10 ファンタジー世界の物価
どこに秘密の入口用の小屋を建ててもらうか、チカチカさんが用意してくれた地図を見ながら勝手に話し合っていると店の扉がノックされた。
「はーい」
サンリエルさん達が来たと思いきや、扉を開けたそこに立っていたのは髪がぼさぼさのクインさんだった。
「っこ、こんにちは」
しまった、どもってしまった。チカチカさんが何も言わないから油断してた。
咄嗟に店内に視線を巡らすもみんなの姿はきちんと見えなくなっていた。
「なに? 誰かいるの? 来客? じゃあ後にするよ」
さっさと結論付けてさっさと去っていきそうなクインさんを慌てて止める。
「これから領主様達が装飾品の打ち合わせで来る予定ですが、まだなので大丈夫です!」
「そう? じゃあこれ依頼」
そう言いながら店内に入って来たクインさんが手に持っていた紙を広げると、そこにはボスの優美な姿が描かれていた。
「うわあ……すごい……」
背景まで描かれていてボスの高貴な感じが良く出ている。かっこよさも。
そういや理の一族の人は絵も上手らしいし、クインさんは時期族長候補の1人っていう話だったよね。才能豊か。
「本当にこの図案通りに出来るなら指輪でお願いするよ」
「あ、あの、時間がとってもかかりそうなんですけど……」
「他国の王族まで興味を示してるのは知ってる。気長に待ってるから」
優しい。ツンツンしてて表情も無愛想だけど優しい。髪もつんつんしてるけど。
「あの……売り出し用の商品でこちらの守役様の商品があるので見ますか?」
完全にひいきだけどお隣さんとは上手くやっていきたいし、この絵もお店に飾りたい。
ツンデレ部分がチカチカさんみたいで好きだし。
「……あるの?」
おお、食いついた。
「2階にあるのでとってきます。あ、お茶でも飲んでて下さい」
「領主様が来るんだよね? 奥まで入り込んでたらあの人うるさそうだからここで待ってるよ」
さすが同じ理の一族。よくわかってらっしゃる。
「じゃあ少し待ってて下さい」
2階に上がり、チカチカさんとナナに急遽ボスのアクセサリーを作ってもらおうとしたところ、テーブルの上にポツンとブローチが置かれてあるのが目に入った。
近付いて見ると、それはボスの形をした真っ白の真珠で出来たブローチだった。
「…………!」
大声を出して感謝の気持ちを叫びたかったがそれも出来ないので、空中で両手をぶんぶん振り回して感謝の気持ちを伝えた。
好きだ!
「クインさんこれなんですけど……」
その辺にあった布で適当に包んで下に戻り商品を見せる。
手の紋様隠しの為に手袋はしているが、値段が値段なので慎重にもなる。
「……すごいね。どうやったら真珠をこんな形に……真珠によく似た偽物だとしてもこれはこれで商品としては……」
なんかクインさんがブローチを見つめたままぶつぶつ言い始めた。
「……素晴らしい技術…………君の親族ってなんでそんなに真珠を持ってるの? それになぜこんな技術を?」
「なんでって……」
まずい。核心をつかれた。
必死に商人ヤマチカの親族を想像して説明する。
「詳しくは教えてもらえなかったんですけど……何十年もいろんな国を旅していたらしく、ひと財産築いているようでした」
「ふーん……旅したどこかの土地で身に着けた技術なのかもしれないね。我々の知らない技術か…………その親族と話をしてみたいんだけど」
ひっ……!
「いやあ……相当な人嫌いのようでして……」
はは、と上手くもない断り文句を絞り出していると、クインさんがこちらをじっと見つめてきた。
「君のような悪知恵も働かせられないような親族の子供だからこそ商品を卸してもらえるのか」
……やっぱりチカチカさんの性格はクダヤの人にも影響してるのかも。
これ私遠回しにけなされてない?
