八話:彼は白魔族
リックという女性は、物珍しそうに瑛士たち一人一人をまじまじと見た。その度にうんうん、と頷く仕草をした。
「そいつらに構うのはその辺にしてくれ。えーと、早速頼みたいんやけど──」
「ええっ!? ベリドくんひどいよ! 私だけに白魔族探させようと思ってるでしょ! 今日は下界について一日目だし、一休みさせてよねー」
「あんまり怠けたら言いつけるで。てか、あんたカッゾの十位やん。八位の俺より働くべきやろ。しかも王の代理も今回のことで序列変更あるかも〜て言うてたし」
「それでもだよ! お願い! 今日だけ! ね!」
──おいおい、なんかやばい人が来たな。見た感じ俺やベリドよりは年上、か?
瑛士たちの目の前で繰り広げられる言い合い。どうやらリックという女性は、ベリドと同じ目的でやってきたようだ。そして瑛士は先ほどリックが現れた『ゲート』に見覚えがあった。
「ソーマ、あれだ。ゲートの青い光、見ただろ? 始業式の時に俺が見た光。気のせいじゃなかったんだ」
魔族二人が騒いでいる内に、瑛士は宗真にひそひそと話した。
「あー……そんなことあったっけな。じゃあ、それがベリドがやってきた出入り口ってわけか」
「多分ね」
「その時にベリドが来てたんだな。それにしても……見ろよ。リックってお姉さん、だいぶ乳でかいな。やばくね」
瑛士の話はすでにうわの空。宗真はリックの胸に釘付けだった。服装のせいで強調されているように見えてしまうのだ。
「ソーマ……」
「ソウマくん!? なに見てんの!? さっきから好き勝手に妄想してるみたいだけど!」
瑛士が呆れていると、リックが宗真に言い放った。突然のことに宗真は驚いた表情を浮かべた。
「あっれー……そんなに顔に出てました……か?」
誤魔化そうとする宗真に、飛鳥と風華の冷たい視線が突き刺さる。宗真は必死に目線をそらし、あはははーと馬鹿らしく笑った。
「こいつの得意技や。精神系で相手の心をちょいっと読むんやな。油断してたら思てること全部筒抜けやぞ」
ベリドがリックの後ろからそう説明した。
「はいっ。みんど……ってなんなの?」
小さく手をあげて、飛鳥が尋ねた。
「えっ、ベリドくん! まだ魔法の説明してなかったのー!? 協力してもらうんならそれくらい言っておかないと!」
「あほぅ! 俺の中覗いたんやったら分かるやろ! 俺がいるのは魔力庫の瑛士だけ! 他三人は別にいらんのや!」
「うう……。いいよ、私から説明しておくからー!」
リックがそう言うと、ベリドは勝手にしろというような表情を浮かべ、いつも通りタンクの上に飛び乗って、寝そべった。
「まず、魔法には八つの種類があるの。その一つがさっき言ってた精神系ね。堅苦しく言うと精神系魔法。ほら、魔法にも色がついてるから分かりやすいで、しょっ!」
リックは胸の前に出した右手の掌から、黄色の光球をぽっと出すと、宗真の胸に押さえつけた。宗真は「ゔっ」という声を漏らす。
「人によって慣れた使い方が違うから、大まかな種類は八つだけど、詳しく見ていくと数えきれないくらいの魔法があるの。ちなみに、今ソウマくんは『説明とかだるい』と思ってたみたいね」
「えっ、あっ、あっ、あっ」
胸を押さえたまま、声にならない声で宗真が返答する。もう瑛士たちは宗真を無視することにした。
「赤い魔法は強化系魔法、ストロ。身体の一部を少しの間だけ強化するの。青い魔法は転移系、ポート。移動に使うの。慣れた人なら自分よりも大きなものを、瞬時に移動させられる。ゲートもその同じ要領で作られてるわ。
それから……」
リックはそのあと、橙の操作系魔法コン、
緑の創造系魔法レアテ、紫の変化系魔法タモル、白の治癒系魔法クア、黒の破壊系魔法トロイをそれぞれ説明した。魔法はその八種で、誰もがどの魔法も使える訳ではなく、使える使えないは個人で違うという。
