五十二話:集結!
オズマに逃げられた後、瑛士たちはザラルの案内で議会を目指していた。オズマの暴走で半壊した地域を抜け、再びなんら被害のない場所に出た。黒魔族三人と貧民街の白魔族一人というパーティは否が応でも目立ってしまうため、建物の裏を通ることになった。
ナレスとジェオスは彼女らの家に置いてきた。オズマが無力化された今、瑛士たちを狙うのは白魔族中央議会や白魔護衛団。彼らならば同族を狙うことはないだろうとの判断だった。むしろ、下手に瑛士たちと共に行動するととばっちりを受けかねない。
「あっ、だいぶ近くに見えてますが、あれが中央議会本部の建物です」
案内役として先頭を歩くザラルは顔を後ろに向けて声をかける。時たまビルの隙間から覗く不気味な塔は、瑛士の目測にして一キロも離れていなかった。
中央議会の近くともなると、明らかに大きな建物ばかりだ。流石に視界に入る色は空の青よりも建物の白の方が多い。
「やっぱでかいな。トップがいるだけあって黒魔城レベルというか」
「ちと装飾が寂しい気もするがなぁ」
瑛士の前にはブレッジがいた。歩くというよりは滑っている、の方が近い。魔法を使って、直立したまま移動している。無駄にひらひらした衣装もあって動きにくいのだろう。
──ゲームのおもしろバグにしか見えないけどな。
「エイジくん? なにか余計なこと考えてるんじゃない?」
「は!? いやっ! そうですね。豪華さでいうと黒魔城の方が圧倒的で!」
リックに低い声で脅かされた。まったく、プライバシーもなにもあったものではない。他人の心を読める魔法、精神系を使いこなす者の近くにいると、こういったことがしばしば起こる。扱いが難しく、使える魔族があまりいないというので一般にはこういったことは基本ないらしいが。
「……」
「どうしたの?」
「あ、いや──」
ふと瑛士は何かに見られているような気がした。リックに返事しようとした次の瞬間、全身を舐め回されるような魔力を感じた。思わず奇声をあげ、その場でのたうった。
自分の名前を呼ぶリックたちの声が遠く聞こえる。視界が揺れているが、それは自分の目眩なのか誰かに揺すられているのかすら分からない。
「ど、どうしましょう! エイジさんが大変なことに」
「どけい!」
ブレッジは慌てふためくザラルと、瑛士の側に座り込むリックを離れさせた。そして右手を掲げて魔力を込めた。ぱちぱちといういう音が鳴ると、その手を痙攣する瑛士に向かって振り下ろした。
「……っ!」
瑛士はブレッジの謎の魔法でことなきを得た。彼の魔力が、謎の力を霧散させた。
「い、いやー。すごいっすね、王様のパワーは。ほんとにありがとうございました」
「当然じゃない! 王よ!」
「……リックさんには言ってないよ」
瑛士はブレッジに礼をした。横からすかさずリックがぴしゃりと言い放つ。王に対しての言葉一つ一つに敏感になっている。
だがそんな心配は無用。ブレッジは笑って瑛士に答えた。
「はっはっは。君はエイジと言ったか? 非魔族だったな。非魔族といえば、もう我らのことは知っているのか?」
「あ、えっ、あ? それは一体どういった──」
「……面倒だな。すまぬ、覗くぞ」
「あうっ」
ブレッジは瑛士の頭に手を置き、魔力を手に込めた。
瑛士の額に熱が伝わる。強い魔力によって、外に放出するタイプの魔法ではないのに、熱エネルギーが発生している。『眠りから覚めた』ばかりのため、まだ扱いに慣れていないようだ。集中してもらうため、瑛士は静止した。
「どうした? 怯えておるのか? 心配するな。まだ魔力の使用の勘を取り戻せていないが、暴発はせぬ。さっきも成功したであろう?」
「うわぁフラグだ」
「ぬ? ふらぐとはなんだ?」
「すいません続けてください」
集中が乱れたのか、ブレッジの掌の温度が上がった気がした。この状態で魔法の暴発なんてされたらひとたまりもない。最悪、首が吹っ飛ぶ。瑛士は余計なことを言うのをやめた。