でもクインさんはそれで納得しているようなのでそういう事にしといた。もしかしてチカチカさんの影響力のおかげかも。
ボスブローチもクインさんにこっそり売る事にした。
その後クインさんが自分のお店に戻るために扉を開けると、どこからともなくサンリエルさんが姿を現してクインさんを凝視したり、それに構わず向かいのお店から元気ハツラツと出てきたティーさんにアクセサリーのデザイン画を見せられたり、そのダクスのデザイン画もまた素晴らしかったのでクインさんのものと一緒にお店に飾らせて欲しいとお願いするとサンリエルさんの視線の圧が強まったりしたが、カセルさんとアルバートさんが到着してなんとか騒ぎ(無言の)は収まった。
騒ぎの原因はただ1人のお偉いさんっていうね。
「もう頂いてもいいんですか?」
キッチンでお茶を飲みながら今日お店に来た目的を告げると、カセルさんが嬉しそうにした。
「他の人に知られないようこっそりとですけど」
「お金を取りに行ってきます!」
「私も少し席を外します」
「あ、ちょっと待って下さい」
カセルさんとサンリエルさんが2人して席を立とうとしたので止める。
「新しくお願い事がありまして。これまでの諸々の代金の支払いもありますし――支払う約束でしたよね?」
サンリエルさんが何やら言いたそうだったので言わせないようにする。
「アルバートさん、お金の収支に関しては全面的にお願いしていいですか? 記帳とか得意ではないので」
「は、はい!」
いきなり話振ってごめん。
「装飾品の代金をそのまま返済に回しますので、代金はアルバートさんに渡して頂ければ」
たくさんのお金をもらっても私では手に余る。ほら、地球では庶民だし。
しかしサンリエルさんから予想外の事を言われた。
「私の代金だけでこれまでの支払いは済みます」
「え? 拠点とお店とそれに携わった人達の賃金、すべてですよ?」
「はい」
まじか。
「チカチカさん、1000万円くらいで家が2軒建っちゃうんですか?」
「日本じゃないから」
「はあ~」
ファンタジー世界すごい。
っていうか日本が高過ぎだったのかも。不在の間のお店の売上金に手を付けずに済んでしまったな……。
「そういやここの土地の考え方はどうなってます? 土地も私のものですか?」
「土地はすべて街のもの。でもはるの場合ははるのもの」
「はあ~」
今さらながらこの恵まれ過ぎた環境にびっくりするな……。
「サンリエルさん」
神の言葉を話していた私に1人だけ視線を向けていたサンリエルさんに声を掛ける。
カセ&アルはこじんまり達と遊んでいる。たぶん。威嚇じゃないはず。
「あと2軒、小屋程度でいいので家を建てて欲しいんですけど……」
アクセサリーの買い占め禁止もお願いする身としては非常に申し訳ないお願いだ。
「構いません。場所はお決まりですか」
サンリエルさんはすぐにお願いを聞き入れてくれた。助かります。
なので地図を広げながら場所を決める事にした。
「農地にすぐ行ける場所と、この店に近い場所にひとつ。この辺りが良いです」
「この近くですか?」
カセルさんが不思議そうに聞いてきた。まあそうだよね。
「あの……それぞれを行き来するのが大変なので……」
へらへら笑顔で正直に本当の事を言う。
その返答で言いたい事は伝わったみたいだ。
「瞬時に移動させる神の御業ですか~」
「まあそんな所です。直接ここに来てしまうとここを見守って下さっている方達が困ってしまいますよね?」
いきなり店から出てきたら驚くだろうし。
「カセル、アルバート。お前達は少し席を外せ」
カセルさんとわいわい話していると、真剣な顔をして地図をじっと見つめていたサンリエルさんが部下に命令した。
カセルさんがこちらをちらっと見てきたので頷いておいた。どうしたサンリエルさん。
「では何か食べる物を買ってきます。何か召し上がりたいものはありますか?」
「串焼きで。あとパンにお肉と野菜を挟んだあれが食べたいです」
即答。
「族長さん達にも商品を渡したいのでお時間があれば取りに来てもらえるように伝えてもらってもいいですか? ヤマチカの正体を知っているアルバートさんのご家族の分も出来てますけど、それはアルバートさんに渡しますか?」
「あ、あの……! 高額な商品ですので私では持ち運びに不安が残ります! それに私の家族もヤマ様……ヤマチカさんのお姿を拝見したいようで……!」
「そうなんですね。では今日はここにいますのでそうお伝えください」
アレクシスさん達にはこの前会ったけどアルパパ達には会ってないし、守役様チャンスを狙ってるんだろうな。
種植えはまた今度でいいか。
「アルバートの家族と族長達が同じ時間帯に店に来ないようにしますか? お互いに生き残りであると知っている事を知りませんので」
「……なんとかなると思います」
知っている事を知らないとかややこしいし、お互い知っている事を知ってもいい時期だと思う。これまたややこしい。
心配そうにサンリエルさんと私を交互に見ているアルバートさんと、いつも通りの笑顔のカセルさんを見送りキッチンに戻った。
「さて、どうしました?」
真剣な顔をしているサンリエルさんに話しかける。
「先程の話ですか、新たに小屋を建てると目立ってしまうかもしれませんので今ある建物を利用してもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「ではすでにご存知かもしれませんが――地図のこの防壁付近の建物の中に城と繋がっている秘密の地下通路の出入口があります」
「ひ、秘密の地下通路?」