五十九話:崩壊へのカウントダウン
「そ、ソーマお前……」
瑛士は、目の前で自分に向かって手を向ける親友の名前を呟く。
最後に黒魔族界で見た時と、格好は同じ。だが、どこか別人を思わせるのはその表情からだろう。黒魔族たちに反発しながらも非魔族界に
「そッ……!?」
もう一度名前を呼ぼうと一歩近づくと、彼は瑛士に向かって魔法弾を発射した。
瑛士はそれを防ぐのではなく、真横に避けた。ウリエルの魔法弾はまだ素手で弾き飛ばせるほどの威力だった。だが、宗真の魔法はタイプが違うと直感で悟った。
宗真が、突き出した手をぐっと握ると、魔法弾ははじけて消え、光となった。そしてもう一度手を開き、その右腕に左手を添えて二発目の用意をする。
瑛士はそれに「待て」と言って両手をあげる。戦うつもりがないことを示す。
「お願いだ! てっ、手を下ろしてくれ! せめてなにがあったか、教えてくれないか。なんで急に消えたのか、なんでそんなに強くなったのか……なんで大天使側にいるのか」
瑛士の必死の頼みを無視し、手を向けたままの宗真。半分口を開けて、なにかを考えるように虚空を見つめる。そして数秒の沈黙の後、話し始めた。
「俺がエイジたちを置いて白魔族界に来たのは……アスカをいち早く助けたかったからだ」
「田口さんを? それは俺も一緒だよ」
「一緒じゃない! そんなわけない!」
突然宗真が声を荒げた。瑛士はビクッとして彼を見つめる。慣れない大声にむせる宗真。口元を拭って落ち着きを取り戻し、話を続ける。
「俺とエイジが初めて会った時、お前は俺をどう思った? そっけなかった俺に明るく接してくれたよな。あの時の俺、お前からすると全く別の人種だっただろ?」
「いやそんな……」
「いいんだ。俺は、友達ができない体質だったみたいなんだよな。みんな俺を通り過ぎてく。俺がいないみたいにな。陽にも陰にもなれず、誰にも気づかれることなく、死んだように日々を過ごしてた。いや、死んでいたと言ってもいいかも知れねえ。そんな時だ──」
宗真の口元が少しほころぶ。
「そんな時にな、アスカが俺を救ってくれた。死んでた俺を、生き返らせてくれた。アスカのおかげで俺は話せるようになったし、ここまで生きてこれた。あいつがいないと今の俺はないし、考えられない。俺はずっと考えてた。何か返せないかって。何かできないかって! 俺は昔からあいつに助けられてきたから、今度は俺が助けられないかってな!! だけど……なんにもできなかった。だから俺は、今回ばかりは、俺がなんとかしなくちゃいけないって思ったんだ」
「田口さんは、ソーマの何より大切な人ってことか」
「俺の世界そのものと言っていい」
「……そうか」
瑛士は必死に訴える宗真を見て、自分の髪をくしゃくしゃとかきまわす。
「じゃあ、どうしていきなり魔力を?」
「これは、貰ったんだよ」
「貰った?」
「ああ。真黒魔王、そう言ってた。なにもできなかった空っぽの俺に、力をくれた。力の使い方も教えてくれた」
「真黒魔王? なんだそれ? 黒魔王、ブレッジさんか?」
瑛士はブレッジの背丈を手で示したり、やけに豪華な服をジェスチャーひらひらと表したりした。だが宗真は首を振る。
「違う。そんな名前じゃねえ。あの人の名前は……ルシフェル」
「ル……!?」
「大天使の会の一人だ。俺がこっちに来て、いち早くアスカを……助けようとした。誰にも見つからないように建物の裏に隠れて……覚えたての魔法で飛んだり消えたり瞬間移動したり……。難なく忍び込んで……絶対助ける、うまくいく……そう……思ってて……」
次第に会話の調子が悪くなる。目線も瑛士の顔から胸、足へと下がっていく。
