四十八話:残された二人
目も眩むような光と、鼓膜が破れそうな轟音が中央街に発生した。それは魔法によるものではなく、予想できない事故だった。
だからこそ誰もそれを避けることはできず、また、防ぐこともできなかった。──たった一人、江里風華を除いては。
「ん……」
遮るものがなくなった土地を巡った風が、彼女の頬を撫でる。彼女はゆっくりと目を開けた。
爆発の際の光に目がやられ、はっきり見えるのには数秒を要した。その目にうつる景色は信じがたいものだった。
「えっ。ここって……」
彼女は慌てた。あまりに景色に違いがありすぎて、魔法でどこかに転送されたものだと思ったからだ。
その憶測が違うと気づいたのは、雲の形や遠くの建物、そして近くの建物の隙間から見え隠れしていたビル群が変わらずそこにあったからだ。
オズマの被害に遭わなかった地域だったが、爆発によって土地の形が大きく変わって、酷いことになっている。もう少し爆発が大きかったら、場所の特定が難しくなっていたところだ。
くるりと右に一周、辺りを見渡す。ところどころに、先ほどまでそびえ立っていた建物だったものが散乱している。が、それ以外形を成すものはなにもない。
足元を見る。さっきまでは綺麗な模様のタイルが敷き詰められていたが、今は風華の周り以外は砕けた石と土と砂があるのみ。
「三上くん……? みなさん……?」
はっと気づいて、仲間の姿を探す。あれだけ騒がしかったパーティはすでに見当たらず。
それだけではない。彼女らを追っていたはずの護衛団も、オズマから逃げていた一般白魔族たちの姿も見えない。
「だれかいませんかーー!」
すっと息を吸って、大きな声を出してみる。返事はない。
「どうしよう……」
彼女を不安が襲う。見知らぬ土地で急にひとりぼっちになってしまった。
その場に立ち尽くし、泣きそうになってしまう。
「おい!」
「ひっ!?」
背後から高い声がした。
思わず飛び上がる。こぼれかけた涙も引っ込んだ。
背後を振り返ってもだれもいない。あまりの不安で幻聴が聞こえたのだろうか。
「こっち! こっちだよ! はやく!」
慌てて風華は声がした方に走った。そして、瓦礫の裏に、片足を挟まれて動けなくなった黒魔族を発見した。
黒魔族界で風華がいろいろな雑務をこなす際も、この魔族とは大して会話をしなかった。
「これ、どかしてくれる? 無理やり引き抜くと傷になっちゃうからさ」
「えっと……サラさん……でしたっけ?」
「今は名前なんてどうでもいいだろ。ほら、早くこれをどかしてよ」
いかにも華奢な女の子という外見のサラは、カッゾでありながら、どういうことか自力で脱出はできないようだ。かといって、風華も強化系などの魔法は自由に使えないため、岩を動かすのは難しい。
「わかりました。じゃ、行きますね」
風華は文句ひとつ言うことなく、救出を試みた。
「えいっ! ……せーのっ、えいっ!」
力を込めて持ち上げようとする。勢いをつけてもう一度。持ち上がるどころか、一ミリの移動すらしない。
その後も何度も何度も繰り返したが、岩は全く動く気配はなかった。
「──せーの!」
「あー、ごめん。もういいよ」
風華が「えっ」という顔を向けた瞬間、サラは「はっ!」というかけ声とともに岩の間から足を引き抜いた。岩の尖った表面がひっかかったのか、太ももからは血が流れた。
風華がその様から目をそらせるも、サラは全く痛がる様子を見せなかった。
「あっ! ちょっと待ってください。血が!」
「気にするなよな。どうせ一緒だ。こんなのすぐに止まるよ。……ちぇー。せっかくの服が台無しだ。やぶれちゃったし、汚れちゃったし、最悪だあ」
ショートパンツから晒された足に、赤い線が走る。足の痛みよりも自分の服のことが心配のようだ。
