五十八話:友
空中で、ウリエルとエイジの闘いが繰り広げられる。一進一退の攻防。
ウリエルは無から剣を作り出し、瑛士に刃を叩きつける。切るよりも叩き割る用途にある武器。それを見た瑛士はまた新たな魔法を使い、同じく剣を作り出した。
激しく打ち合う二人の剣。魔力が込められた刀身はすでにボロボロになっている。それでも折れることなく空を切り裂き、一撃を与え、また、受けている。
「あの地震が気になるか?」
「あん?」
ウリエルが瑛士に話しかけた。
彼の言う通り、瑛士は気が気でなかった。というのも先程地面に撃ち落とされた時の地震はかなり大きなものだったからだ。歩くことははおろか、立つことすらできない。今まで瑛士が体験したことがないレベルだった。
地震によって、街を飲み込む火は一層規模を拡大した。ありがたいことに、視界が良くなった。
剣を弾き、その反動を使って距離を取る。ウリエルは、瑛士のその行動を予測していたかのように剣を下ろした。
「お前、世界が崩壊するとか言ってたな。まさか……」
「やるな、ミカエル。お前は勘がいい。その通り、あれは白魔族界崩壊の前兆だ」
瑛士は息を呑む。見開いた目をきっと鋭くしつつ、ウリエルの言葉に耳を傾ける。
「またお前たちの仕業か?」
「いや違う。崩壊はいずれ必ず起こることなのだ。だから新たな世界を目指す必要があった。それが──」
「黒魔族界と非魔族界か?」
「違う」
ウリエルは首を振る。
「この世界を捨て、新たな世界を作る。それが俺たちの考えだ」
「世界を捨てっ……。残された人たちはどうなるんだよ。それじゃまるで──」
「当然、捨てていく」
「なに!?」
「そんなことより、どうだ、ミカエル。我々の仲間にならないか? 新たな世界で支配者となるのだ。お前ほどの魔力を持つ者は、生きる価値がある」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ。お断りだ。それに、俺をそんな風に呼ぶな」
「そうか」
そう言ってウリエルは地面に剣を突き刺す。その表情は明るかった。
「なんだ?」
「このままお前と付き合う時間が惜しいのでな。代役を呼ばせてもらうぞ」
「あ?」
「お前の出番だ!」
「!?」
ウリエルのとなりに、瞬間移動で姿を現す一人の魔族。
彼の一言でやってきたのは議会の一人。メガたちと一緒に現れた者だった。全身を覆い隠し、その正体は分からなかった。
「まだ生きていたのか!」
たしかにこいつのものと思しき死体はなかった。完全に忘れていた、瑛士のミスだ。
全身に力が入る。大天使とは違えど、メガのようにパワーアップするかもしれない。
「そう怖い顔をしてやるな。こいつはお前と同じだ」
「ああ?」
「凄まじい魔力を持った、非魔族」
「俺だ……エイジ」
謎の魔族はそう言って顔を隠していたフードを取り去る。
「えっ……」
彼の目の前に現れたのは魔族ではない。
白魔族界に消えた宗真だった。
彼はそのまま全身に纏った布を脱ぎ捨てる。
見慣れた弱気な表情。目にかかるほど伸びた前髪も、軽く猫背なそのシルエットも、瑛士の記憶の通りの佐田宗真だ。
「お、お前……」
「相手をしてやれ、サンダルフォン。」
「待ちやがれ! なにがサンダルフォンだこの野郎!」
ウリエルは宗真の肩を叩き、戦いを促す。そして上に落ちるように空高く飛んでいく。
瑛士はショックのあまり、動けなかった。が、逃げるウリエルを視界に捉えた途端、すぐにそれを追いかけようと助走をつけて飛ぼうとした。
「待ってくれ」
足を止める瑛士。宗真を振り返る。すると彼は瑛士に手のひらを向けて言った。
「エイジ……俺が、相手だ」
「嘘……だろ……」
やっと見つけた親友。そんな彼に向けられた敵意。瑛士は目眩がした。
