1 就職活動
ファンタジー世界に戻って来てから早1ヶ月。
いい加減島でだらだらごろごろしているのにも飽きてきた。
なんとなく恥ずかしくて祝祭が終わってから街にはほとんど顔を出していない。メンタル弱子。これで孫がいたなんて嘘でしょ……。
「ねえチカチカさん」
エンの背中の上に立ってバランスをとる遊びをしながらチカチカさんに話しかける。
「私って御使いのまうわっ! あっぶな! ねえみんな見た!? この素早い修正!」
ぐらっとなり咄嗟にとったポーズがヨガのポーズの様でなんだかかっこいい。
足はプルプルしているが。
みんなも「すごい」「かっこいい」「さすが」とたくさん褒めてくれた。ふふふ。
「あ、話の途中ですみません。それで私って御使いっていうおっ!」
「騒がしい」
「すんません」
ぷるぷる騒がしくしてたら片足だけぐいっと持ち上げられた。股さけそう。
でもこうやってなんちゃってY字バランスを手伝ってくれているチカチカさん。過保護のカリスマだと思う。
「私って『御使い』っていう肩書ありますけどね、実際愛と光のエネルギーを集める仕事はもう終わったじゃないですか」
チカチカさんの補助により抜群の安定感を見せているなんちゃってY字ポーズ。頭にキイロもとまってきた。
「どうせならこう世の中の役に立つような……夢中になれるようなものをですね」
本音としては「暇だ」これに尽きるけど。
「商人は?」
「店もなあ……私がいなくても十分回るっていうか……」
私が地球に帰っていた間、店は不定期でサンリエルさんが営業していたそうだ。アルバートさんの所の生徒の職業訓練も兼ねて。
売り物は残っていた茶葉の在庫と拠点の畑のキウイメロン。私がいなくてもぽこぽこ美味しい実が生っていたそうだ。
あとサンリエルさんの手作りクッキーも。
こちらに戻って来てから売り上げとして現金を献上された時は驚いた。どんだけ儲けてんだ。
というかチカチカさんからは「3人分がたくさん買って食べて飲んでた」と教えてもらった。職権乱用過ぎ。
まあ守役スペシャルブレンドティーは同じ材料分量でも、私が作った様な味にはならなかったらしいからしょうがないと言えばしょうがないのかも。
偶然の神の御業か、サンリエルさんの思い出補正か……。
「でも売り上げで拠点とお店の建設費や人件費諸々を払わないといけないしな……新しい商品か仕事でお金を稼ぐかな~」
時間はたっぷりあるし、エネルギーの事を考えずにすむので何でもできそう。
御使いは倒産なんてしないし。たぶん。
サンリエルさんにお店を任せていた方が売り上げが良いとかは気にしない。
「アレクシスさんやライハさんに相談ついでにジーノ君にも会いに行こうかな~」
どうせなら女性向けの商品がいいので女性に話を聞きたい。
そろそろビリビリしてきた足を下ろし、今度はナナの甲羅に乗り家の外の温泉に連れて行ってもらう事にした。
ナナの甲羅の上に立ったままテラスの階段をおりるのは結構な難易度だったので、ズルして上から垂らされたボスの尻尾を掴んだままおりた。変わらぬ優しさ至れり尽くせり。
出掛ける準備を終え、光ゲートをくぐって拠点に到着。
今は珍しくサンリエルさんが近くにいないそうだ。見つからないうちにアレクシスさん家に行こう。今日は女性目線のアドバイスが欲しいんだ。
髪は白い部分がなくなりウィッグを被る手間は省けたが、手の紋様はまだ隠さないといけない。
しっかしあのサヨナラ降臨で正体がバレてないっていうのもすごいよね。白フワの金粉のおかげなところもあるんだろうな。
それより私には紋様についてもの申したい事がある。
私の能力がパワーアップしているとは聞いていたが、そのうちの1つがまさかの『紋様が虹色に発光する』だったのだ。
残りの1つが『島のみんな同士の会話がわかる』のは良いよ、嬉しいよ。私に向けてない言葉はわからなかったから。
でもさ、体の紋様が発光するって何のパワーアップなの……? 暗い時の携帯のライトだと思えばいいんだろうけどさ……。
ついつい「あの時のメタモルフォーゼとか好きだなあ~」と催促してしまったのはしょうがないよね。
メタモルフォーゼはたくさんの力が必要だからまたその内と言われたが……。
そのうちっていつ。
拠点の位置を勘ぐられないように少し遠回りし、アレクシスさんとジーリさんの家に到着。
というかアルバートさん家の隣だけど。
私がエスクベルにお世話になっていた間はなんだかんだ実家にずっといたアレクシスさんだが、元々のジーリさんとのお家に戻ってから妊娠が発覚。
ジーリさんの勧めもあり出産するまではまた実家で生活する事にしたようだ。
初めての出産なら心配だよね。
そしてついでに新居も隣に建てちゃおうという事になったらしい。
ついでに新居を建てるってすごい。
「お~」
家の敷地に入って行くと、アルバート家の門番の地の一族の男性が声を掛けてくれた。
今日も素敵なネコ科。
というかまだ神の証の護衛任務に就いてるって。人気の任務らしいけど。
「こんにちは。約束はしてないんですが、お時間があるならアレクシスさんに少し仕事の相談にのってもらおうと思いまして」
「ジーリの嫁はこっちにいるぞ。ちょっと待ってろ」
そう言いながらその男性はアルバート家に入って行った。
残ったのはもう1人の地の一族の門番の女性。
かっこいい綺麗なお姉さんにどぎまぎする。
地球でも日に焼けた、運動してますって感じの人はかっこよかったよね。健康美っていうか。
「こ、こんにちは」
自分でも少し気持ち悪いと思ったが、はにかみながら挨拶する。
地球での寿命は全うしたが、体は若返っているし記憶は消えたしでまだまだおばちゃんの距離感をものに出来ていない。
「こんにちは。いつも美味しいカリプスをありがとう」
「いえ……」
「首が傾げそうになってる。似合わないから止めた方がいい」
突然保護者の厳しいチェックが入った。
眉間に皺よりそう。
「時間があるって。良かったな!」
はやっ。
保護者の指摘に気を取られている間にさっきのネコ科さんが戻ってきてしまった。
ああ……せっかくの健康美さんとのひと時が……。
「ありがとうございます」
去り際にネコ科さん達に精一杯の愛想を振りまいておいた。
「いらっしゃい」
出迎えに来てくれたのはおじいちゃんだった。
「突然すみません。ありがとうございます」
「アレクシスも良い気分転換になるだろうから」
相変わらずおじいちゃんは素敵。
そのままほんわかしながら居間に案内された。
「ヤマチカちゃんいらっしゃい」
「いらっしゃい」
「どのお茶にする?」
より色気を増したアレクシスさんに、変わらぬ美しさのローザさんにアビゲイルさんもいた。
そして――
「……あれ?」
ソファーで高速ハイハイをしているジーノ君も……
もう歩き出しそうな足腰の強さなんですけど。
……まだ生まれて数か月だったよね? ファンタジー世界だから? 一族だから?
私の驚きが顔に出ていたのだろう、アレクシスさんが笑いながら教えてくれた。
「一族の赤ちゃんは元々成長が早いんだけど、ジーノは特に早いみたいで」
「そうなんですね……」
「そうなの! さすが私達の血族」
「それにジーリとアレクシスの子供ですから尚更ね」
アビゲイルさんとローザさんがどこが誇らしげだ。
でも「御使い様があの神と帰還された後から急激に成長が早まった」という言葉は聞かなかった事にする。