ベリドが食事をするときは、二種の魔法を駆使して瑛士の食べるものと同じものを作り出すのだが、複数の魔法を同時に使うことは余程実力がないとできない。
「治癒系が使える人は非常に少ないから、それだけでもかなり重要視されるのよ。私がそうなんだけど。確か、ベリドくんも使えなかったはず。ま、ベリドくんはそれ以外の七種を使えて、若くしてカッゾに入った天才少年なんだけどねー」
「カッゾ?」
また知らない単語が飛び出した。瑛士がすかさず質問する。今回が初めてではなく、前にも聞いたことがある気がしたが。
「カッゾと言うのは私たち黒魔族の世界での階級よ。全黒魔族がそれぞれ使う魔法によって分かれているの。私たちは黒魔族の中の最上位の、超優秀な人間なの」
リックはえっへん、と胸を張った。
「あんまり……ちょーゆーしゅーそうには見えないな」
宗真がまた余計なことを言った。リックがむっとしたところを、今度はベリドが庇うかたちでタンクの上から一言。
「階級分けのルール上そうなっとんのや。仕方ない。」
──なんだよ。興味ないふりして、結局聞いてるんじゃないか。
「お前──」
瑛士が文句を言おうとしたその時、ベリドの表情が変わるのがはっきりと見えた。次に言おうとした言葉は自然と消えた。
「……で、さっきからそこで何してんのや?」
ベリドが何もない場所に語りかける。瑛士たちは、彼が頭がおかしくなったのだと思った。
「こそこそ隠れよって。……殺すつもりなんやったらさっさとやってもたらよかったのになあ」
ベリドがタンクから降りる。登ったり降りたり忙しい奴だ。
「ベリド……? お前いきなり何言って……」
「漏れてんのや、殺気……てか魔力が。んでリック、まだ気づいてないんかい」
「ベリドくん、一体何──」
「そろそろ出て来いやァ!!」
ベリドが、屋上に置いてあった鉄のパイプの束を魔法で持ち上げ、何もない場所にそれを投げた。パイプはうるさい音をあげ、そこに転がった。
何もなかった場所には、一人の男が立っていた。
──白魔族……?
瑛士たちを見つめる、不気味で静かな笑み。全身真っ白できちっとした服。縁が淡い黄色の眼鏡。整えられた茶髪の上には、輪っかが浮かんでいた。
「ああ。分かるものなんだね、案外」
そう言った男は転がった鉄パイプを足で押しのけた。パイプ攻撃は魔法で防御したらしく、男の胸の前には緑色の塊が浮かんでいた。魔法で出した、盾的なものだろうか。
「全く脅威になんてなるわけないと思っていたんだ。こんなところで毎日のんびりと過ごしているみたいだから」
男が眼鏡を指で上げて、一歩近づく。棒立ちだったベリドが姿勢を低くした。
「俺が前に倒した奴はどうなった」
「死んださ、僕の代わりにね」
──やはりあの白魔族は操られていたのか。ベリドの言う通りだったってわけだ。
「数日前にあり得ない大きさの魔力を感じてね。偵察に来てみればどうだろうか? 非魔族と仲良しこよし。そして君は、そこから魔力を得ることができるようになった、らしいね。丁度良かった。少し違うけれど、僕も魔法が使える非魔族を探しているところだったし」
男がまた一歩近づく。髪が風になびく。
「ここに来た時から魔法が使える非魔族を探してみたのだけれど、一人もいなかった。そして君の例を確認した後に、僕も試してみたのだけれど、上手くいかなかった。無駄にしてしまった、何個か」
男は一歩、更に一歩と瑛士たちとの間合いを詰めていく。
「そういうわけで、今回は適当に選んだもので試すのではなく、既に成功済みのものを手に入れて、持ち帰ることにした」
そう言うと男は立ち止まった。
「ミカミエイジ」
薄ら笑いは狂気の笑顔に変貌し、赤き光を全身に纏ったかと思えば、一瞬で瑛士の目の前に移動した。
瑛士がまずい、と思った時にはもう遅すぎた。白魔族の右腕は、瑛士の体を突き抜けていた。