「ダメだった……。抵抗したけど……すぐに取り押さえられた。ルシフェルの拘束魔法……それから議会のトップの奴らが総出で俺の手や足を掴んで……。そっ、それで……そこに居たんだ、アスカが! 目を閉じて! 鎖に繋がれて! 俺は……敵わなかった。アスカを助けるには……こうするしかなかった」
言い終わる頃には、声は震えていた。顔もすっかり下を向き、表情が見えない。今の彼は、再会した時より小さく見える。
「お前が置かれている状況は分かった。けど俺は行かなくちゃならない。ウリエルを倒して、世界創造っていう計画を止める。それで、田口さんも助ける」
「それができたらなにも困ることはないんだよ!」
「もう敵はウリエル一人だぞ! なにを怖がってんだ! 俺は、お前も連れて、みんな一緒に非魔族界に帰る!」
「非魔族界……!? エイジ! お前、魔族の奴らに染まっちまったみたいだな! 俺たちの世界は俺たちの世界だろ! 魔族の尺で喋ってんじゃねぇ! 俺はこうやって魔法使える魔族に堕ちちまったけどなあ! 魂まで売ったつもりはねぇぞ!」
宗真は『非魔族界』のワードで瑛士に掴みかかった。襟を締めつけられ、息ができなくなる。瑛士は必死にそれを払いのけようとする。
「じゃあなんで! なんでそんな魔族たちに協力してんだ!」
カッとなって叫んだ。すると宗真の手の力は抜け、瑛士は首締めから解放された。
「協力なんて……してるつもりはない。大天使の会の目的は聞いたか?」
「ああ。新しく世界を作り直すんだってな。ここに住んでる白魔族全員を捨てて!」
「それだよ」
顔を上げ、指をさす。そして辺りをうろうろと歩き回りながら説明をする。
「新しく世界を作る……ってのは、随分と魔力を消費するみたいでな。並みの魔力じゃ無理らしい。だから、魔族じゃない人間を使って、世界の創造を行う……そう言ってたんだ」
「生贄かよ!?」
「まあ、そんなもんだ。俺たち、普通の人間にある魔力ってのは、魔族たちとは質が違うんだと。もちろん人によって差はあるらしい。けど、偶然にも、アスカにはそれができるくらいの魔力があるらしくてな……。あのままいけば使われるとこだったのさ」
「だからレグナやメガは魔力を持った非魔──人間を探していたのか……」
「ああ。江里さんやエイジでもよかったらしいぜ。だが、選ばれたのはアスカだった。多分ベリドの魔法食らったのとか、黒魔族界に行ったこととかが影響しちまったんだろうな」
瑛士は宗真に駆け寄り、肩に手をかける。そのまま引っ張り、強引に自分の方を向かせる。
「じ、じゃあ、なおさらウリエルを止めなくちゃだろ!」
「いや、それはいいんだ」
「なんでだ!」
宗真はふっと笑う。
「俺が代わりになることにしたからさ」
その目は濁っていた。
「俺は自分よりもアスカの方が大事なんだ。あいつのためなら死ねる。それで助かるんなら、俺は喜んで死ぬ」
「バカ!」
瑛士は宗真を殴り飛ばす。
その場に倒れ、地面を転がる宗真。殴られた頬を抑えながら、なにが起こったか分からない困惑の目を瑛士に向ける。
「違う! それは違うだろ! お前がいないとダメだろ! それで田口さんに恩を返せたつもりかよ! 自分のせいでお前が死んだって、苦しめることになるぞ!」
「俺のことを忘れさせるように頼んでる」
「この大馬鹿野郎!」
「大馬鹿野郎はお前だ!」
瑛士の二発目の拳に、正面から拳をぶつける宗真。
二つの魔力の塊がぶつかった途端、辺りに衝撃波が飛んだ。地面は円形に削れ、遠くで赤々と燃える炎がスパッと途切れる。
「エイジ、お前が何も言わなかったら、全部上手くいくんだ」
「それはこっちもだ、ソーマ。お前を黙らせて、ウリエルを止めにいく」