「……ふむ。なるほど。そのようなことがあったのだな」
「あのー。俺の頭の中の何を見たのか知らないんですけど、一人で納得してないで俺たちにも共有してほしいです」
瑛士は頼んだが、ブレッジは首を振った。まだその時ではない、らしい。
「ところでエイジ。彼女さんとはうまくやっているのかね?」
「おい王この野郎余計なことっ」
「エイジくん! いい加減にして!」
その後の道中、ブレッジは色々なことを話した。特に瑛士たちが驚いたのは、ルシルを殺したことだった。
「殺した!? あのルシルさんをですか!?」
「ああ。やつが我の封印をずっと見張っていた。これ以上の情報の漏洩を防ぐために我が殺しておいただけのことだ」
「ということは仲間がいるだろう、ということでしょうか」
ザラルが尋ねる。
「鋭いな、ざ、ジラ……白魔族!」
「ザラルです」
「すまぬ、ザラル。だが君のいう通り、やつには仲間がいる。それもかなりの大物だ。まだ安心できるわけではない」
「で、封印ってなんですか?」
「な、長くなるからな、省略させてもらう。この白魔族界でやることが終われば、黒魔族界に戻ったあとに話してやろう」
ブレッジは慌てた様子だった。まさかこの質問が来るとは思わなかったのだろう。
「自分で言ったくせに教えなーいは性格悪いっすよ」
「もう黙ってて!」
「おうっ……!!」
リックは瑛士にまた精神系の魔法をかけた。気を抜いていた瑛士は、急激な眠気に誘われ、動きが鈍る。倒れそうになった彼を、リックが自ら肩を貸した。
「……やり過ぎるなよ? エイジはこれからの用事に必要かもしれぬからな」
「はい、王よ! 用事、といいますと、白魔族王との対談でしょうか?」
「そうだ。我も黒魔族界からは外の荒れた街に飛んできた。あの様を見て感じた。この世界を治める者と会って、話し合いで収まるはずがない、とな」
「荒れた世界、ですか──」
「どうした?」
ブレッジに尋ねられると、彼女は黒魔族界での城下町郊外のスラム化問題や新規土地開発のことを話した。はっきり言って、黒魔族界の方も酷い。
「つまり、これが終わっても問題は山積みということか」
ブレッジはふむ、と髭を撫でた。
急にザラルが足を止めた。前方に気配を感じたのだ。ブレッジもそれに気づいたが、全く隠れようともしなかった。
「誰かいますね……。どうやら……黒魔族の皆さんが集まってるみたいですね」
テト、レグナ、ベリド、ジェムの四人と合流した。
ベリドとジェムも同じ場所に飛ばされていたらしく、ここまでなんとか隠れて移動してきた。そして先程、レグナ・テト組と会ったらしい。
「あっ! 生きてたですね!? よかった!」
「爆発で飛ばされるわ、オズマは見つからんわで難儀してたとこや」
ジェムは再会を喜び、ベリドは瑛士に不満をぶちまけた。苦手な奴らに囲まれてストレスがたまっていたのだろう。いち早くこちらに向かって歩いてきた。
「江里さんは?」
「ああ、せやな。あいつと、あとサラやな。爆発で死ん──」
「ねえ、江里さんは?」
瑛士は壊れたロボットのように、ベリドに何度も同じ内容で話しかける。死の恐れを仄めかされると、ベリドの肩を掴んでガクガクと震えた。
「ああもう心配すんな! 多分大丈夫やろ! ……ところで、あんた、誰や?」
「俺も気になっていた。見かけない顔だな」
「その格好、エンゼリングがないことから見ても……君も黒魔族なのかい?」
ベリドの興味は、当然ながらブレッジへと移った。相手を探るような目、魔力の準備、そして全身に力を入れる。「敵なのか」という意思がひしひしと伝わってくる。
テトらも便乗してブレッジに寄った。テトは自分とほぼ背の変わらないブレッジの正面に立ち、レグナはブレッジの周りを回りながら、姿をじっくりと眺めた。
「みなさん、失礼です! この方は王! 黒魔族王ですよ!」
「は!?」
「なんだと!?」