その頃、ベリドたちはピンチに陥っていた。いくらベリドが使える魔力が無尽蔵になったといっても、ラファエルは白魔族界最強の一角。そう簡単に渡り合えるような相手ではなかった。
「どうした黒魔族。あの非魔族がいくら力を上げても、こっちにはなんの影響もねェ! 大人しく殺され──グハァ!?」
そこに現れたブレッジ。魔法でラファエルをぶっ飛ばす。
火の海に真っ直ぐに消えていくラファエル。ボフッと音がした。超スピードで突っ込んだからだろう、火に穴ができた。
「お、王!? さっきまで戦っとったんやないん……ですか」
ベリドが方言を直しながらブレッジに質問する。気が抜けていつもの口調になってしまった。失礼だろと言いたげに、テトに足を蹴られる。文句を言ってやりたいが、王の前であるだけに見苦しいところを見せられない。
ベリドは、元々議会があった場所から爆発的に溢れていた魔力が、ブレッジのものであると分かっていた。そして相手もほぼ互角の魔力量だったため、ベリドは実は不安だった。彼がこうして戻ってきただけでその不安はかき消え、安心になった。
「そうだ。我の相手はルシフェルと名乗っていた。元は黒魔族界にいた奴だが、白魔族界で大天使の会とやらになっていたようでな」
「それで、そいつは倒せたん……ですか?」
「いやすまん、奴には逃げられた。この世界からどこかに行ってしまった?だが、やつも動くことはできまい。逃げ出す直前、魔力に封印をしてやったからな。……お前そればかりだなとか思うんじゃない。我も歯痒いのだから」
「うっ。すっ、すみません」
「申し訳ございません、王よ」
心を読まれた。余計なことを考えるなと、またテトに足を蹴られる。ベリドが軽く謝罪すると、テトはベリドの頭をガッチリと掴み頭を下に押さえつける。そして彼もまた頭を下げた。
だが、これに関してはブレッジも責任を感じているようで、それほど咎められなかった。
「黒魔族王ォォオオ!! 邪魔をするのかァァアア!!」
「ほう、タフだな」
「感心している場合では……」
服を焦がして吠えるラファエル。
テトは前に出てバリアの準備をする。それをブレッジは肩を叩いて中断させた。
「ここは我に任せろ。それよりあいつらを手伝ってやれ。我はここに来るより先にゲートまで届けてやったのだ。我の指示通りに事を運んでくれるならば、じきにお前たちの力も必要になるはずだ。ほら、行け」
「?」
ベリドとテトはきょとんとした顔でブレッジを見た。
彼はニッと笑い、二人をその場から送り出した。
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場所変わって黒魔族界闘技場。こちらも日が沈み、空は暗くなっていた。
闘技場の修復はまだ終わっていなかった。長時間の作業は効率が悪くなりがちだ。衛兵はだらだらとそれを続ける。
ゲートを開くために呼ばれたシドたちは全員城に戻ってしまった。現場に出るのはあまりないことなので疲れてしまったようだ。
闘技場にはもともとライトがついていたが、全て破壊されてしまった。今は衛兵が懐中電灯を使ったり、放置されていた燭台に火を灯して持ったりしていた。
その中央、開きっぱなしのゲートの横には、城内の掃除を終わらせたウィズとマクー、そして意識を取り戻したホーマーがいた。
「ずっと立ちっぱなしも疲れるけど、座りっぱなしもやっぱり疲れるわね。なにもしないと退屈が心の疲労に、心の疲労が身体の疲労になっちゃうのよね」
「ははっ、分からないでもないっす……」
「何を言っているのだ。変なことを口走りおって」
ウィズの台詞に、少し照れ気味に同意するマクー。それに対してホーマーが呆れたようにため息をつく。ウィズはムッとしてズカズカと大股で近づき、彼の胸を指でぐさぐさつつきながら文句を言う。