それ以上言葉で語り合う必要はない。妙に凝った魔法なんて使うことなく、再び二人の拳がぶつかり合う。
パンチの威力は次第に大きくなる。
また地震が起こる。世界の崩壊が近づいてきている。だが、地震に足を取られず、二人の殴り合いはつづく。もう地震の原因が崩壊の前兆によるものか、二人の魔力のぶつかり合いによるものか区別がつかない。
二人の、最初で最後の大喧嘩が、始まった。
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貧民街のある場所。黒魔族界と白魔族界を繋ぐゲートが開かれたその場所には、長蛇の列ができあがっていた。列の所々には明かりを持った黒魔族の兵が立ち、足元を照らす。
「落ち着いて、一人ずつ入ってください。大丈夫ですからね」
ゲートの隣で白魔族たちの対応をしていたのは風華。
「サラさ〜ん! あとどのくらいですか〜!?」
空を見上げ、数メートル上空で列全体を見るサラに声をかけた。
「もうほとんどいないよ。あとはホントにカレシくんだけって感じ。やっぱ彼のこと、心配でしょ?」
「ありがとうございま……やめてください、今そんなこと言うの! あっ、どうぞ足元気をつけて入ってくださいね」
サラのいう通り、ほぼ全ての民は黒魔族界に避難させた。ゲートの向こうでは、ウィズやマクーが兵たちと一緒に白魔族たちの対応と、彼らの暮らす場所の確保に追われている。
「とにかく、土地があって助かりましたね!」
風華は隣にいるブレッジに話しかけた。彼はラファエルを倒し、追いついた。ラファエルは彼の魔力に押し負け、炎の中に消えてしまった。
ブレッジはうむ、と嬉しそうに頷く。
「あのテトという男は土地開発の担当らしいからな。我がそれを言った時に一瞬嫌そうな顔をしたのは忘れぬが。ま、今後奴にいい報酬を考えてやるとするか……」
現在テトは黒魔族界に戻り、開発区の現場に出て作業を行なっているところだ。王の命令とあっては、逆らえない。
白魔族全員を黒魔族界に避難させる。これを提案したのはブレッジだった。
「驚きましたよ、まさかこのようなことをなさるなんて」
サラが降りてきて、感想を言った。もう列は、上から見る必要がないほどの人数になっていた。黒魔族の兵たちもゲートをくぐって帰ってゆく。
「ルシフェルから聞かせてもらったことだが、白魔族界が我らに危害を加えようとしたのは奴ら大天使の会の命令らしいからな。ただ生きていただけの平民には罪はないだろう?」
「私は心配です。これから大丈夫なんでしょうか。また争うことになったり……」
怪訝な表情を浮かべる風華。
サラは彼女に言う。
「白魔族を敵として認識してるのはシド以上の魔族だけさ。黒魔族の市民に不安を感じさせないための秘密主義と、白魔族の階級差別ゆえの情報停滞が上手く噛み合ってくれたね。ボクらが街を歩いてても、白の一般市民たちは何も言わなかっただろ? あれと一緒さ」
「ま、最初はぶつかり合うかもしれんが、すぐになんとかなるだろうな。なぜなら我らは同じ魔族なのだから」
「じゃあ、兵隊さんたちはどうなるんですか? もうお仕事なくなっちゃうんじゃ……」
「いいや。黒魔族ってだけでも、いろいろいるんだよね。黒魔族界はだだっ広いし、簡単に管理できなくてさ。もちろんトラブルや犯罪も起こるわけ。だからまだまだ兵団はなくならないよ」
風華は「よかった」と胸を撫でおろす。
そして、その間に最後の一人がゲートに入った。
「多分これで……全員や。もう魔力の反応は……ない……。エイジらを……除いてな」
最後尾についていたベリドは息を切らしながらそう伝える。魔力探知の限界を超えて、白魔族界全域を見ていたのだ。目だけでなく、全身に疲労が溜まっている。