リックが怒鳴ると、目を丸くする黒魔族組。ベリドは、らしくなく背筋をぴんと伸ばし、頭を下げた。テトは、姿がいきなり消えたかと思うと異常な速さでその場に跪坐いていた。ジェムは二人よりも余裕の表情で、ぺこぺこしている。
そして一人、黒魔族に頭を下げるつもりは毛頭ないようだが、なんだかバツの悪そうなレグナ。
「と、ところで見つかったのかい、例の黒魔族は?」
話題の転換でその場を切り抜けたつもりらしい。
「ああ。やけに素早く、逃げられてしまったがな。我が奴の手を封じてやったから、これ以上誰かを傷つけることはできんはずだ。あとで捕まえるとしよう」
レグナは、あんたが答えるのかよ、という顔だ。ずれた眼鏡を上げて、気分を落ち着かせる。
「あとでって……それが目的ではないのですか?」
ジェムの疑問に、ブレッジはふっと笑う。
「我はな、白魔族の王と話しに来たのだよ。そして間違いを正しに来た」
「我々白魔族に間違いなどありません」
天から声がした。
「!?」
瑛士の聞き覚えのある声。見上げると、五人分の影が見えた。そこにいたのは紛れもなく、以前非魔族界で相見えた魔族だった。
「メガ! セルも!」
「こんな狭いとこに来んのかい……!」
メガとセルの他に、双子の子ども、そして布で全身を纏い姿を見せないもう一人。
リックは双子の姿をはっきりと覚えていた。無邪気に笑った表情の中に、氷のように冷たい瞳。ふつふつとわく怒りと恐れを抑え、隣の瑛士に伝える。
「あの二人……あの子達です。アスカちゃんを連れ去ったのは」
「な……。なるほどな。じゃあ、田口さん取り戻すには。あいつら倒さなきゃってわけだな」
「見つかったならもう同じだ! 戦うなら表に出た方がいい!」
レグナが叫ぶと、皆一斉に建物の裏から脱出した。
「逃げんじゃねえ!」
セルの怒号を機に、地上に降りた五人。瑛士たちに向かって、一斉に魔法を放つ。
白魔族界で、二度目の爆発が起こった。
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中央街に不気味にそびえ立つ、未だ無傷の塔。雲を突き抜ける程に伸びた中央議会の先端から、瑛士たちを観察する者がいた。
てっぺんは風の音すらも聞こえない。外からの干渉を受け付けない、完全な静の空間である。そこにいたのは、三対の大きな翼を持った魔族たちだった。彼らはそこから、白魔族界全体を見ていた。
「ふふ……」
そんな空間に、漏れた笑い声が響く。その魔族は、魔法による遠視で、下で繰り広げられている戦闘を手元のモニターに映し出していた。
「どうした? さっきから楽しそうじゃないか。……それ、そんなに面白いか? このままじゃァ、俺たちも出て行かざるを得ないぞ」
モニターを覗き込んだもう一人の魔族は、うんざりした様子だ。腕を回し、準備運動をしている。
「いや、それはそれでいいんだけどね。懐かしいなって思ったのさ」
「黒魔族王か?」
「その通り。僕より弱いくせに、僕が自由に出来ないように絡みついてきたしつこい枷。……今度こそ本当に消してやる──」
「黒魔族王など、恐るるに足らずだ」
三人目が話に入ってきた。
「見所がある魔力を感じた。貸してみろ」
「あ、ちょっと」
「ほら、こいつだ」
指をさされた対象を見て、最初にモニターを持っていた魔族の口が緩んだ。もう一人は、屈伸運動の合間にちらりとこちらを見たが、すぐに背を向け、準備運動を続けた。
「やっぱりね。こういうの分かるんだね」
「当然だ。こいつはうちに誘ってみてもいいかもしれないな」
「あは。そうだね」
「俺は反対だ。そんなやつに夢中になってないで、さっさと決定を下せ」
「……先程決めたことだ──」
声の調子が変わる。彼はモニターを投げ、二人に向かって話す。
「我らの白魔族界は今日、新しく生まれ変わる。黒魔族界を滅ぼし、我々の世界とする」
二人の魔族は頷いた。