全体は地味でありながら、ところどころに意匠を凝らした可愛げな服。これがどうやらお気に入りらしい。
「あーあ。君がこれをうまく処理してくれればなあ! お陰で、入ってた数日のボクの仕事はキャンセルだ」
「り、リックさんに魔法で治してもらえば……」
「それじゃあ跡が残るじゃないか! バカなの!?」
サラは風華に向かって叱責した。あまりの迫力に風華は黙ってしまう。
うつむき、しょぼんとする風華にもどかしさと苛立ちを覚えたのか、サラは空気を切り替えるために別の質問をした。
「それはそうとしてさ、一体なんなのさ? 君たち非魔族ってほんと不思議だよね」
「えっ!? 何かあったんですか?」
「何かあったんですかじゃないだろ? 何も覚えてないの? 君の魔法のことだよ」
「えっ?」
爆発の瞬間、風華はまた無意識にシールドを展開していたのだ。彼女本人は目を閉じていて、それに気がつかなかった。
そしてサラは、偶然にも風華の後ろにいたため、吹き飛ばされることはなかったのだった。
「全く、大したものだね。あの非魔族の男も、メガネの白魔族も、テトやジェムも吹っ飛んじゃったってのに」
サラはやれやれと首を振りつつ、空を眺めた。
「あ、三上く──非魔族の男の子、どこに行ったか知りませんか?」
「知るわけないだろ? 眩しくて目が開けられなかったし、気づいた時にはアレの下さ」
そう言ってさっきの岩を指す。そして「もしかしたらボクら以外は死んだかもしれないけどね」と付け加えた。
「……サラさん。そんなこと言わないでください」
「気安く呼ぶの、やめてくれる? ボクはあんまり君たちのこと、好きじゃないんだよね」
「……」
しょぼんとする。
「ああ面倒くさいな! いちいちそんな顔するなよ! 謝るよ! 悪かった!」
サラは基本的に周りの人に噛み付くような性格をしている。それは彼女が黒魔族界で過ごす普段の姿に理由があるのだが、それはまたいつかの話で。
「とにかくオズマの場所を知る必要があるね。とにかくここからは移動しないと……って、ついてこないのか。おいていくよ」
「!」
焦って追いかける。
「勝算があるんですか?」
「あるわけないでしょ」
サラは風華の質問に、当然であるかのように話した。
「なら、どうして」
「勝てないからこそ、居場所を知って遭遇するのを避けなくちゃいけない。こんなことも分からないの?」
「うう……」
落ち込みつつも、しっかりとサラの後ろを歩いていく。今頼りなのはこの魔族だけなのだから。
「あ〜。ちょうどよかった」
「?」
爆発でできた小規模なクレーターから出ようとした風華らの眼前には、護衛団が数人集まっていた。街中で突然の爆発が起こったため、集まるのは言わずもがなだった。
だが護衛団は二人のことを敵視している様子はない。爆発の様子を見にきただけのようだ。
「おお。君たち。大丈夫か? 全く。女の子二人でこんなところに──」
「おい」
サラは近くの護衛団の首を掴む。目線を上からにするために、わざわざ魔法を使って浮いている。護衛団は苦しそうな声を漏らした。
「お前、先に侵入した黒魔族がいるはずだよね! どこに行ったのか教えな!」
「ひぃぃ! あっ、あっちに!」
「よし!」
サラは護衛団を突き飛ばし、「行くよ」と風華に一言飛ばした。もちろん向かうのは護衛団が指差した方とは逆。
あっけにとられた護衛団たちは、彼女らを追おうとはせず、爆発の調査をするために小クレーターに足を踏み入れた。お互いに、これ以上関わりたくないようだ。
「サラさん、乱暴ですよ」
「うるっさいな。リックみたいなこと言うなよ」
そんな言い合いをしつつ、彼女らはまだ元の形を保っているビル群の中に消えていった。




