら十分ですよ、リレマシフさん。
「ありがとうございます。たくさんあって嬉しいです、これ好きなんです。一緒に食べる時間はありますか?」
「あるぞ!」
「あるわよ」
かぶせ気味に返事をしてくれたお2人。
「お前達は皿を並べろ。私は飲み物を用意する」
「また領主様はなんでも自分の思い通りにして」
「なんで領主様が仕切ってるんですか~。ヤマチカの店だよなあ?」
サンリエルさんまじで反旗を翻されたりしないよね……?
私はネコ科のダイレクト笑顔にトキメキすぎてフォローできません。すみません。ああかっこいい。
しかし文句を言いながらも一族の3人はさささと食事の支度をこなしてしまい、抜群の協力プレイを見せてくれた。
私とアルバートさんはもたもたしていてほぼ出番なし。
ふんぞり返ってるキイロとロイヤルをうっとりチラ見しながら作業してるのにテキパキ出来るってどういう事だ。
ダクスは足元で私と同じくもたもたしてたけど。
で、もしゃもしゃわいわいしていると次々とお偉いさんが集まって来た。
サムさんが来て次にイシュリエさん、そして最後にティランさん。族長コンプリート。
前にもこんな事があったような気がする……。
最終的にはキッチンがぎゅうぎゅうになったのでお店のカウンターを利用しての立食パーティーになった。
なにこれ。
そして――――
「どうも~。この前の肉上手かったよ!」
アルバートさんの元気を吸い取った疑いのあるお兄さんがお店にやって来た。美人次兄とパパもいる。
「あれ? 権力者がいっぱい?」
さすがのレオンさんもこのお偉いさんの密集具合に驚いているようだ。
「あなた達は何をしに来たのかしら?」
「いやあ……ええと?」
自分の一族の族長に質問され、レオンさんはぐるりと顔を動かして最後に店に入ってきたカセルさんを見る。
そのカセルさんは私を見る。任せろ。
「ここにいる皆さんは私がクダヤの一族でもある事を知ってるんです」
そう言った途端店内は静まり返ったが、ガルさんの言葉でその沈黙は破られた。
「知ってたのか!」
「そうなんです」
アルパパが答え、また和やかな雰囲気が戻ってきた。
ティランさんとアルパパは和やかに談笑し始め、ルイスさんはイシュリエさんにあれこれ質問されているし、レオンさんはガルさんと一緒にサンドイッチを食べている。
サンリエルさんは……こっち見てるな。サムさん、注意してくれてありがとう。
立食パーティーの前に簡易的な守役様の祭壇なるものを族長さん達がいそいそと用意していたので、カセルさんが買ってきてくれた串焼きを供え、残りをカウンターの上のお皿に適当に並べる。
祭壇ではこじんまり守役様が串焼きを食べていたので、私も遠慮なくがつがつ食べる。
「いつ知られたの?」
串焼きを頬張っているとリレマシフさんが話しかけてきた。その際にハンカチでそっと顔をぬぐわれたんですけど。タレついてた?
「確か……御使い様が神々の戦いに赴かれる前ですね」
「そうなの。無理やりじゃないわよね?」
「も、もちろん! アルバートさんの家にお邪魔した時に、図書室でうっかり古代文字で書かれた手紙を読んでしまって――――え?」
話の途中で、リレマシフさんが持っていたカップをカウンターに置きこちらを真剣な表情で見つめてきた。
「あなた古代文字が読めるの?」
気がつけば残りの族長さん達もこちらを見ていた。
アルバートさんはひたすらおろおろしているが、アルパパ達は成り行きを見守っている。
「なんと書かれてあったの?」
珍しくイシュリエさんが興奮気味に近付いてきた。
「手紙のようでしたが……すみません、御使い様からこの能力に関しては使用してはいけないと言われていますので……」
それを聞いた族長さん達はどこか残念そうな顔をしている。でも御使い様のいう事だし特に文句も出ない。チカチカさん、保護者でいてくれてありがとう。
そして今私は過去の自分のその場しのぎの嘘に苦しめられている。
確かそんな感じの事を説明したはず。地球さんの降臨演出で記憶があれやこれやだからしょうがないよね。私だけの責任じゃない。
でもチカチカさんに聞いたら全部自業自得って言われるんだろうな。
その後レオンさんとカセルさんの巧みな話術を楽しみ過ぎてうっかり本来の目的を忘れそうになったが、思う存分立食パーティーを楽しんだ後でアクセサリーの納品は完了した。
両手で捧げ持つ授与式みたいな受け渡しだったけど。
校長先生の気分だった。