「ホォォオマァァアア!? 私たちは、城の後始末をしたの! だからすでに疲れてるの! その間ぐっすり眠ってただけのあなたとは違うの! 城はどれだけ広いか知ってるわよね!? 普段からいたものね!? それなのに!? あなたは!? 私に!? 偉そうに!?」
ウィズに迫られ、ホーマーは後ずさりながら「分かった分かった。すまない」といささか面倒くさそうに謝罪する。
その様子を見ていた一人の兵が彼女に近づく。
「ウィズ様、そろそろお休みになられてはいかがですか」
「なーによあんたまで。眠いのはあんたたちでしょ? だったらそろそろ別の部隊と交代したら? 例えば三十三番隊とか、私たちと一緒に城の掃除してからずっと休んでんじゃないの?」
そう言いつつ、ウィズは目をこする。瞬きの回数も増えている。
それを心配してか、ホーマーは彼女に言う。
「眠いなら仮眠を取っても構わないぞ。衛兵たちのように、闘技場内の部屋を使うといい。ここは私とマクーがいるから心配はない」
「それは無理よ!」
「なぜだ?」
「そうっすよー。ウィズさんいつも寝る時間早いっすよね? 無理は良くないっすよ」
「帰ってくる時は王も一緒。その場に居なければ失礼でしょう? そのためには無理でもなんでもするわ。なにがなんでもここにいさせてもらう……わ……ふわぁ」
二人に真面目な口調で説明していたが、最後に大きな欠伸を一つ。
「寝ないでくださいっす……」
「わ、分かっているわ!」
「ホントに……ダメっす……よぉぉ……」
ウィズがマクーの方を見ると、彼は立ったまま船をこいでいた。
「あんたが寝てんじゃない!」
「はひっ!!」
マクーの背中をバシンと叩く。そのまま顔面から地面に落ちていく。「何するんすか」と不服そうだが、痛みですっかり目が覚めた。ウィズはそのまま二発目のビンタの用意。待ってくれと焦って手を振るが、寝ぼけ眼のウィズにはそれが分からない。
「寝ちゃダメよぉお……」
「ウィズさんが一番眠たそうじゃないっすかああああ! ちょっ、俺はもう起きましたぁぁああ!」
「皆さん!! いますかっ!?」
その時、ゲートから風華とサラが飛び出してきた。
その場が一瞬凍りつく。
「ふ……フウカさんサラさん!! おかえりなさいっす! 他の方々は!? オズマは!?」
ウィズの下敷きになったマクーは二人に助けを求めるように手を伸ばし、いち早く反応した。風華はウィズに肩を貸して彼女を持ち上げる。「ありがと〜」と気の抜けたお礼を貰い、思わず苦笑い。
「それは後だよ。ほら、キミも早くこっちに来な」
サラがゲートの中に手を突っ込み、とある人物を引き出してきた。
「ん? お、おい。それは誰だ──」
ホーマーが言葉を飲む。サラが掴んでいたのは、白魔族護衛団の一人の腕。ただの一般兵に過ぎない彼は重症。
黒魔族界に待機していた者たち、ウィズら三人や周りの衛兵たちは、風華たちがすでに全てを終わらせて戻ってきたとばかり思っていた。
黒魔族の衛兵たちは、彼が白魔族であるというのは分からないらしい。それもそのはず、外見にはそこまで差異がないからだ。
だが、ホーマーらカッゾの面々はそれの正体に気づいた。
「一体何があったと言うのだ!?」
「フウカちゃん、どうして!?」
ウィズも突然の出来事に目が覚める。ホーマーと彼女は魔力を高め、臨戦態勢に入った。衛兵たちはそれを察して、巻き込まれないようにと離れていく。
「ちょっとまってください!! 話を聞いてください!! この人は敵ではありません!!」
風華は白魔族の前に立って両手を広げ、声を荒げる。再びその場が静まりかえる。
ホーマーとウィズは顔を見合わせる。どうにもおかしな話だが、風華が精神系で洗脳されている様子もない。
「どういうことなのよ?」
「はい。やってもらいたいことがあるんですけど」
「やってもらいたいこと……っすか?」
彼女はその場にいる黒魔族たちに説明をはじめた。