「ご苦労だった」
「あとは三上くんたちを連れてくるだけですね──きゃっ!」
また地震が起きた。今回は今までで一番大きい。
地面に亀裂が走り、裂けてゆく。火に照らされた空が揺らぎ、同時にあちこちで不穏な音が響きはじめる。
「くっ……。なぜだ? 崩壊が早すぎる! ……ぬっ!?」
ふと、ブレッジの足元の土が爆発し、その場に煙が充満する。
「……ここもいよいよ危なくなってきた。急いで避難しろ」
ブレッジのそう言うと、サラは残っていた兵を引き連れてすかさずゲートに飛び込む。白魔族界にまだ留まっているのはブレッジ、ベリド、風華の三人となった。
「まだエイジは戦って……ますよ。あいつ、何してんねん」
「ベリド、お前はすぐに戻った方が良いだろう。もう倒れそうではないか。我がエイジを迎えに行く」
「私も行きます!」
「それは無茶だ。お前には危険すぎるだろう」
「まだ私はアスカちゃんを見つけてないんです。佐田くんも。それに三上くんだけ置いて行けません」
「……」
「わ、私も魔法使えます! とびきり強い盾の魔法。絶対大丈夫です。この通り、まだまだ元気です!」
ブレッジは背を向ける。
そして、風華の周りに光の球が現れたかと思うと、彼女は宙に浮いた。
どうしたことかとブレッジの方を見る。彼は右手で顔を覆い、ため息を漏らした。
「はあ。我はどうしてこうすんなりと負かされてしまうのだ。……ベリドよ。ゲートは開いておくように言っておけ。我と、あと四人、非魔族を連れて必ず戻る」
ベリドは「分かりました」と一礼し、黒魔族界へ戻る。
「奴らの戦況がどうなっているか分からない。少し離れた場所に出るぞ」
ブレッジと風華は、瑛士と宗真がいる元議会本部へと、転移系魔法でワープした。
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ウリエルは議会本部上空に浮かぶ部屋に戻っていた。
「ハァ!」
手を突き上げ、散らばった物を全て消滅させる。ルシフェルが下の戦況を見るのに使っていたタブレットも、ラファエルが肉体の鍛錬に使っていた道具も、自身が議会を真似て持ってきた机や椅子も全て、粉微塵にして無に帰す。
棚があった場所には、扉が見えていた。
そこは彼のみが知っていた部屋。白魔族界の歴史を、自分が世界を支配するために全て封印した部屋。
かつてあった書物は全て燃やし尽くしたため、しばらくは無の空間になっていた。
だが今は違う。部屋の中央には輝く結晶が浮かんでいる。結晶の中には、棺に閉じ込められたのように目を閉じて静かに眠る飛鳥の姿があった。
ウリエルは結晶に手をかざす。
「俺が全てを終わらせてやる。サンダルフォンも必要なかった。足止めに使えたのは思わぬ収穫だったな。よほどこいつのことが大切だったか」
ウリエルに流れ込む大量の魔力。飛鳥の持っていたものだけではこれほどにはならない。結晶化させることで不安定な魔力を暴走させたのだ。
「うう……うぐ……うおおおおおおおおおお!!!」
ウリエルは苦しみ、叫ぶ。結晶が浮遊能力を失い、床にごろんと落ちた。
「予想以上の……魔力だな。最初からこうすればよかったのか」
部屋が空中に浮かぶための魔力すら奪い取った。エネルギーを失くし、落ちていく。無重力に近くなる部屋の中で、膨れ上がってゆく魔力。ウリエルは拳を握る。
瑛士も宗真も殺す。世界を生み出すほどの魔力があれば、非魔族は当然、黒魔族王ですら敵うわけがない。邪魔者がいなくなったところで白魔族界を壊し、黒魔族界を次の世界にする。それが彼の最後の決定だった。




